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神仏の掌に触れて

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吉野の寺宝廻りの諸寺を訪ね歩いたが、訪れた半分以上が諸般の事情により拝観する事が出来ませんでした。
其処で、吉野巡りの最終段階に入り、吉水神社境内から眺め見下ろした一日千本 一目十年と謳っている染井吉野が植えられている山肌に下降に目指すお寺が在りました。

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此方の如意輪寺は、後醍醐天皇が行宮を定められた時から勅願所とされました。
又、近畿三十六不動尊霊場巡第三十番札所とも成って居ります。


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山門まで結構広い敷地でして、いざ門を潜ろうとすると奇妙な鳴き声が上から聞こえてきて、何処から発しているのか探ると余り見慣れない獣が顔を覗いていました。


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君は、だあれ?
なおさんと二人して、あれは何という獣かとああでもない、こうでもないと論じ、ムササビ?モモンガ?最終的に至った結論はハクビシンでは無いかと結論付ました。(#^.^#)


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大楠公の遺児楠木正行が、四條畷の戦いに出陣する際に一族郎党を引き連れて、当寺にある後醍醐天皇陵に詣で、辞世の歌「かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとどむる」を詠んだという。正行は当寺本堂の扉に鏃(矢じり)で辞世の句を刻んだとされ、その扉とされるものが今も寺に伝わる。


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此方が、如意輪寺本堂(如意輪堂)に当たります。
此方の如意輪寺は、以前は真言宗のお寺として平安の延喜年間に日蔵上人に拠って開山されたと伝わる。
以後、寺運が衰えたが慶安3年(1650年)に文誉鉄牛上人に拠って再興され、真言宗から浄土宗に改宗された。


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三文の鑑札に此方に不動明王を祀られていると探し回り、見つけたらお堂が粗れもない有様の為っていました。
改修工事でもするのでしょうね?


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近畿三十六不動尊巡礼の第三十番札所のお不動さんが、難切りのお不動さんと呼ばれ、お堂の前に「日本一の石の不動尊 どんな難儀も解決致します」と謳っているのですよ!


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吉野に巡礼の札所が在るとは露知らず、宝印帖を持参して居なかったので取敢えず祈願して札所に伺いました。


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此方が浄土宗の如意輪堂御朱印を拝受致しました。

次回の投稿は、如意輪寺に葬られて居られる後醍醐天皇の陵を訪れます。



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