タチコマ ブラックの 言いたい放題のブログ

僕は、この先の人生が、決まった事を自覚したんだ。

君といつまでも。

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

彼には付き合っていた女性がいました。それを知ったのは最近の話。

彼女は彼が死んだ事を知らない。・・・と思う。

何も理由を言わず、「実家に帰るから、会う機会も減るし」と去っていたそうだ。

その本心が、

「僕はもう、彼女を幸せにすることができない」と書かれていた日記から知る。

一緒にいても、好きな人を置いていく、先に逝く。

大事な人にそんな惨い事をしたくはなかったと。彼は思っていた。

高い金を払って、手術を受けて、一年の時間が五年になった所で、意味は無いのだと彼は言う。

自分が普通の家庭を営む能力の無い事を惨めに思い、劣等感に苛まれていた事を知る、

努力することの無意味さを痛感し、ただ、残された時間を過ごして行く。

持って生まれた体のことを決して親にあたる事はなかった彼が、なぜそこまで自分を抑えている

事ができたのか、俺にはわからない。

彼には普通の・・・ただ平凡な幸せを・・・せめてひと時だけでも・・・と思う。

その事で泣いていると、彼女が慰めてくれる。

こんな些細な幸せすら、彼には得られなかったと思うとまた泣く。

彼女が問う。

「私があと一年位の時間しか残されていなかったら、別れた?」

答える事はなかったけど、最後までそばにいたと思う。

だから、彼の行動を否定したくなる時がある。

傍にいてほしいとなぜ言わなかったのか。それ以上に彼女を残す事に耐えられなかったのか。

他の男と幸せになることばかり考えて、被害妄想におちいっていたのだろうか。

思い出の彼は、何も語らず、やさしく微笑むだけ。

ゴールデンウィークが終わったよ。

入社当初、追われるようにこなしていた仕事も、いまでは軽いもんさね。

武蔵村山の施設で「いっしょにきていた人はどーしたの?」ときかれたよ。

覚えてくれている人がいたのさ。4年前、不慣れながらも一生懸命にやってくれていたね、と。

人の記憶に残る仕事をしていたのはうれしいことさ。

お前といっしょに、がんばっていたのさ。その当時は、それなりにな。

本社の宿命な事に、美影さんも村上とも離れたよ・・・。

いつまでも、現状が変わらないと思っているのは間違いなのさ。

お前と一緒に担当していた方たちは、何人かお亡くなりになった。こういう仕事だしな。

それは十分に理解しているさ。でも慣れる事はないもんだな。

できるだけのことをして、仕事として割り切る、そういう考えは分かっていても、やっぱり、俺は

依存してしまうんだ。

残された者の悲しみを知っているからだろうと思う。

そんな時はお前を思い出す。

卒業していった連中は、それぞれの道に進んでいったさ。

お前の意思をみんな尊重しているし忘れることはないだろう。

「みんなに会えなくなるから、自分では命を絶たない」

漫画だか、アニメだかの影響を鵜呑みして、そういっていた事を、みんな分かっている。

だからこそ、お前が最後まで信じたものを、俺たちは尊重し、忘れないと誓った。

お前がどれだけ辛い思いをしたのかは、分からないけれど、その思いにすがって、

耐えていく事ができたのだから、おれたちもまた、そう思う事にした。

時間と距離は、物事を薄れさせていくけれど、また君に会う時まで、思い出はいつもそこにある。

あけまして、おめでとう。

今年も年始をのりきったよ。とても忙しかったさ。

一昨年が懐かしいよ。おたがい、何をすればいいのか判らなくて。

何が解らないのか判らなくて。右往左往していたな。

去年の経験もふまえて、なんとか出来るようになったさ。

覚えたことは、きちんとこなし、解らなかったことはそのままにせず、調べて、

同じ失敗を繰り返さないようにした。お前が教えてくれた事だ。

