未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

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皆様、明けましておめでとうございます。
フツーのサラリーマン生活に入って早3回目の年末年始は何と豪華9連休。

1日は仕事が終わらず泣く泣く出社したものの、11月に入社したばかりのyuちゃんがとっととっとと仕事を片付け、夕方には完了し、3年目にして始めての年末の5時退社で8連休を確保した次第。
全くサラリーマンとは良く休むものです。
(そうじゃないサラリーマンの方、ゴメンナサイ)

ほっとしつつ、年末に友人と徒歩圏内でランチをしたあと、二人してふらりと電車に乗って買い物に行った先で新しい眼鏡(勿論老眼鏡)を作ったら、なんとまあ良く見える事!
仕事用に作った老眼鏡の見え方がどうも怪しいと思い、思い切って乱視のレンズも入れてもらったものだから、今迄見えていなかったあれやこれやがハッキリと。

大掃除なんぞ全く無視していたのに、家の中の埃が見える事と言ったら呆れる程だった。
あまりの惨状に、仕方なく掃除を始めたが、早々に切り上げたのは、やってもやってもキリがなさそうだったからと、あまり真剣になるとあとで身体に響くから。
そして、当然ながら、私のいい加減な性格からである。

笑っちゃう程見えたのは、部屋だけではなく、勿論自分の顔を皺やシミ。
ひゃ〜、こんなに皺があったのだ〜と、鏡の前でも笑いが出た。

その眼鏡を掛けて出掛けた大晦日に、母の顔を見て、「ひゃ〜、お母さん!、いっぱい皺があるんだね〜」と開口一番言ったら、とてもイヤな顔をされてしまった。
思った事がつい口に出てしまう娘を持った事を後悔しているだろう。

思った事をつい口にしてしまうのは会社でも同じで、暮に起こった「粗大ゴミ事件」では10人の事務所の中の常務に腹を立て電話をガシャリと切ってしまい、もう既に事務所の中では「怖いオバサン」になっている。
いや、それは別にその時に始まった事ではなく、理不尽な取引先からの売られた喧嘩を買ってしまったり、あまりの膨大な仕事量に仕事中に「ガルルル〜...」と小声で唸ってみたりするものだから、事務所内では皆私に遠慮がちになっている事位、既にオバサンにはわかっているのだ。

だから、本当は両端の尖った意地悪そうな眼鏡にしようかと思った位だった。

さて、大晦日から恒例のホテルでの3泊は、姉夫婦達は珍しく年が明けてからの合流で、その晩は母と二人で過ごした。

母が恒例の「これが最後だからね」を口にする前に私が先に言った。「これが最後なんだよね〜、お母さん」。
そう言い始めたのは、父が亡くなってからだから、もう既に13年目に入る。

母と二人だけの夕食の時、いつものレストランのボーイさんが尋ねた。
「今年一番良かった事は何でしたか?」
思いもしなかった質問に、一瞬戸惑ったが、私の口をついて出たのは、
「又、ここに来られた事です。」だった。
ボーイさんは大層感激した様子で「そうですか〜」と言った。

1年経って無事で居られた事が、どれほど大事で大切で切ないほど幸せな事かを私は7年前からずっとずっと感じているのだ。
ボーイさんの「そうですか〜」の嬉しそうな声を聞きながら、「相変わらずです」と言える事がどれほど幸せな事かを、私はそれを失ってみて始めてわかった程のウスラトンカチで間抜けだったと、母の顔を見ながら照れ笑いをした。

年が明けて姉夫婦がやって来た。
初詣はいつもの所。
いつもの様に姉夫婦と三人で出掛け、帰りがけにお土産屋で義兄がサザエのつぼ焼きと姉妹は烏賊焼きを食べるのがお約束。
母にはお土産で烏賊焼きを持って帰る。
去年は隣で焼き芋を買って帰ったのが母には不評で、私達は全く気づいていなかったが、母は大の烏賊好きであった事も学習している。

「温泉に入って来ようかな〜」
年をまたいでまで温泉につかっていた私なのに、その日も夕飯前に姉を誘った。
「行く行く」
姉も支度をし、母と義兄を置き去りにして姉と私はお風呂場へ向かった。

温泉につかりながら、姉は「この事はお母さんには内緒だよ」と話し始めた。

いつだっただろう。
上の姪が今の旦那と付き合い始めた頃にも、姉が私に打ち明けたのは、こんな風に温泉につかりながらだった。
けれども、それは母に内緒にする事でもなく、むしろ私が一番最後に知らされた位で、姉にしてもとりあえず叔母馬鹿にも一応報告しておこうか、程度だった。

