今夜も乾杯♪夫婦二人の楽しい晩酌

いつかまたどこかで出会おうね・・・たくさんの笑いをありがとう

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兄弟船11

☆☆☆ 第五話 「越冬つばめ 後編」 ☆☆☆
  
 
しおきゃら食堂は昼の定食屋から夜はちょっとした一杯酒屋に面変わりする。
 
客層は昼間と変わらず近所の住民ばかりだが、それでも気を使ってしお子は四葉を店には出さないようにしている。
 
が、さすがに年末の夜ともなると客足はまばらで立て込む気配もない。
 
しお子は四葉に声をかけた。
 
「今日はもうあがってくれていいよ。せっかくだから奥でご飯を食べてお帰り。一郎も一緒におあがり」
 
夕方まで掃除に奮闘した一郎は内風呂を貰ってサッパリした風だ。
 
「うん、俺もう腹ペコペコだよ」
 
「野子がお鍋の支度をしているはずだからいっぱいお食べ」
 
「じゃあご馳走になります」
 
四葉は頭を下げて一郎と連れ立って本宅に移った。
 
 
 
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本宅の居間ではmasaも帰ってきており、すでに鍋をつつき始めていた。
 
「野子さん、私までご馳走になっちゃって・・・」
 
遠慮がちに言う四葉に野子は首をふって微笑みかける。
 
その表情がどこか暗いのが四葉の気にかかった。
 
 
それでも鍋を囲んで気の置けない若い者同士が食事をしているうちに、場の雰囲気も和んできて、自然と野子も声を上げて笑ったりしている。
 
先ほどの翳は私の思い過ごしだったかな?と四葉が思ったところに玄関で物音がし、誰かが入ってくる気配がした。
 
 
「ああ、次郎だべ」
 
足音で分るらしく一郎がビールを飲みながら頷いた。
 
と同時に居間のふすまが勢いよく開けられて次郎が仁王立ちしていた。
 
「お帰り次郎ちゃん。寒かったでしょ?早くお座んなさい」
 
と言いかけた野子に向かって
 
「姉ちゃん!あの男はダメだべ」
 
と次郎は真っ赤な顔をして言い捨てた。
 
「次郎ちゃん、おめ〜なに言ってんだべ?」
 
呑気そうなmasaの問い掛けには答えず
 
「あんな浮気男、絶対結婚しちゃなんねぇ!姉ちゃんが不幸になるだけだ」
 
「次郎、お前誰の事を言ってるんだ?」
 
と一郎も怪訝そうに尋ねる。
 
「だから下仁田ネギ男のことだべ!今日、俺は見たんだ。あいつ若い女の人と一緒に高台の向こうの縁結び神社に入っていった」
 
「縁結び神社?」
 
野子の顔色がさっと変わった。
 
「しかも、あの二人どうも深刻そうな雰囲気だったっぺ!ありゃただなら・・・ただなる・・・」
 
二人を見た印象についてうららが言っていた通りに復唱しようとした次郎は言葉に詰まり
 
「ただならぬ関係?」
 
とmasaの助け舟に「そうそう!」と答えて「そんな感じがしたっぺさ!」と締めくくった。
 
「でも、次郎さん。よくその方のお顔をご存知だったのね」
 
しばしの沈黙の後、口を開いたのは四葉だった。
 
「もしかして、ひと間違いってことはありませんの?」
 
「そうだよ、おめぇ・・・あの人の顔なんて知らねぇはずだろ。いい加減なこと言うんじゃねぇよ!」
 
一郎も口を挟む。
 
「いや・・・ネ、ネギ男をよく知ってるって連れと一緒だったから。見間違いってことはないべ!」
 
うららと二人でいたことを知られたくない次郎はしどろもどろである。
 
「その若い女の人って・・・」
 
それまで黙っていた野子が口を開いた。
 
「もしかしてスラリと背が高くて巻き髪で細面のきれいな人?」
 
「そうそう!その人だべ」
 
ゆめちゃんに違いない、と野子は確信した。
 
「姉ちゃん、もしかして心当たりでもあるのか?」
 
怪訝そうに尋ねるmasaに野子はかすかに頷いた。
 
その途端、両目からとめどなく涙が溢れ出した。
 
「もういい・・・やめる」
 
絞り出すような声で呟いた。
 
「お見合い、断る・・・もうやだ・・・辛いもの・・・」
 
野子の涙など滅多に見ない弟や一郎たちはオロオロと見守るばかりだ。
 
「私、もうやだっ」
 
それだけを言い捨てて野子は居間を飛び出し二階の自室に上がっていった。
 
 
その後を静かに四葉が追った。
 
 
 
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「お嬢さん・・・野子さん・・・ちょっとだけいいですか?」
 
部屋の前で四葉が声をかけた。
 
「ごめんなさい。ひとりにさせてちょうだい・・・」
 
涙声が扉の向こうから聞こえる。
 
「ではひとつだけ。その涙の意味はなんですか?」
 
返事を待たずに四葉は続ける。
 
「今まで私はお見合いの返事に悩む野子さんを見てきたわ。気の進まない人と一緒になるのがイヤなら、きっぱりと断ればいいのにと余計なお節介を思ったりもしていました。でも、今日の野子さんを見て感じたの・・・」
 
四葉は言葉を区切った。
 
「どう・・・どう感じたんですか?」
 
しゃくりあげながら野子が部屋の中から尋ねる。
 
「泣くほど傷ついたんだなぁって。それほどの存在にネギ男さんがなっていたんだなぁって」
 
「・・・・・・」
 
「好きでもない見合い相手なら、他の女性と会ってるのを知ったとしても、怒りこそすれ泣くほどのことはないでしょう?違います?」
 
一瞬の沈黙が流れる。
 
「そこ、寒いでしょ?お入りになって」
 
野子の言葉と同時に目の前の扉が開かれた。
 
四葉は野子の部屋の小さなソファに腰掛けて
 
「素敵なお部屋ね。なんだか懐かしい感じがするわ」
 
と微笑んだ。
 
「いつも穏やかな野子さんがあんな風に自分の胸のうちを吐き出すだなんて、驚いたわ」
 
野子はベッドの端に腰を下ろして俯いたまま黙っている。
 
「気になるんでしょ?お相手の方のこと。心の中にモヤモヤとした塊があるんじゃなくて?」
 
その言葉に野子は驚き
 
「どうして分るの?」
 
と小さく叫んだ。
 
「野子さん・・・それが恋ってものなのよ。相手の気持ちが分らなくて切なくて何もかも投げ出したくなる、それが恋をしている証拠なの」
 
「恋・・・・・・」
 
「もしかして初めて好きになったの?男の人の事」
 
そんなことはないと、野子は終わった拓哉先輩への想いを四葉に打ち明けてみた。
 
「それは憧れ、ね。胸がキュンとするのは憧れの気持ち。でも恋は違うのよ」
 
恋はもっと強い情動だと四葉は言った。
相手をもっと知りたい、自分をもっと知って欲しいという情動ね、と。
 
「野子さんのお母様が好きだとおっしゃってたあの歌・・・『越冬つばめ』という曲ね、私もここで働くうちに覚えてしまったんだけど、単なる報われぬ恋を嘆くだけの内容じゃないと思うの」
 
