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神仏の掌に触れて

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此の日は、遠方ではなくてお膝元大阪市内を巡る事を思い立ち、まず最初にヘルプで訪れる支店の下見を兼ねて大和川を超えて大阪市内へチャリンコで雪崩込みました。
市内には近畿三十六不動尊巡礼の札所が結構天王寺周辺に固まっており、最初に田辺のお不動さんへ訪れる予定で以前から前を通行していた神社へ足を運びました。

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何故、此処へ赴いたか申しますと、好角家ならご存知でして、此方の神社が九重部屋の大阪場所の宿舎として訪れておりまして、元横綱千代の富士の先代九重親方の時分から宿舎として後援会が口利きでお世話に成って居ます。
3月に此方を通ると髷を結った力士の姿を良く見かけ、嗚呼今年も来られたのだなと感慨します。


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鳥居の参道口左右には、楠の御神木が立ち並んで居ります。


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楠の御神木も、神様と同じ扱いを受けております。


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少し離れた所から拝殿前を伺うと、何やら見えていますね?


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天皇陛下の御即位と皇室の弥栄を寿いで居られますね。


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少し拙い字に見えますが、多分の此方の神社の跡取りと見受けられる30代中頃の権禰宜が、サウスポー(左利き)で墨で御朱印を汚さまい様に紙を充てがって書き難い格好で一所懸命に記帳されている姿を垣間見ているので是れは是れで良いと好感を持てました。

山坂神社は、昔からこの地域に在る村社が社格でして、御祭神には天穂日命を祀って居ます。
摂社・末社には野見宿禰・素盞嗚尊・猿田彦・宇賀御魂神の四柱の神を祀って居ます。
天穂日命(アメノホヒのみこと)とは、天照大御神須佐之男命誓約をしたときに生まれた五男三女神の一柱。天照大御神の右のみずらに巻いた勾玉から成った。物実(ものざね:物事のタネとなるもの)の持ち主である天照大御神の第二子とされ、天忍穂耳命の弟神にあたる。葦原中国平定のために出雲大国主神の元に遣わされたが、大国主神を説得するうちに心服して地上に住み着き、3年間高天原に戻らなかった。後に他の使者達が大国主神の子である事代主神建御名方神を平定し、地上の支配に成功すると、大国主神に仕えるよう命令され、子の建比良鳥命出雲国造らの祖神となったとされる。

又、此方には相撲に祖として伝えれて居る野見宿禰も山坂神社の祭神として祀られており、嘗ては祭神の野見宿禰を因んで奉納相撲も行われて居ました。
其の故事を知っていたのか居なかったのかは定かでは無いが、宿縁在って日下開山(横綱)まで極めた九重親方に白羽の矢が経って彼の地に寄宿舎として来られて居るみたいです。

次回の投稿は、田辺のお不動さんとして親しまれて居る田辺不動尊法楽寺を投稿致します。




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