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神仏の掌に触れて

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今週の日曜日は、地元神社の秋季大祭が行われ、先週も地元の神社で同じく秋季大祭が行われていました。
私の地元には、開口(あぐち)神社と船待神社の二社が在り、何方の神社も氏子で有ったので勝手しており、堺市内は北と南に分けてふとん太鼓と地車(だんじり)に棲み分けら、9・10月は堺北のふとん太鼓、10月は堺南の地車と装いの違う祭りが催されます。
地車は、岸和田の地車が日本中に名前が知れ渡り、9月の中秋の名月が昇る時期に行われて泉州地区の地車圏のトップを飾って勇壮に行われ、其の翌月に岸和田の山手地区・和泉市・泉大津市・堺市など後を追って順次行われております。
生憎、私の地域はのろまな俊敏性の無いふとん太鼓で、担ぐよりは引っ張りが主でして、百舌鳥八幡のふとん太鼓に一歩も二歩も見劣りしています。


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三地区の上りが川沿いに建てられており、阪堺線(チンチン電車)の線路を挟んで対面するようにして幕が貼られて居ります。
出島地区は、南海本線湊駅に拠点を置いているので幕は駅周辺に貼られているの見る事が叶いません。


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宮入されている船待神社の近くまで通ると、電柱あたりに立てかけられていた掲示板に、10月20・21日に開催される堺まつりに出場する堺市内を代表して10基ふとん太鼓の到着時間と出発時間の詳細(予定表と地図)を知らせるポスターが貼られていました。


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船待神社の鳥居の前に立ち、扁額と社表号を写し、鳥居の中を覗き見る様にして中の様子を伺いました。


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三地区のふとん太鼓が順に並んでいます。


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鳥居寄り手前のふとん太鼓は、私が6月まで住んでいた地域の東湊地区のふとん太鼓です。


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真ん中のふとん太鼓は、南海本線湊駅の高架下に拠点を構える出島地区のふとん太鼓です。


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最後に、一番奥に陣取ったふとん太鼓は、阪堺線の線路の向かい側地区の西湊ふとん太鼓です。
午前中に出向いたので、活動時間が外れていましたが、ふとん太鼓を運営する青年団若中達が地域の町内会を巡って活動資金の寄付を募って歩いている最中に出くわしましたが、宮出し後は夜の8時を回った時点で近隣道路を封鎖し、担いで三地区のふとん太鼓が練り歩くパフォーマンスが見られます。
休みなら遅くまで見物するのですが、翌日は朝早くから仕事が控えているので残念ながら自重しました。



堂島川と二つの京阪電鉄路線を眺めて過ぎ去り、此の辺りの景観も撮影しているので、どうしても写り込んでしまうのです。

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此方は、10年近く前に日テレ系の番組で出演した某弁護士が、大阪府知事及び大阪市長に転身して、政治活動していた拠点の大阪市庁。



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其れに対する対面の建物は、日本銀行大阪支店です。
自転車で此の前を通る時は全然意識せずに通っていましたが、此れが日本銀行の大阪支店であると言う事を今回初めて気付きました。
私の知り合いのご子息が、日本銀行に勤めて居り、2年毎に日本各地に移動させる全国転勤が有ると漏らしており、一つ処ろで何年も長く務める事は、不正と癒着の温床に成るので絶えずトランプをシャッフルする様に転勤が成されていると溜息を着いて申しておりました。

此方の建物も結構な年代物で、観光スポットしても為りうるくらい文化財に指定されてもおかしくない程古いです。
次回の投稿は、大阪市内難波の観光スポットを投稿致します。

2日前の金曜日、帰路に着こうとして台風被害の大きかった場所のことを思い出し、急遽進路を変更して或る場所へ向かいました。

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上の写真6枚を撮影場所は、JR阪和線百舌鳥駅と上野芝駅間に在る大仙公園の東側側道の面した場所で、途中で入口がもうけられて其処から侵入して辺りの様子を眺めていました。
丁度、ブルドーザーで台風で散らかさられた枝葉を集めて集積している作業の最中でした。
台風通過して僅か10日間しか日数が経っていないが、事後処理が遅々として捗っていません?