そういわれて、野子も歌詞を思い返してみる。
 
「野子さんはご存知かしら?つばめの中には南に渡らず日本で越冬する個体があるらしいのね。私もこちらに来てある人に教えてもらって初めて知ったんだけど・・・」
 
懐かしい人、懐かしいぬくもり、二人で北の町に辿り着いたその冬に、あの人は教えてくれた。
それを越冬つばめと呼ぶんだよ、と・・・優しく微笑んで話してくれた。
もう、会うことも敵わぬ恋しい恋しいひとだけど・・・。
 
 
四葉は追憶を振り切るように続けた。
 
「越冬つばめの潔さ、例えなきがらになろうと厳しい冬を乗り越えようとする力強さ・・・それを辛い恋に重ねて唄ってる曲じゃないのかなって」
 
「潔さ・・・」
 
「そうよ、潔く相手に自分の思いを伝えればいいの。力強くぶつかっていけばいいのよ。全身全霊でね」
 
四葉はきっぱりと言い放った。
 
「それが恋なのよ」
 
 
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一人になった部屋で野子は静かに自分の心を見定めていた。
 
「越冬つばめのように・・・潔く力強く」
 
明日、ネギ男に会ったらぶつけてみよう。
自分の気持ちを、そしてネギ男の気持ちを聞いてみよう。
 
いつしか野子は強い心で自分に誓っていた。
 
 
窓の外からはヒュウヒュウと風の音が聞こえる。
 
越冬つばめは、今夜もどこかの軒下で凍える夜を過ごしているのだろうか・・・
 
巣の中で身をすくめながら夜明けを待ついたいけな姿を目に浮かべながら、野子は木枯らしに耳を澄ませてみるのであった。
 
 
(第五話おわり)

兄弟船10

☆☆☆ 第五話 「越冬つばめ 中編」 ☆☆☆
 
 
ネギ男の実家は街の中心地から少し外れた古くからの住宅地にあった。
 
土地の名士ではありながら、奢侈を嫌い質素倹約を常とするネギ男の父親の気質が顕れているような頑丈ながらも素朴な造りの屋敷である。
 
その前に野子は車を停めた。
 
ホテルのカフェラウンジででお茶を飲んだ後、迎えだという黒塗りの乗用車で姉妹たちは祖父の家へと向かった。
 
「こちらに滞在中の間に、ぜひ一緒にお食事をしましょうね」
 
と、別れ間際にゆめ嬢に誘われては作り笑いを返すしかない野子であった。
 
 
 
その後は予定通りに、自分が運転する車でネギ男を自宅まで送り届けた。
 
「せっかくだからうちに上がってお茶でも飲んでいきませんか?」というネギ男のねぎらいの言葉に、野子はハンドルを握ったまま頑なに首を横に振った。
 
お見合いの返事を正式にするまでは、決してあちらの家に出入りしてはいけないと母親のしお子からも強く申し渡されている。
 
「だったら今夜、食事でもしませんか。僕の高校の同級生がやってる店に案内したいな」
 
あくまでも野子を誘いたいネギ男の様子に野子は迷いながらも承諾した。
 
自分の知らないネギ男の側面を見てみたいという好奇心があった。
 
 
「では、店の予約が取れたらお宅に電話を入れます。待ち合わせの時間はその時に決めましょう」
 
あくまでも紳士的なネギ男のふるまいに、いつしか物足りなさを感じている自分に野子はまだ気づいていない。
 
 
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大晦日までの営業なので、しおきゃら食堂では年末の大掃除はおのずと少しずつの進行となる。
 
「悪いねぇ、お前も仕事があるだろうに手伝わせちゃってさ」
 
黙々と窓を拭く一郎にしお子は申し訳なさそうに声をかけた。
 
「いやもう漁もほぼ年内は仕舞いだから大丈夫さ。叔母ちゃん、次は電灯を拭いてやるよ」
 
高い脚立の上段から身軽に飛び降りる一郎をしお子は頼もしげに見守っている。
 
「それに比べてmasaは毎日遊び歩いて困ったもんだよ。家の手伝いなんてする気もないんだから」
 
と自分の息子に対する愚痴も忘れない。
 
「masaやんは久しぶりにこっちに戻ったんだ。友達にだって会いたいだろうよ」
 
年下の従兄弟を思いやり、温かい笑みを浮かべる表情は亡き兄にうりふたつだと思わずしお子は胸を熱くした。
 
「そろそろ休憩にしませんか?お嬢さんも戻ってきたみたいだし、お茶でも淹れましょう」
 
厨房を掃除していた四葉が奥の気配を察して提案した。
 
「あら、野子ったらもう帰ってきたの?ネギ男さんとはどうしたんだろうね」
 
しお子のひとことに一郎の心が乱れる。
 
(そうか。野子姉ちゃんはあいつと会ってたんだな)
 
いつも見たくて仕方がない野子の顔が今日は見たくないような気分になる一郎であった。
 
 
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野子を呼び寄せ、店内の卓を囲んで四人は座った。
 
四葉の淹れたお茶はいつも香りが高く味わい深い。
 
きっとしかるべき手ほどきを受けて一通りの作法を学んでいるのだろうとしお子は思う。
 
普段、何もいわない一郎までがおや?という表情でお茶を味わっている。
 
一方の野子はどういうわけか、いつもとは別人のように口数が少ない。
 
この際だからとしお子おは思い切って口火を切ってみた。
 
 
「野子、お前今回のお見合いに気が進まないようなら無理して悩まなくてもいいんだよ」
 
予期せぬ話に驚く野子の反応を伺いつつ、言葉を続ける。
 
「確かに私はこの縁談を薦めはしたよ。ネギ男さんは誠実な人みたいだし、ご両親も立派な方たちだからね。だけど、お前が望まないことを無理やり押し付けるつもりはないんだよ。話を持ってきたのは、そりゃご恩のある缶詰工場の社長さんだ。でもね、そんなことに気兼ねする必要はないんだよ」
 
