未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

闘病記ーその後と書ききれな

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「なんでアンタがあの葬儀の時に走り回ってなきゃ行けなかったの?!  もう、みっともない! そんな事は奥さんがやれば良いのに!  アンタはTの為にあんなに頑張ったんだから、もうそんな事は、やらなくたって良いのに! 私は何だか見ていて嫌になったわ! 腹が立って、悔しくて眠れなかった!」

葬儀の次の日、私が雇い主の所へ挨拶へ行くと、彼女はいきなり言いました。
私には何の事だかまるでわからずに、ただその剣幕に驚いて聞いていました。

何だか訳がわからず、ただ、彼女が私の事を思って嘆いてくれた事だけは確かなので、「はあ・・・すみません・・・」と言って帰って来ました。

そういえば、葬儀の終わった晩にも電話をした時に、ちょうど我が家では葬儀に参加出来なかった友人が集まって、撮ったビデオを見ていました。
「まだ人が居るの? 全く〜・・・もういい加減に皆帰れば良いのにね・・・もう一人にしてくれ!って言いなさいよ!」と言っていました。

ん〜・・・・どう考えれば良いのか私にはわかりませんでした。

どれも私にとっては当たり前の事だったのに、何故そんなに彼女が怒っているのか・・・このまま放っておけば、奥さんのMちゃんも、○Tの友人達も何だか悪者になってしまいそうでした。

友人達は、参加出来なかった葬儀をビデオで見る事で、何とか自分達も参加した様な気持ちになりたかった事、それに加えて私の事も心配して賑やかに集まってくれたのです。
しかも、いつものメンバーなので、私が放っておいても勝手に我が家を自分の家の様に使うので、私が特別気を使う事もありませんでした。

Mちゃんに関しては、あの葬儀の場で本当は一番立場がなかったのが彼女だったのでは?と思う面がありました。
葬儀を仕切ってしまったのは、Dと私だったからです。

「何か手伝わせて欲しい」と周りから声を掛けられるのは、Dと私でした。

そして、Dと私が走り回ってあれこれと指図している間に、Mちゃんは座っているしかなかったのです。 自分の旦那なのに・・・・勿論、これが”悲しみに沈む未亡人”の正しいあり方かもしれませんが、私は例えこれが本当に私が奥さんであっても同じ様に走り回ったと思うのです。
逆に、Mちゃんの立場だったらどうしようもなく寂しかったと思うのです。

だって、役に立てないんですもの・・・立ちたくたって出来なかったんですもの・・・
何一つ、自分の旦那の為に役に立てない事を、Mちゃんだって内心惨めだったのでは?と私は思っていました。

しかも、葬儀が終わっても、あちこちから声を掛けてもらっていたのも私でした。

私は雇い主に次の日にその話をしました。
「じゃあ、あの時に参列していたあの大勢の人達を貴方は全員知っていたの? 仕事関係の人も?」と彼女は聞いて来ました。
「ほとんど、全部・・・皆、Dの後ろに座っていた私と目を合わせましたよ」と私が答えると、「そう・・・それなら良いわ」と言って笑ってくれました。

「それで、お骨は貴方の所にあるの?」と聞いて、ちょうど初七日の日だったので、彼女は我が家へお参りに来てくれました。


但し・・・本当にMちゃんがあの状況を惨めに思ったかどうかは私にはわかりません。
人にはそれぞれ持ち分がありますから。

私はただ、○Tの役に立ちたかった、それだけの事です。

悲しみは分け合える

闘病中の○Tには、とても沢山の応援団がいました。

病気がわかる前2、3年はもうあまり頻繁に家に来る事もなく、年に数回と言った程度にはなっていましたが、病気がわかるやいなや、彼らはすぐに飛んで来てくれました。

私は、それを見て、まるで○Tの癌をやっつけに総動員された白血球の様だ〜と思っていました。
うぞもぞと湧いて来た白血球が、○Tの癌を食べてくれるみたいに感じていました。

そして、○Tが亡くなると・・・・彼らは本当に悲しみました。
それは、前に書いた私がそれまで感じていた様な”間接的”な悲しみではなくて、まさに”直接的”な悲しみでした。

私は、この時、初めて、「悲しみは分け合える」と本当に思いました。

私の悲しみを思って泣くのではなく、自分達が悲しくて泣いていた彼らが、実は最初の私の悲しみを分け合ってくれたのです。
まるで板チョコを少しずつ分け合う様に、○Tが居なくなった事の悲しい気持ちを分け合いました。
私はその彼らを見て「私が泣いてなんていられない。 私はしっかりしなくちゃ」と思いました。


それから、次には○Tを直接知らない私の友人達が、今度は私の悲しみを思って悲しんでくれました。
それは、残った私の分の板チョコを更に小さく割って、食べてくれたみたいです。

○Tの葬儀が終わって、何度か病院へ行きました。

それは診断書の請求であったり、その受け取りであったり、病室に忘れ物をしていて、電話まで掛かって来た事もありました。
○Tのお気に入りの迷彩のフリースのパンツだけを何故か忘れていて、取りに行った時には看護師さん達には笑われました。

そして一度きちんとご挨拶もしなくてはと思い、○T御用達のマッ○ーホー○でお菓子を買って行きました。

病院では公けにお礼の品を受け取る事はありませんでしたが、その時だけは「最後ですから」と言って受け取ってくれました。



病棟には勿論ですが、私はあのレントゲン室のオバチャンにも挨拶がしたかったので、オバチャンの分も持って行きました。

受付に顔を出すと、オバチャンは私の顔を覚えていてくれました。

「久しぶりね〜!あれ? 旦那は?」と受付の窓から顔を出していつもの様にニコニコと笑っていました。

「あの・・・それが・・・こないだ亡くなったんです。」と私が言うと
「え! いつ?! 信じられない!あんなに頑張っていたのに・・・」と、オバチャンは、その窓口から体ごと出て来そうな勢いで見を乗り出しました。

