未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

as a ベランダー

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都会人の植物観察日記です。
いとうせいこうの造語、ガーデニングならぬ、ベランダで植物を楽しむ、ベランディングをする人=ベランダーとしての日記です。

2000年頃に友人に作ってもらっていたH.P.もご覧下さいませ。
「その後のボタニカル」
http://shibuya.cool.ne.jp/botanical/index.html
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イメージ 1

その日は朝から晴れだった。
フツーのサラリーマンになって1年半、いや、フツーのサラリーマンになったはずなのに、めったやたらに仕事の多い会社だから、ゴールデンウィークもどうなることか?と危ぶんでいたが、そこはサラリーマン、なんと4連休にこぎつけた。

ほぼ仕事を途中で投げ出しての連休だから、連休の明けの事を思うと気持ちが悪くなるが、それはそれ。
なってから考える事として、私の休みを楽しみにしていた夜更かし名人の友人Sに朝っぱらからメールをした。

「昭和記念公園ってトコに行かない?」

返事が帰って来たのは2時間ほど後だったが、二つ返事で出掛ける事になった。

イメージ 2人が多いのにも驚いたが、広さにも驚いた。
そして、もう見頃はとっくに過ぎていると思われるチューリップの見事さや、池の周りで鳴く蛙の声、広大なポピーの花畑の丘、ここが元は自衛隊の駐屯地だったなどまるで想像も出来ない、気持ちの良い場所だった。

イメージ 3沢山の人達は思い思いに広場で弁当を広げ、園内の景色を楽しんでいた。
そして、大多数の人達は、園内に植えられた”素敵な”花達を愛でていたのだろう。
私も勿論、Sもその一人だった。

イメージ 4


イメージ 5でも、実はあちこち見て回っている間に、私が一番気になったのは、こちら→

芝生の中にいくらでも生えていて、どう見ても、「植えられた」とは思えない。
そのくせ、穂先に被るティアラの様な花の姿はどうだ。
ティアラと言う言葉が綺麗過ぎるのなら、土星の輪っかの様でもある。

まじまじと見てみる。

中にはぽやんぽやんとはげ頭の様になった物もあるが、大抵が花が穂をぐるりと一周している。
多分、この穂の下から咲き上がって来るのだろう。

Sもその意見だった。

「なんだろうね〜?」名古屋出身のSは言い、
「なんだろうな〜?」東京者の私は答えた。

園内に植えてある植物には大抵名前が書いてあるし、遠くて名前が見えなくても丁寧に育てられた園芸品種達の名前なら、何となくわかるくせに、こう言う雑草に滅法弱いのが、都会のベランダーなのだ。
そして、そう言うものが気にかかる。

それが沢山生えている芝生に腰を下ろし、じーっとじーっと見つめる。

見るほどに可愛らしく、愛らしい。
地味で小さな花好きの私には大好物である。
いっその事、連れて帰ろうか、などとも思ったが、流石に思いとどまった。

我が家の裏庭では、今、まさに、ほぼ雑草扱いのヒメツルソバ、立浪草、そしてアジュガが真っ盛りである。
冬の間には、ペタリと地面に伏せていた葉を立ち上がらせ、地表から10センチほど湧き上がる様に花を咲かせている。

これ以上、雑草ものを増やす余裕はないし、第一「国立公園」と呼ばれる所から失敬してくる気概もなかった。
それが例え雑草だとしてもだ。
それにくわえて、日のカンカン当たる場所に生えているそれが、我が家のほぼ半日陰状態を気に入る訳もないだろうと思われた。

思う存分、それを眺め回し、写真に撮って帰って来た。

そして、夜、岐阜出身の友人に写真を送ってみた。
「オオバコみたいだけど、ちょっと違うな〜」

「オオバコ?」
「どこにでも生えてる雑草」
慌ててネットで探してみると、なるほどオオバコと言う雑草があるらしい。
花穂の長さと咲き方、葉の形は違えども、赤の他人とは思えない。
どう見ても親戚筋である。
もう少し探してみていると、突き当たったのが外来種の「ヘラオオバコ」であった。