「母さん・・・」
 
「あんたが迷っているのはネギ男さんへの気持ちが定まらないからだと思ってた。でも、もし私たちへの気遣いだとしたら可哀想だと思ってさ」
 
しお子は親思いの野子が親の恩人への義理でこの見合いを断りきれないんじゃないかと思い、そんなことを言ってみた。
 
「違うわ。母さん」
 
野子はきっぱりと
 
「迷うのは、私の心の中の問題なの。だから、そんな風に気に病まないで」
 
「姉ちゃんは相手の人に対してどう思ってるの?」
 
一郎の口からずっと知りたかった質問がふと出てしまった。
 
そして、それはしお子も娘に一番聞いてみたいことでもあった。
 
「どうって・・・」
 
野子は逡巡した。
 
その時、電話のベルがけたたましく鳴った。
 
反射的に立ち上がり、野子は電話台へと走っていった。
 
 
 
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「それでさ、なんだってんだよ?」
 
街のはずれにある高台は、海を見下ろす絶好のデートスポットだ。
 
次郎はそこに呼び出されていた。
 
相手は中学の同級生だったうららだ。
 
 
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「おめぇが話があるっつーから来たんだべ。用がないなら帰るぞ」
 
もう5分ほど黙り込んでいるうららを前にして、次郎はイライラと声を荒げた。
 
 「だから・・・・・・なの!」
 
「へ?」
 
「あんたのことが気になって仕方がないのよ!だから会ってみて自分の気持ちを確かめたかったの」
 
愛の告白というトーンではなく、どちらかというとけんか腰な口調に次郎は最初ポカンとしていたが
 
「誰が?」
 
と尋ね直すのが精いっぱいだった。
 
「あんたバカじゃないの?私に決まってるじゃないの!!で、あんたはどうなの?」
 
海では怖いもの知らずの青年の顔がみるみる真っ赤に染まる様子をうららは睨みつけている。
 
 
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「さっきの電話はネギ男さんからかい?」
 
受話器をおろしたあとにかけられた母親の質問には答えず野子は黙って厨房に入っていった。
 
「掃除、私も手伝うわね。今夜の約束はなくなっちゃったから」
 
声だけが店内にいる一郎たちに届く。
 
心なしか震えているようなその響きを一郎は複雑な思いで受け止める。
 
 
 
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「どうなの?って・・・そんな、いきなり聞かれても分んねぇよ」
 
しかもこれじゃ俺が何か悪いことをして叱責されてるみたいじゃねぇかと次郎は思う。
 
まるで中学生の頃と同じだ。当時から何かにつけてうららは自分に絡んできた。
生意気な女子だと思っていたけど、実は怒った時の顔もちょっと可愛いなと内心では思ったりしていたのだ。
 
「嫌いなの?それとも少しでも好意があるの?」
 
それにしても、こんな告白ってあるのだろうか?
 
人生初の経験に次郎の狼狽はますますひどくなるばかりだ。
 
 
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電話はやはりネギ男からだった。 
 
「ごめんね。実は急用が入ってしまって・・・今夜の約束はキャンセルさせてもらっていいだろうか?」
 
申し訳なさそうな声のネギ男に「わかりました」と野子は答えるしかなかった。
 
「その代わり、明日はどうですか?」
 
今夜できた急用とは何なのか?聞いてみたいが聞けない自分に野子はもどかしさを感じている。
 
 
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「嫌いなの?」
 
ますます詰め寄るうららに次郎は後ずさる。
 
「いや、嫌いって事はないけど、だけどいきなりだし・・・」
 
しどろもどろに答える次郎の腕をうららはいきなりむんずと掴んだ。
 
「おい!おめぇ幾らなんでも積極的過ぎるべ!」
 
勘違いして叫び声をあげた次郎にうららは「シッ」と斬りつけて腕を引っ張った。
 
「え?」
 
「人がいるのよ、あそこに」
 
うららが指さしたのは高台の向こう側、車道を挟んだ駐車場だ。
 
二人が並べて停めている原付バイクのそばにいつしか一台の乗用車が駐車されている。
 
そこから若い男が降り立ち、続いて女性の姿が・・・。
 
「あれ、ネギ男さんだわ」
 
駐車場から死角になる場所にまで次郎を引っ張ってきたうららが囁いた。
 
「ネギ男さん?」
 
「そうよ、下仁田ネギ男さんよ。あら、じゃああの女性はお見合いをしたっていう海くんの従姉妹さんなの?」
 
その言葉に次郎は縮み上がった。
 
(野子姉ちゃんにこんな場所で女子と二人でいるところを見られたら、何て言われるか!兄貴の耳にも入るからマズイじゃねーか!!)
 
咄嗟にそう思って更に身を屈めた次郎だが、視線の先を定めてすぐに異変に気がついた。
 
「違う・・・」
 
あれは野子姉ちゃんじゃねぇ!誰だ、あの女は!?
 
次郎は肩を寄せ合い参道の向こうに消えた男女二人の残像を凝視し続けた。
 
(続く)

兄弟船9

これは、今から少し前の時代のお話です。
義理や人情、誇りや気概など・・・
現代の日本人が失いつつあるものを、まだ大切に守って生きていた人々の物語です。
 
 
 
☆☆☆ 第五話 「越冬つばめ 前編」 ☆☆☆
 
 
ビア坊の行方不明事件から二日後。
 
北の漁師町はいよいよ数日後に迎える新年の準備で活気付いていた。
 
 
 
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「やっぱり今年は森昌子ちゃんだべ」
 
「いや、『矢切の渡し』に違いあるめぇ」
 
しおきゃら食堂では、数日後に行われる第25回レコード大賞を誰が受賞するのかで常連客たちが盛り上がっていた。
 
「女将は誰がとると思う?」
 
 
そう問いかけられたしお子は「そうだねぇ・・・」としばし考え込み
 
「柏原芳恵ちゃんの『春なのに』も好きだったんだけどねぇ。でもまぁ年がまだ若いわね」
 
それに比べて森昌子のノミネート曲の『越冬つばめ』は、ずば抜けて完成度が高い。
 
若い娘が年嵩の男を好きになり、報われないと知りつつも諦めきれない恋心を切々と唄ったこの名曲は、歌詞の意味深さもさることながら、冬の空に飛ぶつばめの姿を「ヒュルリ〜ヒュルリララ」と表現しその哀調漂うメロディーは広い世代の歌謡ファンの心を捕らえた。
 
