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今年の夏の海へのスタートは早かった。 7月に2回。 そしてお盆前にもう一度位行けるかと思っていたのに、結局その後は行く事が出来ずに終わってしまった。 その代わりに、TKはあと一日を私と友人Uも一緒に長野の大月の天目温泉へ日帰りで行こうと誘ってくれた。 Uは「海じゃなくて良いの?」と言ったが、TKも私もUを誘いたかったから、海は諦めて温泉に決めた。 それにしてもTKにとってはUと私は所謂『補欠』で、何故私達を誘ったかは聞かずもがな。 本当は友人達とゴルフに行く予定が流れたから、ただそれだけである。 天目温泉の泉質はとろとろで、湯船に浸かると体中がぬるぬるした。 TK曰く、「角質が溶けて(?)行くんだよ〜」 ここまで分厚くなった角質がぜ〜んぶ溶けてくれたら嬉しいのに。 ついでに面の皮も多少は薄くなったら良かったのに。 渋滞を見越して早く出すぎた私達は、温泉の前にちょっとしたハイキング気分で沢下り。 私の大の苦手の下り坂で、温泉に辿り着いた頃にはすでに筋肉痛。 次の日迄勿論痛かった。 角質取れる温泉は、筋肉疲労には効果はなかったと言う事か。 旧盆はのんきに九連休。 これぞサラリーマンの醍醐味である。 そのうちの半分は、伊豆の母の所で過ごし、そのうちの1日は下の姪も日帰りで参加だった。 東京ー伊豆高原を日帰りで過ごすのはあっと言う間だけれど、その間に母の一番の友達で、姪が小さい頃散々お世話になったCYちゃんの所を訪ねた。 母の暮らす施設には、自分の身の回りの事が出来なくなった時に入る別の施設が併設されている。 CYちゃんは10年以上前にご主人を亡くし、母と同様一人暮らしだった。 1年ほど前から自分で歩く事が出来なくなっていた上に食事もなかなか取ろうとしていなかった。 心配した母は、そっちの施設にうつる様に助言をして、この春辺りにそちらに移っていた。 「少し惚けているから、わからないかもしれないけど、会いに行く?」と言うので、姪も私も付いて行った。 ところが、会った途端にCYちゃんは、大喜びで私達を出迎えてくれた。 「写真撮っておく?」 CYちゃんと母と姪と私、4人でにっこり笑って写真に収まった。 私は今年の春、一度だけ母づてにCYちゃんに手紙を書いた。 ひょっとしてもうCYちゃんが本当に惚けてわからなくなってしまう前にどうしても一言お礼が言いたかったのだ。 それは、父が危篤になった時、食堂で見かけたCYちゃんに私はこう言ったのだ。 「父が居なくなったら、後の母の事、宜しくお願いします。」 いくら親しいとは言え、友人のCYちゃんに、なんと厚かましい事を言ってしまったのだろうと頭を下げながら思った。 でも、頭を上げた時、CYちゃんはにっこり笑って手を上げて言ってくれたのだ。 「大丈夫よ、任せなさ〜い」 それ迄も、そしてその後も、どう見ても世話焼きの母がCYちゃんの面倒を見ているのだが、それでもその時のCYちゃんの即答は私には有り難かった。 母はCYちゃんの世話を焼いているが、それが母の張り合いの一つなのだ。 CYちゃんが居なくなったら、母はどれほど哀しむだろう。 CYちゃんには悪いけれど、出来れば母より先には逝かないで欲しいと思う娘心。 私の住むアパートの屋上からは、東京タワーとスカイツリーが同じ大きさで見える。 隅田川の花火は流石に見えないが、多摩川の花火はビルの隙間からちらほらと見える。 今年も音が聞こえ始めて屋上に上がった。 ○Tと最後に見た遠くの花火を思い出して、ちょっとだけおセンチになっていたところへ、3階の家族のお母さんが上がって来た。 やはりそこから見える事を知っていて、上がって来たのだった。 「ご主人と息子さんは?」と聞くと、近所の夏祭りに出掛けてもうすぐ帰ってくると言っていた。 ビルに隠れて欠けて見える花火だけれど、見えるだけでも嬉しくて二人でわいわい言いながら眺めているところへ、ご主人と息子さんが帰って来てた。 ご主人は屋上に上がって来た時にはビール片手だった。 小さくて花火が見えない息子をお母さんはおんぶをして鑑賞。 この小さな屋上からスーパームーンも良く見えた。 仕事から帰り、屋上に上がったタイミングで友人から「今夜はスーパームーン!」とメールが入り、私はここぞと写真を送りつけた。 この3連休は、まるで父の命日に合わせてあるようで、私は父が亡くなってから毎年この時には伊豆へ出掛ける。 お墓は都内にあるのだが、そんな事より『生き仏』の母に会いに行く方がずっと私には合っている。 母が居なくては何も出来なかった大正生まれの父だったから、今でも父は母の仏壇に居るに決まっているのだ。 