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我が家の玄関先のには、金木犀と紫陽花が置いてある。 去年引っ越して来た時には、それと他にほんの少しの鉢があるだけだったのが、この一年で思わず増えてしまった。 お前さんは今が見頃だからって、それはないだろうよ〜。 ところでさ、私の足元、何だかどうなってるのかしら? もしょもしょとくすぐったくて仕方がないんだけど・・・ どうなってんの? 何だかこのままじゃ、シンボルツリーの座を奪われそうな気がして来たわ。 だってアベリアさんってさ、やたらと咲いている時期が長いもんな。 俺なんて半月がせいぜいなのに、アベリアさんは何ヶ月も咲いてるもんな。 あ、そう言う金木犀のババアなんてさ・・・ パッと咲いて、パッと散るって感じでさ、まるで春の、ほら、ええ〜と・・・なんちゅうんだったっけか・・・ まさか、俺の足元にいるこのちっこい奴も喋るんじゃないだろうな〜。 こちらの玄関は賑やかになりますな〜。 それに、ほら、あそこには、新人達もおるみたいですし・・・。 |
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2009年10月14日
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What you see is what he see. What you hear is what he hear. What you do is what he do. When you're happy , he must be happy.
その人がここに居なくても、 あなたはここにいる
あなたの見ているものは、その人が見ているもの あなたの喜びは、その人の喜び あなたの悲しみは、そのまま その人の悲しみ あなたが笑えば、その人も笑う Everything what you feel is everything what he feel. What you will do must be what he will do.
あなたの目や耳や体や心を通して、その人は、今でもあなたと同じ物を見ている
大事な人をこの世から見送ったあなたへ
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ミズヒキの花を初めて見た時、こんなに小さな花があるのかと、驚いた。 この小さなな花を見ていると、花は「人の為」に咲いているのではないと、はっきりとわかる。 なんたって、どんな花なのか老眼でなくても(多分)、肉眼では見えない程小さいのだ。 ヘタをすると、終わった花の後の赤い物まで同じ様な物に見えてしまう位。 良くみないと、どれが花だか種なのかの区別もつかない。 もし、花が人を喜ばせる為に咲くのだとしたら、どれほどの目の良い人間用の為なのだろうかと思ってしまう。 だから、「私の為に咲いた」だの「貴方の為に咲いた」だのなんて、全く人間の勝手な思い込みに過ぎないのだと、この花は教えてくれる。 花は自分の為、そして次の世代の為だけに咲いているのだ。 咲いた事に人間が感謝をする事もなければ、有り難がる必要も更々ない。 でも、それを美しいと思い、その美しさを見せてくれた事を有り難く思い、喜びに変えて行く力があるのも、又人間なのだ。 ミズヒキの花は、もしかして人間には見つからない様にこっそり咲いているつもりかもしれません。 こんな風にカメラで覗かれて、ビックリしている気もしています。 なんたって、花の後のベロっと舌を出した様な所まで、丸見えになっているなんて、本人はきっと気づいていないのでしょう。 ミズヒキなんて、そんじょそこらに生えている物ですが、ベランダーの我が家では、ちゃんと鉢に入っています。
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