それが、今回は義兄の体調に関する話は深刻だった。
勿論、○Tの様な深刻さはないけれど、母が聞けばどれほど動揺するかは想像出来た。
母よりも先に義兄が逝く等とはあってはならないのだ。

部屋に入る前に、姉はもう一度私に釘を刺した。
「絶対に言わないでよ!!」

「へいへい」
二つしか違わない姉のビシャリとした物言いには、会社の「怖いオバサン」も形無しである。

2日は前日から決めていた三度の大人だけの動物園。
今迄で一番遠いが、これが又ホワイトタイガーは居るわ、キリンに餌をやれるわ、針ネズミを抱けるわで、大満足。
オマケに観覧車にまで乗って子供顔負けのはしゃぎっぷりだった。

3日には日帰りで下の姪が来て、我が家のお正月は頂点を迎えた。
ホテルは引き払ったものの、父の誕生日でもあり、母の部屋に全員でなだれ込んだ。
娘達にも箝口令をしいた姉のお陰もあり、母には知られる事なく病み上がりのはずの義兄はモリモリと食べ、ガハハと笑い、いつもなら暗くなる前に帰るのに、下の姪に付き合って遅くまで私達と過ごした。

もう1日母と過ごした私は、母が姉夫婦に荷物を出してから姉に電話をして「旦那はもう仕事に行っているの?」と聞いているのを知らん顔して聞いていた。

今年の日の出は三が日通して、いつもよりも真っ赤で、大きな朝日だった。
そして恒例の三人の初詣でのおみくじは、吉、小吉、中吉とそろい踏み。

「今年が最後よ〜」と言う母の言葉に、いつ終わっても良い様な覚悟だけはしておくつもりだが、まだもう少し、あと少し、少しでも長く、こんな幸せなお正月を過ごしたいのが本音です。

そんな思いも吹っ飛ぶ程、又明日からてんてこ舞いの毎日を過ごします。
まずは、朝、寝坊しないで起きられます様に・・・・・ってかなり小さな望みですが、私は真剣です。

皆様の1年が穏やかで喜びに満ちた日々であリます様に。
晴れやかな日ばかりでなくとも、最後に笑って終われる一年である事を心から祈ります。

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我が家へやった来たのは、2、3年前だっただろうか。
やたらと大きくなるから、止めた方が良いと言われていたアメジストセージを私が買ったのは、ここに引っ越して来てからだった。

花屋の店先では、大抵30㎝か大きくても50㎝くらいの高さに抑えらて、細長い香りのする葉っぱと茎の先にはその葉っぱと同じ位の穂先にホワホワと毛が生えた様な紫の花が咲いている。

野草の様な趣で紫色と言えば、私の大好物。
一度は我が家へ迎えてみたかったが、以前のベランダではとてもじゃないが、諦めざるを得なかった。

今のこの裏庭なら大丈夫と買って来たものの、最初の年にはそれなりに咲いたが、それ以降は鳴かず飛ばず。
それどころか、もりもりと大きくなるばかりで、去年の冬の雪では重みで折れ、今年の台風でもバサバサと倒れ込んだ。

勿論大きくなる事は見越して、私は裏のアパートの塀に大胆にも一旦は縛り付けておいたにも関わらず、それをも凌ぐ大きさになったのだから、呆れてしまった。

しかも、このご仁、倒れる事は見越していたかの様なのである。

植物が一度倒れ込むと、その先を又上に向ける事はよくある事で、それがそのまま横に広がって行く事すら稀ではない。

このアメジストセージもそれに習い、倒れ込んでも放っておけば又上を向くであろうとは容易に想像は出来た。

しかし、驚いたのはその驚異的な早さだった。

倒れ込んで1週間くらいなら、まだ起こせると思っていたのが、あっと言う間に頭を上に向けた。
気がつくと、倒れた茎から先は、ほぼ垂直にまっすぐ上を向いていた。
あまりの早さに呆れていたが、そのまま呆れっぱなしでいる訳にはいかなかった。

何故なら、ただでさえ奥行きのない我が裏庭いっぱいに倒れこんだアメジストセージが、そのまま底から上を向かせてしまっては、通る事も出来なくなる。

切るか? せっかく大きく育った奴を切るのか?
それとも・・・・

私の脳裏に浮かんだのは、これほどまであっという間に上を向いたのだから、もう一度下から起こしてしまえば、ひょっとしてこの曲がったものが直るのではないだろうか?と言う事だった。

