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神仏の掌に触れて

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大神神社で一通り済ませると、今度は境内を戻るようにして末社の狭井(さい)神社と久延彦(くえひこ)神社を参詣に訪れようと周り、狭井神社は直ぐに見つかったが、久延彦神社の位置が判らなくて元伊勢の檜原神社へと訪れました。
後で愛読の「神様の御用人9」で久延彦神社の祭神に付いて面白おかしく記述されており、案山子の神様で知恵を司る神として古くから信仰されており、一節では大国主命と一緒に諸国を巡、見聞を通して当時の民草の知恵を神託として授けた故事が今の信仰として繋がっています。
次回は、訪れる事が出来なかったのでもう一度大神神社を振り出しに山の辺を道を散策して天理に鎮座する石上神宮へ詣でる計画を立てていますが、是れは以っと先の成ると思います。

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大神神社末社 狭井神社と御朱印です。

垂仁天皇の御代に創建されたと伝わり、ご祭神の荒魂(あらみたま)を祀る延喜式内社。力強いご神威から病気平癒・身体健康の神様として信仰が篤い。4月18日の鎮花祭(はなしずめのまつり)は、大宝律令(701)に国家の祭祀として大神神社とこの神社で行うことが規定された疫病除けの祭で、多くの医薬業者が参列する「薬まつり」として有名。

体中が満身創痍なので、平癒とは言わないが苦痛を和らげるように祈願して参りました。



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此方も珍しい三鳥居が本殿の前に建っています。
後で判ったのですが、本社大神神社も本殿に三鳥居が建てられているそうでして、拝殿の奥に御神体とも呼ばれる三輪山を区切るようにして建てられているそうです。


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拙い時ですが、権禰宜見習いの若い神職が記帳して頂いた御朱印です。

場所としては、山の辺に沿って鎮座しており、何とも寂し居場所に在ります。
此の辺は大層物騒でして、大神神社へ戻る間際にあわやオオスズメバチに背後から襲われそうに成りました。
後ろから急に「ブーン」と音が唸るようにして追いかけて来、背後を覗うと大きな蜂が飛んでいるのですよね!
此れが色の濃い服を見ていたら、一貫のお陀仏でしたね。

此の檜原神社は、伊勢の伊勢神宮が今の位置に遷座する前に仮の宮として一時此方で鎮座しておりました。
元伊勢と言う語句を調べると西日本の至る所に今の場所の伊勢神宮に落ち着く前に方々に遷座していた経緯が書き記されており、此方も其の名残だそうです。

是れにて、桜井巡礼編はお開きとさせて頂きます。
次回の投稿は、大阪河内長野市に在る勧心寺と富田林市に在る滝谷不動明王寺を参詣に伺った巡礼記を投稿致します。

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