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旭支会支援共闘を結成 解雇撤回・非正規職撤廃誓う

http://www.zenshin-s.org/zenshin-s/sokuhou/assets_c/2018/05/20180528b-1-thumb-200xauto-18852.jpg 5月26日夜、旭非正規職支会支援共闘会議結成集会が東京・亀戸で開かれた。沖縄、広島を含む参加者70人が支援共闘会議の結成を宣言し、国際連帯の新たな一歩を踏み出した。
 開会あいさつを行った合同・一般労組全国協の小泉義秀事務局長が、「朝鮮半島情勢の主導権はろうそく革命を実現した民主労総にあり、戦争を止める力となっている」と語り、2月に旭硝子(ガラス)本社に解雇撤回を求めて来日した旭非正規職支会との支援連帯闘争の経過を紹介した。
〔写真上〕労組を作ったら集団解雇!旭硝子資本への怒りを燃やし、日韓労働者の国際連帯で解雇撤回まで闘おうと旭支会支援共闘会議結成を宣言(5月26日 東京・亀戸)
http://www.zenshin-s.org/zenshin-s/sokuhou/assets_c/2018/05/20180528b-2-thumb-200xauto-18853.jpg テグ文化放送が5・1メーデーに旭支会を特集した番組を上映。旭支会の1000日にわたる闘いが映し出された。旭支会からのビデオメッセージでは、チャホノ支会長ら組合員が登場、「必ず勝利し、復職します!」「国を超えて連帯してくれてありがとう」の声が届いた(写真左)。
 基調報告を行った群馬合同労組の清水彰二委員長は、「共闘会議結成は、何よりも一日も早く彼らの解雇撤回を勝ち取るためだ」と押さえた上で、「04年にクミ(亀尾)で会社廃業に対し1年7カ月の工場占拠を闘った労働者の一人がチャホノ支会長。彼は出獄後、『つぶれたクミ地域の労働運動をよみがえらせる』と迷わず旭硝子の非正規職場に入った。苦節6年、クミ初の非正規労組の誕生が旭硝子を震え上がらせた」と語り、さらに組合説明会で民主労総組織争議室長から「皆さんは運がいい。一生に一度あるかないかの機会だ。労組を結成すれば新しい世界が見える」と聞いて組合に入ったというアンジンソク組合員のエピソードを紹介。「私たちも運がいい。旭支会の仲間と共に日韓労働者の共同闘争で新しい世界を見ることになる」「国際連帯のためにも、日本の労働者の責務として安倍政権の改憲を絶対阻止しよう」と呼びかけた。
 韓国労働運動史研究家の金元重(キムウォンジュン)さんが、5月25日、韓国国会で強行された最低賃金制度改悪の委員会採決を弾劾し、「労働積弊」を正すどころか財閥と一緒になって労働弾圧を行うムンジェイン政権に対し民主労総が5・28ゼネストを宣言したことを報告した。
 動労千葉、日本板硝子共闘労組、東京西部ユニオン鈴木コンクリート工業分会、なんぶユニオンが連帯あいさつを行い、在日韓国基督教会から寄せられた連帯メッセージが読み上げられた。
 規約・人事が承認され、結成宣言が読み上げられた。最後に動労千葉国際連帯委員会の山本弘行事務局長が「労働者が団結して闘えば必ず勝利できる。新しい世界を見よう!」と力のこもった閉会あいさつ。団結ガンバローとインターナショナルを斉唱した。
旭支会闘争 クミ初の非正規職労組 地域の労働運動再生へ
 2015年5月29日、クミ工業団地で初の非正規職労働組合が誕生した。
 「労働組合がつくられて2週間で138名加入」「会社が一方的に行っていた朝会を拒否してわれわれだけの話を共有する朝会を始めた。奴隷のように働いていた工場が『現場』に変わった。われわれは工場で初めて解放感を感じた」(『野の花、――工団に咲く』8㌻)
 そして1カ月後の6月30日、旭硝子ファインテクノコリアは、社内下請け会社(GTS)の請負契約を突然解除、GTSで雇用されていた178人全員が解雇された。