9月15日が元々は敬老の日だったのを覚えているだろうか? そして、私の実家や今の住まいの近くもお祭りの日なのだ。 父が亡くなってから、滅多にそのお祭りにも行く事がなくなったが、今年は伊豆に行く前のの1日だけ久し振りに友人を誘ってお祭りに行ってみた。 御神輿には出会えなかったが、賑やかな縁日を見て回り、粉もので満腹になってしまった。 さて、伊豆に行くと、果たしてそこも八幡様のお祭りであった。 母に聞くと、かなり離れてはいるが、姪達が小さかった頃には行った事があると言う。 「久し振りに出掛けてみようか?」 出掛けたのは、八幡宮来宮神社と言う山と海の神様が二人いると言う神社だった。 賑やかなお祭りをイメージしていた私達は、その荘厳さに驚いた。 小高い丘の林の中の神社は、しんと静まりかえり、奥から祝詞の声がする。 御神輿は、小さいものの、町内の御神輿とは一線を画す。 驚いて見ていると、神社から出て来た御神輿はしずしずと通って行く。 御神輿は神様の乗り物。 故にそれを見るには神様よりも高くてはいけないと、しゃがんで見るのが当たり前。 通り過ぎて行った2基の御神輿の後をついて行くと、町の人達はお年寄りは椅子を出したり、普通の人達はしゃがみ込んでいる。 今年の彼岸花は少し遅かった様だ。 去年の父の命日の頃には、伊豆では彼岸花がほぼ満開だったのに、今年はちらほらと咲いている程度だった。 去年はまるで咲く気がなかった我が家の彼岸花が、今年は咲く気だとわかったのが、ようやくこの頃だった。 満開はその1週間後、本当にお彼岸の頃だった。 去年が早かったのか、今年が遅かったのか、よくわからないが、どちらにしてもやはり彼岸花はお彼岸に咲くのだ。 裏庭の先住民に、木苺と白の露草がいるのだが、ムカゴも勝手に生えている。 これが、今年は大豊作で、私は食べるチャンスを狙っていた。 最初に毒味をしてみたのは、夏頃で、数粒取って野菜炒めに混ぜてみた。 ホクホクを期待していたが、ちょいとまだ早かった様だったが、味は期待した味だった。 その後お腹を壊す事もなかったし、こうしてピンピンしているのだから大丈夫だと確信を持って、ついに先日むかごご飯に挑戦してみた。 どうやら火が通り過ぎて、むかごのホクホクを通り越してしまっていたが、何故かご飯がもちもちになっていて、それはそれで美味しかった事にしている。 後で、ブロ友のべこにあさんに話したら、ご飯がもちもちになったのはむかごが柔らかくなったからだと教えてもらった。 まだもう少し収穫出来そうなので、次回が楽しみな我が家のむかごである。 都内にあんな大きなお祭りがあるとは知らなかったのが、池上本門寺のお会式だった。 私が通勤に使っている東横線に10月の始め頃から盛んにその吊り広告が下がっていた。 電車通勤になって1年半。 下り方面なので、さほど混まない電車の中では、吊り広告を眺めるのも楽しみの一つ。 大きな万灯がいくつも出ている夜の写真に誘われた。 「行ってみない?」と誘ってくれたのは友人MUで、彼女はその沿線に住んでいる。 もう一人、Uも誘って出掛けて行って、こりゃ又驚いた。 池上の駅を降りたら、もうそこは町中がお祭りだった。 夕方6時から、その万灯が池上駅から本門寺まで出ると聞いていたが、一体どこから湧いて来るのか?と思うほど次々とその万灯が出て来るは、本門寺までの2キロの道の脇にはずらりと屋台が出ているはで、私達は圧倒された。 しかも写真ではしずしずと動いていると思われた万灯の前は、それぞれが笛や太古、鐘が鳴り、纏が先導している。 お会式とは日蓮上人の命日と言うのだが、万灯行列はとにかく賑やか。 日本各地からの万灯が来るらしく、その数100基は下らないらしい。 それがそれぞれのリズムの鐘や太鼓を打ち鳴らしながら、次から次へと練り歩いて来るのだから、あっけに取られた。 この万灯の行列は、夜中近くまで続くと聞いた。 MUは、「これなら会社帰りでも間に合うね〜」と言った。 最近、通勤電車で本を読む事を覚えた。 友達から借りた本、古本屋で見つけた本、たまには普通の本屋で買った本。 「乗り過ごすよ」と友人には忠告されているが、これもなかなか面白い。 まだ、乗り過ごしてはいないけれど、たまに慌てて降りる事あり。 そのうち一度はやりかねないと、友人の忠告は胸に刻み付けてある。 こんな普通の暮らしが出来ている事が、私にはちょっとした奇跡みたいに思っている。 |
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2014年10月19日
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