未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

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毎年今頃になると咲く姫ヒオウギ。
私の所へやって来たのは、以前に勤めていた店のオーナーが種を貰って来てからだった。
種をくれたのは、オーナーのお客様で、それも大量の種だった。

「秋のお彼岸の頃に蒔くのよ。」
そう言ったのは、そのお客様で、伝言はそのまま私に伝えられた。

ツヤツヤと赤黒く光る種をパラパラと蒔き、その翌年から咲くわ咲くわ、殖えるわ殖える・・・・手に負えないほど増えた種を持て余した私は、当時のお客様達へどんどんと押し付けた。
隣の店にも、仲良しの商店街仲間にも、伊豆に住む母にまで。

その後、私が店を辞める頃にはどちらかと言えば、ほぼ雑草扱いになり、私はその一株のほんの少しだけを今のアパートに持ち込んだ。

アパートに越して来て5年、店を辞めて3年。
実はその姫ヒオウギが一体どの鉢に居たのか、まるでわからなくなっている。

多分小さな鉢に入れてあったのだろうが、まるで思い出せない。
それとも、あの頃でさえ、ほぼ雑草扱い、放っておいても勝手に種を飛ばすし、万が一いなくなったとしても、押し付けた友人、知り合いから少し種を戻してもらえば良いとたかをくくっていたものだから、気にもしていなかったから、ハナから覚えている気もなかったのかもしれない。
多分、そうだろう。

季節になって、「どの鉢から出て来るのだろう?」とぼんやり見ていた。

「どの鉢」からではなかった。

蒔いた覚えなど一切ない鉢、そして直接地面からひゅるひゅると出て来て、花を咲かせた。
オマケに、他の植物はあげたけれど、姫ヒオウギをあげた覚えのない友人宅の小さな鉢の中でも咲いて、友人をいたく喜ばせた姫ヒオウギである。

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その日は朝から晴れだった。
フツーのサラリーマンになって1年半、いや、フツーのサラリーマンになったはずなのに、めったやたらに仕事の多い会社だから、ゴールデンウィークもどうなることか?と危ぶんでいたが、そこはサラリーマン、なんと4連休にこぎつけた。

ほぼ仕事を途中で投げ出しての連休だから、連休の明けの事を思うと気持ちが悪くなるが、それはそれ。
なってから考える事として、私の休みを楽しみにしていた夜更かし名人の友人Sに朝っぱらからメールをした。

「昭和記念公園ってトコに行かない?」

返事が帰って来たのは2時間ほど後だったが、二つ返事で出掛ける事になった。

イメージ 2人が多いのにも驚いたが、広さにも驚いた。
そして、もう見頃はとっくに過ぎていると思われるチューリップの見事さや、池の周りで鳴く蛙の声、広大なポピーの花畑の丘、ここが元は自衛隊の駐屯地だったなどまるで想像も出来ない、気持ちの良い場所だった。

イメージ 3沢山の人達は思い思いに広場で弁当を広げ、園内の景色を楽しんでいた。
そして、大多数の人達は、園内に植えられた”素敵な”花達を愛でていたのだろう。
私も勿論、Sもその一人だった。

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イメージ 5でも、実はあちこち見て回っている間に、私が一番気になったのは、こちら→

芝生の中にいくらでも生えていて、どう見ても、「植えられた」とは思えない。
そのくせ、穂先に被るティアラの様な花の姿はどうだ。
ティアラと言う言葉が綺麗過ぎるのなら、土星の輪っかの様でもある。

まじまじと見てみる。

中にはぽやんぽやんとはげ頭の様になった物もあるが、大抵が花が穂をぐるりと一周している。
多分、この穂の下から咲き上がって来るのだろう。

Sもその意見だった。

「なんだろうね〜?」名古屋出身のSは言い、
「なんだろうな〜?」東京者の私は答えた。

園内に植えてある植物には大抵名前が書いてあるし、遠くて名前が見えなくても丁寧に育てられた園芸品種達の名前なら、何となくわかるくせに、こう言う雑草に滅法弱いのが、都会のベランダーなのだ。
そして、そう言うものが気にかかる。