 以来3年、度重なる切り崩し攻撃をはね返し、23人の組合員が団結しテント篭城(ろうじょう)を闘っている。パククネ退陣闘争の先頭に立ち、昨年4月には「整理解雇・非正規職・労働悪法撤廃!」を掲げ、闘争事業場共同闘争として27日間の光化門高空断食篭城も闘った。
 旭硝子の不当労働行為、不法派遣をめぐっては、中労委が旭硝子の不当労働行為を認定したが、旭硝子はこれを受け入れず行政訴訟を提訴、4月18日にソウル高裁は旭硝子の不法労働行為を不認定とし、旭支会の控訴を棄却した。
 一方、5月14日、テグ高検が、旭硝子の不法派遣について地検に再捜査命令を下した。旭支会は15日、「旭硝子不法派遣の手抜き捜査を正す道は、即時起訴することだけだ。旭硝子不法派遣を起訴し、解決しろ!」と声明し、攻防に入っている。


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韓国拘束労働者後援会のフェイスブックより。
「ハン・サンギュン同志が2018年5月21日今日午前10時に華城刑務所で釈放されました。民衆総決起は無罪だ!」

※出迎えの写真には、昨年11月に星野さんにエールを送ってくださった、チョンテイルさんの弟さん、拘束労働者後援会の会長、事務局長らも勢ぞろいです。
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[声明]さらに大きな民主労総のための組織活動家として帰ってくるハン・サンギュン同志を熱く歓迎する。

2018.05.18 14:06:08

[声明]
委員長から、さらに大きな民主労総のための組織活動家として帰ってくる ハン・サンギュン同志を熱く歓迎する。
5月21日、ハン・サンギュン前委員長が仮釈放で監獄の門を出る。 朴槿恵(パク・クネ)政権に対抗して闘争し、拘束されて何と2年5か月12日目だ。 文在寅(ムン・ジェイン)政府発足から1年と12日目、 検察の求刑懲役8年から最終的に3年の懲役刑を宣告された後、 刑期をわずか6か月と20日残してた「仮釈放」だ。 そのためわれわれは儀礼的な「歓迎」の立場をすぐに出すことができない。
一足遅れた仮釈放の決定に対し文在寅政府を恨みたくもない。 ハン・サンギュン前委員長は、すでに獄中で赦免不発の知らせに対し 「私は赦免を期待もせず、政府の決定に対して少しも批判したくない」 「労働尊重の世の中は労働者の団結した力で実現しなければ蜃気楼に過ぎないということを忘れずにおこう」と明らかにした。 文字通り、民主労総の力が不足していたことが一歩遅れた釈放に対する民主労総の省察であり覚悟だ。 私たちの課題として受け止めていきたい。
われわれはまだ懲役3年の実刑を宣告されなければならなかったハン・サンギュン前委員長が犯した重大犯罪が何なのかわからない。 当時、検察、警察は社会混乱を引き起こした騒擾罪までをかぶせようとしたが、 実際に混乱していたのは朴槿恵政権だった。 ハン・サンギュンの本当の罪目は「やさしい解雇、一生非正規職を強要した朴槿恵政権労働改悪を防ぐためにゼネラルストライキをした罪、 反民主・反民生・反労働の朴槿恵政権に屈服することなく 13万民衆総決起を組織・指揮した罪、 セウォル号の真実を解明するための朴槿恵の車壁を突破するために全身を投げた罪」だ。
ハン・サンギュン前委員長の仮釈放を契機として2015年の民衆総決起に対する歴史的、政治的、そして司法的評価は書き直されなければならない。 実定法を理由として弾劾されるような不法政権、暴力政権に反対する抵抗と集会・デモをいつまでも有罪にしておくことはできない。 同じ罪目でイ・ヨンジュ民主労総前事務総長に対する裁判が6月11日、12日に国民参加裁判で開かれる。 司法の正義がどのように書き直されるのか、しっかり見守るだろう。
