ここから本文です
神仏の掌に触れて

書庫大阪徘徊

記事検索
検索

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

近くになりました 

以前にも度々ブログで取り上げましたが、引越しして長期休暇4日目の第一日曜日の朝から気晴らしに大浜公園から堺港マリーナへ散歩とショッピングを兼ねて自転車へ移動しました。

イメージ 1

結構広い敷地のある大浜公園内に大浜球場バックネット側から侵入して、グラウンドと大浜体育館を横目に眺め、体育館に隣接してアマチュア相撲のメッカ 大浜相撲場の横を通り抜けると、今日はヤケに親子連れや小中学生が走っているので何でかなと後を追ったら成程と思いました。


イメージ 2
イメージ 3
イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6
イメージ 7

小中学生位の女の子達が友達と朝の早い時間帯に、大浜公園敷地内にあるプールへとペダルを踏んで我先にと駆けている光景を観ていると50年前の自分の姿を目に浮かび、このプール施設は堺市内では市が運営している施設では結構歴史の在る物で、私が親に手を引っ張られて連れられていた事を昨日の様に覚えています。
本当に期間限定で、長い歴史の中で3度くらい水不足の影響で運営期間が短縮に成った事も有りましたが、此処だけは時間が止まったように未だ存在していますね!
堺潮湯の銭湯に浸かった翌日、27日から引越しを控えていたので5日連続の長期休暇を取得した3日目の朝に、自転車で移動して引越し前に住んでいた借家へ掃除を行う為に線路沿いを走っていると、何度も其の前を通っているのでが違和感を覚え、自転車を降りて店の前に立ち寄ると以前とは全然店の前の景観が変わっており、外からはガラス越しに中を覗けるので見てみると内装もレイアウトも一変していた。

イメージ 1

新潟の酒造メーカー朝日酒造が生産した久保田を取り扱う特約店で、以前とは外観と内装がガラッと変わっており、其れでなくても変な賃貸物件の中に入り込んでいる酒屋なので余計に目立ちます。


イメージ 2
イメージ 3

此の賃貸物件の外装は、酒屋の上を更に見上げると、「お、おや?」と目を凝らして確認する様に見上げると、思わんばかりでキャラクターに成っています。
アオガエルですよ?アオガエル!


イメージ 4
イメージ 5

此の看板だけは以前とは変わらず、数字で表しているのは、此の酒屋が起業した年月日で、以前は本当の昔から在る酒屋の雰囲気を醸し出していました。

イメージ 6
イメージ 7

流石、久保田を取り扱う特約店故の外観のレイアウト替えですね?


イメージ 8

イメージ 9

内装も大幅に変わったが、玄関のドア横にインテリア替わりにこんな物まで置いているのですよ?
皆さん、どう思いますか?(笑)


与謝野晶子生家跡

先の3回の投稿で、与謝野晶子生家跡から一番近い馴染み有る商店街を紹介しましたが、2回目の投稿の最後で更地に重機やトラックが駐車されていた場所からは徒歩2分くらいの距離に在り、土地勘が無い者に取っては商店街南出入口から出て、中央環状線(別名フェニックス大通)から臨海・大阪方面に向かう方向に進行して頂くと、途中阪堺電気軌道(ちんちん電車)宿院駅が見えており、交差点を右折して頂くと飲食店チェーン「レストランさと」を目印に保険会社のビルが建ち並ぶ歩道を歩いて頂きますと最初の信号機が見える辺りに与謝野晶子生家跡の碑とモニュメントが建てられています。
阪堺線が通る大路は北は綾野町駅から南は御陵前駅まで全長2km以上有する旧堺を横断する大通で旧紀州街道でも有ります。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

此の日は、大型園芸店跡の脇道から阪堺線を望む様にして交差点手前から4方向を撮影しました。

1枚目の映像は、与謝野晶子生家跡の石碑が有る方向を望むと、丁度阪堺電気軌道の新型車両堺トラム1号車が、浜寺公園に向かって信号待ちしている所を巧いタイミングで撮影出来ました。

2枚目、3枚目の映像は、阪堺電気軌道宿院駅の大阪方面駅を遠近を付けて撮影しました。

4枚目の映像は、与謝野晶子生家跡に向けてカメラを向けています。


イメージ 5
イメージ 6

此方の映像は、横断歩道を渡りきって辿り着き、生家跡前から綾野町方面と御陵前方面を見て位置確認をしている所です。


イメージ 7


生家跡に佇むと、与謝野晶子生家跡と彫り込まれた石碑が建てらており、丁度其の横で私以外で市外から訪れられた女性2人も交互でカメラとスマホで撮影している最中でしたので少し離れて眺めていました。