私は大きく育って倒れ込んだアメジストセージの下に潜り込み、株全体を起こし、もう一度裏の塀に縛り付けた。
その時のアメジストセージの不格好だった事。
想像して欲しい。
地面に水平に倒れたものが、先だけ直角に曲がり、すでにそれは数10㎝ほどになっているのだ。
それをもう一度、下から地面に垂直に立てようとすれば、その曲がった先が今度は地面に水平になっているのだ。
思わずぶぶっと笑ってしまいそうなほど不格好だった。

さて、ここからどうする?アメジストセージ。
アメジストセージにしてみれば、方法は2つ。

もう一度、その先だけを上に向けて伸び、階段状の姿になるのか?
それとも、一度曲げたところを元に戻すのか?

我が家の長老とも言うべき匂いゼラニウムは前者である。
故にくねくねと曲がった姿をしている。
こうゆう姿をしているのは、主に茎がほぼ木の様になっている植物達だったりするが、アメジストセージの茎を見ていると、まだそれほど木になっている感じはなかった。

倒れてからあっと言う間に曲がったと私が思ったのは、ほぼ1日程度の事だったから、起こした次の日にはもしかして、もうその答えは出るのかもしれない。
そう思って、翌日の朝窓を開けると・・・

「何かありました?」とでも言いたげに、アメジストセージは元通りになっていたのだった。

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蔓に罪はない

数年前に、伊豆の某所から先っぽ5センチほどを失敬して来た時計草。
今年もいくつか花が咲き、長くなった茎は我が家の小さな玄関先のフェンスをほぼ一往復半ほどしている。

去年まではこの茎は枝分かれもせずにただ一心にその距離だけを伸ばして来たが、そろそろお年頃?と見えて、数カ所で枝分かれを始めた。

それまでは、たった一本の茎だから、私もそれなりにどこへ伸びているのか何となくわかっていたのだが、枝分かれを初めてからは、それなりに見ているつもりがとんとわからなくなって来た。
当初の目論みとしては、フェンスを被って欲しかった。
ぐるぐるとフェンスを回る様にして、伸びてくれれば良かったのだ。
その頃のフェンスは、ペンキもハゲチョロケでそれを隠したい一心だった、
去年の夏にアパートの外壁を塗り直した時に、そのフェンスも塗り直され、今やすっかりきれいになっているのだから、もうその必要ななくってしまったのだが、やはりフェンスが見えないほどのグルグル巻きの時計草には憧れる。

そう思って放置しておいたが、たまには伸びる先をちょいとだけ曲げては私の思う所へ伸ばそうと手をかけいた。
他の木に手をかけそうな蔓をひょいと避けてみたり、元来上に行こうとする先を下に向けてみたり。

けれど、ついにこの私の知らぬ間に時計草はかなり年季の入った我が家の玄関のシンボルとも言える金木犀に手を伸ばしていた。

イメージ 1ああ〜、そこには行かないで欲しかった・・・

仕方が無い。
年季ものの金木犀はこのところ元気もなく、その枝にはもうほとんど花も咲く事もないだ。
来年の夏には、その枝にあの不思議な花が咲くならそれも良いだろう。

バスの窓から

今年の5月に、私の勤める会社が横浜の港北方面に引越をした。
これで私は初めての電車&バス通勤になった。

方向は下りなので、電車もバスもほぼ座って行ける。

電車を降りてバスに乗ると、そこから先の景色は今迄私が普段見て来た景色はまるで違っている。

バスがやっとすれ違うだけの道幅の商店街を抜けると、その場だけの様な住宅街を抜け、川にかかる橋を渡る。
渡った先に大きな園芸センターがあり、その先に新しく出来た地下鉄の駅が何故か高架になっている。

そこを過ぎると、切り通しの道を抜け、大きな工場や倉庫が並ぶ広い道に出て行く。

バスを降りて信号を渡る時に、横断歩道のほぼ真ん中辺りから、天気が良ければ富士山が正面に見えるのだ。

5月に引っ越したばかりの頃は、切り通しの道の崖の上に並んだ紫陽花を発見し、梅雨の季節を楽しみにした。
もちろん、季節にはとてもきれいな紫陽花が見事に咲いていた。

川の両側は堤防の一番上が舗装された道になっていて、近くの学生達が自転車や徒歩で学校へ行くのが見える。
まさに学園ドラマの通学路。
その下の舗装された所にも、ちらほらと歩く人やジョギングの人もいたりする。