 
「昌子ちゃんは去年の紅白でもトリを務めたし、資格は充分にあるさね!私ゃ昌子ちゃんに取らせてあげたいね」
 
と頷きながら、ねぇ!と傍らの娘に同意を求めてみるが相手は上の空だ。
 
「野子!お前さっきからボーっとしてどうしたんだい?」
 
大声で母親から檄を飛ばされて、やっとのことで我に返る野子なのであった。
 
 
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「仕事が終わったらその足で帰省しますよ。駅まで迎えに来てくれますか?」
 
相手から穏やかな口調で尋ねられて、思わず「はい」と受話器を握ったまま返事をしたはいいが、野子は複雑な気分だった。
 
職場の先輩である拓哉への想いを断ち切ってみたものの、毎晩ネギ男からかかって来る電話では押しのセリフがあるわけでもなければ甘いささやきもない。
 
恋愛とは違って見合いの相手なのだからそれが当たり前なのかも知れないが、少し物足りなく感じる自分に野子は戸惑いを禁じえなかった。
 
 
(私が返事をすれば全ては終わるか進むかの話なんだけど・・・でも思い切りがつかない)
 
これでこれから先の自分の人生が決まってしまうと言えなくもない一大決心なのだ。
 
(あの人でいいのかしら・・・?私は一体どうしたいのかしら・・・?)
 
そんな自問自答を繰り返すばかりの野子なのであった。
 
 
 
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そろそろ時間だよ!と母親に押し出されるように約束の場所に向かった野子だが、着いてみるとネギ男の姿はない。
 
一見したところ、特に列車のダイヤに乱れはないようだがどうしたのだろう?と思いながらも一呼吸入れられることに安堵した野子は駅前の広場のベンチに腰を下ろした。
 
 
年末の慌しさもローカル線の駅にはあまり影響がないらしく、それでも見慣れぬ女性観光客が二人並んで立っている。
 
 
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一人は幼さの残るあどけない丸顔が可憐な印象の可愛いタイプ。
 
 
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もう一人は少し年上なのだろうか、落ち着いた印象の美しい顔立ちの女性だ。
 
二人とも最先端のファッションに身を包み、ブランド物のボストンバッグを下げている。
 
聞くとはなしに彼女たちの会話が野子の耳に入ってきた。
 
 
「それにしてもすごい田舎よね〜ゆめちゃんはこの駅の事覚えてる?」
 
「ええ、覚えてるわよ。私は最後に来たのが小学校6年生だったもの」
 
「私は覚えてないわ。おじいさまのおうちで飼ってた犬のことは覚えてるけど」
 
ゆめちゃんと呼ばれた女性は小首をかしげて微笑み
 
「苺ちゃんはいつもあのワンちゃんと遊んでいたわよね。散歩に連れてってそのまま迷子になったことがあったじゃない?」
 
「そうだったかしら」
 
「そうよ。それでお母様が大騒ぎしてたら、おじいさまが落ち着いた口調で言ったのよ。大丈夫だ、あのチビは利巧な犬だからちゃんと戻ってこれるって」
 
「えーっ!じゃあ私、犬に連れられて帰ってきたの?」
 
「そうよ、泣きべそかきながらね」
 
どうやらこの二人は、数年ぶりに祖父の家を訪ねてきた姉妹のようだ。
 
「でも・・・懐かしいというよりも新鮮だわ。好きな人の故郷って、こんなにもときめくものなのね」
 
「はいはい、ご馳走さま!またゆめちゃんのノロケが始まったわ」
 
「無理を言って一緒に来てよかったわ。私、すごく幸せよ・・・」
 
「あ!戻ってきたわよ」
 
苺ちゃんが広場の向こう側を指さした。
 
 
その言葉につられるように野子も視線の先を移した。
 
そこには片手を上げてにこやかに近づいてくる一人の男性の姿があった。
 
 
 
「ネギ男さ〜〜ん」
 
 
 
 
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 (ネギ男画像変わっておりますがお気になさらず←おぃっ)
 
 
 
婚約者になるかもしれないそのひとに、最初に声をかけたのはそれまで傍らで話をしていた妹らしき女の子のほうだった。
 
ネギ男は姉妹たちと少し離れた場所に座っていた野子にも気づき、満面の笑みを浮かべた。
 
しかし、野子は強張った表情で会釈をするのが精いっぱいだった。
 
先ほどの姉妹の会話がぐるぐると脳裏を駆け巡る。
 
 
「好きな人の故郷」とゆめちゃんは言っていた。
 
「すごく幸せ」とも。
 
 
この人はネギ男さんのことが好きなんだわ・・・
 
想像もしなかった展開に野子は呆然とするばかりであった。
 
 
 
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しおきゃら食堂では野子が出かけた後も客たちの四方山話が続いていた。
 
 
「で、ここは年末はいつまでの営業なんだい?」
 
「それなんだけどさ、今年は大晦日が土曜日だろ?だから大晦日から閉めようと思ったんだけど、四葉ちゃんもいてくれるしね。例年通り、大晦日の昼営業まではするつもりだよ」
 
常連に問われて答えるしお子は頼もしげに四葉をみやった。
 
黙々と働くこの若い従業員は、筋がよくていまや殆どの料理をしお子の代わりに作れるようになっていた。
 
 
「へぇ〜四葉ちゃんは親元に帰省しないのかい?」
 
無邪気に問いかける客あしらいにもソツがなく 
 
「ええ、年末年始は混みあいますので年が明けてからゆっくり考えます」
 
などと淡々と答えている。
 
 
でもそれじゃあ親父さんお袋さんが淋しかろう・・・と続ける客の言葉を遮ってしお子は
 
「さぁさぁ!そんな訳で今年も年末いっぱいは営業するからね!みんな、最後の最後まで来ておくれよ」
 
と締めくくるのであった。
 
 
 