イメージ 8
イメージ 9


金属製のプレートのモニュメントと歌碑が建てられています。



イメージ 10


歌碑には、晶子が自分の幼き日に慣れ親しんだ町と父母が住んでる家を恋しがって短歌を詠んでいます。



イメージ 11
イメージ 12
イメージ 13
イメージ 14
イメージ 15
イメージ 16


プレートには、与謝野晶子の略歴や旧堺の町並みの様子を描いた絵と地図を散りばめて紹介しています。
興味をお持ちの方は、詳細と与謝野晶子の人となりをもっと知りたい方は、生家跡から直ぐ近くに「利晶の杜」と言う箱物施設が御座いますので其方へ行かれたら納得されると思います。
因みに、「利晶の杜」の利晶とは、堺を代表する文化人であり茶頭としての名声を得た千利休と歌人与謝野晶子の名前から一字づつ取った名称です。
入館時間 9:00〜18:00(最終入館は17:30までと成っています)
入館料は、
大人(大学生を含む)300円、高校生200円、中学生以下100円

其れ以外で、武者小路千家監修の茶道体験と別途で立てた抹茶を喫茶出来ます。
どちらも大人500円、高校生400、中学生以下300円で体験し楽しめます。
マイカーで来られる方は、駐車場も完備しており、1時間200円で利用でき、利生の杜の館横にはスターバックスも営業していますので宜しければ是非お越し下さい。

一昨日の投稿では、ほぼ商店街の軒並みの6割辺りまで紹介し、大型園芸店跡地まで辿り着きまして、直進せずに其の儘右折して線路を横断したら与謝野晶子生家跡まで行けますが、其の紹介は後日に廻して直進して和泉國一之宮大鳥大社と攝津國一之宮住吉大社の頓宮を兼ねている宿院頓宮が拝める辺りまで進んで紹介致します。

イメージ 1
イメージ 2

此方の洋食屋は、山の口商店街では古い老舗で創業70年 昭和21年に開業し、今は若い亭主が此のお店を継いで営んでいます。


イメージ 3
イメージ 4

浪速亭が店を構えている所から数m移動したら、天井に吊るされた垂れ幕に堺市を代表する人物や名所が描かれています。
1枚目は、良く観光案内パンフレットで描かれている旧堺燈台と堺を代表する文人与謝野晶子。
2枚目は、上部にはユネスコに世界文化遺産申請をした古市百舌鳥古墳群の仁徳天皇稜と新築された堺市庁舎です。


イメージ 5

南側出入口手前の廃屋を囲っている塀に、此の商店街の店主たちの似顔絵を複数枚づつ貼り付けられています。


イメージ 6イメージ 7

















地域の交流の場にも成っています。

イメージ 8
イメージ 9

此の中から、先の投稿と此の投稿で紹介したお店の店主の似顔絵を投稿致します。


イメージ 10

イメージ 11

泉州庵の店主の似顔絵です。
凛々しくて、ナイスガイですね!


イメージ 12

イメージ 13

此方は、難波亭の店主の似顔絵ですが、先代は厳つい顔をされていましたが、息子さんですか?福与かな顔をされていまして飲食業では福顔の部類に当ると思われます。


イメージ 14

一般の方からの作品も掲示されています。


イメージ 15

同じ場所に、此の様なポスターが貼られており、商店街の何箇所かに張られています。
映画の筋書きは、堺を代表する文化人千利休の茶器を仕返しの道具にして騙した大物鑑定家に意趣返しの仕返しを映画の題材としています。


イメージ 16

此方が南側出入口でして、此の道を真っ直ぐ行けば旧紀州街道の繋がりますが、道順が紆余曲折してとんでもない場所に出て来ますので余りお勧めする事が出来ませんですね?
交差点の横断すれば左側に交番が在り、隣接する所に先ほど申し上げました大鳥大社・住吉大社を兼ねた宿院頓宮が鎮座しています。
此方は、前進ブログの和泉國御朱印巡りの項で投稿しており、今回は場所が在ると言う認識で紹介しております。


イメージ 17

また更地が出てきましたね。


イメージ 18
イメージ 19

イメージ 20

イメージ 21

南側出入口の左側にコンビニのセブンイレブンが在り、真向かいには与謝野晶子の町物産品販売所と成っており、大河ドラマに取り上げられた文化人千利休と所縁の在る真田幸村が活躍した道明寺を応援するポスターが店頭に貼り付けられています。

