未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

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誰の仕業だ?!

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先週の雪が降る前、窓の外に洗濯物を干していた私は靴下が片方ない事に気がついた。
おや? 

こんな事は良くある事で、私は慌てもせずにもう一度洗濯物を運んだ籠の中を覗き込んだ。
ん?

そんな時には、洗濯機に決まっている。
洗濯機の蓋を開け、覗き込む。
お?

そうか、やっぱり籠の中か、もう一度見てみよう。
おや??

それでは、洗濯機周りをもう一度。
んー・・・

そうか、それなら最初から片方は洗濯機に入れていなかったのかも。
洗濯物入れを開けて首を突っ込む。
その日に洗濯をするつもりではなかったいくつかの洗濯物の中に、紛れている事もある事なのだ。
何しろ、小さな靴下一足、大きな洗濯物の中に紛れ込んでいる事など当たり前に考えられる。

うー・・・・ない。

洗濯機の中、洗濯機の足元、洗濯物を運ぶ籠、洗濯物を放り込む場所、狭いアパートの廊下まで、小さな靴下片方を探す為に何度往復しただろう。

「ねえ、知らない?」
あるはずの物が見当たらないと、必ず○Tに聞く。
いてもいなくても、これは今でも同じである。

その後、その靴下は、いつか出て来ると信じて洗濯ハンガーにピンチで留めたまま1週間が過ぎようとしていた。

先週の雪で裏庭では、いくつかの植物が倒れ、折れ曲がり、中にはポキリと折れると言う被害があったばかり。
少しは救出してやらなければ、と裏庭に降りて、一番被害の大きかったアメジストセージの折れた枝を整理し、咲き始めていた花のついた枝を部屋へ飾るつもりだった。

暖冬だと言われる今年の冬を象徴するかの様に、葉を落とす前からポツポツとフライング咲きしてしまっている雪柳は、あの重い雪にも見事に枝をしならせ全く被害は見受けられない。

去年から少し勢いが衰えて来ていたアジュガも、今年は又少しやる気を出しているのか、ペタリと地面に葉を広げ春を待っている。

一つ一つの植物を一通り眺め終わった頃、洗濯竿のそばの道具箱の脇に何やら見覚えのある柄を発見した。

え?
ここ?

そう言えば、前にも一度すっかり諦めた靴下をここで発見した事を思い出した。
あの時は、待てど暮らせど発見出来ずに遂に諦めてしまい、忘れた頃に、と言うより忘れていた事すら忘れていた程だった。

そうか〜、ここだったのか〜。

アジュガも雪柳も、アメジストセージも、目の前で私が靴下を落とす所を見ていたであろう枯れたふりをしているクレマチスや、秋に葉っぱを虫に喰われてスカスカした枝の先に新しい葉っぱを出して、何やら不格好になってしまっているクチナシ、暮に植えてまだ5ミリ程した芽が出ていないチューリップ達。

一言教えてくれたって良いではないか。
ああ、きっと奴らは笑っていたに違いない。
なんとなく悔しい気がした昨日は曇天、○Tの誕生日。
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去年の夏、少し前から様子のおかしかった給湯器が遂に壊れた。
ガス屋の兄ちゃんと大家さんに相談の結果、取替える事に決定をしたが、これがなかなか時間を要した。

どれ位要したかと言うと、下見、見積をしてから旧盆を挟んでほぼ半月。
その間のお風呂をどうしようか?と考えた。
一番近かった銭湯はもう6年程前に廃業し、その跡地に友人宅が建っている。

これはもう借りに行くしかないでしょう。

連絡をすると、二つ返事だった。
最初の頃は、会社から一旦帰り食事を終えてから行っていたのが、ある日仕事が終わらずに遅い時間になった時には「そのまま来てご飯も食べて行けば?」と声を掛けてもらい、何度かは夕飯付きと言う豪華なお風呂になった事も。

あまりにも毎晩では申し訳ないかと、又ある日は別の友人に連絡をすると「9時過ぎなら良い」と返事をもらった。
この友人宅には、高齢のお母様が同居していて、その世話が一段落するのがその時間だと言う。
それでも何度か押し掛けて行って、お風呂上がりには冷たい飲み物等も振る舞ってもらった。