まさに、これはヘラオオバコであろう。
普通のオオバコはペタリを地面に葉を広げているが、ヘラオオバコはすっと尖った葉を立ち上げている。
そして、花穂も短め。

やあやあ、初めまして、ヘラオオバコさん。

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それにしても、昔からのオオバコは踏まれても良いような場所に生えると言う。
「踏まれても良い」と言うよりは、積極的に「踏んでくれー」と言う場所に住むらしい。

何故なら、人が踏む場所→他の背の高い植物も踏まれて、生えて来ない→日当りを確保出来る、と言う寸法らしい。
そして、種が踏んだ人の靴底についてあちこちに運ばれ、そこで又陣地を増やして行く戦略を持っているのだとか。
その為に、ペタリと地面に貼り付く様に生やす葉っぱはとても強く、ちょっとやそっとじゃ破けないらしい。

何とも凄い戦略家なオオバコに目もくれずに育った都会のベランダーである。

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もうかれこれ10年は付き合っていると思われる我が家のキルタンサス。

冬の寒い頃にポツリポツリとその花を咲かせる様には、いつも心を和ませている。
イメージ 1譲ってもらった当初から鉢から溢れんばかりの球根が入り、いつ、この鉢が割れるかと冷や冷やしながら、それでも未だに割れる気配は見せない。

師匠は言った。
「それは鉢にぎゅう詰め位が良いらしい。 その方が花がつくらしい」と。

その仰せに素直に従ったのは、勿論師匠の言葉だからな事もあるが、元来面倒臭がりのこの私の事、その方が私にとっても好都合だったからである。

しかもこのキルタンサスと付き合っていて分かったのは、時折いくつかの球根が中で萎れている。
球根が萎れるのが見えるほど、鉢の中は押し合いへし合いになっているのもかわいそうと言えばかわいそうだが、植え替える気もないお気楽ベランダーにとっては、それはそれ。
鉢の中で勝手に世代交代をしてくれるキルタンサスを「アンタは偉い」と褒めている。

さて、こうして球根で増えて行く植物だとばかり思っていたキルタンサスに、異変が起こったのは去年の暮あたりだった。

正確には、この鉢の中のキルタンサスに異変が起きたのではない。

「球根植物や宿根草には種をつけさせるべきではない」との掟を破り、お気楽ベランダーはそれを放置した事数知れず。
「球根でも増えて種も飛ばす姫ヒオウギの様な植物もいるのだから・・・」と言うのはただの言い訳で、私はキルタンサスのそれは見て見ぬふりをしていた。

同じ球根でもヒヤシンスなどは、花が終わればさっさと花茎を切ってやるのに、ことキルタンサスに関して無視をしていたのは、放っておいても毎年元気に花を咲かせる事に気づいていたからだったし、まさかその種が本気モードだとも思ってもみなかったからだった。

我が家のキルタンサスは裏庭に生息している。
だからそれと同じものが、去年の暮あたりに、玄関前の小さな黒いポットからすいっと花芽を上げた時私は思わず口にした。

イメージ 2「どちらさんで?」

小さな黒いポットに何か入っていたのか、いつからそこにあったのか、以前には裏庭にあったのかまるで思い出せないし、まして種がそこに入る可能性がどれほどあったかなど想像も出来ない。

くわえて言うならば、一般的には球根植物と言われる物が、種から1年で花を咲かせるなどとは到底思えない。
きっと何度か葉を出してはそこから栄養を蓄え、眠り、球根を太らせ、又葉を出していたのだろう。

一体いつから・・・
いや、待てよ・・・
私は、他の鉢から出る同じ様な葉っぱに目をうつした。

それは1年程前から気になっていた葉っぱだった。
なんだろう?と思いながら、放置していたその葉っぱも、もしかするとキルタンサスではあるまいか?

