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神仏の掌に触れて

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途中で打ち切りましたが、是れには理由が在ります。
此方の大阪清水寺さんは、近所に四天王寺が控えており、四天王寺を始点とする新西国霊場三十三箇所巡礼が始まっており、大阪市内でも此方を含めて連番で四箇所続いていますが、此方の大阪清水寺は番号が振られていなくて客番扱いとされています。
客番とは、由緒在る寺で後から番号が振る事が出来なかったので敢えて番号を振らずに客番札所とした経緯です。

有栖山 清水寺は、もと有栖寺といったが、寛永十七年(1640年)に中興延海大阿闍梨が、京都清水寺から聖徳太子作と言われる十一面千手観世音菩薩を遷して本尊とし、降って享保年間に寺号を新清水寺と改めた。院号を清光院といい、四天王寺の支院である。
http://www.shin-saigoku.jp/img/spacer.gif
鐘つき堂の北側に本堂があり、ご本尊の十一面千手観世音をまつり、脇士には阿弥陀如来、勢至菩薩を安置してある。本堂前の石段を下ると美しい建物があり、その前を東へ向うと滝がある。この滝が有名な「玉出の滝」で、大阪市内ではただ一つの天然の滝である。玉出の滝の岸の上からは三条のり、白衣に着替え、滝に打たれながら経を唱える「行」をする人が季水が落ちており、その奥には不動明王、二童子、白竜明神等がまつられている。

この「玉出の滝」の手前には脱衣箱のようなものが備え付けられてお節を問わず多いということである。
先の投稿で述べて、滝行の事を暗に述べた記述です。


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新西国霊場巡礼の御朱印帖です。
既に十二の寺院を巡っており、御朱印を拝受したのが五寺院です。
後の七寺院は、霊場巡礼を始める前に訪れて居たので再度仕切り直しです。

大阪清水寺の寺務所を預かる女人さんと巡礼話に花が咲いて、色々と情報交換が出来て最後に有意義な時間を感じました。

取敢えず是れにて不動尊巡礼は、お開きとさせて頂きます。
出歩きは6月下旬以降に成ると思いますので、新たにライブドアブログを自力で開設しましたので其方に過去の資料を随時移行して参りたいと思います。

jisya_junreiのblog ←が開設した新ブログです。
新たに7月頃に、はてなのブログへ移行する予定でしますが、先駆けて此方を整理して参りたいと思います。
愛染堂を後にして清水寺へ向かう途中、急にお腹がグルグル鳴り出して便所へ行きたくなり、周りを見渡しても公衆トイレが無いので近所の一心寺さんへ駆け込んで何とか用足しが出来、気を取り直して清水寺を2度程廻って探し回ったが糸口が見つからず、最初に登った清水坂まで舞い戻って其処から降って左折すると、ヤット入口に辿り着きました。

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急勾配な坂道を自転車を押して、寺務所が見える辺りまで来ました。


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寺務所に懸けられて居る案内です。


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此処からが、不動明王が納められている場所の入口と成ります。


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奥が不動明王を安置されている場所で、上からは水が流れ滴っています。


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不動明王の立像前で、水に当たる滝行が行う事が出来、予め寺の関係者に申し込んで居なければ聖域に立ち入る事が出来ません。


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御朱印と大阪清水寺の御詠歌が一式閉じるファインダー形式に成っており、御朱印の記帳を申し出てファインダーを提示すると新たにお寺が用意した紙に参拝年月とご本尊の名前を記帳して戴き、拝受した御朱印を順番毎に綴じて行く方式です。

此の後も、直ぐに投稿します。




近畿三十六不動尊霊場巡礼第四番札所 京善寺から、今日最後の訪問地大阪清水寺へ伺う道順を御住職の奥様と地図を交えて検討して見ると、私の地図は既に訪ねた場所で丸印やレ点チェックで観難い状態に成っており、わざわざ過去にチェックした丸印で清水寺の場所を消してしまっているから気付かなかったばかりか、過去に訪れた場所に在ったので余計に気付かなかったです?(笑)
ホント、笑うしかなく、自分で解らなくしているのだから本末転倒だね。^^;
一確認してみると、場所は四天王寺の真向かい?夕陽丘に在り、触りで紹介した高校ラグビーの名門常翔啓光学園で高校ラグビー4連覇通算7回優勝した文武両道の名門校の間近に目指す巡礼地が在り、其の辺いったし2〜3回行ったり来たりしながら何とか場所は確認出来ましたが、其の前に途中見つけた愛染堂に立ち寄りました。

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此方へは、過去に2度程訪ねており、唯の愛染堂では無かったのです?
過去2度訪れた時は、興味が無かったので全く気付かなかったですが、お寺巡礼を行ううちに予備知識が身に付き、此処が他と同様に巡礼地の札所に成って居た事を認識しました。
どう言った場所かというと、順次説明致します。


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朱門で見紛う程、必然と目が行きますね!