こんな俺でも、いまや後輩に教える立場になったよ。

俺は、教えるのが下手でな。自分が出来て当たり前の事を他人もできると思っているから

「なんでこんな事すら・・・」と思ってイラつく。こんなときお前がいてくれたらと

よく思う。お前がいったとおり、おれは憎まれ役が向いているんだ。

そしてお前がなだめて、丁寧に教える。飴と鞭の作戦さ・・。

去年は、色々あったよ。彼女もできた。いまはまだ、ごたついてるけど、

一緒になろうとおもってる。美影さんとは・・・最近よく一緒にいる。

美影さんの元彼が結婚するんやて。美影さんは、よりを戻したがっていたよ。

その相談や、式の二次会の同伴とかしえたら、まぁ・・なんていうかそうなった。

憧れて、振られて、それでも想っていたら、こうなった。

物事ってのは、その先がどうなっているかなんて、わからないもんだな。

大学の連中は、そろいも揃って卒業だ。当たり前だなwみんな同じ歳なんだもの・・。

別れの時が近づいているんだ。それぞれの道に、みんな進んでいくんだ。

おぼえてるか?5年前、友達の知り合い同士で集まった時の事を。

あの時、全てが始まったんだ。そしてお前はそこに居た。

お前を失った時の喪失感を再び浴びるのかと思うと、俺はとても怖いんだ。

お前と違って、みんな居なくなるわけじゃない。それは解っている。

でも、きっと離れていくんだ。会えない時間がそうさせるんだ。

おれはさ・・、もうこういった仲間を得る事は二度とないと思う。最高の仲間たちだ。

ずっと、ずーーーっとこの状況が続くと思っていたんだ。

でも、それは勘違いしていたんだ。「上京」って経験が無いから、そうだったんだ。

みんなほかの都道府県から来ている。東京に就職するとしても、会社の近くに引っ越す。

離れていくんだ。実家に帰るやつもいる。地元で就職するからだ。

そして社会人としての生活がこれから始まるんだ。

忘れていたよ、自分がすでに社会人である事を。実家がすぐそこにある事を。

友人に依存しすぎたからだと思う。この状況が無くなる事への恐怖から、「家庭」を

作ろうと思った。そこに安らぎを得ようとした。何か変わりになるものが欲しかったんだ。

彼女の父親に拒まれた事に腹をたて、状況をややこしくした。無様なもんだ。

いまの所、小康状態さ。正直、どうなるかわかんない。

おれはおかしいのかな?愛しているから一緒になりたいんじゃないんだ。

さみしいのは嫌だから、自分の側にいてくれる人を囲いたいだけなんだ。

そんな理由で、いいのかと思うときがある。自分の都合で、相手を縛ろうとしている。

おれを止めてくれ。馬鹿な事するなって言ってくれ。お前がいてくれればこんな思い

しなくてすんだのにさ・・。

赤嶺が家を買ったよ・・。いい家だ。でっかいテレビもかってたよ。奥さんとうまくやってる。多分、そ

のうち、子供もうまれるさ。あいつはしっかり者だからなw

岩元に二人目の元気な男の子がうまれた。小さい手で、ちからいっぱい指をにぎってくれた。笑うと、

とても可愛いんだ。小太郎くんが丁度、俺と弟の年齢差とおなじでな。

生まれた弟を大事にする「お兄ちゃん」になった事を自覚する少年が、かつての自分とだぶるんだ。

自分も、昔、そうであったのだと思うんだ。そしてこれから仲良く喧嘩しながら育っていくんだね。

俺の弟は、身長が同じになったよ。来年は、抜かれているかもなw

田村は、相変わらずだ。そこがまたあいつらしいw元気にやってる。

太田は、試験に受かったよ。頑張っていたからな。兄へのコンプレックスは相変わらずだが、大丈夫!こ

れからきっといい医者になるよ。

成合は、このあいだスタンガンで気絶してなw大変だったw結婚も承諾されて、就職もきまった。

卒業を待つばかりだ。一応、都内に残るけど、引っ越すし、夫婦生活が始まる。

加藤は、故郷に帰るそうだ。向こうで仕事を見つけたと言っていた。

村上は・・・辞令がでて4月から岡山県なんだ。戻れる可能性は少ないと思う。

