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東部労組機関紙2016年8月号コラム<二言三言>に下記の文章を掲載しました。
石川源嗣のコラム
ゼネラルストライキについて
先月トルコでクーデター未遂事件があり、エルドアン大統領はその鎮圧に乗じて、非常事態を宣言し、反対派を弾圧し、民主主義を破壊している。めざすは戦前日本の2.26事件と同様、クーデター鎮圧を奇貨とする独裁体制の強化にほかならない。
それとまったく逆のケースが、100年近く前にドイツであった。 第1次世界大戦の敗戦とキール軍港の水兵の反乱にはじまるドイツ革命で、皇帝は退位・亡命し、ワイマール共和国が成立した。しかし革命の主力であった労働者・兵士評議会(レーテ)はつぶされ、革命を簒奪(さんだつ)した社会民主党と軍部による支配が確立した。
ベルサイユ条約発効による国防軍の削減に反対し、革命の防波堤としての社民党の必要性はなくなったと判断した右翼政治家カップとドイツ軍部は1920年3月、ベルリンに進軍占領し、社民党エーベルト政府はドレスデンに逃亡した。ドイツ軍部は新政府樹立を宣言した。世に「カップ一揆」という軍事クーデターである。
これに対し、ドイツの労働組合と労働者は政府防衛でなく軍事独裁反対でストライキに立ち上がった。まさにドイツ中の工場など生産現場、官庁、商店、交通機関、印刷、電信電話、水道・ガス・電気すべてがストップし、一揆政府を完全にマヒさせた。「スト指導者は死刑」とのおどしも効かなかった。全国で1200万人が参加した、史上最強といわれるゼネラルストライキは1週間続き勝利した。カップ一揆は4日で失敗、カップらは亡命した。
ストライキ委員会の「労働組合が影響力を持つ新政府の樹立」、公共事業から反動人物の排除、行政の民主化、軍事団体の解散などを政府与党が受諾し、ストライキは正式に中止されたが、その後の折衝を通じ、相変わらずの連立政府の成立に終わり、またも革命のチャンスを逃した。
教訓は何か。
第1に、労働者・労働組合の最大最強の武器としてのゼネラルストライキの再確認と将来の獲得目標として設定すること。
第2に、ゼネストは昔の外国の話ではない。たしかに日本では本格的なゼネストの経験はないが、矛盾を先送りすることで回避してきた資本主義の危機は遅かれ早かれ行き詰まり、世界的地殻変動のなかゼネストを求める客観情勢は成熟せざるを得ない。
第3に、長い視野で、個別争議でのストライキの経験を積み、戦略戦術を鍛え、チャンスに備える主体的条件形成のねばり強い努力が求められる。(石)
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桑の実の歌があったような・・・お大事に