2015年12月10日、曹渓寺を歩いて出て拘束された後、本当に多くのことがあった。 2015年の民衆総決起に参加したペク・ナムギ農民は結局亡くなった。 翌年11月12日の100万民衆総決起は、朴槿恵弾劾1700万キャンドルの導火線になった。 「朴槿恵と任期を共にしない」と宣言したハン前委員長の決意は、 朴槿恵弾劾として実を結んだ。 そして双竜車の2646人整理解雇を陣頭指揮した李明博(イ・ミョンバク)と労働改悪を強行して民主労総をつぶそうとした朴槿恵(パク・クネ)二人の前職大統領と共に監獄生活をした。 「サムスンに民主労組ができる時、労働尊重社会の一歩を踏み出した」とし、 あれほど押し倒そうとしたサムスン無労組経営の主犯、李在鎔(イ・ジェヨン)とも監獄生活を共にした。 犯罪者の二人の前職大統領と財閥総師、そして彼らに反対した労働者の代表が監獄生活を共にした逆説の時間であり、現場だった。
ハン・サンギュン前委員長に対する釈放の要求は、 国内の宗教界、人権、市民社会、社会元老などの要求も強かったが、 国際社会でも強力だった。 国連の恣意的拘禁に関する実務グループは、ハン前委員長の拘束が国際人権法に反する「恣意的拘禁」に該当すると判断した。 国際労働機構(ILO)理事会も 「ハン・サンギュンとすべての労組幹部を釈放しろ」と韓国政府に勧告した。 ITUC(国際労働組合総連合)のシャロン・バロー事務総長も訪韓し、 文在寅大統領に直接、釈放を要求し、 各国のナショナルセンターと国際労働/人権団体は、 ハン・サンギュン、イ・ヨンジュの釈放キャンペーンと共に、 韓国政府に対して釈放を要求する署名活動も行った。 民主労総の国際連帯はさらに拡張され、強化されるだろう。
しかしハン・サンギュンは出て来ても、まだ多くの良心犯が監獄の中にいる。 イ・ヨンジュ前事務総と共に建設労働者民生法案国会通過を要求するデモで、 建設産業連盟のチャン・オッキ委員長も拘束されている。 対決と緊張をなくし、朝鮮半島の平和の時代に入ろうとしている情勢で、 国家保安法により拘束されている良心犯も古ぼけた理念の監獄に閉じ込められている。 キャンドル政府を自任して良心犯の釈放を義務として受け入れないのなら、「キャンドル」の盗用だ。
ハン前委員長は階級に固まった不平等問題の解決とすべての労働者の労組する権利のために白衣従軍するという立場を明らかにした。 「労組の組織率30%・600万労総時代のために、 未組織・低賃金非正規職労働者と共にする1人の組織担当者になる」と述べた。 「労働者として暮らしていくことを誇らしく思う子供たちを見ながら老いていきたい」と言う ハン・サンギュンの新しい歩みに、民主労総はいつも共にするだろう。 あれほど渇望した労働者、民衆の中、自ら撒いた種だったが、 監獄の中で間接経験で迎えたキャンドル抗争が作った変わった世の中に歩いて出て来るハン・サンギュンを80万組合員の名で熱く歓迎する。
2018年5月18日
全国民主労働組合総連盟
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http://www.zenshin-s.org/zenshin-s/sokuhou/assets_c/2018/04/20170419g-1-thumb-200xauto-18746.jpg 「朝鮮戦争は絶対反対!労働者はひとつだ!『私を生きさせろ!』」のスローガンのもと、外登法・入管法と民族差別を撃つ関西集会が4月15日、大阪市立中央会館で開かれ、150人が集まりました。最初に、4周年を迎えたセウォル号事件の犠牲者に黙祷(もくとう)を行いました。
 主催者あいさつは、関西合同労組阪神支部支部長でもある、「朝鮮戦争に反対する在日朝鮮人の会」の許用晧(ホヨンホ)代表が行いました。
◆「体を張って勝利」
 許さんは、韓国でパククネ政権を先頭で打倒した民主労総ソウル地域本部訪日団を熱烈に歓迎する言葉で始めました。そして関西合同労組にかけられた共謀罪の先取り弾圧は、在日の決起と国際連帯に対する恐怖からくる弾圧であり、これに対して体を張って完全黙秘・非転向を貫き、団結の力で勝利したことを報告しました。「私の解雇撤回18年の闘いは在日労働者としての誇りを持った闘いであり、民主労総と動労千葉から絶対非和解で闘うことを学んだ。戦争の前には必ず在日への弾圧が始まるが、分断をぶち破る闘いがついに始まっている」と力強くあいさつしました。