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「女将さん、さっきはありがとうございます」
 
昼の客が引けたあとの食堂で賄い食を食べながら四葉がぽつりと呟いた。
 
「なんのことだい?気にしなくていいよ。あんたがここにいてくれるだけで私は助かるんだからさ」
 
しお子は鷹揚に笑って
 
「でもお休みが欲しいときはいつでも言って頂戴な。どこへ行くのかとか帰るのかとか、一切詮索するつもりはないから気楽にね」
 
「いえ・・・私にはもう帰る家もないですから」
 
淋しげに微笑むえくぼが物悲しい。
 
「四葉ちゃん!あんた、何いってんの。帰る家はあるでしょ?いつでもここがあんたの家だよ。家族だと思って頼ってくれていいんだからね」
 
「女将さん・・・」
 
「誰だって一人で生まれて一人で死んでいく。でもさ、せめて生きている間ぐらいは袖振り合うも他生の縁だよ!時々は甘えあったり喧嘩しあうのもいいじゃないか。ねぇ?」
 
サバサバと言い終えると自分の食器をまとめて洗い場に持って行きながらしお子は
 
「それに、私は娘が一人増えたって喜んでいるんだからね」
 
照れた顔を見せたくないのか、四葉に背を向けて締めくくった。
 
「ありがとうございます・・・」
 
熱いものを胸の奥につまらせながら、四葉はそう返すのがやっとだった。
 
 
 
 
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「こちらは僕が学生時代に東京で家庭教師をしていたお宅のお嬢さんたちです」
 
少しバツの悪そうな表情でネギ男が女性たちを紹介する。
 
「姉のゆめさんと妹の苺さん。僕が教えていたのは苺さんだけなんだけどね」
 
はじめまして、と美人姉妹が笑顔で野子に挨拶をする。
 
「しかし、申し訳ない。ほんとうは一人で帰省するつもりだったんだけど、急に彼女たちが一緒に来ると言い出して。今、無事に着いたとこの人たちの母上に電話してきたところです」
 
駅前の小さなホテルのティールームでネギ男は頭を掻き掻き説明を始めた。
 
 
姉妹たちの母親と自分の母親が学生時代の親友であること。 
姉妹たちの母親が東京に嫁いだあとも両家の間は家族ぐるみの付き合いがあったこと。
ネギ男が東京の大学に進学をしてからは、よく姉妹たちの自宅で食事を食べさせて貰っていたこと。
そのうち、妹娘の苺の勉学をみてやるようになり、いつしか家庭教師となったこと。
大学卒業後も時々は挨拶がてら姉妹宅を訪れていたこと。
 
 
「それで昨日も暮れのご挨拶に伺ったところ、ゆめちゃんと苺ちゃんに帰省するなら一緒に連れて行けと言われちゃって・・・」
 
「だって、久しぶりにおじいさまにお逢いしたくなったんだもの。それで、ネギ男お兄様にわがままを言って今回付いて来ちゃったの」
 
苺嬢がペロリと舌を出して茶目っ気たっぷりに言う。
 
その可愛らしいしぐさはテレビで見るアイドルたちにそっくりだ。
 
「このひと、来年は成人式だというのにいつまでも駄々っ子で参りますよ」
 
というネギ男の言葉を受けて
 
「じゃあ私よりもひとつ年下なのね」
 
思わず呟いた野子に
 
「あら!じゃあ野子さんは私と同い年ね。なんだか親近感だわ」
 
とゆめちゃんが声を上げる。
 
「仲良くしてくださいね。私、この街のこといろいろと教えていただきたいわ」
 
その言葉が妙に艶っぽくて野子はドキリとした。
 
(やっぱり・・・ゆめちゃんはネギ男さんのことが好きなんだわ)
 
 
野子の胸に仄かな焔が立ち上がる。
 
それは嫉妬と呼ぶにはまだ不確かな、しかし不愉快な感情を呼び起こすには充分なくすぶりであった。
 
 
(続く)
☆☆☆ 第四話 「お金をちょうだい 後編」 ☆☆☆
 
 
翌朝早く、船が浜に戻ってきた。
前日とはうって変って穏やかな海である。
 
 
「ああ!ご覧よ、浩子ちゃん!」
 
無線で帰港を知らされて駆けつけたしお子が隣の浩子に声をかける。
 
「どうだい。あれがたて蔵兄さんの大漁旗だよ」
 
誇らしげに指を指す。
 
 
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久しぶりの大漁に沸き立つ浜に降り立った一郎たち。
その後からおずおずとビア坊が続いた。
 
 
「お前って子はっ!どれだけ皆さんに迷惑をかけたと思ってるの!」
 
と叱りつける姉の浩子に
 
「ごめんよ、姉ちゃん・・・」
 
ビア坊が小さな声で呟いた。
 
 
 
 
一郎の話によるとこうだ。
 
 
前日の明け方に船倉に隠れていたビア坊に気づいたが、すでに沖に出ており戻ることは不可能だった。
 
家族の心配を案じて無線を繋ごうとするもどうにも調子が悪く音信不通だ。
 
どうしたものかとビア坊に問いただしてみたところ、親には言って出て来たと言い張るものだから気になりながらもそのまま漁を続けた。
 
雪のすだれの中、運よく大漁となり、次から次へと網を引くのをビア坊も一生懸命に手伝ってくれた。
途中で根を上げると見くびっていたのだがまさかあれほどまでに頑張るとは・・・なかなか見所があると思った。
 
