未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

闘病記ーその後と書ききれな

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カサブタのその後

○Tが家に居た最後の晩、お風呂の後に取れたカサブタ・・・・・

私は○Tがテーブルに置いたのを、そのままにしてありました。
次の朝にもそこにあって、Dにも見せびらかし、そのまま置いて家を出ました。

元来「片付け魔」では全くない私の事です。
その晩もそこにおいたまま布団に入り、次の朝大急ぎで病院へ行き、その日は初めての病院のお泊まりで家には戻りませんでした。

そして、次の日の夜、一度戻って洗濯をしていた時にも、もちろんそれは同じ所にあり、その晩○Tがこの世を去ってしまいました。

なので、○Tのカサブタは、皆が○Tと一緒に我が家に戻って来た時にも、勿論そこにありました。

取れた時にさっさと普通に捨ててしまえば良かったのに・・・でも、あの時は『ちゃんと傷は治るんだ・・・』とまるで勲章の様に私達は思っていました。

戻って来た○Tの為に用意されたお線香等を置く台の上に、私はそれを誇らしげに置き、弔問の人がニヤニヤ笑う○Tの顔を見て、泣き笑いしながら「これ、何?」と聞く度に、「カサブタ」と言って、又笑いを誘っていました。

「これが体の一部だったんだね〜、愛おしくなって捨てられなくなるよ〜」と言われました。
そう言われれば、確かに○Tの体の一部ですし、愛おしい気持ちもあります。
だから、取っておいたのですが、ずっとこの先取っておきたい程の気持ちには私はなりませんでした。

「う〜・・・でも、そのうち乾燥しちゃうし、私はいらないな〜」と言うと、Dが「俺は欲しいから、捨てないで取っておいて!」と言うので、今でも我が家の○Tコーナーに置いてあります。

Dの彼女のTMちゃんが、「ビニールにでも入れないと粉々になっちゃうよ」と言うので、ちゃんとビニールに入れてあります。

本妻VS同居人!?

○Tの奥さんMちゃんが我が家へやって来たのは、それからすぐでした。

この家に○Tも居ないのに上がる事は、何だかきっとMちゃんにしても変な気持ちだったでしょう。
本当は来たくはなかったのではないでしょうか。

私はDから聞いていたMちゃんが怒った時の凄さにちょっとビビっていました。
それは○Tからも聞いた事があったからです。

私は、○Tの事に関しては実はMちゃんに謝る筋合いは無いと思っていました。
但し、一つだけ謝りたい事がありました。

それは、私は○Tから色々とMちゃんの事は聞いていました。
二人がどうして別居をする事になったのか?とか、Mちゃんの性格、良い所も悪い所も・・・・だから、それはまるでMちゃんは私の中では、”良く知っている”人物として出来上がっていました。

ところが、Mちゃんは私を知ったのは、あの最初の入院の時でした。

私はいきなりMちゃんを、○Tが呼んでいた様にMちゃんと呼び、まるで昔からの友人の様に馴れ馴れしく接してしまいました。

本来ならその私の態度にMちゃんが怒っていても無理のないところを、Mちゃんはそれをまるで気にしていない風に接してくれていました。
勿論あの時は緊急事態だっと言う事を割り引いても、自分の旦那のいわば”愛人”に、そんな風に扱われた事を、あれほどすんなりと受け入れてくれたMちゃんに、それだけはキチンとお詫びと、お礼を言いたかったのです。

部屋に入ったMちゃんに、私がそれを口にすると、Mちゃんはポカンとして
「やっだ〜! M_ちゃんったら、そんな事気にしてたの〜〜??」と言いました。

「うん・・・気を悪くしていたんじゃないか?って・・・」と私が言うと、

「全然! そんな事気にもしてなかったわよ〜! も〜! やめてよ〜!」と言い、ちょっと真面目な顔をして黙りました。

お・・・緊張の一瞬でした。

「Dにはね、『おふくろ、Mちゃんに変な事言うなよ』って言われて来たんだけどね〜 別に変な事言いに来た訳じゃないのよ。
あのね・・・あのさ・・・普通はさ、本妻と”同居人”とかってさ、良く、こう・・・」そう言いながら、Mちゃんは両手を背中合わせにする仕草をしました。
「こう・・・ね? なっちゃうって言うじゃない? でもね、私はそうしたくないの。 そりゃあ最初はビックリしたんだけどね・・・この四ヶ月さ、アンタを見てて、悪い人じゃないのはわかったんだよ。  だからね・・・良いかって・・・」