 基調報告を実行委員の木下浩平さんが行いました。
 「昨日、米トランプ政権はシリアへの空爆を強行し、安倍はすぐさま空爆支持を表明した。労働者の実力で安倍を監獄へたたき込もう!」と訴え、1年間の闘いを報告しました。共謀罪弾圧を打ち破って大阪・鶴橋、川崎・桜本での朝鮮戦争反対デモで急速に地域を獲得し、「朝鮮戦争に反対する在日朝鮮人の会」を結成し、民主労総のDVD上映定例会を持つことで地域に定着し始め、結集軸となりつつあること。また、2月に旭非正規職支会を迎えて共に闘った解雇撤回闘争を通して「労働者はひとつ」を実感することができたと報告しました。
 そして「入管闘争が労働運動、労働組合の正面課題であることをはっきりさせ、力強く復権させよう!」と訴えました。
http://www.zenshin-s.org/zenshin-s/sokuhou/assets_c/2018/04/20180419g-2-thumb-200xauto-18748.jpg 次は、民主労総ソウル地域本部のヨンスノク首席副本部長とヤンミジョン企画次長が登壇。ヨン首席副本部長は、「ロウソク抗争を通じて政権は交代したが、労働者にはまだ暖かい春は来ない。国際連帯の力で共に行動します」と訴えました。
 職場でJアラートに対し、「戦争協力拒否」を闘っている教育労働者がカンパアピール。
労組の闘いを軸に
 集会後半は、五つの闘争報告。一つ目は、高槻医療福祉労働組合から、春闘ストライキを貫徹した闘いです。二つ目は、日教組奈良市が、非正規教育労働者26人もの解雇攻撃と闘った、自信のみなぎる闘争報告でした。
 三つ目は、広島連帯ユニオンから在日三世、被爆三世の非正規労働者の闘いの報告です。韓国ソンジュとの交流闘争や解雇撤回闘争、旭非正規職支会編の本『野の花、――工団に咲く』の感動などが語られ、最後に8・5〜6ヒロシマ国際連帯闘争への結集が呼びかけられました。
 四つ目は、関西合同労組から5月泉佐野市議選に立つ中川いくこさんの勝利に向かって全力で応援を、との訴えがありました。
 最後に動労西日本の橘日出夫さんが、動労総連合のストライキ闘争がJR総連・東労組の歴史的崩壊の情勢を引き出し、闘う労働組合をよみがえらせる絶好の時が訪れていると、戦闘宣言を発しました。
 特別決議案「日本軍軍隊慰安婦問題『日韓合意』破棄!始まる前に朝鮮核侵略戦争を阻止しよう!」を婦人民主クラブ全国協議会が読み上げ、全参加者の拍手で採択しました。
 韓国も日本も課題は共通、正規と非正規の労働者の団結、民営化と分断攻撃との闘い、時代認識をはっきりさせて闘おうとまとめの提起が行われ、御堂筋デモに打って出ました。
 デモコールの「シリア侵略戦争反対!」の呼びかけに、多くの青年労働者が共鳴し、こぶしを突き上げるなど、多くの市民・労働者の合流が生まれ、元気なデモを実現できました。(集会実行委員会・村治道子)

正規、非正規、女性、青年が連帯し
民主労総ソウル本部ヨンスノク首席副本部長(発言要旨)
 韓国は、ロウソク抗争を通じて政権交替をさせました。労働者が最先頭に立ってすべての積弊清算を叫びました。しかし私たち労働者には暖かい春は来ていません。
 民主労総は最低賃金1万ウォンを直ちに実現することを要求しています。財閥資本家たちが独占する構造の中で搾取され、あらゆる弾圧を受けている労働者の要求はあまりにも当然です。人間らしく生きたい、家族と団らんの時間を送りたい、夢と未来を設計したいと言っています。
 正規職、非正規職、女性、青年、すべての労働者が、地域や産別労組間で連帯しながら、財閥資本家と保守勢力に対し、強力に闘い、労働者の権利を取り戻さなければなりません。韓国をこえて、どこであろうとも闘争連帯の力で共に行動します。

旭硝子解雇1000日、解雇労働者日本本社遠征闘争記