此れにて山の口商店街の紹介は終えますが、明日の投稿は与謝野晶子生家跡を紹介します。
先日の投稿は、商店街がシャッター街と化した現状と、何とか生き残ろうと試行錯誤している様子を紹介いたしましたが、其の続きで画像を用意しておりますのでご見聞のほど願います。

イメージ 1
イメージ 2

堺と泉州の特産物を取り扱ったアンテナショップが、此の山の口商店街で初めて設けられています。
土産物を始め食品類、堺の特産品が数多く取り扱っています。


イメージ 3
  
イメージ 4

入口から少し入った所に仏壇仏具展が在りましたが、此方はお香を取り扱うお店です。
堺は昔から商業で栄えた町ですが、お寺神社が多い門前町でも在りますので、当然お香なども取り扱っています。
又、此のお店でもスタンプラリーの中継点と成っていますので、必然と目が惹きますね!


イメージ 5

イメージ 6

アーケードから吊り下げられた短歌を綴った垂れ幕は、堺の女流歌人 与謝野晶子が「明星」で詠った詩集の一編です。
大仙公園内に、与謝野晶子の歌碑が多く建てられているそうです。


イメージ 7
イメージ 8
イメージ 9

イメージ 10

此方の神社は、御朱印巡りで投稿致しました開口(あぐち)神社です。
元地元で嘗ては此方の氏子でしたが、引越ししてからは地縁が切れてしまったので此方の神社で催す神事や行事には殆ど足を運ぶ機会が途絶えました。
此方の神社で思い出深いのは、秋季大祭で此の商店街をふとん太鼓を担いで何往復も行き来して、写真に写っている鳥居を潜って亦境内を数周して宮入を行う勇壮な姿を今亡き親父の肩車から遠望してはしゃいでいた幼き日の記憶が蘇ってきます。
其の時に事件が起きたみたいで、其の当時は順番で籤引きを行っていなかったので宮入の順番で揉め、境内で太鼓同士が克ち合う喧嘩騒ぎが起きて、何度かぶつけ合いを行って危ないから双方お互い危険を回避して退いていました。
喧嘩太鼓は、死人が出る事が在り、酷いときは即座に消防署に一報して駆けつけた消防車で放水して両者を引き剥がす事が在ったと当時を知る親父が教えてくれた。
今では、太鼓を担ぐ根性も無い若い連中が多く、担ぐより綱で引いている光景を良く目にします。
予断なんですが、堺一いや大阪一とも申しても言い過ぎではない太鼓か次は、百舌鳥八幡宮の氏子蓮だと思います。
石に階段を遮二無二なって担いで上がる勇壮は凄いの一言です。



イメージ 11

イメージ 12
イメージ 13
イメージ 14


神社の真向かいに休憩所が設けられており、元々は店舗が在りましたが、所有者が土地を譲ったのか如何かは定かではないですが、ガラス戸を開けると木製ベンチ?其れとも縁台ですか、座れるスペースを確保しており、写真がぼやけていますが本棚も作られて読書を楽しむ事が出来ます。


イメージ 15

中には、更地に仕立ての場所も在って、覆いをする事が間に合わない所もチラホラと目に付きます。


イメージ 16
イメージ 17
イメージ 18


あの空き地から少し歩くと斜め向かい辺りに、此の映像に写り込んでいるアートギャラリー(画廊)が営まれております。


イメージ 19
イメージ 20


露骨に不細工な光景が映し出されておりますが、此処は嘗ては大きな園芸店が建ち並んでおり、店内は居るとビニールハウス場に成っていたので奥は南洋植物を取り扱い、入口辺りのスペースには家庭菜園の苗や、庭園に植え込む花の苗などを一番目立つ所に置いて販売していたと記憶に留めております。
此れが、廃園後は幾年かは建物が其の儘にされていましたが、更地にして工事関係車両の駐車場と化しています。
此の角を右に真っ直ぐ行くと、大路の真ん中に阪堺電気軌道(チンチン電車)の線路が敷かれており、交差点を横断すれば与謝野晶子生家跡がモニュメントと一緒に置かれています。
此方は最後に投稿致しますのでご容赦願います。
次回の投稿は、明日投稿出来れば宜しいのですが、帰宅が遅く成るので投稿を見送るか、別項を投稿するかは気分次第に成るかと思いますので悪しからず。

全8ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8]

[ 前のページ | 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事