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神仏の掌に触れて

書庫河内國御朱印巡

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最後に寺務所受付で御朱印を拝受し、平野の町の観光案内ガイドと全興寺の紹介ガイドを貰い受けて帰路に着きました。

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此方が、全興寺の御本尊薬師瑠璃光如来の御朱印を拝受しました。
他に御朱印は御座いましたが、殆どが各巡礼札所の御朱印が薬師如来で統一されているので此れ一体で済ませました。


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平野の各観光スポットが紹介されており、一番最初に訪れた大念仏寺や次に訪れた杭全神社も観光マップに入っておりまして見所満載です。


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此方が、全興寺の「おもろいてら全興寺ご紹介ガイド」です。
寺敷地内には、「町ぐるみ博物館」「小さな駄菓子屋さん博物館」「昭和レトロ・ジオラマ展」等規模は小さいながらも見とれてしまうほど歴史を感じさせる逸品が展示されていました。

次回、平野を訪れるとしたら丁度京都の祇園祭と同じ時期に重なる7月中旬に訪れる事に成ると予想されます。
是れにて、平野巡礼はお開きとさせて戴きます。
四国八十八箇所の仏を祀った水琴窟(正式名 ほとけのくに)を出ると真横に庵が在り、其処までは前回の投稿ですが、今回は此の寺が真言宗高野山直系の寺院で在る証となる物が直ぐに目の中に飛び込んで来ました。


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お大師様の像を此の様に祀っている寺は、大概は真言宗の寺院ででして、立像像だけなら弘法大師空海が修行為さった霊跡若しくは地縁の有った場所として立像を建立されています。
未だ修行の本山高野山は訪れた事は無いですが、政務の中心地として朝廷から賜った東寺には何度も足を運んでお大師像を何度も手を合わせた事が有り、また違った趣の在る立像でした。


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お大師様の立像横にも仏様の像(善光寺 阿弥陀三尊)が在りました。


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地獄堂を伺う前に、寺務所の様子が気になって撮影しました。


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地獄堂の入口は本当に狭く、入口に至る通路は人ひとり通るのがやっとで、真面に撮影出来ないので行き成り入口正面から閻魔像を撮影しました。
入口から人が入れる奥行が1m少ししかなく、像の下方に銅鑼が有って棒で叩いて鳴らすと地獄の様子が、閻魔像右上の浄はりの鏡(小さなスクリーン)に映し出されて再現されて居ます。


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地獄の獄卒と奪衣婆。


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人の死後、生前の行いを吟味して四十九日間を七日毎に区切って十人の王が死者を裁く十王の裁きが行われます。
閻魔王と其の他の裁判官(王)を十王と呼んでいるます。


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裁判の最終判決を下す閻魔大王。


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先の映像が少し観難いと思い、直ぐに取り直した奪位婆です。

地獄堂を出ると直ぐに事務所に伺い、御朱印を拝受しました。
待ち時間に寺務所横に隣接している小さな駄菓子屋さん博物館を覗いて時間を潰しました。
今回そちらは映像に残して居ませんでしたが、再度また訪れる機会が有るので其の説は中を撮らせて貰いたいと思います。


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興味深い看板が、建てかけられています。


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全興寺の塀の辺りに、町内の案内板が掛けられており、本当に面白い所だなと感慨深く眺めて居ました。

次回の投稿は、御朱印と「全興寺お楽しみガイド」、「平野町ぐるみ博物館ガイド」を紹介します。
杭全神社を後にして、退出は表参道の大鳥居を潜って一路真っ直ぐに交差点まで出て行きました。
信号待ちをしていると少し東より走行していると銀行が角に在り、その斜交いの交差点を真っ直ぐに直進して商店街を差し掛かると、商店街に侵入しようか?其れとも真っ直ぐに行こうかと一瞬迷ったが、益なしと判断して真っ直ぐに進むと偶然に最後の巡礼地 全興寺に行当った。
是れも亦表参道では無く、脇参道からの参内で有った。

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街の中に在るお寺さんで平野の薬師さんと信仰されている高野山真言宗直系の仏教寺院です。
鑑札にも書き記されて通り、摂津國八十八ヶ所霊場第三十九番札所とおおさか十三佛霊場第七番札所です。
先に同じおおさか十三佛霊場の第十番札所大念仏寺を偶然訪れており、知らず内にして既に過去に五箇所お参りしています。