そのうち近くに同じ組合の船が通りがかったので、代わりに頼んでやっと無線連絡ができた。
 
しかしまさか、ビア坊が黙って家を出てきているとは・・・と呆れた様子で一郎は話を締めくくった。
 
 
「おめぇ、嘘つきは泥棒の始まりだっぺ」
 
次郎も叱る。
 
 
「だって・・・お金が欲しかったんだもの」
 
それまでシュンとしていたビア坊が口を開いた。
 
「お金があったらおばちゃんはいい病院に移れるんだろう?だから・・・だから、漁を手伝って少しでも稼ぎたかったんだよ!」
 
「ビア坊・・・」
 
「姉ちゃん!ごめんよ。嘘ついたのは謝る。でも、嘘をついても恩知らずにはなりたくなかったんだ。たて蔵おじさんに喜んでもらいたかったんだ!!」
 
「ビア坊!あんた、やっぱり知ってたんだね?」
 
しお子が驚いた声を上げる。
 
「ビアちゃん、あんたどこでその話を聞いたの?」
 
浩子が尋ねる。
 
「去年のお正月に母ちゃんが親戚の人と喋ってるのを聞いたんだ・・・。だから・・・だから・・・」
 
 
うわぁ〜〜〜〜んと声を出してビア坊は浩子の膝に抱きついた。
 
「おいらのせいで・・・ごめんなさい!一郎兄ちゃん。次郎兄ちゃんもごめんよ。しお子おばちゃんもごめん・・・」
 
「ビア坊・・・」
 
浩子が震えている小さな肩を抱きしめる。
 
 
「馬鹿だな、おめぇそんなことを考えてたのかよ」
 
泣いている背中に一郎が言葉をかけた。
 
「だったらとんだ見当違いだ。そんなことをしてもうちの母ちゃんは喜ばねぇよ」
 
 
「そうだそうだ。父ちゃんだってきっと天国で呆れてらぁ」
 
と次郎も続ける。
 
「一郎兄ちゃん・・・次郎兄ちゃん・・・」
 
「そうだよ、ビア坊。危険なことをして皆に心配かけちゃ、たて蔵兄さんも浮かばれないさ。あんたが毎日元気でいてくれることが一番の供養なんだからね」
 
「おばさん・・・ありがとう。一郎さんも次郎さんもありがとう・・・」
 
姉の浩子が涙を流しながら頭を下げる。
 
「ささ、そんな湿っぽい話はもうおしまいだ。みんなお腹が減っただろ?おむすびをたくさん用意してきたから一緒に帰ろう」
 
しお子の言葉に
 
「俺、腹ペコだよ〜」と情けない声を出したのは次郎だ。
 
一同にどっと笑いが起きる。
 
 
 
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「それにしてもビア坊がまさか知ってただなんて・・・おめぇそれで漁師になりたいって言ってたのか?」
 
腹ごしらえを終えて食後の熱いお茶を飲みながら一郎が声をかけた。
 
「それだけじゃないよ。漁師の仕事ってかっこいいし・・・一郎兄ちゃんたちと一緒に働きたかったし」
 
ビア坊が5つ目のおむすびをほおばりながら答える。
 
「まぁ焦ることはねぇさ。中学を卒業してから改めて弟子入りすればいいっぺ」
 
次郎が先輩らしく鷹揚に口を挟んだ。
 
その言葉にビア坊の姉の浩子が
 
 
「そのことなんですけど、漁師って女の人でもなれるんですか?」
 
「女の漁師?そりゃあ無理だっぺ。無理無理」
 
「じゃあ中学を卒業してもお前はなれないじゃないの、ビア坊」
 
と浩子が笑う。
 
 
 
 
「・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
 
 
 
 
 
「えええええええええっ!!!!!!!
ビア坊って女の子だったのけ????」
 
 
 
 
 
一郎次郎、兄弟揃っての叫びが食堂内に響いた。
 
 
 
 
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「いやまさかさ、あんたたちが知らないだなんて思いもしなかったわよ」
 
その夜、母親の病院から戻ってきた兄弟たちに夕食を出してやりながらしお子が呆れた口調で話し出す。
 
 
「だってさ、ビア坊ってみんなが呼んでるんだぜ?普通は男の子だと思うだろ?」と一郎。
 
「しかも、いつも男の子みたいな格好してよ」
 
次郎もため息混じりに答える。
 
「仕方ないだろ。あそこは浩子ちゃん以外は全員男兄弟なんだから、お下がりは兄さんの服になっちまうさ。長女の浩子ちゃんが着ていたものはひとつ年下の親戚の子にやっちまってたって話だし」
 
しお子が味噌汁をよそいながら笑う。
 
 
「それだけじゃないと思うわ」
 
と口を挟んだのは仕事から戻って食堂を手伝っていた野子である。
 
 
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「ビアちゃん、自分からビア坊って名乗ってたでしょ?きっと、自分でも男の子っぽく振舞うのを意識してたのよ。そうすることで漁師さんになることを自分に言い聞かせてたんだと思うわ」
 
「さすがは野子姉ちゃん、見る目が鋭いね」
 
次郎が感心したように頷く。
 
「きっとそうだべ。だって、女は漁師になれねぇってことを知ったときのあのガッカリとした様子・・・可哀想だったよな、兄ちゃん」
 
問いかけられて一郎も思い出した。
 
(確かに泣きそうな顔でしょげていたビア坊の姿は可哀想だったな・・・)
 
 
「でもね、願っていれば夢はいつか必ず叶うのよ。同じ形ではないかもしれないけど、姿を変えていつか夢は叶うの」
 
野子が笑った。
 
その言葉を一郎は自分の中で繰り返してみた。
 
 
(そうか・・・願っていれば夢は叶うんだ。たとえ姿を変えたとしても、いつか必ず叶うんだ)
 
 
目の隅で野子の姿を追いながら、一郎は何度も繰り返していた。
 
 
 
翌日。
帰港した船を待ち構えていた小さな影が一郎に近づいてきた。
 
 
「おう!おめぇ・・・ビア坊じゃなくてビア子、待っててくれたのかい?」
 
 
 
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「へぇ、こうして見るとやっぱり女の子だな」
 
次郎の言葉にビア子はニッコリと笑い
 
「うん!これからは漁師とは別の夢をめざすことにしたんだ」
 
「へぇ〜どういう夢だべ?」と一郎。
 
「うん、ひとつめはね一郎兄ちゃんのお嫁さん!」
 
「へっ?」
 
普段は余り感情を表に表さない一郎もさすがに驚いた顔だ。
 
「そしてね、もうひとつの夢はね・・・」
 
ビア子はそういいながら、一郎の狼狽ぶりをニヤニヤと眺めている次郎に差し出した。
 
「なんだべ?これ・・・」
 
「夢の第一歩!作ってみたんだ。食べてみてよ次郎兄ちゃん」
 
 
そこには・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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「こっ、これ!修学旅行のお土産に買った生八橋にそっくりだべ」
 
次郎が素っ頓狂な声を出す。
 
「違うよ!ロールケーキだよ!あたし、大きくなったらしお子おばちゃんのお店でケーキを作って売るんだっ」
 
得意げに胸を張るビア子。
 
「だからさ、次郎兄ちゃん試食してみてよ!お腹減ってるでしょ?遠慮しなくていいよっ」
 
「いや、だからさ・・・これはちょっといくらなんでも・・・」
 
次郎が後ずさる。
 
「いくらなんでもなんなのよっ!いいから食べなさいっ」
 
巨大生八橋ロールを捧げ持ったビア子がにじり寄る。
 
 
「勘弁してくれよ〜〜〜」
 
駆け出す次郎を追って
 
「美味しいんだから〜〜ちょっと待ちなさいよ〜〜〜」
 
ビア子の声が響き渡る。
 
 
 