森田君は、都内の支店にいってる。近いからフットサルの練習の時に会う。

状況は変わっていく。さみしくなるよ。

最近、お前に会いに行きたくなる。

俺には、死ぬ理由は無いけれど、生きてる理由もないんだ。

寂しくなる事が怖くて、家庭に拠り所を求めた。それが思い通りに運ばなくって、

絶対もう頭下げて頼まないって決めて、諦めたら、何もかもどうでもよくなったんだ。

幸せなうちに、いまこの状況で寂しさに打ちひしがれる前にと、そう思った。

思っただけで、やんなかったけどねw

もう、この先、こんな素敵な仲間たちと会う事もないだろうっておもっただけさ。

春が来る前に、みんなでお前の墓に行く事にした。この面子で集まれるのは、

多分最後だろう。あいつらはさ、ぜってー迎えに行った段階で、ビールとか飲んでてさ!!

運転する気まったく無いんやで!!w行きも帰りも運転は俺!!俺の車で!!

で、墓の前で真っ先に泣きよんねん!!慰めるの俺やんけ!

お前も生き返って役を代われ!!wこの世の物理法則なんざ破ってでもな!!w

ほんとうにそうしてほしいさ。

きみにあいたいよ。

そいつと初めてあったのは、会社に入った時。研修で一緒になった。
気さくでいいやつでした。イメージ 1
前の年の、健康診断で、病気を詳しく検査する通知を受けて、その結果を知った彼は、残された時間が少ない事を知り、仕事を辞めていきました。残された時間を、親と一緒に過ごす事を選び、普通の人生を諦め、俺にさよならも言わず行ってしまいました。
彼なりに、考えがあっての行為であった事を知るのは、ずっと後の話。
俺はそんな事まったく知らず、なぜ辞めてしまったのかも分からず、ガッカリしてました。
たまにメールのやりとりをしてました。入院生活の事を知らなかったので、仕事にも就かず、実家でひきこもっているとばっかり思っていました。
11月23日、亡くなったそうです。メールの返信が来なかったことに、なんの疑問も持ちませんでした。きっと、ニートにでもなったのだろうと思ってました。働いてないから、携帯の基本料金も払えないんだと思ってました。
4ヵ月後の3月に、年度末通達の関係で彼が亡くなっている事を知った。事故だったら何とも思わなかったが病死というのが気になって、色々尋ねたら、ずっと前から治療を受けていて、亡くなった事を知った。
辞めていった当初、メールのやりとりはあった。何にも言ってなかった。半年たっても働いていない事に呆れ、太った事に引きこもりと決め付け、正直見下していた。付き合いは短いけど親友だと思っていたから、心配はしていた。でも会わない事が自然消滅へとなっていた。


ゴールデンウィークの休暇に、事前に電話して、彼の実家を訪ねた。
線香をあげて、母親から「来た時にだけ、渡してくれと預かっていました。」と手紙を頂いた。俺宛の遺書でした。来てくれると、信じてくれていた事がうれしくて、それ以上に見下したりしていた自分が許せなくて、悲しくて、人様の家でボロボロに泣きました。
お墓の場所を聞いて、そこにたどり着くまで、涙で前が見えず何度も車を路肩に止めてはクラクションを鳴らされました。やっと着いたお墓は、新しいものでした。彼の父親は次男なので、自分の墓を用意するつもりであったとの事でしたが、まさか先に息子が入るとは思っていなかったと、声を押し殺して場所を教えてくれました。
海の近くにある墓地に、石の塊に姿をかえた友人がそこにいました。「どうして何もいってくれなかったのさ?」と問い掛けても、彼は何も応えてはくれませんでした。
入社して、帰る方向が一緒だったのでつるんで、上司の悪口いったり、買う金も無いのに中古車センターめぐりをしたり、運転の練習でレンタカー借りて高速にのり、降りるインター間違えて、何十キロも先でやっと降りて笑いながら引き返してきたり、会社で誰が好きかと教えあったり、叱られたら励ましあったり、飲みに行ったり、ごく普通の、ありふれた日常が、もう一緒に遊ぶ事はない事を、思い知らされました。

