未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

闘病記ーその後と書ききれな

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負け犬の遠吠え(?)

○Tが闘病中に、何人からか「同じ様な人でも何年も大丈夫な人もいる」とか、「気持ちがあればガンだって大丈夫」とか言われました。

それが励ましの言葉だった事は理解出来ましたが、病状が悪くなって行くに従って、私はもうそう言う言葉を聞く事が辛くなりました。

それは、もう○Tにどれだけの気力があろうと、どれだけのやる気があろうと、○Tの命にはやがて終わりが来る事が分かって来ていたからです。

亡くなってからは「**さんは同じ病気でも助かったのに、何故○Tさんは助からなかったんだろうね?」と言う様な言葉も、私を憂鬱にさせました。

何故もクソもありません。
○Tと**さんは違う人だからです。


そして、そう言った言葉はまるで私を”死=敗北”の様な気持ちにさせました。

どんなに気力のある人でも、死を避ける事は出来ません。

もし、闘病によって”病気に打ち勝った”様に見えたとしても、やがてその人とて”その時”が来れば、死んで行くのです。

今、病気でない人でもそれは”今”そうではない、と言うだけの事です。

それをまるで「自分が気をつけているからだ」とか「気力で病気に打ち勝ったのだ」と胸をはって言われる事に、私は嫌気がさしています。
そして、**さんと比べられる事にもです。


それはただ単にまだ”その時”が来ていないからだけに過ぎない事を、私達は自分達の力だけで生きているのではなく、”生かされている”に過ぎないのだと言う事を、私は○Tの死によって嫌と言うほど思い知らされたからです。


精一杯生きた○Tにとって、死は決して敗北ではありません。
命は、そして人生は**さんと比べられるものでもありません。

死は誰にでもやがて訪れるものなのです。
そして、その死はその人の人生と同じ様に、どれ一つとして同じ物などありません。

寂しさは振り回せ!

○Tが居なくなった寂しさは、水を含んだスポンジの様でした。

私はたっぷり水を含んだスポンジに紐をつけて、頭の上で振り回しました。

ブンブンブンブン、ブンブンブンブン!!

私の周りにいた人達に、その水は容赦なく降り掛かります。

言葉で、態度で、私は「寂しい」を振り回しました。
「寂しさ」に自分が振り回されない様に、自分で振り回しました。

水がかかってビックリする人、水をかけられまいと逃げる人、かかってもそれを振り払おうとはしない人、物陰からそれを見つめる人。

振り回しているうちに、私はくたびれて、そのスポンジを手のひらに乗せ、押してみます。
プヨプヨ・・・
まだ湿っています。

よし! もういっちょう! 私は又振り回します。

ブンブンブンブン、ブンブンブンブン!

どれどれ・・・大部水気がとんで来たぞ。

ブンブンブンブン、ブンブンブンブン!

あ、通りすがりの人にもかかっちゃったみたい・・・ごめんなさ〜い!

随分スポンジは軽くなって来ました。
後は自然乾燥でも大丈夫かな?

乾いたら、あの勲章と一緒にお尻のポケットにしまっておく事にします。

去年のクリスマスに、友人の一人からカードを貰いました。

それには、私が一回り大きくなって優しくなった・・・と書いてくれていました。


それは、もし本当にそうだったとしたら嬉しいと思った反面、私はある思いにかられました。

それは・・・・


私が一回り成長したのが、○Tが居なくなった為だったとしたら・・・・?
○Tが居なくなった事が私を成長させたの?
私が成長する為に○Tは死んでしまったの??

だったら、私は成長なんてしなくて良い。
優しくも、大きくもならなくて良い。

○Tの命と引き換えの成長なんて、嬉しくも何ともない!

もし、私が成長したからと言って、それが○Tがこの世に居なくて良い理由にはならない!
と・・・


今は・・・・

その言葉を素直に褒め言葉として受け取ってもいいかな、と思っています。

私がもし一回り成長した様に見えるのだとしたら、それは○Tの死を乗り越えたと言う意味だと気づいたからです。

それは、○Tの死そのものが私を成長させた訳ではなく、○Tの命と引き換えに成長するのでもなく、それを受け止めた私自身の問題だったからです。

○Tがこの世に居なくて良い理由などは、ありません。
ただ、この世に居なくなった事が事実でした。

それを受け止めてこその前進を、成長したとほめてもらえたのなら、私は喜んでほめてもらう事にしようと思っています。

自覚はないのですが・・・。

仕事再開の日

○Tの生前のシュミレーションのお陰か、私は葬儀の二日後には仕事に戻りました。

その最初の日・・・私はどんな顔で店を開けようか、ちょっと迷いました。



お向かいのお弁当屋さんは、前の年の夏、○Tの病気が分かる3ヶ月ほど前に70歳になるご主人を一晩で亡くしました。
そこの息子と仲良しの私達はその時に二人で葬儀に参加をし、○Tは珍しく個人の名前でお花も出しました。

そのお弁当屋さんが一週間ほど休んで、営業を再開した時に、私はどんな顔でその奥さんの顔を見れば良いのか、少し悩んだ覚えがありました。
でも、奥さんも息子もいつもと全く変わらない様子でお店に立ったのを見て、私は嬉しく「お帰りなさい!」とお弁当を買いに行きました。


そうか・・・普通にしていれば良いんだよね・・・

そして、私が店のシャッターを開けると、商店街の人達が「お帰り〜!」と笑顔で迎えてくれました。

皆、じめじめした感じは微塵も見せません。

お隣の靴屋の奥さんは優しく笑って「酷いね・・・置いて行っちゃうなんてね・・・」といつもの立ち話と同じ様に声を掛けてくれました。

嬉しかったです。

どんな慰めの言葉よりも、普段と同じ笑顔で迎えてくれた事が有り難かったです。

「お帰り!ここはアンタの居場所だよ」と言ってもらった様でした。

緊急時に出た本性

○Tが亡くなってから葬儀までには丸々二日間ありました。

その二日間の間に、葬儀の事は勿論、私には月末迄に○Tの会社のやるべき事がありました。

銀行へ行って振込をする事でした。

その事を、後日、税理士さんに驚かれました。

「ビックリしちゃった。 だって、亡くなってすぐに振込してくれてあったでしょう? そんなのどうでも良かったのに・・・良くそんな時間があったね」

そうです。
事情を話せば、そんな事は多少遅れても相手はわかってくれたでしょう。

自分でも不思議でした。

私は、緊急時ほど、何とかいつもと同じ事をやろうとしてしまうみたいでした。
多分、そうやって普段と同じ事をやる事で、自分を保とうとしたのだと思います。
慌てている自分を見せまいとしたのです。


○Tが最初の入院をした時にも、私はその時期の仕入れや展示会など、全てを普段通りにこなそうとしました。

雇い主が「そんな事は後でいいから・・・」と言ってくれなければ、きっとやっていたでしょう。


自分でも、普段から”緊急時に弱い”とは思っていましたが、これほどとは・・・ちょっとガッカリでした。
しかも、「慌てている自分を見せまい」なんて、「エエカッコしい」も甚だしい・・・。


それって、結局は自分勝手な事だったな・・・○Tの一番嫌いな・・・。


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