そんな二人の姿を笑いながら眺める一郎。
頭上には冬の透き通った青い空がどこまでも広がっている。
 
 
 
 
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(第五話に続く)
☆☆☆ 第四話 「お金をちょうだい 中編」 ☆☆☆
 
 
霙交じりの雨の中、ずぶぬれになったmasaが戻ってきた。
 
「おかえり!組合の方に無線は入ってたかい?」
 
待ちきれないようにしお子が先に口を開いた。
 
「ダメだった。天候のせいなのか無線が繋がらないみたいで、組合長さんも心配してたよ」
 
「ああ・・・」
 
絶望的な声を出して中村浩子(仮名)は近くの椅子に腰を落とした。
 
「浩子ちゃん、しっかりおし!あの船はかなりオンボロだから、時々無線の調子が悪くなるんだよ」
 
しお子は励ましながら
 
「それに今日は少し遠くの漁場に行ってみるって言ってたからね。そのせいかもしれないし」
 
「遠くのって・・・まさかこの嵐でソ連や朝鮮の海域にうっかり入っちまったりしていないだろうな」
 
ふと漏らしたmasaの言葉に一同はぎょっとした。
 
「・・・・・・まさか!父ちゃんに限ってそんなヘマをするわきゃないよ」
 
と、息子を叱りつけるしお子もどことなく不安そうにみえる。
 
「冬の海には魔物がいる・・・」
 
四葉がポツリと呟く。
そのまなざしは冬の海よりも暗く沈んでいた。
 
 
 
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「それにしても、なんでビア坊はこんな天気の日に限ってこんなことを・・・。前から漁に出たがってたとはいえ無謀すぎるぞ」
 
masaの言葉に
 
「そういえば・・・」と、四葉が思い出したように話し出した。
 
「昨日のお昼にここでビアちゃんは皆さんの話を聞いてましたよね?」
 
前日に次郎と病院に行ったビア坊はそのあとに浜で一郎たちと合流し、一緒にしおきゃら食堂まで戻ってきた。
そしてしお子が作ってやった塩おむすびを美味しそうに頬張りながら、大人たちの会話に耳を傾けていたのだった。
 
「それは、どんなお話だったんですか?」と浩子が尋ねる。
 
「浩子ちゃんに身内の話を聞かせるのもなんだけど・・・一郎たちの母親のことなんだよ」
 
しお子の話によるとこうだ。
 
 
その日の漁に満足できなかった一郎は、思い切って遠洋漁業の大きな船に乗ろうかと迷っていると言い出した。
 
驚いた宇奈月が「父ちゃんの残した船はどうするべ」と諭し、とりあえずその場は収まったが、一郎は思いつめた表情だった。
 
「たとえ形見であっても金が稼げなきゃ意味ねぇっぺ」
 
父親を誰よりも誇りに思っている普段の一郎ならば決して口に出さないようなセリフまで飛び出し、しお子はぎょっとした。
 
昼食もそこそこに不機嫌な様子で食堂から一郎が出て行った後、しお子は夫に
 
「やっぱり義姉さんの治療費のことで悩んでいるんだろうね」
 
宇奈月は黙って頷く。
 
「うちでも助けるって一郎には言ってるんだけどね、断られちまったよ」
 
苦笑するしお子に
 
「おばちゃん、それは俺からも断るよ。おふくろのことは俺たち兄弟で助けていくって兄貴と決めたから」
 
それまで黙って丼飯を食べていた次郎もぽつりと答えた。
 
「あんたたち・・・やっぱりたて蔵兄さんの忘れ形見だけあるね。兄さんも草葉の陰で喜んでるだろうよ」
 
 
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「そうですか。そんなことが・・・」
 
しお子の話をひととおり聞いた浩子は優しい性質ゆえに涙を浮かべて声を詰まらせた。
が、ふと思いついたように
 
「おばさん、もしかしてビア坊はその話を聞いて恩返しをしようと思ったんじゃないでしょうか?」
 
「恩返し?」
 
きょとんとした顔でmasaが鸚鵡返しに聞く。
 
「浩子ちゃん!あんた知ってるのかい」
 
「ええ・・・私はもう小学4年生でしたから母たちの話で知ってました」
 
「俺も一緒だぜ?でもなんのことかさっぱり分かんねぇべ」
 
masaの言葉に苦笑したしお子は
 
「当たり前だよ。このことはごく内輪だけしか知らない話なんだから」
 
「私・・・だから余計にこちらの皆さんにビア坊が良くして頂いているのが申し訳なくて」
 
浩子がぽろぽろと涙を落とした。
 
四葉がそっとエプロンのポケットからハンカチーフをさしだす。
ふわりと仄かな麝香(じゃこう)の匂いがあたりに漂った。
 
「masaももういい大人になったし、浩子ちゃんも知ってるんだったら話してもいいかね。あ、四葉ちゃん、席をはずさなくてもいいんだよ。あんたにも聞いておいて欲しい大事な話だからね」
 
しお子は立ちっぱなしの四葉に近くの椅子に腰をかけるようにしぐさで示し
 
「あれからもう10年かねぇ・・・。早いもんだよ。あの日もこんな雪混じりの雨が降っていたものさ」
 
 
しお子の問わず語りが始まった。
 
 
私は今でもあの出来事を夢にみるんだよ。
その頃はまだこの食堂もやってなくてさ、私は浜の近くにある水産加工工場でパートで働いてたんだ。
 
野子は11歳、masaは9歳。
二人で留守番が出来る年齢になっていたからね、食堂を建てるという夢のために毎日遅くまで働いていたのさ。
 
そうしたら4時過ぎだったかね、工場に野子が飛び込んできて・・・。
私はまたmasaに何かあったのかと仰天したよ。
 
野子は上着も着ずに傘もささずにびしょ濡れで家から走ってきたっていうんだもの。
そして泣きながらこう言ったよ。
 
「たて蔵おじちゃんが車に轢かれた」
…ってね。
 
私は自分の耳を疑ったね。
たて蔵兄さんがよりによって交通事故に遭うだなんて思いもしなかったことだから。
 
海で何度も危険な目に遭っても大丈夫な兄さんが、まさか陸で災難に遭うだなんてさ…
 おかしい、おかしいよと自分に言い聞かせながら野子から聞いた病院に駆けつけたさ。
 
ああ、子どもたちは家に残してきた。だからmasa、あんたが真実を知らないのも当たり前だよ。
私たちはあの日以来、あの事故の真相を固く封印して今まで過ごしてきたんだからね。
 