解雇労働者ナム・ギウン、旭硝子本社を訪れ「解雇撤回」を叫ぶ
日本旭硝子の企業労組は無視したが、暖かい手を差し出した日本の市民

パク・チュンヨプ 2018-03-16 19:42 |最終アップデート2018-03-16 19:42
[編集者 注]旭硝子の集団解雇、1000日が近付いてきます。 旭硝子の解雇労働者たちは去る2月21日から3月9日まで、 日本の東京、大阪にある旭硝子の工場を訪問し、 解雇事態解決を要求する日本遠征闘争を終えました。 ニュースミンは3月6日と7日、旭硝子解雇労働者の闘争日程に同行しました。 今回紹介する記事「旭硝子解雇千日、解雇労働者日本本社遠征闘争記」は解雇労働者ナム・ギウン氏と日本遠征闘争の話です。 これから旭硝子解雇労働者の闘争を応援する日本市民にインタビューした記事、 旭硝子グループの歴史を扱った記事が連載されます。
角ばった瓦屋根の家が線路の周辺にぱらぱらと建っている。 電車の車窓の外にはエキゾチックな風景が繰り広げられる。 土饅頭一つなく、墓碑だけがぎっしりと並ぶ共同墓地もときおり通りかかった。 いつしか3年目の解雇労働者になった亀尾旭硝子のナム・ギウン(34)氏は 去る2月21日、生まれて初めて異国の土を踏んだ。 風景を観ていたが、キウン氏頭の中は複雑だった。 大邱地方検察庁が旭硝子の不当労働行為・不法派遣を不起訴にしたため、復職闘争の道は遠くなった。 いまやキウン氏は日本旭硝子の本社を訪問し、小さな道しるべ一つでも建てなければならなかった。
日本遠征闘争14日目の3月6日、キウン氏の心は相変らず複雑だった。 2月23日、東京千代田区の旭硝子本社に一回、 兵庫県尼崎市の旭硝子事業所に一回、 愛知県の工場にも一回訪問したが、 旭硝子本社の関係者は何の意味ある言葉も言わなかった。
労組でも会いたかったが、各工場にある旭硝子の企業労組に会うことはできなかった。 日本労働組合総評議会(総評)が崩れ、日本の労組はほとんどが労使協力主義指向になったと聞いたが、残念な気持ちはどうしようもない。
http://misc.labornetjp.org/www.newsmin.co.kr/news/wp-content/uploads/2018/03/DSC_0134.jpg
▲3月9日に旭硝子千葉工場労働組合事務室を訪れたナム・ギウン氏
事前に連絡したが、扉は閉まっていた。 タバコに手が伸びた。 喫煙が比較的自由だった点ことだけは良かった。 キウン氏は、共に遠征闘争をしたソン・ドンジュ(34)、 チャン・ミョンジュ(37)氏と、いつもタバコを吸った。 この日は朝から東京の東側、千葉県に行く支度をした。
一言も交わせなかった旭硝子労組の代わりに同じ業界の日本板硝子共闘労組を通じ、 ガラス製造業界の情報を調べてみることにした。 キウン氏はタバコを吸いながら、コンビニで買った日本版バッカス「リポビタン」を一本手に取った。 千葉県に向かう電車、イヤホンをしたキウン氏は考えに浸った。
「私はなぜ運勢にもない日本に来て、金属労組チョッキを着て歩き回っているのだろうか。」
小さい時からナム・ギウン氏は、望まない流れ者の生活をした。 建設労働者のお父さんは出勤地が一定ではなく、繊維工場で働くお母さんはキウン氏の世話をする時間がなかった。 おばあさんの家、叔母さんの家、またお父さんの宿舎を転々とした。 顔色をうかがわなければならず、「我が家」はしばしば変わった。 半地下の月貰部屋だという点はいつも同じだった。
キウン氏が初めて落ち着いたところは工場だった。 小さい時にお母さんは判事になることを望んだが、キウン氏は工場労働者になった。 繊維工場に出て行くためきちんと世話をすることができなかったお母さんは、キウン氏を塾にやった。 キウン氏は勉強に興味がなかった。 その代わりに小さい時から時々アルバイトをした。 新聞配達、風呂屋の清掃など、手当り次第だった。 居酒屋のウェイターとして働いているとき、一緒に遊んでいる判事、検事とならず者を見た。 判事はつまらないと考えた。
