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神仏の掌に触れて

書庫大和國御朱印巡

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休丘八幡宮と孫太郎稲荷社を訪れた際、少し離れた所に赤い幟が数本立てられており、近付いて見ると養天満宮(ようてんまんぐう)と名前が揮毫されているので近くに有るのだと思い、近鉄の線路伝いを歩いて右往左往していると通り抜けられる脇道を見出し、其方を歩いてゆくと線路を越えて山伝いの階段が見えたので上がって参拝しました。


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線路手前から、鳥居の中を眺め覗うと御灯明が煌々と点され、元旦なので此の様な小さな神社は無人に成って居る場合が往々にして有り、階段を上がって奥まで行きました。



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線路を越えて、石畳の参道の手前からも御灯明がハッキリと見えています。



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奥に行くと木々で陽光が遮られ、昼間でも此の暗さで、流石に閉口しました。

拝殿の前まで行くと、人の声が聞こえてきて参拝を終えるとガラス戸が開けられ、話し声のする方を向くと地元の古老が鎮守の番をされているのか数名固まって世間話で盛り上がっている所、一人が出てきて「良くお参りして戴きました」と声を掛けて「御神酒を飲んで行って下さい」と言われましたが、例えお神酒でも昼日中から飲む事を律しているので丁重にお断りしましたが、其れならば「何か摘まんで行ってください」と酒のツマミを遠慮なく戴き、其処で数分間立ち話して退出しました。
地元の鎮守社なので神事の時だけ当番制で寄り合いを行い、年中行事に勤しんでいると申されていました。
私が、「此方は村社ですか」とお尋ね致しますと、「郷社に当ると仰れ」得心しました。
此の後は、線路伝いを歩いて垂仁天皇稜が見える農道を歩き、生活道に出てきて尼ヶ辻駅より帰途に着きました。

是にてネタ切れと成りましたので、次回の投稿からは途切れ途切れと成りますが趣味などの話題を添えて投稿して参ります。

一旦、南門から出て辺りを伺い、孫太郎稲荷社の赤鳥居から入らずに少し遠回りして休丘八幡宮(やすみがおかはちまんぐう)の正面から入り、拝殿に参拝を終えるとお札授与所が傍に見えており、其方で両社の書き置いた御朱印に参拝日を記載してもらい拝受しました。
お札授与所の横が抜けられ、先程正面で見た赤鳥居を後ろから仰ぎ見る形で出ました。


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近鉄電車の線路辺りまで伺い、左手を見たら休丘八幡宮(やすみがおかはちまんぐう)の正面鳥居まで辿り着きました。
神仏混合を地で行くような、見本の様な寺社ですね!



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境内左右の写真です。
お札授与所の受付で、二人の巫女さんが窓口で対応しており、用が済めば写真でも見えている様に軒下を潜るようにして抜けるとお稲荷さんが在る所まで出て来れます。



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拝殿の前に、獅子舞の獅子頭が飾られています。

薬師寺 休ヶ岡八満宮
【やすみがおかはちまんぐう】

鎮座地: 奈良県奈良市西ノ京町休岡

宗派: 法相宗

御祭神:
誉田別命【ほんだわけのみこと】(八幡神/応神天皇)
息長足姫命【おきながたらしひめのみこと】(神功皇后)
仲津姫命【なかつひめのみこと】(応神天皇皇后)

創建: 寛平八年(AD896)

創祀: 栄紹法師

社格等: 旧村社

別称/旧称: 休ヶ丘八満宮 休岡八幡神社 薬師寺八幡宮 薬師寺鎮守八幡宮


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お札住所の軒下を潜ると石畳の参道の出て、孫太郎稲荷社の紅白無数の幟が交互に並べているのが見えています。



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境内の中に入り、賽銭を入れて二礼二拍して最後に一礼を行って退出しました。

薬師寺 休ヶ岡八満宮末社 孫太郎稲荷神社
【まごたろういなりじんじゃ】

鎮座地: 奈良県奈良市西ノ京町休岡

宗派: 法相宗

御祭神:
宇迦之御魂神【うかのみたまのかみ】

創建: 不詳

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正一位孫太郎稲荷大明神として崇められていますが、狐の神階が無茶苦茶高位で首を捻りますね?
其の他の神は、是もピンキリでして、官幣社・国幣社と朝廷と国司がどちらかを定め、其処に大社・中社・小社と社殿の大きさを明確にし、日の本天下六十六州の国々の格付けが入り、官幣社が優先的に高位の位階・神階を優先付けされ、国幣社に於いても特別の破格の高い神社は正一位の神階を朝廷から授けられます。

稲荷神社の総社は、伏見稲荷大社であり、其処から勧請を受けると度の様なちっぽけな社でも伏見稲荷から授かったとして神階だけは正一位の位を称する事が当り前みたいに罷り通っていますね?

