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☆☆☆ 第五話 「越冬つばめ 後編」 ☆☆☆
しおきゃら食堂は昼の定食屋から夜はちょっとした一杯酒屋に面変わりする。
客層は昼間と変わらず近所の住民ばかりだが、それでも気を使ってしお子は四葉を店には出さないようにしている。
が、さすがに年末の夜ともなると客足はまばらで立て込む気配もない。
しお子は四葉に声をかけた。
「今日はもうあがってくれていいよ。せっかくだから奥でご飯を食べてお帰り。一郎も一緒におあがり」
夕方まで掃除に奮闘した一郎は内風呂を貰ってサッパリした風だ。
「うん、俺もう腹ペコペコだよ」
「野子がお鍋の支度をしているはずだからいっぱいお食べ」
「じゃあご馳走になります」
四葉は頭を下げて一郎と連れ立って本宅に移った。
本宅の居間ではmasaも帰ってきており、すでに鍋をつつき始めていた。
「野子さん、私までご馳走になっちゃって・・・」
遠慮がちに言う四葉に野子は首をふって微笑みかける。
その表情がどこか暗いのが四葉の気にかかった。
それでも鍋を囲んで気の置けない若い者同士が食事をしているうちに、場の雰囲気も和んできて、自然と野子も声を上げて笑ったりしている。
先ほどの翳は私の思い過ごしだったかな?と四葉が思ったところに玄関で物音がし、誰かが入ってくる気配がした。
「ああ、次郎だべ」
足音で分るらしく一郎がビールを飲みながら頷いた。
と同時に居間のふすまが勢いよく開けられて次郎が仁王立ちしていた。
「お帰り次郎ちゃん。寒かったでしょ?早くお座んなさい」
と言いかけた野子に向かって
「姉ちゃん!あの男はダメだべ」
と次郎は真っ赤な顔をして言い捨てた。
「次郎ちゃん、おめ〜なに言ってんだべ?」
呑気そうなmasaの問い掛けには答えず
「あんな浮気男、絶対結婚しちゃなんねぇ!姉ちゃんが不幸になるだけだ」
「次郎、お前誰の事を言ってるんだ?」
と一郎も怪訝そうに尋ねる。
「だから下仁田ネギ男のことだべ!今日、俺は見たんだ。あいつ若い女の人と一緒に高台の向こうの縁結び神社に入っていった」
「縁結び神社?」
野子の顔色がさっと変わった。
「しかも、あの二人どうも深刻そうな雰囲気だったっぺ!ありゃただなら・・・ただなる・・・」
二人を見た印象についてうららが言っていた通りに復唱しようとした次郎は言葉に詰まり
「ただならぬ関係?」
とmasaの助け舟に「そうそう!」と答えて「そんな感じがしたっぺさ!」と締めくくった。
「でも、次郎さん。よくその方のお顔をご存知だったのね」
しばしの沈黙の後、口を開いたのは四葉だった。
「もしかして、ひと間違いってことはありませんの?」
「そうだよ、おめぇ・・・あの人の顔なんて知らねぇはずだろ。いい加減なこと言うんじゃねぇよ!」
一郎も口を挟む。
「いや・・・ネ、ネギ男をよく知ってるって連れと一緒だったから。見間違いってことはないべ!」
うららと二人でいたことを知られたくない次郎はしどろもどろである。 「その若い女の人って・・・」
それまで黙っていた野子が口を開いた。
「もしかしてスラリと背が高くて巻き髪で細面のきれいな人?」
「そうそう!その人だべ」
ゆめちゃんに違いない、と野子は確信した。
「姉ちゃん、もしかして心当たりでもあるのか?」
怪訝そうに尋ねるmasaに野子はかすかに頷いた。
その途端、両目からとめどなく涙が溢れ出した。
「もういい・・・やめる」
絞り出すような声で呟いた。
「お見合い、断る・・・もうやだ・・・辛いもの・・・」
野子の涙など滅多に見ない弟や一郎たちはオロオロと見守るばかりだ。
「私、もうやだっ」
それだけを言い捨てて野子は居間を飛び出し二階の自室に上がっていった。
その後を静かに四葉が追った。