「それでいつも良くして頂いていたので、今日はお礼に来たんです。 オバチャンなんて言ってましたけど、ありがとうございました。」
私は笑顔でお礼を言うつもりでした。
そして、いつも○Tがオバチャンの前に行く時には息切れしないで「おはよう!」と言える様に、その前で呼吸を整えていた事や、一度居なかった時にはガッカリして私にメールまでくれた事を話しました。

すると、オバチャンは泣き顔になり、せっかくの私の笑顔も泣き顔になってしまいました。
何故なら、オバチャンはこう言ったのです。
「いつもね、いつも貴方に感謝してたのよ。 放射線には一人で来てたでしょ? それで『今日は一緒じゃないの?』って聞くと『うん、だって仕事してるしさ、俺がこんなだから働いてもらわなくちゃね〜。 毎日付合わせる訳には行かないでしょ?』って言ってさ。  それでも貴方には感謝してるっていつも言ってたのよ。」

私はこの時、○Tが亡くなって初めての○Tの言葉を聞いた様な気がしました。
しかも、それが私に感謝していただなんて・・・・それは勿論嬉しくもありましたが、切なくもありました。

私の目に涙が浮かんだ時、オバチャンは「あ〜! 泣かないで〜」と言っていましたが、
私が「感謝なんてしてくれなくて良いから、生きていて欲しかった・・・」と言うと、オバチャンはもう本当にその窓口から半身を出して、私の肩に手を掛けて言いました。

「ああ〜! もう〜! 泣いちゃいなさい! 思いっきり泣いちゃなさい!」



2階にある、外来の抗癌剤の前にいつも通っていた処置室の前を通りかかると、そこの担当の看護師さんに出会いました。
「あら?」とその彼女は声を出し、私に話掛けて来ました。

彼女には最後に入院した日に、借りた車椅子を返しに行った時にも会いました。
その時に、「入院になっちゃったけど、又外来で来られる様になったら来ますからね」と言ってありました。

「ご挨拶しようと思ってて、遅くなったけど、実は亡くなったんです。」と私が言うと、彼女はやはり驚いていましたが、さすがに看護師さんらしく
「そうだったんですか・・・次のケモ(抗癌剤)の予定が消されていたので、もしかしたら・・・って思ってはいたんです。 いつもお二人は楽しそうに笑っていらしたけど、本当は大変なんだろうなって思っていたんです。 そうだったんですか・・・お疲れ様でした。」そう言っていました。

本当はかなり深刻な事態だった事をちゃんとご存知だった様です。


でも、楽しそうに見えていたのか〜、あ〜、良かった。

本当は、・・・私は本当に楽しかったのです・・・・












 

あの晩の看護師さん

最初に○Tが入院した晩に、私達からロビーで話を聞いて行った看護師さんがいました。

そして、最期の晩もその彼女が当直でした。

○Tが亡くなって私がロビーにいると、その彼女が声を掛けてくれました。

「・・・・で、もしかして、あの最初の時にここでお話を聞きに来たのも貴方だった?」と私が聞くと、彼女は泣きながら
「そうですよ〜、私がここで聞いたんですよ〜。 最初と最期が私なんて〜・・・」と言いました。

「そうか〜・・・何だか悪い事しちゃったね」
「いえいえ! そんな意味じゃなくて・・・・」

「でも、ビックリしたでしょう?  最初、私が来て、『同居人です』なんて言われてさ・・・訳わからなかったでしょう?」と私が苦笑いをしながら聞くと、彼女はその時の事を思い出して、涙を拭きながら笑っていました。
「本当ですよ〜」

「それで、後から息子は来るし、奥さんは来るし・・・『どうなってんだ〜?!』って思ったでしょう?」
「そうですよ〜。 一体連絡先はどうしたら良いのか、最初はわからなかったですよ〜」

「しかも、見舞客は時間外にガンガン来ちゃうし、それで今日もこんなにいきなりでさ・・・お騒がせしました。」

すると、彼女は泣き笑いの顔でこう言ってくれました。
「でも、楽しかったです。 最初は訳わからなかったけど・・・」

そう言えば、この彼女は、あの時大慌てで心電図のモニターをひきずって来てくれた看護師さんでした。


私は○Tが入院する迄、看護師さん達があんなにいつも笑顔で接してくれる人達だとは思っていませんでした。
どんなに忙しそうにしていても、声を掛けると気持ちよく「ハイ」とこちらに注意を払ってくれていた看護師さん達でした。
○Tのカメラにもその看護師さん達の笑顔が写っています。


一緒になって笑ったり泣いたりしてくれてありがとう。

○Tが亡くなって、着替えをしてもらい、その後一時病院の霊安室に移動をしました。

どこの病院でもそうなのでしょうが、そこへ行く場所は普段見えない様な場所になっていました。

○Tのお世話になった病院では地下にそれがありました。

誰かに呼ばれて、「こっちこっち」と案内されたのはまるで秘密基地にでも通じる様なエレベーターでした。

「へ〜・・・こんな所にあったんだ〜」と私は、そのエレベーターに乗り込みました。



ねえ、○T、知ってた?
こんな所にエレベーターがあったんだよ、知らなかったでしょう?
凄いよ〜、秘密のエレベーターだよ〜!



この病院に入院して、検査室や処置室、食堂、売店、あちこち歩き回って、もう病院の場所は何でも知ってる風だった○Tに、私はちょっと自慢げに教えたくなりました。


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