秋になり、川の先にあるお寺の境内への道の両側には真っ赤な彼岸花がずらりと咲いた。

そして、今、商店街を抜けた先のわずかばかりの住宅街の一件のお宅には、なんと皇帝ダリアが堂々と咲いているのだ。
このブログを始めてから知った皇帝ダリア。
先日お会いしたべこにあさんと、まだお会いした事はない空さんのブログで知った皇帝ダリア。

二階の高さにまでなると言うその花を、私は一度も見た事がなかった。

私が見た皇帝ダリアは、二階建ての青い屋根のおうちの前にすっくと立ち、もうすでに二階の軒にかかろうとかと言う程の高さに、薄いピンクの花を沢山つけて今咲いている。

本物を見てみたいと思っていた皇帝ダリアが、こんな所で見られるなんて、バス通勤も捨てたものじゃない。

蛍の光、母の腕

「蛍狩りをやっているらしいよ」
いつもより遅く母の所へ到着するなり、私は言った。

「へ〜、どこで?」
「大川だって、電車の吊り広告に書いてあったの。」

「行ってみても良いわよ」
「私は見た事がないから、行ってみたいな〜」
「そうか〜、貴女は見た事がなかったのか〜、良いわよ。じゃあ、ネットででもちゃんと調べてみてよ。」
母自慢のタブレットを渡された私は老眼鏡を出してさっそく調べた。

前から一度は見てみたいと思っていた蛍を、こんな風に簡単に見るチャンスが巡って来るなんて思ってもみなかった。

早々に夕飯を食べに出掛け、その足で隣駅の大川まで出掛けて行った。
地元の観光協会が主催し、大川の駅から送迎バスまで出ていて、小学生の協力で育てていると言う蛍だから、十中八九見られるのだろうと思ってはいたが、
「ホントに見れるのかなぁ」二人とも半信半疑だった。
もし見られなくても、それはそれでも仕方ないし、一匹でもチラリと飛ぶ光る蛍が見られたらと思うと、それはそれはわくわくだった。

暗くなり始めた山道を沢山の客を乗せたマイクロバスは登って行った。
「小さいお子さんは足元が危ないので、手を引いて下さい。」
バスの中で注意され、母はバスを降りると私にしがみついた。

「小さいお婆さんもだね」
苦笑いしながら、人の流れに沿って公園内に入った。

夏至が近い。
暗くなりきらない池には、沢山のミズスマシの波紋が広がっていた。
こんな沢山のミズスマシを見るのも初めてだった私には、それすらも面白くて暗くなるまでの間も飽きる事がなかった。

暗くなり始めてほんの少し経った辺りで、いきなりふわりと、私の近くで光が舞った。

「え? これ? ねえ、光ってるよ。」
池の向こうの遠くの暗がりに見えるものだとばかり思っていた私は、いきなりの青白い小さな光が光った事に心底驚いた。
思っていた以上に明るくて、大きくて、それははっきりと見えた。

母が「そうよ、それそれ」と言ってくれなければ、私は見間違えかと思っただろう。

一匹が飛び始めて、5分ほども経つと、遠くにもふわふわといくつもの光が飛び始めた。

「星が降って来ているみたい」
そう言ったのは、隣にいたアベックの女の子だった。
その子は、そんな台詞を吐いた自分にちょっと照れている風に「ふふ」と笑ったけれど、年寄り親子の私達にだってそんな風に見えた。

くるりんと宙返りする光、枝に止まってじーっと光り、そのうちそれに飽きたかの様にふっと光を消した。
消したかと思うと、又ふーっと光らせる。

どんどん増える光を見ていると、まるで飽きる事がない。

「あっちにも」
「ほら、あそこにも」

「あ、ここにも」
「ホント、きれい」

本当に綺麗できれいで、綺麗だった。

公園をあとにすると、グループに一つずつ貸してくれる提灯を頼りに、暗い道を下って行く。
母と私は腕を組んで坂道を下る。

途中の下り坂でも、川のそばでは木の間を蛍が舞っていた。
うんと高い位置で光る蛍を眺めながら、「あんなに高い所にも飛んでいるなんて〜」と母は言い、言ったそばから「あんまり上ばかり見ていると転ぶわよ」と私の腕にぶら下がっているくせに、私をたしなめた。

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