それから、今後の事、会社やお金の事などを話していて気がつきました。

「ねえ、Mちゃん・・・Mちゃんは、本当はさ、一番Dの事が心配なんだよね?自分の事じゃないんだね?」
私が言うと、Mちゃんは即座に
「当たり〜!!」と答えました。

会社の事にしても、今迄やっていたのは別居した自分の旦那であって、その責任は旦那が取るであろうとまるで興味がなかった事が、今度は自分の息子がやるとなれば話は別なのです。
そして、その息子を思う気持ちが、今迄一切関知しなかった会社の事に口を出させたのです。

”愛人”に息子を呼び捨てにされようが、自分が気安くMちゃんなどと呼ばれようが、そんな事よりも息子が無事に生活をしてくれる事を何よりも願っている母親がそこにいました。

そして、最後までMちゃんは私には、○Tが家に帰って来なかった寂しさ等はおくびにも出しませんでした。
それは出さないだろうと私にはわかっていました。
女同士ですから・・・・

自分で茹でたと言う空豆を差し入れに持って来てくれたMちゃん・・・それをDに話すとDは「で、Mちゃん、それ捨てちゃった?」と面白そうに言いました。
「なんで? 食べたよ、美味しかったよ」と私が答えると、Dは何だか腑に落ちない・・・と行った顔をしていました。

D、まだ子供だね・・・。

本妻の本音、Dの名言

私は、○Tが亡くなった時、実はこんな事を思いました。

○T、又今度生まれたら、又同じ様に出会おうね。
その時は、又Mちゃんと一緒になって、DやNっちを授かって・・・・そして、私と会うのはそれからで良いから。
私は又同じ人生で良いよ!

それ位、私は○Tとの人生を楽しみました。
勿論一緒に暮らした20年の間には、色々とぶつかりあい、けなし合い、「次の人生はアンタじゃない人を選んでやる〜!」と思った事もありました。
けれでも、それは○Tが所帯を持っていたから、と言う理由ではありませんでした。
一人の人間対人間の意見のぶつかり合いや、ただ単にどこの夫婦にでもある文句の言い合いでした。
なので、最期までキチンの生き抜いた○Tを私は誇りに思い、私の○Tとの人生、悔い無し!とさえ思っていました。


ところが・・・・さすがにMちゃんの本音は違っていました。

四十九日も終わったある日、Dが店に来て私に言いました。
「あのさ・・・おふくろがM_ちゃんに話があるって言うんだ。」
私は「あ、そうなの? 良いよって言うか、何だろう?」

この頃、Dはすでに○Tの会社を継ぎ、二代目として仕事に取りかかっていました。
私は、○Tの時と同じ様に、経理をやる事にしていましたが、Dには「私に給料払ってね〜」と言ってありました。

Dは、現場の仕事はいざしらず、会社の資金繰り等に関しては今迄何も知らないままで来ていた事が不安でした。
「私が財布は握ってたんだよ〜ん。」と言うと、「そうだったんだ〜」と言う位何も知りませんでした。

「でね、おふくろは何だか不満だったらしいんだ・・・」
「へ? 何に?」

どうやらMちゃんは、「私はちっとも楽しくなんかなかった!」とDに当たったらしいのです。

○Tが家を出てから、自分には何も楽しい事等なかった。
いつか帰って来ると思っていたのに、帰っては来なかった。
寂しかった・・・・と。

しかも会社の役員になっているのに、まるで会社の事も知らず、借入をする時にだけ「ここに判子押して〜」と頼まれるだけで、まるで利用されていたみたいだった・・・と。

お金に困っても自分には相談もして来ないで、たまに「ちょっと貸して」と言っては返して来るだけで、何も知らされないで・・・と。

意外でしたし、ショックでした。

夫婦の事はイザ知らず、会社の事を持ち出したのも意外でした。
役員になっているのは、ただ単に名前が必要だったからでした。
私にしなかったのは、とりあえず夫婦であるMちゃんの方が都合が良かったから、そして家があったから(これは利用した・・・と言うのでしょうが・・)、と言うだけの事でした。