この2件、我が家からは歩いてほぼ5分圏内。
お湯を借りるにはもってこいであった。

「もう少し近かったら来てもらっても良かったのにな〜」歩いて軽く15分はかかる場所の友人は言った。
10年程前に新築で買ったマンションに住むその友人宅のお風呂にも浸かってみたかった私は、一緒に出掛けた花火大会の帰りに、ちゃっかりお湯をもらいに寄った。
「帰る頃には又汗だくだね」と友人と笑い合った。

夏が終わり、○Tの息子Dが仕事がてらやって来た時にこの話をすると「M_ちゃん、ダメじゃな〜い、そんなに周りに迷惑かけてちゃ〜」と半笑いで言った。

私はすかさず笑いながら言い返した。
「まだまだわかってないな〜、 Dは。 貴男の親父は何て言っていたと思う?『他人には迷惑をかけて生きて行くもんなんだ』って言ったんだよ。 『自分一人だけで他人に迷惑をかけないで生きているなんて思うのは、傲慢だ』って。」

さて、我が家に取り付けられた新しい給湯器は、流石今時の物でお喋りする。
しかも風呂のお湯はリが自動になってしまった。
あの「殿様の湯」にはもうならない。
湯量で自動で止めるから、多分「源泉かけ流し」にもならないだろう。
緊張感を伴うお湯はリから解放された私は、今や炬燵で眠りこけて給湯器からの優しい叫び声をまつばかりである。

年賀状の返事

年賀状の返事

世の中には「年賀状でしか付き合いがなくなってしまった」と言う人がいる。
それも否定的に。
確かに半世紀以上生きて来ると、そんな友人知人が私にもゴロゴロといる。

もう何年も実際には会っていないのに、年賀状だけはやりとりをする。
「年賀状でしか付き合いがない」、この言い方を私は否定的に捉えるつもりは更々ない。

年賀状で知る友人達の近況や、その年の出来事。
私は元気でいるから、と伝えたい。
年賀状でしか付き合いがなくなったって、友人が友人でなくなっている訳ではないのだから。

年が明ける前に、その年の正月に貰った年賀状を見返しながら、新たな年に向かって、友人達に年賀状を書く。
一年越しの年賀状の返事。

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皆様、明けましておめでとうございました。

どんな新年を迎えているでしょうか?
私は相変わらず暮から母達と、伊豆で1年で一番豪華な時間を過ごして来ました。

本当はこの記事を書いてから伊豆に出掛けて行きたかったのですが、生憎と出掛ける前日までバタバタとし、前日の夜遅くまで友人と、昨年がっつり稼いだ残業代で我が家の炬燵ですき焼きを振る舞い、挙げ句の果て翌日には寝坊をする始末でした。

今年が皆様にとって、穏やかで暖かな一年になります様に。

どくしょ

通勤が電車&バスで小一時間かかる様になって2年。
下り方面のせいでほとんど座れる車内ですっかり本を読む事がくせになっている。

本を読む事から長い事遠ざかっていたから、読み始めるとあれこれと節操なく色々な本を読むのだが、最近は畠中恵さんの「しゃばけ」シリーズにはまっている。

江戸時代の大店の一人息子は、祖母に大妖を持ち、たいそう病弱。
その病弱な若旦那に仕える二人の手代達も実は妖で、千年は生きている。
若旦那の部屋には、他にも沢山の妖達が住んでいるが普通の人間の目には見えない。

こんな物語を、私は友人にも勧め、彼女もすっかりはまっている。
他にも過去にはまった友人を発見して、時としてその話題で盛り上がる。

ふんわりほんわりと江戸のお伽話で、二人の手代の頼もしさと若旦那の性格の良さ、出て来る妖達のそれぞれのユニークなキャラクターに、私も二人もはまってしまった。

百年この世にある物は、物であっても神が宿り付喪神になる事や、家をギシギシ鳴らす家鳴と言う妖は、顔は怖いがリス程の大きさと思われ、これが何匹も若旦那の袖に出たり入ったり愛らしい。
(我がオンボロアパートは、廊下を歩くとギシギシ言うからきっと家鳴が居るし、祖母の使っていた桐箪笥は、きっと付喪神になっていると思われる)