イメージ 3やるもんだ、キルタンサス。

春への道しるべ

イメージ 1とけた雪の大地から

イメージ 2凍えた枝のあいだから

イメージ 3にょっきり、ぶっくり、

イメージ 4冬を越した植物達が動き出す

イメージ 5


イメージ 6道しるべが見えたなら

もう迷う事はない

イメージ 7

とけた哀しみの下から

あなたの道しるべが

イメージ 8もう今は見えるだろうか

もみ もみ もみじ

我が家で生まれた もみ もみ もみじ

1歳にもならないのに

紅葉したら、何だかしわくちゃおばあさんみたいになっちゃった


あんなに小さくて可愛らしい赤ちゃんみたいなツヤツヤの葉っぱだったのに

なんで、なんで、こんなにお婆ちゃんみたいになっちゃったのだ?

そりゃないぜ、ベイビーと言いたくもなる


でも、これでも紅葉、小さな紅葉

我が家で生まれた もみ もみ もみじ

もっときれいに紅葉するには、ひょっとして修行が必要なのか?

イメージ 1

イメージ 1

イメージ 1

彼岸花は球根だけで増えて行く。
詳しい事は忘れてしまったが、ある理由で彼岸花には決して実や種はならない。
ただひたすらクローンである球根だけで増えて行く。

他の球根植物と言われているものも、実はちゃんと実や種が出来る。
別の個体と混じって子孫を増やして行く事には、この地上で生きて行く為にはとても重要な事なのだ。
親と全く同じ遺伝子で増えて行く事は、同じ病原菌であっと言う間にそれにやられてしまう危険が伴うからだ。
だから、生きている物は全て、それを避ける為に雌雄から別々のものを受取り、親とは別の病原菌などに対する抵抗力を獲得し続けるのだ。

そして、植物達の花はその次世代を作る為のものであって、決して伊達や酔狂で咲いている訳ではない。

ああ、それなのにそれなのに・・・彼岸花は花をつけるのだろう?
これこそ、伊達や酔狂で咲いているのだろうか?

そんな疑問を植物を育てる事のない友達から聞かされて、ベランダーははたと思いついた。

彼岸花は花だけが先に出て来る。
そして、その後から葉っぱが出て来るのだ。

以前に彼岸花の記事で、花と葉が決して同時に出て来ない事を「花は葉を想い、葉は花を想う」と言われていると書いた。
それほどに彼岸花は花と葉が同時にある事はないのである。

球根植物を育てた事のある人ならその葉っぱがどれだけ大事かおわかりだろう。

花の終わった後に物によってはだらし無いほどダラダラと伸び続ける葉っぱに嫌気がさす人が多いが、このダラダラと伸びる葉っぱが大事なのである。
葉は太陽の光を浴びて、栄養を球根に届ける大事な役割を担っている。

そう思えば、彼岸花の花は後から出て来る葉の為に咲くのではないか?
・・・と思ったところで、それなら葉っぱだけ出て来れば良さそうなものなのに・・・と思い始めた。

去年、我が家では一つの彼岸花も咲かず、いきなり葉っぱだけが現れ、だらだらと鉢からはみ出していた。
端から見ればただのだらだらにせっせと栄養もやったのは、勿論花を見たかったから。

それが功を奏したのかどうか、今年は白が一つ、そして赤はなんと三つも花をつけた。
確か買って来たばかりの年には一つしか咲かなかったはずの赤が三つ・・・

そこで、私の仮説・・・葉は花を咲かせる為に球根に栄養を送り込み、充分に肥えた球根は花をつける。
それは分球する為に。
そして、葉が花の後に出るのではなくて、葉が出た1年後に花が咲く、と言うのはどうだろう?

カレンダーは久し振りに裏庭の草むしりをしていたら、芸術的とも思える虫食いの葉っぱを見つけて、持って遊んでいるうちに思いついた構図です。


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