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どちらも見事に書き上げているので書き置きでも納得しますね!


薬師寺鎮守社休丘八幡宮・末社孫太郎稲荷社を離れ、地元の郷社に当たる養天満神社(ようてんまんじんじゃ)へ伺って帰路に着きました。
明日は、最後の投稿して地元郷社養天満神社(ようてんまんじんじゃ)を参拝した様子を投稿致します。






先程の投稿に引続き、残りの画像を掲載致します。

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先程の投稿に誤りが有りましたのでお詫び訂正致します。
大講堂でも、講堂前にテントを設営して祈祷祈願と護摩木に願い事を書き入れて奉納する場が設けられており、大講堂でも法話と法要が行われています。

金堂に入ろうとしましたが、前がぎゅうぎゅうに詰まっており、中々に前に行けないので、後ろから入って仏陀の十大弟子を見なければ成らない仕儀と成りました。


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薬師寺の境外鎮守社に伺いたいので南門から退出し、孫太郎稲荷社と休丘八幡宮へと向かいました。


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孫太郎稲荷社側から見た薬師寺南門の様子です。



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少し線路側寄りずれると、薬師寺の社表号が佇んでいます。



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南門の横に在る、裏側入口からも入場出来、表には無かった薬師寺の謂れ書きと私が参拝した目的である西国四十九薬師霊場の第一番札所でも在る薬師寺のもう一つの顔です!

明日は、薬師寺の境外鎮守社である休丘八幡宮と孫太郎稲荷社を投稿致します。






先に御朱印を拝受し、後からゆっくりと境内を散策しました。

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大講堂の左側から観た金堂です。
先の投稿では、金堂の真裏の門から仏陀の十大弟子達の立像を垣間見ましたが、其の前に中に入り弟子達の名前を確かめて観ると、舎利仏や阿難陀くらいしか名前を知らず、後の八人の名前はチンプンカンプンでした。(笑)



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金堂の真裏に位置する大講堂で、此の階段を上がると御朱印処が在り、此の日も元旦ながら盛況でありました。



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金堂の中では、高位の僧侶が御読経を唱えて法要の最中でした。



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先に西塔の修復工事が行われて、中は数年の念がつが経ても真新しい状況でした。




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只今、東塔の解体修理を行っている最中でつい最近に補修工事が行われたのかと思いきや、着工したのが平成21年から解体修理が始められ、完了するのが平成32年の6月頃と薬師寺ホームページで紹介されています。
完了する頃には、新しい天皇の即位2年目と成って元号も変って新元号2年目と落慶法要が行われて御朱印帳にも記帳されるでしょう。





本堂を拝観したので、前回修築中で伺う事が出来なかった奥の院が綺麗に修築され、晴れて今回訪れる事が出来ました。


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前回も其の前も通行することも出来ず、這う這うの体で別の道に追いやられた感がアリアリでして、今回初めて伺う事が出来ました。



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反対側を振り向けば地主神社が見えており、其方は前回伺って中の様子は若い女性が多い人気スポットと成っています。



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此の古いお堂は、釈迦堂と呼ばれ、まだ修築はお呼びでは無いみたいですね?



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釈迦堂の横に、今改修築された阿弥陀堂と奥の院が建ち並んでいます。



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奥の院側から観た阿弥陀堂の様子。



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奥の院の横に御朱印所が見えていたので、同じものを清水寺オリジナル御朱印帳に拝受致しました。



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此方が、奥の院のお堂です。



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奥の院の競り出た舞台から撮影した、修築中の本堂と京都タワーです。


明日の投稿は、奥の院よりももっと先に在る三重塔(子安の塔)と泰産寺を投稿致します。

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