『わりぃ、俺死んじゃった。
ごめんなぁ、黙ってて。でも言った所で何も変わんないし、お前にやな思いさせるだけだし、正直、同情とか哀れみってのも重いしね。ひっそり逝く事にしたんだわw
これを見てるってことは、来てくれたんだな。ほんとうにありがとう。
多分、お前の事だから、直接うちに来るとおもってた。さすがだ!わが友よw
まぁ、なんで死んだかは、だいたい親から聞いてるとおもうんだ。最初はさ、「何で自分がこんなめに!?」とか思って、荒れてたんだけど、時間は有効につかわないとね。親孝行でもしとくかなぁっておもって、実家に帰ったわけさ。親はさ、治療や手術を受けろ受けろっていうんだけど、1年そこらの寿命が2年か5年になってもしょうがないじゃん。
働けないんじゃ、金ばっかかかって負担だけだしね。痛みはあるけど、我慢すればいいしね。そんでまぁ、結果こうなったわけ。
自分がそうしたかったから、そうしたまでさ。これでいいのよ。
この事をあんまり気負うなよな。俺は、受け入れた。だから、お前も世の中にはそういうやつもいるってことで、受け入れてくれ。
楽しかったぞ。じゃ、先に逝ってるぜw」
実家に帰ってきた当初、通院し、両親と一緒に色々治療方法を聴いたそうだ。どのケースも金額は驚くような物ばかりだったそうです。
「結果が同じなら、早いほうがいい。無駄にお金を使う事もないさ。」と言っていたそうです。
「いっぱい美味しいもの食べたいなぁ。」
と毎日焼肉を食べに行っていたそうです。実際、一度写メールが来た時は別人のように太っていました。
やがて、入院し、点滴の外せない状態になり、やがて、歩く事も出来なくなっていったそうです。たまに、帰宅の許可がでて、帰ってくると、部屋の片付けばかりしていたそうです。集めていた物も捨てたり、家具も処分したり。まるで存在そのものを消すかのようだったといいます。飲めば気を失うほど強力な薬を服用していたそうです。朦朧とした意識で「俺みたいな出来損ないは存在そのものが間違っているんだ!」と言った事があるそうです。正気に戻ってその事を知った彼は、母親に泣きながら謝ったそうです。後にも先にも、ただ一度だけ口にした不満はこれだけだったそうです。それから先一度も、「痛い」「辛い」と口にしなかったそうです。
殆どの物を自分で処分していったそうです。おれがもらった写メールと、母親がこっそりごみから抜き取った物だけが、わずかに残っているだけでした。