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一体此処で大の大人がぼうと立って何を眺めて居るのだろうと思っていると、建物自体が地獄を体験させる場所と成って居るみたいで、畿内の寺院巡りで紹介されて居たのは此方かとはた思いました。


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地獄堂の中の様子は、次回の投稿で紹介しますが、此方の電動掲示板のスタートボタンを押すと占いがアンケートに沿って始まり、上から順に該当する項目を一つずつ選択して押して行き、最後に閻魔様のお裁きが下る仕組みと成って居ます。
「悪しき邪な行いをすると、地獄へ落ちますよ」と悔い改めの機会を与えて下さっていると警告を促して居ます。(笑)


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此方が、薬師如来を祀られて本堂です。


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沢山のお地蔵さんも祀られて居ます。


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此の施設が、案外静寂の中にあって面白い施設でしたね。
中を誘導します。


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入口階段を降りると此のプレートが、目に入ります。


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水琴窟の中は真っ暗で、デジカメのフラッシュ機能の御蔭で完全に撮影が行われて居ます。
水琴窟の中は、四国八十八ヶ所霊場の御本尊の仏様が並べられ、其の中央に大曼荼羅が描かれて居ます。


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仏陀の涅槃を現しています。


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地上に上がると、直ぐ此の部屋に出て参り、先ほどの石の塊みたいな物が仏陀の涅槃を思い起こす様に作られて居ると此方のプレートは説明しています。

次回の投稿は、此方の寺院は真言宗のお寺で在ると証明している場所から投稿致します。


拝殿で参拝を済ませ、拝殿内(祈祷中)の様子を眺めながら、其の足で社務所に向かいました。

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御朱印と神社の栞。


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女子大生くらいの年頃の若い巫女さんから記帳して戴きました、綺麗に纏め挙げられました御朱印です。
書も書道の有段者の気風を感じられる立派な記帳です。


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神社の常識として、地域と密着した例大祭が、夏か秋に執り行われますが、杭全神社の祭神が牛頭天王でして疫病退散を祈願してのお祭りですので必然と京都四条で行われる祇園祭と被ってしまうのですよ!
其れも其の筈でして、どちらも同じ神さんを祀らて居りまして、片や市中を練り歩く山や鉾を中心で雅やかさを前面に出し、もう一方の杭全さんは勇壮果敢な町内を疾風の様に走り回る地車(だんじり)が中心と成る夏祭りです。


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杭全神社の夏季例大祭日程とだんじりの豆知識が栞には記されており、地域以外の者に摂って判り易く親切でとても参考に成ります。

岸和田の地車(だんじり)と執り行っている岸城神社にも伺いましたが此の様な府外以外の者宛の栞を用意して居らず、地車(だんじり)一番を自認する地域の氏神を祀る神社としては怠慢で且つ自惚れと傲慢さが感じられました。

次回の投稿は、街中のお寺として賑わっている全興寺を投稿致します。
前回の投稿は、脇参道から出て来て第一の鳥居をパスして行き成り第二の鳥居を潜って境内に入って行き、拝殿の左横の末社・摂社の社に目を向かましたが、棟続きの本殿と拝殿にスポット当ててみます。

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拝殿の真裏に、此の様な棟続きのお社が在るとは思いも撚りませんでした。


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杭全神社第一の本店には、牛頭天王(即ち素戔嗚尊)が主祭神として祀られて居ます。



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第二本殿には、熊野三所権現(伊弉冉尊・速玉男尊・事解男尊)の三柱の神を主祭神に祀って居ます。


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第三本殿には、主祭神として伊弉諾尊を祀って居ます。

其々の社を伺うと創建された時代が、全てバラバラなのですね?



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「お百度を踏む」と言われているお百度参りの百度石が在りましたね!


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此方は稲荷社で、吉岡大明神と言う神号を賜って居られますね。


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表に回って、やっと拝殿に二礼二拍一礼を行って拝礼を終えました。
丁度、拝殿で祈祷が行われている最中でして、神主さんが祝詞を詠んだ後でしたか、依頼者と言葉を交わされている所に遭遇致しました。

次回の投稿は、御朱印と杭全神社の最大の神事に当たる夏季例大祭に付いての栞に付いて投稿致します。

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