お金の相談をしなかったのも、それは逆に私達はMちゃんには迷惑を掛けたくなかったからでした。
会社の事にMちゃんを巻き込むつもりはなかったからです。

けれでも、Mちゃんにしてみれば全てが逆だった様です。

その事に関しては、私はDにそれを伝えると「うん、俺はわかってる。 それは伝えるよ。」と言っていましたが、「悪いのは親父なんだよな〜・・・だから、ちゃんと離婚しておけば良かったんだよ。 そうしたら、おふくろにだって違う人生があったはずなのに・・・」

あらら・・・そう来るか〜・・・う〜ん・・・それにしても当たられたDが気の毒でした。

「ごめんね〜、D・・・私はこれで良いと思っていたんだけどな〜・・・そうか〜・・・それじゃあさ、私が『○T〜! 離婚してよ〜』って言えば良かったのかな〜? 悪かったね〜」と私が言うと、Dは言いました。

「大人三人が皆、ちょっとずつ悪いの!」

四十九日の夢

○Tがこの世からいなくなってから、四十九日まで、私は一度も○Tの夢を見ませんでした。

その事について、早くにお父さんを亡くしたYちゃんは、こう言っていました。
「ママもね、パパの夢なんて見た事ないって言ってたよ。 良いんだって、夢には出て来ない方が。  ちゃんと供養されている人は、夢には出て来ないんだって。」

ところが、まさに四十九日の明け方の夢に、○Tは現れました。

店のすぐそばの小さな四つ角に良く似た所に、私と娘のNっちが並んで立っていました。
そして、○Tは私達二人をぎゅっと抱きしめると、それからすっと離れ、私の顔を覗き込みました。

私の目を見て、○Tは本当に優しい顔で笑ったかと思うと、首をかしげながら、アカンベーをする様に指で点々と、自分の頬を突く様な動作をしました。
「まだ泣いてんの?」とでも言う様に、その表情はちょっと人を小馬鹿にした時の口をへの字に曲げた、いつもの得意な顔でした。

そのまま○Tはどこかへ消えてしまいました。

夢の中で私は「あ、○Tだ〜。 なんで居るんだろう?」と思いながら、目が覚めると泣いていました。

母にこの事を話すと、よく亡くなった人の四十九日の辺りでその人の夢を見ると言う母は、「ああ、良かったわね。 これできっと天国にたどり着いたのよ。 ちゃんと成仏出来たのね。」と言っていました。

成仏か〜・・・成仏なんてしてくれなくて良いから、そばに居てくれても私は良いんだけどな〜・・・ちょっと複雑な気持ちでした。

Yちゃんが言っていた事と、母の言った事・・・結局はどちらでも構わないのでしょう。

それにしても、ピッタリ四十九日と言うのが、とても不思議な出来事でしたし、夢でも会えたのはとても嬉しい事でした。

四十九日の法要

四十九日の法要の手配は、DとMちゃんがやってくれました。
ここからは、もう公式行事は当然T家の仕切りになりました。

お骨と遺影については、Mちゃんから電話があり、「家に置きたい」と言うので私は勿論賛成でした。

当日は車で皆が迎えに来てくれたのですが、私はここで初めてなんだか○Tの居ない違和感を感じました。
「そうか・・・この中では私は一人なんだな〜」

○Tが生きていた時、そしてお葬式の直後までは、このメンバーの中に私が居ても何ら違和感がなかったのが、急にそれに違和感を感じてしまいました。

勿論、DやMちゃん、Nっち、TMちゃんの態度が変わった訳でも何でもありません。
多分、○Tの居なくなった事を初めて私が認識したのだと思います。
そして、急に不安になりました。

そして、以前に友達から言われていた事がふと頭を過りました。
「○Tが生きているうちはそれで収まっていても、居なくなったら態度が変わったりするからね〜」

その時はそんな事はまるで考えていませんでした。
「何言っちゃってるの〜? そんなハズないじゃない。 Mちゃんだって、お兄さん達だって良くしてくれてるよ〜」と答えていました。

第一態度を変えられても、私が別に困る事は何もないと思っていました。

でも・・・???

