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神仏の掌に触れて

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大念仏寺の南門を退出し、元来た狭い路地を引き返すようにして幹線道路まで一旦出て、阪神高速と国道が北へと伸びている側を沿ってJR杭全駅辺りまで近付き、其の辺りから民家や商店が入り組んで細い路地を通ってみれば進入禁止の車止めに引っ掛かり、また元来た道を線路像に戻って今度はイズミヤと呼ばれて居る関西一円に展開している中型ショッピングセンターの前を横切り、右往左往して何とか参道に至る入口を見出して目的地まで辿り着きました。

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脇参道から正面に出てきたので、第一の鳥居はモッと後ろの方に控えて居ました。


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鳥居の左右の竿石です。
此の様な鳥居も珍しくなく、在る所には在るタイプの鳥居です。
竿石に文字が刻み込まれて居るのが特徴です。


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此方の杭全神社が創建されたのは明治に今の杭全神社に名前を改められてからで、其れ以前は色々と謂れを勿体付けてあやふやな感じで通されて来たみたいです。
一応、日本最初の征夷大将軍坂上田村麿の子、広野麿が杭全荘を領地として賜ってこの地に居を構えました。その子当道が貞観四年(862)に素盞嗚尊を祀る祇園社を創建したのが、現在の第一本殿です。
次回の投稿で、三棟続きの社殿が本店の真裏に鎮座しており、其の第一社殿に、此方の名前が上がった素盞嗚尊と第二・第三と幾柱の神を祀っておられます。

社表号の竿石に府社と刻まれていますが、昭和以前までは社格が数段下がる郷社に列していました。



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此方は、神社に付き物の御神木ですが、楠なのか栢木なのか其れとも大銀杏、杉が御神木と成っていますが、此方は例に漏れずに一番多い楠が御神木です。
奥の境内にも、もう一本楠の御神木が在りました。


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ブロ友のゴンちゃんさんが、以前仰られていた平野環濠跡が有ると言われて居ましたが、まさか杭全神社の境内の敷地に在るとは驚きです。

環濠とは街を防衛する為の深く掘られた濠でして、古くは堺が街の周辺に濠を巡らせて野武士や豪族から守る為に用いられた要塞化した物です。


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此方の門までヤット辿り着きました。
門の名称は、何と呼ばれているのか杭全神社HPから調べると、大門と称するみたいです。


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社務所です。
一番最後に訪れました。(笑)
可愛い巫女さんが、居られました。


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一目見ただけで、幾柱かの神さんが祀られて居る事が察せられました。


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絵馬堂です。


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正一位田村大明神として祀られている坂上田村麿と広野麿親子を御柱として祀っています。

此の続きは、次回投稿致します。
此方の杭全神社の投稿は、3回に分けて投稿する予定です。



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