24歳、キウン氏が初めて入った工場は、LG冷蔵庫の下請企業だった。 厳しい職場だったが、不安定なのはどこも同じだった。 工場で会った先輩は、みんな判で押したように疲れた顔だった。 出勤する時も、食事をする時も、退勤する時も、同じ表情だった。
時々、違う表情になることもあった。 工場で「クビ切りだ」という噂が飛ぶ時だった。 年上の先輩には家族がいた。 キウン氏は面倒を見る家族はなかったが、クビになるというのは漠然とした恐れを感じた。 工場に通うにつれて、キウン氏の顔も彼らと似ていった。
2008年、工場の事情が難しくなって廃業した。 慶南道の昌原で非正規職雇用を転々として、2011年4月に亀尾工業団地のLGディスプレーの下請企業に入った。 仕事は違ったが、身分は同じだった。 自分の身分を体に刻むこと、キウン氏が下請企業を点々としながら学んだことだった。 クビになる瞬間もほとんどそっくりであった。 工場では年上のおばさんから始まり、短期アルバイト、移住労働者の順で姿が消えていった。 蝿の命だ。 クビになる先輩を見ながら考えた。 「ああ...これが人生なのか」
職が変わるたびに確信が強まった。 家族を心配して小さな声もあげられない先輩を見て、最初から妻子を持つ意欲はわかなかった。 ある日、インターネットで勤労基準法ということを知った。 週40時間労働を守らなければならないという。 言われれば一日14時間も働いたキウン氏には遠い国の話に聞こえた。 それよりも、不意に飛び込む蝿叩きを避けることが重要だった。
そのうちに旭硝子下請企業のGTSに入社した。 しばらく働いて労働組合と出会い、それで解雇され、工場に戻るためにアスファルトの地面に座って戦うことになるとは、その時には想像もしなかった。
キウン氏の一行は千葉駅でおりた。 日本の鉄道労組の一つである国鉄千葉動力車労働組合(動労千葉労組)の人が来ていた。 動労千葉労組は総評の時に最も強力だった労組が鉄道民営化の過程で労使協力主義を選択した時に分かれた労働組合だ(訳注:実際には三里塚闘争の時に分離したといわれている)。 動労千葉労組の助けがなければ、そもそも日本遠征闘争をすることはできなかった。 闘争日程の間、彼らの誠実な態度を見るたびに、キウン氏は単に同じ労働者だというだけの理由で受ける支援に胸が一杯になった。 短い挨拶を交わして、キウン氏は彼らの案内で日本板硝子工場へと向かった。
東京の東南側、北太平洋を防ぐ防波堤のように広がる千葉県は工場密集地域で、 海岸線に沿って果てしなく工場と高圧送電塔が立ち並んでいる。 工場の間から、ときおりパチンコも見える。 日本板硝子の正門に到着して見て回った工場は見覚えがあった。 7世代パネルを作るライン、高く聳え立つ三本の煙突。 パネルを作る工場を見て、キウン氏はしばらく回想にひたった。
日本板硝子共闘労組との面談で印象深かったのは、 正規職中心の労働組合なのに非正規職も加入できるという点だった。 日本板硝子労組執行委員長のシカマキ氏は拳を握って応援を送った。
http://misc.labornetjp.org/www.newsmin.co.kr/news/wp-content/uploads/2018/03/DSC_0030.jpg
▲日本板硝子共闘労組と旭硝子解雇労働者たち。一番右側がシカマキ氏。
「日本の労組運動そのものが低迷している状態ではあります。 日本旭硝子労組のように、会社と闘うこともできません。 私たちの会社でも、多数労組は闘争しません。 韓国で起きた旭硝子非正規職労働者解雇問題はよく聞いて知っています。 企業と政府に責任があります。 われわれは連帯します。 できることをします。 がんばれ!」
日本板硝子共闘労組から力を得たが、キウン氏一行はしばらくしてまた眉をひそめなければならなかった。 千葉県にある旭硝子工場でまた門前払いにあった。 旭硝子解雇問題を話しても、微笑を浮かべた管理者らは韓国旭硝子は他の法人という話(言葉)だけ繰り返した。