それが沢山生えている芝生に腰を下ろし、じーっとじーっと見つめる。

見るほどに可愛らしく、愛らしい。
地味で小さな花好きの私には大好物である。
いっその事、連れて帰ろうか、などとも思ったが、流石に思いとどまった。

我が家の裏庭では、今、まさに、ほぼ雑草扱いのヒメツルソバ、立浪草、そしてアジュガが真っ盛りである。
冬の間には、ペタリと地面に伏せていた葉を立ち上がらせ、地表から10センチほど湧き上がる様に花を咲かせている。

これ以上、雑草ものを増やす余裕はないし、第一「国立公園」と呼ばれる所から失敬してくる気概もなかった。
それが例え雑草だとしてもだ。
それにくわえて、日のカンカン当たる場所に生えているそれが、我が家のほぼ半日陰状態を気に入る訳もないだろうと思われた。

思う存分、それを眺め回し、写真に撮って帰って来た。

そして、夜、岐阜出身の友人に写真を送ってみた。
「オオバコみたいだけど、ちょっと違うな〜」

「オオバコ?」
「どこにでも生えてる雑草」
慌ててネットで探してみると、なるほどオオバコと言う雑草があるらしい。
花穂の長さと咲き方、葉の形は違えども、赤の他人とは思えない。
どう見ても親戚筋である。
もう少し探してみていると、突き当たったのが外来種の「ヘラオオバコ」であった。

まさに、これはヘラオオバコであろう。
普通のオオバコはペタリを地面に葉を広げているが、ヘラオオバコはすっと尖った葉を立ち上げている。
そして、花穂も短め。

やあやあ、初めまして、ヘラオオバコさん。

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それにしても、昔からのオオバコは踏まれても良いような場所に生えると言う。
「踏まれても良い」と言うよりは、積極的に「踏んでくれー」と言う場所に住むらしい。

何故なら、人が踏む場所→他の背の高い植物も踏まれて、生えて来ない→日当りを確保出来る、と言う寸法らしい。
そして、種が踏んだ人の靴底についてあちこちに運ばれ、そこで又陣地を増やして行く戦略を持っているのだとか。
その為に、ペタリと地面に貼り付く様に生やす葉っぱはとても強く、ちょっとやそっとじゃ破けないらしい。

何とも凄い戦略家なオオバコに目もくれずに育った都会のベランダーである。

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もうかれこれ10年は付き合っていると思われる我が家のキルタンサス。

冬の寒い頃にポツリポツリとその花を咲かせる様には、いつも心を和ませている。
イメージ 1譲ってもらった当初から鉢から溢れんばかりの球根が入り、いつ、この鉢が割れるかと冷や冷やしながら、それでも未だに割れる気配は見せない。

師匠は言った。
「それは鉢にぎゅう詰め位が良いらしい。 その方が花がつくらしい」と。

その仰せに素直に従ったのは、勿論師匠の言葉だからな事もあるが、元来面倒臭がりのこの私の事、その方が私にとっても好都合だったからである。

しかもこのキルタンサスと付き合っていて分かったのは、時折いくつかの球根が中で萎れている。
球根が萎れるのが見えるほど、鉢の中は押し合いへし合いになっているのもかわいそうと言えばかわいそうだが、植え替える気もないお気楽ベランダーにとっては、それはそれ。
鉢の中で勝手に世代交代をしてくれるキルタンサスを「アンタは偉い」と褒めている。

さて、こうして球根で増えて行く植物だとばかり思っていたキルタンサスに、異変が起こったのは去年の暮あたりだった。

正確には、この鉢の中のキルタンサスに異変が起きたのではない。

「球根植物や宿根草には種をつけさせるべきではない」との掟を破り、お気楽ベランダーはそれを放置した事数知れず。
「球根でも増えて種も飛ばす姫ヒオウギの様な植物もいるのだから・・・」と言うのはただの言い訳で、私はキルタンサスのそれは見て見ぬふりをしていた。

同じ球根でもヒヤシンスなどは、花が終わればさっさと花茎を切ってやるのに、ことキルタンサスに関して無視をしていたのは、放っておいても毎年元気に花を咲かせる事に気づいていたからだったし、まさかその種が本気モードだとも思ってもみなかったからだった。