病院は今、義姉さんが入院しているあの総合病院さ。
この町じゃあの病院以外、まともな治療をしてくれるところはありゃしないからね。
 
義姉さんも複雑な思いで毎日を過ごしているんだと思うと私も辛くてね・・・。
 
一郎が母親を隣の市の大きな病院に移そうと躍起になってるのも、そのことが理由のひとつかもしれないね。
あの子はああ見えて繊細なところがあるからさ・・・。
 
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ああ、話が逸れちまったね。
 
そうそう、私が病院に駆けつけるとロビーには真っ青な顔をしたうちの旦那がいたよ。
自宅に義姉さんからかかってきた電話を受けてこっちに野子を知らせに走らせたあと、自分は先に病院に来ていたようだ。
 
「あんた!兄さんの病室は??」
 
私は旦那に聞いたさ。
そしたらただ首を振るんだよ。
いつもは縦に振る人が、横に振るんだよ。
何の冗談かと思うじゃないかい。
 
「あんた!早く教えてよ!!」
 
カッとして叫んだ私の腕を強くつかんで黙ったままの旦那が引っ張っていくんだよ。
どこに?と聞く間もなく、どんどん引っ張っていく。
その先は治療室でもなく、もちろん病室でもなかった。
 
そこは私が後にも先にも一度しか踏み込んだことのない病院の一角にある、霊安室だったんだ。
 
 
中ではストレッチャーの上に兄さんが静かに横たわっていたよ。
 
それがさ、顔にかかった白い布をはがすとね、信じられないほどきれいな顔なんだよ。
やっぱりこれは何かの間違いだ。
たて蔵兄さんはただ眠っているだけなんだろ?
 
 
・・・と枕元をみると線香が一本たっててね。 
私は無意識にそれを引き抜いちまった。
 
「しお子!」
旦那に身体を揺さぶられてやっと気がつくと傍に義姉さんが座ってて・・・
 
その顔が真っ白で、こんなこと言っちゃいけないんだけど義姉さんのほうが死んだ人みたいだったよ。
 
魂を抜かれた人ってあんな風になっちまうんだろうね。
感情という感情すべてを失ったように見えたよ。
 
そこからはご想像の通りの愁嘆場さ。
私は泣いて喚いて・・・なんでこんなことになったのかとあまりにも騒ぐから旦那に抱えられて部屋の外に出たのさ。
 
そうしたら廊下のベンチに見覚えのある女の人が一人座ってた。
そしてその膝にはその人の子供らしい幼な子がいてね・・・。
 
それがビア坊だったのさ。
 
 
 
「なんでそんなところにビア坊が・・・」
 
masaが絶句する。
 
浩子が声を振り絞ってその質問に答えた。
 
「たて蔵おじさんは・・・あの日、車道に出たビア坊を助けるために代わりに車にはねられたんです・・・」
 
食堂は水をうったような沈黙に包まれた。
窓が強風で時折ガタガタと揺れる。
 
 
しお子の回想は静かに続く。
 
 
 
あの日、兄さんは一郎を連れてクリスマスプレゼントを買いに町に出てたんだ。
ふふ・・・子煩悩な人だったからね。いつも子供へのプレゼントは自分で選ばなくちゃ気がすまなかったんだよ。
 
その帰り道のことだよ。
自宅近くを走る国道に差し掛かったときに、二人は小さな影を見たというんだ。
 
それは、まだヨチヨチと歩き始めた2歳足らずのビア坊だった。
 
近所に住むビア坊はたて蔵兄さんも可愛がっていたからね、たぶん何かを考える暇はなかったと思うんだ。
 
そして、師走の道を飛ばすトラックの運転手はまさか子どもがふらふらと車道に飛び出すなんて思いもしなかったんだろうよ。
 
 
トラックが慌ててハンドルを切った時よりも少し早く、たて蔵兄さんはビア坊を庇って車道に走り出していた。 
 
兄さんがどんなに屈強な海の男だといっても、さすがにトラックには勝てやしないさね。
 
あとから一郎に聞いた話だと、それでも事故の直後は意識がしっかりしてて・・・
 
ビア坊の無事をまず確かめて「よかった」と言ったそうだよ。
そして救急車がくるまでのあいだに息子に言い聞かせたんだとさ。
 
「一郎、いいか、次郎と母さんのことを頼んだぞ。それと、決してこのことでビア坊やあの家族を恨んじゃならねぇ。それは俺の名前を汚すことになるんだからな」
 
涙でくしゃくしゃになった一郎の手をしっかりと握り締め、こうも言ったそうさ。
 
「俺は海に生き、海に食べさせて貰った。この人生、ちっとも悔いはねぇ。だから俺が死んだらこの骨を俺の船から海にまいてくれ」
 
兄さんはうっすらと微笑んでさえいたっていうじゃないか。
そして最後に
 
「強い男になれよ。曲がったことをすんじゃねぇぞ。人様のために生きろよ・・・」と。
 
この話を聞いて、兄さんの遺言だから私もこの不幸な事故を恨んではいけないと心に決めたよ。
 
義姉さんもそれは一緒だったに違いない。
だから兄さん亡き後もあの子を可愛がってね・・・。
あまり母親に構ってもらえないビア坊は義姉さんを母親のように今でも慕っているんだよ。
 
 
そこまで話し終えるとしお子はふーっと深いため息をついた。
 
 
「そんなことがあったのか・・・」
 
masaが唸った。
 
「でもさ、だったらビア坊はこのことを知ってるってことかい?」
 
息子の質問にしお子は
 
「まさか!あの時、あの子はまだ2歳かそこらだよ?いくらなんでも覚えてないだろう。ね、浩子ちゃん」
 
「覚えてはいないと思うんですが・・・」
 
そう浩子が言いかけた時に店内の電話が響き渡った。
 
 
 
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受話器をとった四葉が普段出さない大きな声を張り上げた。
 
「女将さん!組合からです。無線が入ったそうで・・・ビアちゃんも皆さんも無事だそうですよ!」
 
 
浩子はそれまでこらえていた嗚咽をたまらず漏らして泣き出した。
 
 
(続く)

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