「お嬢さん・・・野子さん・・・ちょっとだけいいですか?」
部屋の前で四葉が声をかけた。
「ごめんなさい。ひとりにさせてちょうだい・・・」
涙声が扉の向こうから聞こえる。
「ではひとつだけ。その涙の意味はなんですか?」
返事を待たずに四葉は続ける。
「今まで私はお見合いの返事に悩む野子さんを見てきたわ。気の進まない人と一緒になるのがイヤなら、きっぱりと断ればいいのにと余計なお節介を思ったりもしていました。でも、今日の野子さんを見て感じたの・・・」
四葉は言葉を区切った。
「どう・・・どう感じたんですか?」
しゃくりあげながら野子が部屋の中から尋ねる。
「泣くほど傷ついたんだなぁって。それほどの存在にネギ男さんがなっていたんだなぁって」
「・・・・・・」
「好きでもない見合い相手なら、他の女性と会ってるのを知ったとしても、怒りこそすれ泣くほどのことはないでしょう?違います?」
一瞬の沈黙が流れる。
「そこ、寒いでしょ?お入りになって」
野子の言葉と同時に目の前の扉が開かれた。
四葉は野子の部屋の小さなソファに腰掛けて
「素敵なお部屋ね。なんだか懐かしい感じがするわ」
と微笑んだ。
「いつも穏やかな野子さんがあんな風に自分の胸のうちを吐き出すだなんて、驚いたわ」
野子はベッドの端に腰を下ろして俯いたまま黙っている。
「気になるんでしょ?お相手の方のこと。心の中にモヤモヤとした塊があるんじゃなくて?」
その言葉に野子は驚き
「どうして分るの?」
と小さく叫んだ。
「野子さん・・・それが恋ってものなのよ。相手の気持ちが分らなくて切なくて何もかも投げ出したくなる、それが恋をしている証拠なの」
「恋・・・・・・」
「もしかして初めて好きになったの?男の人の事」
そんなことはないと、野子は終わった拓哉先輩への想いを四葉に打ち明けてみた。
「それは憧れ、ね。胸がキュンとするのは憧れの気持ち。でも恋は違うのよ」
恋はもっと強い情動だと四葉は言った。
相手をもっと知りたい、自分をもっと知って欲しいという情動ね、と。
「野子さんのお母様が好きだとおっしゃってたあの歌・・・『越冬つばめ』という曲ね、私もここで働くうちに覚えてしまったんだけど、単なる報われぬ恋を嘆くだけの内容じゃないと思うの」
そういわれて、野子も歌詞を思い返してみる。
「野子さんはご存知かしら?つばめの中には南に渡らず日本で越冬する個体があるらしいのね。私もこちらに来てある人に教えてもらって初めて知ったんだけど・・・」
懐かしい人、懐かしいぬくもり、二人で北の町に辿り着いたその冬に、あの人は教えてくれた。
それを越冬つばめと呼ぶんだよ、と・・・優しく微笑んで話してくれた。
もう、会うことも敵わぬ恋しい恋しいひとだけど・・・。
四葉は追憶を振り切るように続けた。
「越冬つばめの潔さ、例えなきがらになろうと厳しい冬を乗り越えようとする力強さ・・・それを辛い恋に重ねて唄ってる曲じゃないのかなって」
「潔さ・・・」
「そうよ、潔く相手に自分の思いを伝えればいいの。力強くぶつかっていけばいいのよ。全身全霊でね」
四葉はきっぱりと言い放った。
「それが恋なのよ」
一人になった部屋で野子は静かに自分の心を見定めていた。
「越冬つばめのように・・・潔く力強く」
明日、ネギ男に会ったらぶつけてみよう。
自分の気持ちを、そしてネギ男の気持ちを聞いてみよう。
いつしか野子は強い心で自分に誓っていた。
窓の外からはヒュウヒュウと風の音が聞こえる。
越冬つばめは、今夜もどこかの軒下で凍える夜を過ごしているのだろうか・・・
巣の中で身をすくめながら夜明けを待ついたいけな姿を目に浮かべながら、野子は木枯らしに耳を澄ませてみるのであった。
(第五話おわり)
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