イメージ 1

会社にいた頃はいつもつるんでて、
上司、先輩の悪口ばっかり言ってました。一年目から二人とも随分勢いだけはあったようです。「5年も6年もこの仕事やってて、なんであんな事もわっかんないかなぁ?ばっかじゃないの?」といつも言っていました。二人で対話する事で、いいアイデアが思い浮かぶときもありました。一度、「いつか一緒に会社つくろうぜ!?」と言ってくれました。
「俺が社長で、お前が嫌われ者の専務な!w」
「なんでやねん!」
「お前が叱りまくって、凹んだ社員を社長が励まし、やる気を出させる!これよぉw」
「俺は損な役回りなんだな。」
確かに、彼は、人当たり、愛想のいいカリスマ性のある人だったと思います。過去形で語らねばならないのが残念です。俺は「冷酷無比」な存在で、他人にも自分にも厳しい人、「適当、適度、加減」って物を知らないとまで言われてました。女子社員が書類渡す時ですら、オドオドさせていたそうです。身覚えありませんけどな。
そんな夢を語り合って、お互いを認め合っていた仲だったので、仕事もせず実家でひきこもって、こんな写真の状態になったってことは、就職活動で面接する気も無く、部屋から出ないのでこんな頭にして遊んでいやる。堕ちたもんだな、お前も。と見下していました。
でも、この時、激しい痛みでストレスから、脱毛していた事を知るのはずっと後の事。
今でもよく思います。なぜ、あれをみておかしいとおもわなかったのか。
あの時少しでも
「様子がおかしい」「ちょっと遊びにいってみようかな」と思わなかったのか。そうすれば、・・・そうすれば、何か変わっていたのでしょうか?なにかしてあげられたでしょうか。
医師の卵の友人がいいました。
「遅進行性で有った事が、いいことなのか、不幸なのかわからない。突発性の急性疾患であれば、目の前で死んでいたかもしれないさ。手を尽くす暇も無い。あいつは、親と過ごす事を自分で選んだ。みんなを悲しませないように何も言わずにな。その選択が出来たことは、あいつにとっていいことだったんじゃないのか?」
彼のいう事は正論だとおもいます。でもあいつは、残された友人が、どんなに辛い思いをするか解ってそうしたのか、応えはきけません。

暴飲暴食だけが楽しみだった彼も、やがて食べる事すらままならない状態になったそうです。毎日3食、流動食みたいな物で、この頃は、口数も少なく、ただ外ばかり眺めていたそうです。
イメージ 2
何もかも処分をしていった彼が、唯一、残したものがあったそうです。母親に教わって、編み物をしていたそうです。買った物や使っていた物は、捨てていったのに、なにか「自分の手で作った形有るもの」を残していこうと思ったのか、ただの暇つぶしだったのか。でも、それは完成する事なく、今も母親の部屋にそのままに置いてありました。
世間が祝日で賑やかなある日、激しく咳き込んで母親に背中をさすられながら、彼は逝っちまったそうです。
彼の母親からこう言われたことがあります。
「息子が死んだ時、嬉しかったんですよ。やっとこの子が楽になれて。おかしいでしょう?子供の死を喜ぶなんてねぇ・・・。」と。涙をいっぱい浮かべて、そういってました。|
あいつは入院してから一度も、生まれた事や、体の事を他人に愚痴る事は無かったそうです。苦しみから逃れようと自分を粗末にする事も無かったそうです。必要以上な投薬は拒み、保険の利かない薬も拒み、進行症状を抑える延命的な薬も、拒んだそうです。点滴が二つありますが、一つは、痛みを和らげるものと、栄養素のようなものらしいです。
遺言により、葬儀を身内だけで行なったそうです。それまで、人前で泣いた事の無かった父親は、火葬が済んで灰になったわが子をみて、取り乱して泣き叫んだそうです。何度も何度も謝っていたそうです。

死んだ奴はずるい。いつまでも心に居続けるのだから。
人が人で有る限り、記憶ってのは、消せない。忘れる事など出来ない。
仕事で失敗しても、友達に悪い事しても、謝って許してもらうことが出来る。まだ、行動できるだけましだろう。相手のリアクションは、どういう形にせよ、返ってくる。
死んだ奴は、心のなかで、やさしく微笑むだけで。昔みたいに「おまえは馬鹿だなぁ」「俺もそう思う」「さすがだな!!」「その意見は受け入れられないね!」「そんなの、やってみなけりゃわかんねぇって!」とは、いってくれない。やっぱりいつも、そこにいて、微笑むだけなんだな、お前は。そういうとこ、ずるいんだよな。
いつか死んだ人間の意識が行く所があるのなら、いっぱい話があるんだ。お前が居なくなって、会社の部所がどうなったとか、知り合いがその後どうなったとか。好きな番組が映画化したとか、気に入ってた女の子が誰と付き合ったとか結婚したとか、いっぱいあるんだ。会えるのは、ずっとずーーっと先の事なんだけど、楽しみにしている。
君に逢えてよかった。
2006/11/16

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事