http://misc.labornetjp.org/www.newsmin.co.kr/news/wp-content/uploads/2018/03/DSC_0116.jpg
▲藍色の上着を着た旭硝子総務部の関係者と彼らに解雇事態解決を要求する旭硝子解雇者らと動労千葉労組関係者
あらかじめ旭硝子労組に協力要請も送ったが、事務室の扉は堅く閉じられていた。 日本板硝子共闘労組は非正規職の解雇に反対して闘争もしたというが、「労働者は一つ」という言葉が空しかった。 製造業の工場への労働者派遣を法が認める日本で、旭硝子工場の非正規職はどんな状況にあるのか。
キウン氏は非正規職下請労働者として、くやしさをよく知っている。 非正規職が労組を作ればどれだけ圧力がかかるのかも、身を持って体験した。 3交代で働きながら、塩酸のような危険物質を扱い、夜勤に休日労働、20分の食事時間、ミスでもすれば赤いチョッキを着せるようなことも行われる。
元請の旭硝子の管理者の態度をふりかえる。 製造業で不法派遣を分けるため、業者間請負契約を結んだ。 請負契約を結べば、ある業者が別の業者の業務に介入することはできない。
キウン氏は入社した時、下請企業の社長が元請の許諾を得るのを見た。 作業をしていて緊急な電話を受けた時、元請管理者が悪口を言い、 ローラについた異物を拭き取る洗浄作業をする時も、元請の管理者が指示をした。 作業スケジュールも同じで、パネルに気泡が入っていないか、不良品はないのかまで、 元請管理者の細かい指示を受けた。 下請の管理者には何の権限もなかった。
不満が溜まっていったとき、キウン氏はチャ・ホノ(47)氏と会った。 同僚の紹介で食事をする席だった。 ホノ氏はキウン氏に労組への加入を薦めた。 賃金が上がり、おびえなくてもよくなって、有給も表情をうかがわずに使えるといった。 突然の解雇も不安がらずによくなるといった。
すぐに合流することはできなかった。 解雇が一番恐ろしかった。 悩みを繰り返した。 他の組合員の先輩も見えた。 疲れた姿も発見した。 仕事がとてもつらかった。 今より悪いことはなさそうだった。 少しでも良くなるのではないだろうかと思う、そんな小さな希望が芽生えた。
労組活動を始めると、工場はとんでもなく大きな変化があった。 突然、元請の管理者が業務指示をしなくなった。 つまらないことで小言をいわれることもなくなった。 突然、作業服を変えてやるといった。 材質が悪く暑い作業服を着ていたが、五種類の生地の中から選べといった。 賃金が上がるといううわさも流れた。
本当か? 工場生活で初めて少し変わりそうだという気持ちを感じた。 自信が沸いてきた。 何の闘争だったのか、組合員たちが工場で「闘争」と叫ぶ姿も見た。 キウン氏の胸の中でも何かが飛び出してきた。 初めて工場の中で一回、叫んでみた。 これが労働組合なのか。 ぼんやりと思い出すその小さな希望が、今ではもっと鮮明になったと考えた。
解雇者になった今、2015年5月29日に労組を設立した翌月、旭硝子が下請企業との請負契約を解約する時までの一か月間の記憶は苦くも甘かった。 7月1日から工場に出勤ができなかった。 同月21日、不当労働行為・不法派遣で会社を告訴したが、 労働部は2年以上ずるずると延びて不法派遣起訴、不当労働行為不起訴意見で送検した。
長い間に百人以上の組合員は20数人にまで減った。 二回も国政監査が開かれ、国会議員は韓国旭硝子の原野タケシ代表を追及したり、 事件を寝かせているノ・スングォン大邱地検長を叱責した。 国会議員に「尊敬する」といっていたノ・スングォン大邱地検長、 しかし大邱地検は国政監査が終った2017年12月、不起訴にした。
検察が膨大な調査資料を握って、一歩遅れて不起訴処分にして、 この資料は旭硝子が中央労働委の不当労働行為の判定を不服として提起した行政訴訟では活用されなかった。 裁判所は証拠が足りないとし、会社の主張を認めた。 大邱地検の前に設置したテント座込場は、2018年1月12日に強制撤去された。 キウン氏はウェイターとして働いていたときの場面を思い出した。 判事と検事、ならず者が一緒に居た場面。