法要には○Tのお兄さんのKIさん、真ん中のお姉さんのKKさんと息子と彼女、Mちゃんの従兄弟夫妻、今やDの社員二人、そして○Tを東京の親父と言っていたIG君夫妻(この二人の婚姻届けには○Tと私がサインをしています)が参加していました。

私は、IG君達を見て、ちょっとほっとしました。
何だか仲間がいる様な気持ちでした。
(ひょっとして、これはDの気遣いだったかもしれません。)

お姉さんのKKさんは、告別式の後、外でタバコを吸っていた私の所に来て「M_ちゃん、あそこの席では言えなかったけど、本当に弟を有り難うね。」とまで言ってくれていましたが、公の席ではやはり奥さんのMちゃんを立てない訳には行きません。

そして、法要の後、お兄さんはMちゃんに「お骨はどうするの?」と聞いていました。
「家に持って帰ります」とMちゃんが言うと「そうだね、もう、それが良いよね。」と言っていました。

ちょっとだけ寂しい気持ちになったのは確かですが、それは致し方ありません。
それ位の事は想像していた事でしたから。

で・・・手のひらを返すのか???・・・と思いきや、帰りに車に乗ると「M_ちゃん、家に寄ってく?」とMちゃんが言い出しました。
「え? いいの?」と私が言うと、Mちゃんは「良いに決まってるでしょ〜。 ちょっと寄って行きなさいよ。」とまるで当たり前の様に言いました。

○Tが居なくなったら手のひらを返すなんて、やっぱりないじゃん。

そして、○Tが自慢そうに言っていたお家に初めて入れてもらいました。

「ああ、ここが落ちた階段ね」
「そうそう、滑るのよね〜」

「高い天井も自慢してましたよ」
「だから電気代かかるのよ〜」

リビングは3階で、とても日当りも良く、そこには闘病中に保険金で買った我が家と同じサイズのテレビがありました。
そして、驚いた事に、○Tのお気に入りの相田みつおの色紙(だったかな?)もあったのです。 それは、我が家ではトイレに日めくりが置いてある物です。

リビングから張り出した、これもご自慢だった六畳分のベランダにはMちゃんが育てている植木も沢山置いてあり、そこにはやはり○Tがイベントで貰って来た我が家と同じ物がいくつかありました。

「でね、たまに来るとこのソファで寝てたのよ」とMちゃんが説明してくれました。
「うんうん、そう言ってた。」

Dは、「あの家は親父の帰って来る所じゃなかった。」と言っていましたが、あれを見る限りでは、○Tが間違いなくあの家の主であった事が、私にはわかりました。

但し、ゴロンと転がるコタツもなく、ちょっぴり○Tには窮屈だったかもしれません。


家に帰るとお姉さんのKKさんから「帰りがけにちゃんと挨拶出来なかったから」と言って、電話がありました。
私が○Tの本宅(?)に寄って来たと自慢すると、「あそこは○Tは住んでいなかったんだから、私は興味はないのよ〜」とちょっといじけた様に言っていました。

お兄さんのKIさんがMちゃんに「もうお骨は貴方が持っていなさい」と言っていたのとは対照的でした。

私は二人の気持ちは両方分かる様な気がしました。

お姉さんはただひたすら自分の弟が可愛いのと、お兄さんにしてみれば、自分の弟が男のワガママでMちゃんに迷惑を掛けたと思っていたと思うのです。

あと二人のお姉さんは、○Tと私の関係に半ば最初から呆れていて、遠くに住んでいる事もあり、この法要も一周忌にも顔は出しませんでした。

結局、手のひらを返した人は誰一人いず、私は友達にそそのかされたにしても、そんな事をちょっとでも思った自分が少し恥ずかしかったです。


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