でも、私がこの物語に本当にはまったのは、次々と読むうちに千年以上も生きている妖の悲しさが物語の中に垣間見えて来た時だった。

(第一、若旦那の祖母は三千年も生きた大妖だが、人間に恋をして、その人と結ばれるまで何度もその人の生まれ変わりを待ったと言う設定なのだ。そして、その祖母にずっと想いを寄せながらそばに居たのが若旦那に仕える二人の手代のうちの一人なのだ。)

物語の一つは、「はるがいくよ」
事は桜の花びらの精が若旦那の元に現れる事から始まった。
赤ん坊の姿だった桜の花びらはあっと言う間に成長し、あっと言う間に年頃の女性になってしまう。
そして桜は散ってしまうのだ。
若旦那は金と人脈に任せて何とかして命を長らえれないかと奔走するが、桜は散ってしまう。

その時に若旦那は、二人の手代達から見れば人間の一生も同じ様に短いのだと悟る。
そして、自分が居なくなる事を二人の手代達が哀しむのだろうと想像する。
千年以上生きている妖達は、何度もそんな経験をして来ているのだ。
逝く人を止められない、止める事もしない。

電車の中でその辺りの話に来た時に、私は慌てて本を閉じた。
だって、電車の中で泣く訳には行かないじゃな〜い。

アマリリス様

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遂にそれがやって来てしまったのは、3月だった。
母が久し振りに上京して我が家へ2泊して行った一週間後だった。

近所の友達と夕飯を食べている時にそれが運ばれて来た。

ああ、アマリリス・・・・遂にアマリリス・・・・・
私が敬愛する(?)このベランダーと言う名の生みの親、いとうせいこう氏が絶賛(?)をしていたアマリリスである。

但し、私の本来の好物は、小さな花達である。
楚々として、地味な、雑草まがいの花達が私の好みである。
故に我が家ではほぼ白か青、紫の花を咲かせるものがほとんどで、例外で派手な赤で大きな花を咲かせるのは、○Tが持って帰って来てそのまま居座っている玄関のペラルゴニウムのみなのだ。

私はこれが咲くと必ず切って○Tに供える。
派手でちっとも私好みではないけれど、○Tとの生活がぎゅっと、ぎゅぎゅっと詰まった大切な花なのだ。

で、アマリリスである。 いや、この豪華な花はアマリリス様と言っていいだろう。
しかも、箱には「赤」と書いてある。
贈り主が「赤と白、どっちが良い?」と聞いて来てくれた時に、「白」と言っておけば良かったと後悔が頭をよぎった。

一緒に夕飯を食べていたMAは、「へえええ〜、凄いじゃん! 豪華なのが咲くんだよ〜、楽しみだねぇ」と自分の事の様に面白がった。

さすがアマリリス様である。
ご丁寧に"取説"がついていて、曰く「良く日の当たる窓辺で育てて下さい」
いや、これが我が家には全くもって存在しない。
ごちゃごちゃと家が密集して建つ都会の隅っこのアパートの1階。
日の光など昼間の数時間明るくなるだけで、入って来る事はほとんどない。
しかも昼間は留守なのだから、真っ暗である。
唯一置けるとしたらトイレの窓か? と思ったが、これも北向き。
しかもアマリリス様をトイレに置くなんぞ罰が当たりそうである。

で、結局あれこれと注意書きを読んだ後の私の解釈は以下の通り。
「日が当たる外で良し。 但し雨が嫌いなので軒下。 凍らなければ冬越し可」

小さなプラスチックの鉢には、アマリリス様の球根を守る為と思われる、土の上に水が通る蓋、底には受け皿までセットされていた。
それらを撤去し、唯一ある我が家の玄関の軒下に転倒防止用にカゴに入れ、アマリリス様は我が家の仲間入りを果たしたのだ。
ようこそ! 我が家へ! アマリリス様!