▲2016年4月21日、亀尾市庁は旭硝子工場前の座込場を強制撤去した。
キウン氏が苦々しく舌打ちしている間に一行は千葉県工場の抗議訪問を終えて夕食を囲んでいた。 キウン氏の一行の反対側には動労千葉労組の活動家が集まって座った。 キウン氏の前には動労千葉労組執行委員長の田中康宏氏が座った。 まもなくヘムルタン、パジョン、豚トゥルチギが出てきた。
「日本人はあまり食べません。 韓国の人はたくさん食べるでしょう? 韓国の食べ物を食べて少しは慰労になればうれしい。」(ヤスヒロ氏)
ヤスヒロ氏が話を続けた。 彼は日本の労働組合が全般的に弱い状況、 金属製造業ではない鉄道労働組合が旭硝子解雇者の遠征闘争を支援する状況がとても心苦しいという。
「実は日本の金属労組がこの闘争を支援するべきなのですが、すみません。 私たちのような小さな労組が支援する状況が残念です。 それでもわれわれはできることをします。 旭硝子解雇問題だけでなく、戦犯企業も重要な問題です。 この問題提起は日本の労働者がするべきです。 私たちは2003年から民主労総との交流を始めました。 韓国の事情を知って、韓国も日本の前轍を踏んでいることを知りました。 民営化、下請労働問題。 こうした傾向を見て、労働者の連帯で国境を越えて共に闘争しなければと考えるようになりました。 学ぶこともたくさんあります。 最近のキャンドル闘争で民主労総が先頭に立って戦う姿を見て、 日本も韓国の闘争を学ばなければならないと考えました。」
ヤスヒロ氏は韓国語で「労働者は一つだ」と言って話を結んだ。 ぴりぴりするヘムルタンを飲むキウン氏と解雇労働者の気持ちも緩んだ。
http://misc.labornetjp.org/www.newsmin.co.kr/news/wp-content/uploads/2018/03/DSC_0193.jpg
▲動労千葉労組と夕食を食べる旭硝子解雇者
宿舎に帰る電車、キウン氏の前に座っていた老夫婦一組がたどたどしい韓国語で話しかけてきた。 キウン氏が着ている金属労組のチョッキを見たのだった。 韓国に関心が強い彼らは、旭硝子解雇事態も知っていた。 カバンにはセウォル号リボンがついている。 キャンドル・デモにも関心が多かったと話した。 短い対話を後にして電車からおりるキウン氏に老夫婦が叫んだ。
「闘争! 力を出してください!」
3月7日、キウン氏は東京都千代田区にある旭硝子本社をもう一度訪問した。 キウン氏は本社が解雇問題を解決すべき理由を説明したが、 タカノ・エツロウという総務部グループマネジャーは、顔は丁重だったが、同じ言葉を繰り返した。
「韓国旭硝子と旭硝子グループは別法人です。 別の法人については何も言えません。」
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▲日本東京の旭硝子本社前。私設警備が旭硝子解雇労働者のビルへの進入を統制している。
資本と権力が一緒に食事をする。 彼らは似た顔だ。 ノ・スングォン大邱地検長、それでも起訴はできた。 電話の向こうのホノ氏から不起訴処分の知らせを聞いた時、 キウン氏は大邱地検前のテント座込場で期待する先輩たちの顔を見ることができなかった。 検修権と作業指示権というものがあるという。 国語辞典にも出てこないその言葉を使い、旭硝子の派遣行為は正当だという。 検察がそうだった。 法は味方ではないな。キウン氏は悟った。
日本にきて向き合った多くの顔を思い出した。 自分の問題できるかのようにつらく感じ、共に腕を捲くりあげて闘争と叫んだ日本人の顔、 セウォル号リボンを付けて韓国語で応援してくれた日本市民の顔、 「労働者は一つだ」と叫ぶ日本労働者の顔だ。 闘争の方向も一瞬、姿が見えたようだった。
翻訳/文責:安田(ゆ)

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