我が家のキルタンサスは裏庭に生息している。
だからそれと同じものが、去年の暮あたりに、玄関前の小さな黒いポットからすいっと花芽を上げた時私は思わず口にした。

イメージ 2「どちらさんで?」

小さな黒いポットに何か入っていたのか、いつからそこにあったのか、以前には裏庭にあったのかまるで思い出せないし、まして種がそこに入る可能性がどれほどあったかなど想像も出来ない。

くわえて言うならば、一般的には球根植物と言われる物が、種から1年で花を咲かせるなどとは到底思えない。
きっと何度か葉を出してはそこから栄養を蓄え、眠り、球根を太らせ、又葉を出していたのだろう。

一体いつから・・・
いや、待てよ・・・
私は、他の鉢から出る同じ様な葉っぱに目をうつした。

それは1年程前から気になっていた葉っぱだった。
なんだろう?と思いながら、放置していたその葉っぱも、もしかするとキルタンサスではあるまいか?

イメージ 3やるもんだ、キルタンサス。

春への道しるべ

イメージ 1とけた雪の大地から

イメージ 2凍えた枝のあいだから

イメージ 3にょっきり、ぶっくり、

イメージ 4冬を越した植物達が動き出す

イメージ 5


イメージ 6道しるべが見えたなら

もう迷う事はない

イメージ 7

とけた哀しみの下から

あなたの道しるべが

イメージ 8もう今は見えるだろうか

恒例行事

イメージ 2

ブログをすっかりサボっているうちに、年まで変わってしまいました。
イメージ 1

9月は家族だけでの父の13回忌があり、家庭を持った上の姪も婿と子供を連れて参加した。
母は大喜びで全員でホテルで一泊を企て、私は姪孫に初対面を果たした。
大人ばかりの集まりに加わった一歳児は、そうでなくても良く泣くと評判通り、泣くか食べるか、寝るか、はたまた時々笑うかだったが、それでも何でも可愛くて楽しくて、何の集まりだったのかは、着ている服を見ない限りはわからない程だった。

イメージ 311月には恒例の酉の市へ○Tの息子、Dとその嫁TMちゃんと三人で出掛け、Dは去年よりも更に大きな熊手を買い、私は呆れて「それはもううちのアパートには降ろさなくて宜しい」と宣言をした。
狭い我が家の廊下であちこちにぶつかりそうな程大きな熊手を担いだ姿を写真に撮ると、実際の見た目よりもずっと○Tに似ていた。
「ああ、気持ちが悪い」と言った私に「仕方ないでしょ、息子なんだから」とDは普通に言って返した。

裏庭では、去年の5月にあれほど丸坊主になったはずのヒメツルソバがわんさかと咲いた。
そのあまりの勢いに、裏庭の大王としては「いつか一度は又引きちぎって間引かなければ・・・」と思いつつ、実行に至ったのは年が明け、つい先週の事だった。

12月に入り、私はせっせと家族にささやかなクリスマスプレゼントを買い、2年振りにご近所の餅つきに参加をした。
つきたてのお餅のおいしい事と言ったら、餅好きの私には堪えられない。
前回よりも手伝いが多かったので、伸しているか、食べているか、どちらが多かったかは、ご想像にお任せします。
そして、ご褒美にもらった1枚ののし餅は、今、我が家の冷凍庫で大きな顔をしている。

「クリスマスプレゼントを持って行くよ」と姉夫婦が酷く寒い日曜にやって来たのは、パソコンを使っての私にちょっとした頼み事があっての事だった。
姉からのプレゼントは、姉手作りのお惣菜。
仕事が忙しく、ろくに料理をしなくなり、同じ様に忙しく働く友人達と「セブンイレブンは偉い!」と口を揃えて言う私には、何よりのプレゼント。

「大晦日には同じ電車に乗れるかな〜、そうしたら先に乗って席取っておいてね〜」と私は頼んだが、結局はその電車に乗りそびれ、大晦日に母の所で私を出迎えてくれたのは姉夫婦だった。