「1週間に一度、コップ1杯の水をやって下さい。 やり過ぎると根腐れを起こします。」の注意書き等まるで無視して、毎朝せっせと水をやった。
なんたって、もう外にいて、受け皿もないのだからそんな心配をする必要はないのだ。
「水をやり始めたら、外に出さないで下さい」
霜も降りない都内では、凍る心配などする必要もなかった。

乱暴な水やりで中の土がはねて飛んだ時には、少しビビった。
何しろタマネギクラスの大きな球根がピッタリで収まる鉢だから、土などろくに入っていないのだ。
ほんの少し土が飛んだだけで、アマリリス様の球根の肩がちらりと見える様になってしまった。
「おお、申し訳ない」と小さく謝った私をアマリリス様は鷹揚に許してくれた。

それにしても、このアマリリスと言う植物、タマネギの先を切った様な切り口をそのまま残してあるのが奇妙だった。
まあ、アマリリス様さえ機嫌が良ければそれで良いのだが、色々な球根を見て来たつもりだったが、切り口が見え見えの球根と言うものに初めてお目にかかった気がする。

そして、せっせと水やりをしていたある日、気づくとヘラの様な新芽が生えて来た。
「おお〜、いらっしゃいませ〜」
ここで改めてアマリリス様にご挨拶。

その後はどんどんとヘラ状の葉っぱが大きくなり増えて行き、ついに花芽を思われるものがその葉の外側から上がって来た。
花芽そのものは、水仙、もしくはネギ坊主で良く見かける皮を被ったものであったが、
花は真ん中から出るものと思っていた私には、これは又衝撃的であった。
一番外側の葉っぱにへばりつくように、ぷっくりと膨れたもの、これが花芽だったのだ。
しかも、葉っぱにへばりついていたものだから、ぷっくりは外側だけで、内側は平である。

アマリリス様、面白過ぎます。

次に、膨らんだ花芽は、少しずつ葉っぱから離れて行った。
発射台にセットされたロケットが、秒読み状態に入っている所を想像してもらえばきっとわかりやすい。

花芽は少しずつ葉っぱからはなれ、馬鹿でかい水仙の様な蕾は膨らみ、背も高くなり、ついには発射台の葉っぱの高さを越した。
でも、相変わらず内側と外側の膨らみ加減は違ったままだった。

やがて、外側の皮をびりびりと破く様にして蕾がおでましになった。
よくぞ、まあ、こんな狭い皮の中に閉じこもっていたもんだと思う位の大きな蕾は次にその首を折り、ラッパの様に花びらを広げ始めたのだった。

イメージ 2肉厚のビロードの様な深紅の花びらは、まさにアマリリス様と呼ぶに相応しかった。
思わず触ってみた花びらのぽってりとした感触は、同じくぽってりとした花びらを持つクチナシのより数段上であった。

う〜ん、これは球根界の女王と言っても良いかもしれない。
切り花にしてもきっと見事であろう。

と、ここで3本上がった花茎の咲き始めた2本の行き先を決めた。

1本は勿論、「花」と言えば、派手で明るい花しか思い浮かべなかった○Tの為に、そしてもう1本は、1週間遅れの母の日のプレゼントに元私の雇い主へ。

その人も本来は紫好きで、去年も今頃咲いたクレマチス等を花束にして届けたがこのアマリリス様は喜んで貰えるだろうか?
さっそく電話をしてお昼を一緒に食べようと誘い、アマリリス1本と少しのクレマチスや裏庭の花達を包んで出かけて来た。

今年90歳になるはずの彼女は、包んだ新聞紙からはみ出したアマリリスを見て「わー!! 凄い! こんなのが咲いたの? 素敵!」といつも以上に喜んでくれた。

3つ目の花はまだ発射台から離れたばかりで、最後だからなのか小振りの様だ。
ひょっとしてアマリリス様は、”餌”をご所望なのかもしれない。

自分では決して選ばない花でも、育ててみると愛おしく思えて来てしまうのは何故なんだろう。
愛おしいと言うよりは、情が湧くと言った感じに似ているかもしれない。

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tat*ug3
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