未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

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親父と娘

同居人○Tと息子Dは、同性だと言う事もあり、ガチンコでぶつかり合う事が度々ありましたが、娘にはめっぽう弱かったみたいです。

とにかく「可愛い、可愛い」の一点張りでした。
特に問題を起こす訳でもなく、すくすくと育つ娘Nっちは、話を聞いているこちらも嬉しくなって来る様な子供でした。

Nっちは、毎年お父さんにお誕生日や父の日にはプレゼントを、お兄ちゃん経由で送って来たものです。
そして、その中には必ず手紙が入っていました。

○Tは、それを嬉しそうに読み、いつも引出にしまってありました。

かなり小さい頃からパパと離れて暮らす事になってしまったNっちは、時々「?」と言う様なプレゼントをしてくれる事があり、パパは時々「これ・・・もらったんだけど・・・似合わないよな・・・」とちょっと困った顔をする事もありました。
でも、パパはそれをきちんと取ってありました。

盆栽のボケをくれた事もありました。
それには「長生きしてね」と言う願いが込められていた様です。
ベランダには私が育ててジャングルの様になった鉢でいっぱいでしたが、そのボケは私に植え替えられ、それから毎年花を咲かせています。

植え替えた時は「あ〜! なんで植え替えちゃうんだよ〜!」と、ちょっと怒っていた○Tでしたが、世話をするのは私でしたから、「大丈夫大丈夫、ちゃんと私が面倒見てるんだから」と取り合いませんでした。
○Tに任せておいたら、せっかくのプレゼントをすぐに枯らしてしまうに決まっています。
冬に葉っぱを落とすと「あ、枯れちゃったんじゃないの?」等と心配してみたりしていても、すぐに忘れて、花が咲く頃になると「Nっちがくれたんだよね〜」と嬉しそうに眺めていました。

そのNっちがお年頃になって彼氏が出来ました。
「○Tなんて、娘に彼氏が出来たらさぞ大変な騒ぎになるよね〜」と以前から友達と言っていたのですが、「いや、その時はその時。」とキッパリと言っていたのが、本当でした。
ちょっと意外でしたが、その彼氏と一緒に旅行に行くと言い始めても、その旅行先の友達を紹介して「彼氏も一緒に会って来い」と、寛容な態度を示しました。

息子との間とは、随分違う親子関係だったのは、何故だったのでしょうか?

私には子供がいませんが、姪が二人います。
私はその二人ともが大好きで大切に思っていますが、これが時々自分のイヤな所にそっくりな所があります。
それを見る度に、私は自分の事を棚に上げて「こいつ〜!」と思ってしまうのです。

もしかすると、○Tと息子はそうだったのかもしれません。
そして、Nっちには、そうゆう所が見あたらなかったのかもしれません。

そう言えば「Nっちはしっかり者だから、大丈夫」と、よく私に言っていました。

それにしても、パパとは一番少しの時間しか一緒に暮らしていなかったNっちが、「パパ大好きっ子」に育っていたのは、きっとママのお陰だと私は思います。

同居人○Tの息子Dは夜間の高校に入学し、昼間は親父の仕事を手伝う事になっていました。

夕方から学校に行くのですから、昼間は暇に決まっています。
放っておくと、ダラダラと遊んでしまう、と踏んだ親父は半ば強制的に息子を自分の仕事を手伝わせました。

学校には間に合う様に仕事を終わらせ、息子は会社を出て行きます。
ところが・・・どうやら彼は、学校には行かずに遊んでいた様でした。

「あいつ、学校に行ってんのかな〜?」と○Tは、鋭い勘(鋭いんです、これが)で、その事を心配していました。
特別に、学歴に執着はない○Tでしたが、やはり、高校は卒業して欲しいと思っていました。
私はその時には「大丈夫でしょ〜、せっかく受かった高校なんだし」とのんきに言っていましたが、親父の勘は当たりました。
学校から呼び出され、出席日数が足りないと言われたのです。
勿論○Tは、すぐにDに確認をすると、Dもそれを認めました。
その時は「これからはちゃんと行く」と約束をしたそうですが、続かなかった様です。

再び呼び出された時に、親父は学校に頭を下げて「本人が行くと言っているから、何とかして欲しい」と進級の事や、処分の事をお願いしたそうです。
しかし、その時の学校の態度は「もう無理ですね」と言うものだったそうです。
あまりのその素っ気ない態度に、親父は切れました。
「せっかく自分の息子がやる気を見せているのに、学校としてのその態度は何なのだ?!」と。
そして、息子に「もうこんな学校辞めちまえ!」と言って、息子をとっとと退学させてしまいました。

その後何年か経った時、Dが何もかも親父のせいにしたかった頃がありました。
その時には「あれだって、親父が勝手に俺を辞めさせたんじゃないか!」とDは言いました。
でも、それは最初にDが学校をさぼりまくった挙げ句に学校が当たり前の判断を下しただけで、それに対して親父は、「そこを何とか・・・」とお願いをしたはずです。
もし、本当にあの頃のDが学校に通う意志があれば、さぼる訳もなかったのです。
「親父が俺を退学にさせた」と言われた時の○Tは、本当にガッカリしていました。

Dが学校に行かなかった事よりも、ずっとこっちの方がガッカリしていました。

今はもうDも、そんな風には思っていない事はわかっていますけどね。

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