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此方の映像6枚は、正式の東側出入口から侵入して公衆トイレを左折した辺りからサイクル広場から南側出入口を抜けようとした通路です。
此の辺りから、チェーンソーの唸る音が木霊して来て、どの辺りで倒木の伐採作業を行っているかは見えては居ないが場所は或る程度特定出来ました。




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先にメリ上がって倒木した面を強調しましたが、2枚目の映像が全体像です。
此の様な倒れ方をする木々が、公園内の至る所に見受けられます。


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後の映像は、私が引越しする前に住んでいた借家から、自転車で何時も大仙公園と緑化センターの間の道路を通っていた通勤路の左右の光景です。
僅か、大仙公園の大きな区画の2箇所を展望しただけで此れだけの被害が出ています。
周辺全部と公園内を含めると、一体如何程の被害が出ているか想像するだけでも背筋が寒くなってきます。

此の映像を観て戴く限り、此方の大仙公園に遊びに出向かれる方に取って、訪れて驚愕するくらい景観が変貌されている事に対して嘆かれると思われます。
此の後、10月の後半に堺市を挙げて、堺まつりが催される予定で、此方の大仙公園会場では千利休縁の茶道発祥地と在って野点会場と成る予定でして、同じくバザールが催され、祖して百舌鳥古墳群の中心地でもあるので古墳から採取された遺物等が展示されている堺博物館も大仙公園内に在って堺まつり期間中の2日間は入場料無料で入館出来るので訪れる観光客がさぞや驚かれる事と推察します。

開発中のJR大阪駅貨物線集積所跡を後にして、阪神百貨店や大阪中央郵便局辺りを抜けようとして辺りを右往左往しているのですが、10数年ぶりに自転車で徘徊したので景観がガラリと一変し、自分が一体何処を走っているのかと疑心暗鬼になり、どうにかして自分の知っている所に出ようともがいて居るのですが、中々知っている場所に出て来れず焦っており、やっと駅前第4ビルの裏手に出てきたので安堵し、今度は御堂筋を通らずに一つ筋をずらして裏筋を通って歩行者を避けて北浜辺りまで戻ってきました。

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堂島川に架かっている大江橋です。
電灯の所に麒麟の像が代わりに乗っかていると日本橋に来たのかと錯覚しそうですね?


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中之島公会堂辺りから高層ビルが軒並み続いている光景です。


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嘗ては、水の都と歌われましたが、最早面影もなく様変わりた警官です。
昭和20年代後半?若しくは30年代前半に、この堂島川を舞台にした映画が制作されましたが、余り古いので検索しても出て来ず、何処のサイトで伺ったのかど忘れしまして、責めて配給会社名でも覚えておれば探す手立てが在るのですが、チラ見しただけで直ぐに閉じたので作品名の「堂島川」だけ記憶に残っていました。。
作品はモノクロ映画だったです。


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此方の3枚の画像は、次の次に投稿する場所で。
大阪府民は解って当然が、府外の方で此の建物を判れば大阪通ですよ!

次回の投稿は、或る不思議な光景を投稿します。
太融寺を後にして、大坂フロアマップを見ていたら網敷天神と言う神社を見付けて近所なので参拝に伺いました。
辿り着いて早速お参りし、其の足で社務所に伺いました不在でして、偶々境内に空手道場を間借りされている氏子さんたちにお聞きしたら、社には老女が一人暮らしており、この辺一帯は治安が非常に悪くて危ない輩が徘徊して危害を加えるという事で、御朱印の直接の記帳をお断りする事が多く、御旅所へ伺えば記帳して頂けると云われ、言われた通りに向かったが御旅所が無くてガッカリして大阪駅周辺をブラブラしたら、多分JR大阪駅の貨物集積所跡地らしき場所に出てしまった。


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阪急ファイブ・ナビオ阪急・阪急百貨店及び高速バスターミナルが集積した場所を潜り抜けて出てきた所が、眼前に此の様な景観が広がっていました。



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投稿前に調べてみると、大阪万博に間に合わせる為、此の辺りを再開発して地下にトンネルを潜らせて新駅を造営する予定みたいです。

次回の投稿は、映画のタイトルにも成った場所を伺います。

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