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神仏の掌に触れて

書庫大和國御朱印巡

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少し入口の所で待たされ、開門と同時に白毫寺の家人から声を掛けられて拝観口まで誘われました。
入って直ぐに本堂に伺い、中の国宝や仏像等展示物を愛で、本道から出たら花の寺と銘打たれて居るので本堂を周りを探索しました。

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此方が、白毫寺本堂でして、年に一度障子戸が開け放たれて御開帳と成る日が有り、確か9月15日でしたか?仏事で方々から信者や観光客が訪れるそうです。


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五色椿と呼ばれ、詳しくは解らないので或る所から所以を詳細に記述されていましたので抜粋して貼り付けました。

五色椿(奈良県指定天然記念物) 東大寺開山堂の糊こぼし・伝香寺の散り椿とともに「奈良三名椿」の一つとして名高い。寛永年間に興福寺の塔頭、喜多院から移植したものとされる。



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こちらの歌碑は、万葉集の和歌が詠まれているそうでして、余り見難いので態々親切に鑑札まで立てて頂いていますね。


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不動明王です。

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過去、数箇所の花の寺を巡礼に赴きましたが、やはり石仏の道が設けられていました。


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創建の古い山寺には、山道や境内の至る所に細い道を作り、石仏などを建てられている光景を目にします。


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寳藏(ほうぞう)の右手から真裏にかけて、草の絨毯が生い茂り、良く見ると地味ながらも青く綺麗な花を咲かせています。

次回の投稿は、寳藏の中に入って仏像などの国宝を愛でます。








先月の26日の朝から最寄りの南海堺駅から、途中JR新今宮に乗り換えて古都奈良へ久しぶりの日帰り旅に出ました。
7月中旬に祇園祭に出かけて以来の電車に揺られ、途中用足しで緊急に大和郡山駅で途中下車してトイレに駆け込み、在の儘辛抱していたら膀胱炎で病院通いを強いられる事が目に見えているので吝かではないが時間よりも健康を優先に旅を継続し、目的地奈良まで辿り着きました。
此の日は、そないに早く出ていなかったのに、JR奈良駅を下車し、駅ターミナルに駐車していた奈良交通バス白毫寺行に駆け込み、余り利用したことがないので近くまで降りて、徒歩で白毫寺まで出向きました。
途中、不空院に立ち寄りましたが未だ拝観しておらず、更に少し歩いた近所には新薬師寺が在ったが、其処も拝観受付が閉まっており、致し方なく白毫寺に向かいましたが、其処も未だ門が閉ざされた儘で、階段に座って暫し本でも呼んで時間調整を行いました。

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新薬師寺から少し歩いたところに、白毫寺を示す道しるべが目に付き、其の方角へ向かって歩くと、去年夏場で行って苦労させられた勾配のきつい坂道が脳裏に蘇りました。


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平坦に見えますが、気が付かないうちに徐々に坂の勾配が急に上がりだし、気が付けば後ろを振り向くとギョッとする様な勾配が目にする事が出来ます。


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此の映像を見ただけでは、多分解らないだろうと思いますが、次の1枚をご覧に成れば一目瞭然です。



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此れだけの傾斜角度が有り、道の先が見えない程急勾配に成っています。
此処からが亦きつく、階段が控えており、去年の残暑が残る時に汗だくに成りながらも今回と同じ行程を歩きましたが、一度体験すれば人間順応力が付いて先の過ちを犯さない知恵が伴っており、だから今回は駅からバスで途中まで来ました。
流石に全行程を歩くとなると、寄る年波には勝てず、肉体を痛め付けるばかりで何ら得がなく疲弊するばかりですので、今回は賢く立ち回りました。


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此の白い看板が、後で印象深く思い出すと其の時は思わず、最後に或る地点に立った時、看板の文言が身に沁みて感慨に耽りました。

次回は、白毫寺境内を散策した模様を投稿致します。
午前中で一旦打ち切らせて戴きましたが、其の間に罹り付けの医院で毎月の検診に通院していました。
帰りには、近所の生鮮スーパーで3〜5日間遣り繰りする食料を買い込み、昼食も終えて夜食の仕込みも略段取りが終えてパソコンに附く事が出来ました。


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階段を上がりきると、右手に舞殿が見えており、其の真向かいに飛鳥坐神社の社殿が鎮座しています。


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拝殿の奥に御神体が、祀られております。



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拝殿に向かって参拝し、二礼二拍一礼の作法に則って拝礼を終えて、社務所に向かい、味の有る書体の御朱印を記帳して戴きました。


なおさん、此の日は一日中案内して戴きまして、誠に有難う御座います。


又、秋にも吉野に参詣の際は、宜しく御願い申し上げます。


此れにて南都大和路巡礼記をお開きとさせて頂きます。




明日からは、東山・一乗巡礼を投稿して参りますので乞うご期待下さい。









最後に案内して戴きましたのが、去年九月下旬に飛鳥路を巡礼した際に最後に訪れた飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)でして、此方を訪れた時は残念な事に社務所には誰も居らず、再三再四呼びベルで押して呼び出しても応答なく致し方なく去りました。
其の記事を読んでおられたので、最後に此方へ案内し、気遣って戴いたのだと思います。


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去年、一度訪れているので全容は頭に入っており、飛鳥寺から少し歩いた所に飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)が鎮座しています。


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年季の入った社表号と漆塗りの立派な扁額が印象的ですね!


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鳥居を潜ると、所々に躑躅が咲いています。


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此方も曰く付きの井戸で、右脇に井戸の謂れを物語った和歌が一首詠み込まれています。


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此方が、井戸に詠まれた和歌です。


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躑躅が綺麗ですね!


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階段左脇に社務所前に意趣在る物が建てられていますね。


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先が観辛い位長く続いています。


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階段脇には、色々と目を楽しませてくれる石碑等が建てられて飽きが来ないです。
此処で一度打ち切らせて戴きますが、此の続きは帰宅後投稿致しますので悪しからずご了承下さい。

此方の八咫烏神社も宇陀に鎮座し、少し離れた山手に在りました。

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着いて、まず最初に目に入ったのが此の階段です。
物凄く、シンプルなのですね!


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此の拝殿が、象徴するだけに周りには何も装飾や華美を施さず、本当に殺風景で眼前には、本殿に続く階段のみです。


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階段を上がれば、)其処は外界を鎖す扉が在るのみで、山全体が御神体と化している感じがします。


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八咫烏神社と名乗るだけ在って、是が無ければ嘘でしょう!
サッカーボールを背負った可愛い八咫烏の像が在ります。
太陽信仰の象徴で、今は球技者のマスコットと成っています。

此方では、1軒の民家が管理されており、其方へ御朱印を拝受する為に伺いましたが、土曜日なので家族揃ってお出かけに成られたのかご不在でした。
残念でしたが、此れも一期一会ですので致し方なしです。

時間も陽が傾き、最後に此方へ案内されました。

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