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そうなんです!
此方は西国愛染明王十七霊場の第一番札所でして、此方を始点に廻るのですが、始めは此処から廻る決め事は有りませんので何処から廻られても良く、最後の結所と成る札所で満願の通知を申し出れば
結所にて満願証明書が戴けます。

山号荒陵山(あらはかさん) 勝鬘院 愛染堂(しょうまんいんあいぜんどう) 和宗 
四天王寺の別院に当り、同じ宗派に属します。


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此方が、本堂です。


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別に御朱印帳は有りますが、購入してまで拝受する気は更々なく、行動に足枷となって身動きが取れなく成るので諦めました。
巡礼範囲が広く、大阪を始点に兵庫、岡山、京都、滋賀、和歌山、三重、大阪、奈良、大阪、和歌山と廻らなければ成らないので、此の行程だけでも相当な移動距離で、考えただけで目眩がしそうでしたの止めました。

次回の投稿は、大阪清水寺で最後と成ります。
斜め向かいに在った桑津天神社を後にし、是れまた幾度か前を素通りしていたお不動さんを祀るお寺さんの前まで参りました。
真言宗御室派 京善寺

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門前で手を合わせて合唱し、中に入ると奥行が余りなく、撮影スポットも限られて居ましたのでお寺内での撮影は此の3枚です。

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京善寺のメインと成るご本尊は不動明王ですが、其れ以外でも十体の神仏をお祀りされています。
此方の京善寺縁起を一読しますと、一体どれだけの神仏をお祀りされているのかため息が出ますが、大坂夏の陣の兵火に遭って消失。
幕府の治世も治まりつつ在る徳川三代(家光)の御代に紀州(紀伊國)より阿闍梨を招き、建立寺号を心王山殊勝院京善寺と改め、根来寺の不動明王と同木同作(興教大師御作伝)の不動明王を勧請し本尊として泰安す。

と縁起には記述されています。


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近畿三十六不動尊巡礼第四番札所の御朱印です。


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近畿三十六不動尊巡礼の別バージョン御朱印です。


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此方は、摂津國八十八ヶ所巡礼第四十一番札所の御朱印です。

真言宗東寺派 教王護国寺(真言宗十八本山全体の総本山)の御朱印帳で二体の御朱印を記帳して戴きました。

京善寺で対応して戴きました方は、京善寺御住職の奥様かお身内の方だと伺われ、書き終えた後で少し世間話をさせて頂き、一呼吸於いて大阪清水寺の位置情報を詳しく教えて戴きまして、向かいの神社とは百八十度真逆の対応でしたので気分よく次の巡礼地に向かう事が出来ました。
次の投稿は、清水寺へ伺う途中に何度か訪ねた事が在る愛染堂を紹介致します。
田辺不動尊でお寺の方と少しお話をさせて戴いた序でに、くわず不動尊の場所を教えて頂きまして、教えて頂いた目印となる場所辺りにコンビニファミリーマートを見つけ、其処で昼食がてらにおのぎり4個買い求め、店先に設置されたベンチに腰掛けて目的地のくわず不動尊京善寺を地図で確認して向かいました。
其の場所は目的なしに何度か無意識で通行した事を思い出し、嗚呼此の場所かと得心し、よく見ると神社が在って向かいに目的地のくわず不動尊が在りました。
どちらも何度も前を素通りしていたので判りました。
まずは先に、桑津天神社へお参りに伺いました。

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参拝を終えると社務所に伺い、受付窓口を見回すと此方でも令和元年の記念御朱印を書置きで用意されており、余り興味を惹く様な感じがしなかったので、映像で投稿している御朱印を拝受しました。
唯、残念な事に社務所で受付して頂いた権禰宜らしき30代後半くらい男性が、怪訝な顔付きで私を値踏みするような目付きで一別し、「何でこんな時間帯で来るのだ」と言わんばかりの表情で私を睨みつけるような感じで対応されたので、嗚呼人間とは思っている事が顔に出る物なのだと認識させられました。
余り良い気分にさせてくれなかったので、気を取り直して真向かいのくわず不動尊の京善寺さんへ伺いました。

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