3年前までは、私は大晦日まで仕事だったから、母の所へ行くのは年が明けてからの事だった。
○Tが元気だった頃には大晦日は年が明けるまで誰かがいて、寝静まる前に私はお雑煮だけを用意し、お昼頃それを食べた。
いつからか料理は○T担当で、大抵のものは○Tが作ったしその方が美味しかったりしていたのに、お雑煮だけはずっと私の担当だった。
私の料理を褒める事などなかった○Tがたった三つだけ褒めたうちの一つである。

お雑煮にも地方によって違いがあり、家によっても違いがあるはずだけど、私達は二人して東京者だったから、そこにほとんど違いはなかった。
唯一違ったのは、小松菜かほうれん草かの違いだったらしいが、私が小松菜が好きではないと言う理由で「普通は小松菜が入ってない?」ともらした○Tの台詞をさらりと聞き流して、我が家では最後のお正月以外、ずっとほうれん草で通した。

その最後のお正月に小松菜が浮いたお椀を見て「ほうれん草じゃないの?」と○Tは聞き、「だって本当は小松菜が良かったんでしょ?」と私が応えると「ほうれん草で良かったのに。」と○Tは少し憮然として応えた。

そうか、それで良かったのだ。

この3年、大晦日は母、姉夫婦と共に豪勢にホテルで紅白を見ながら年を越している。
元旦には姉夫婦と三人だけで近所の神社に初詣に行き、おみくじをひき、母へのお土産に熊手だったり破魔矢を買い、帰り道の国道沿いのお土産屋でサザエや烏賊を焼いてもらって食べる。

二日目には、母も揃って姪達が小さい頃行った観光地へ出掛ける。
母や姉夫婦には懐かしく、姪達が小さい頃には全くそれに参加出来なかった私には目新しくそれぞれに楽しい。

「今年はどこへ行こうか〜?」
ホテルにあるパンフレットを並べて私が聞く。
そのほとんどに行った事のある私以外の三人は「どこでも良いよ〜」等とあまり気乗りはしていない様だった。
「去年行った動物園が楽しかったから又行く?」

「いやだ〜! 私は今迄行っていなかった分、他の所に行きたい〜。 あ、このバナナワニ園なんてどうよ?」

「ねえねえ、バナナとワニばっかりなの?」
言いながらパンフレットをめくると、一緒に眺めていた姉が
「随分変わったみたいだね〜。 昔は本当にバナナとワニばかりだったけど、何だか変わっているみたい。  良いよ〜、そこでも。」と賛同してくれた。

イメージ 4パンフレットを見ていて私が気になったのは大きな温室の中に熱帯の睡蓮が浮いている写真と、ミラクルフルーツがあると言う事だった。

イメージ 5ミラクルフルーツとは、コーヒー豆くらいの大きさの赤い実で、それを口に含んでから酸っぱい物を食べると甘く感じると言う不思議な種の事である。
それを体験した事のある私は、三人にもこれを体験して欲しかった。

イメージ 6こうして去年に続いて、大人四人でのお子様用観光地へ出掛けたのだった。
三日に下の姪が仕事の合間に日帰りで参加すると、我が家のお正月はクライマックスを迎えた。

イメージ 7「今年が最後よ」
父が亡くなってから母は毎年そう言って、私達に豪華なお正月を過ごさせてくれている。
この台詞でさえ、すでに恒例の事である。

私が子供の頃は、元日は祖父母もいた私の家に父の弟妹達が集まり、二日には母の実家に集まった。
その頃にはそれが当たり前で、それが消えてなくなる事など考えもしなかった。
まるで未来永劫それが続いていくかの様に思えていたものだった。

でも、恒例行事が恒例でなくなる日がいつかやって来るとわかってから、この種々雑多な恒例行事を恒例行事として甘受出来る事が幸せなのだと気づいた。

そして、恒例行事がそうでなくなったその時には、又新しい恒例行事を作れば良いのだ。

イメージ 8


酷くさぼり気味のこのブログですが、今年も宜しくお願い申し上げます。

これを読んでくれている皆様の今年が、幸せなものになります様に。

My公園では、すでにロウバイが咲き始めました。

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