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この半年程ほとんど新しい植物を投入していない我が家である。 それは、仕事の忙しさあるけれど、もう場所も鉢もほとんど飽和状態で、これ以上の植物を増やす決心がつかないからである。 それでも誰かに「これ、要らない?」とか「これ、あげる」等と言われると、ほいほいともらってしまうのが私の悪い癖である。 もらってから、はて?どの鉢に植えようか? どこに置こうか?と考える。 植物には、それほど手のかからず、植える鉢も何でも良いや、と言うお気楽な物もあれば、時には鉢を選ぶご大層な物もいる。 私が自分で選ぶのは、大抵はそんなご大層な輩ではなく、どこででも大抵は機嫌良くしていてくれる植物なのだが、こやつは違った。 夏頃に我が家へやって来たネリネの球根・・・ あまり聞かない名前だが、彼岸花の親戚と思って頂ければほぼ間違いない。 私は一度だけ、この類いの球根を買った事がある。 それは大きくて立派な球根で、なんと一つが数百円!もして、その値段に怖じ気づいたものだった。 それでも、どうしても欲しくて清水の舞台から飛び降りた気分で買ってみた。 そして、見事に清水の舞台から落ちて頭をかち割ったのだった。 彼岸花の親戚とあって、葉よりも先に花茎が出て来るはずだったのが、一年目にしてなんと葉だけが現れ、2年目も同じだった。 「何年かしないと咲かないのかもしれないよ」と師匠には諭されたが、3年目には退場願った。 そんな苦い思い出のネリネを、再び師匠が私にプレゼントをしてくれたのだ。 「大丈夫かな〜?」と言った私に師匠は「今年はダメかもしれないけどね」とうふふと笑いながら言った。 しかも、よく見る 花屋のしおりにはご丁寧に「植えた年には咲かないかもしれない」等と最初からお断りまで印刷してあった。 それにしてもその球根はかなり深く植える必要があった様だが、その時の我が家には深い鉢はもう一つも残ってはいなかった。 一度失敗したその種類の球根も、植えた時にかなり浅植えにしてしまったのも咲かなかった原因かもしれないと思っていた私だったが、球根を貰ってからその後、鉢を買いに行く時間が取れず、とりあえず、我が家にある鉢に植えておいた。 「どうせ今年は咲く気はないんでしょ?」そんな気持ちだった。 ところが、その後、その球根は花が咲かないどころか、うんともすんとも言わず、まるで何事も起きなかった。 いくら何でも葉っぱ位出るのが普通でしょ〜と呆れて眺める事ほぼ二ヶ月。 諦めかけた頃、と言うよりも、もう忘れかけた頃になって葉っぱが登場。 なんだ・・・とりあえずやる気はあるんだな・・・私は花が咲かないと知っている球根にせっせと水をやっていた。 流石彼岸花の親戚筋だけあって、スラリと細長いヘラ状の姿は2年目にして咲かなくなってしまった裏庭に出ている彼岸花の葉とそっくりである。 全く何が悲しくて葉っぱを育てているのか?と時々やるせなくなるが、見知った花の見知らぬ葉っぱを見るとそれはそれで面白かったりもするのがベランダーなのだ。 私の住むアパートは3階建ての小さな物で、しかも2階と3階はこの建物の持ち主の会社の社宅になっている。 そのせいで、皆がほぼ顔見知り、3階に住む一家族と私は親しく話しをする間柄。 特に奥さんの方が植物好きで、時々玄関で植物の話もする。 今年の夏、玄関先で空豆が出来た時、ご主人と二人で「あれは何がなっているんだろう?」と話題になっていたと言う。 「空豆ですよ」と私が言うと「え〜! そうだったんですか〜! 主人は『枝豆じゃないか?』って言っていたけど、そうだったんですか〜! 言っておこうっと」と笑っていた。 3階から見ると、我が家の裏庭も丸見えで、メダカの入った水鉢は1歳のY太君には大受けだし、秋に白い萩が咲いた時にも「あの白いのは何ですか〜?」と玄関先で声を掛けられ、裏庭にもご招待した。 さて、花の咲かない球根をその家族がなんと見ていたか・・・ 私はちっとも知らなかったのだが、葉が出てからずっと楽しみにしていたらしい。 今月に入ったばかりの頃、故郷から送って来たリンゴだと言ってお裾分けを持って来てくれた彼女はその鉢を見て言った。 「これは何が咲くんですか? いつ咲くんですか?」 ハタと気づいた。 花が咲かないと知っていたのは私だけだった。 訳を話すと、彼女は残念そうに「そうなんですか〜、主人と二人で『又見た事のない葉っぱが出てるけど、何が咲くんだろう?』って楽しみにしていたんですよ〜」と言いながら笑ってしまった。 ごめんなさーい!
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as a ベランダー
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都会人の植物観察日記です。
いとうせいこうの造語、ガーデニングならぬ、ベランダで植物を楽しむ、ベランディングをする人=ベランダーとしての日記です。
いとうせいこうの造語、ガーデニングならぬ、ベランダで植物を楽しむ、ベランディングをする人=ベランダーとしての日記です。
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あまりにも長い事一緒にいるものだから、そこにいるのが当たり前で、季節が来れば咲くのが当たり前で、花が終わったから言って寂しいとか、そんな事も感じる事もなくなっている植物が、我が家にはわんさかある。 それは年季の入った夫婦の様な家族の様なもので、居て当たり前、時々どこかへ行っても必ず帰って来るのが当たり前の関係で、あたかも、相手の事を全て理解している様な気になっているものだ。 ところが、ある日、その長年連れ添った相方が、それまで考えもしなかった行動を取る事がある。 自分が想像もしなかった相手の行動に驚き、呆れるか、はたまた見直すか、それは相手の行動次第、自分次第。 さて、そんなほぼマンネリ化した付き合いだった玄関先の植物に小さなオレンジ色の実がついた。 それ、幾ら?等と誰かが言いそうではあるが、どう見てもイクラ。 秋の日差しにほんの少し透けて輝くオレンジのイクラ。 長年連れ添って見飽きた女房を、ちょいと見直したダメ夫な気分である。
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以前に書いた様に、玄関先のハゲチョロケの手すりを隠そうと、アベリアと紫陽花に希望を託した私だったが、良い所まで行っているが、未だにハゲチョロケは目立っている。 それでもいつか、目立たない程度にまでなるだろうと、長期戦の構えでいる。 企みが企みのまま終わったとしても、企てて、それを眺めている事自体がもしかしたら楽しみなのかもしれない。 さて、もう1つ、お気楽ベランダーの私が企てていたのが、裏庭の地面に小さなヒメツルソバをびっしりと咲かせる事だった。 何度か登場しているヒメツルソバは、花屋で売ってはいるが、ほぼ雑草扱いで、一株あれば、土ではない所にでも這って出る。 這う以外にも、あちこちに種を飛ばし、大して土のない所からでもワイワイと生えて来る。 時々邪魔になり、私はそれを引きちぎって捨ててしまう。 特に、花の無い頃には、バリバリー!と引っ張ってはポイっと捨てる。 一部をポイッと捨てられた位でヒメツルソバは全く動じない。 あっと言う間に元通り、いや、それ以上に復活して来る。 敷いた砂利の上を味気のない葉っぱに被われるのはイヤなのだが、もし、それが花の季節だったらきっとピンクのカーペットの様で良い感じになるだろう、と密かに思っていた。 夏の間に放置をすると、とにかくあっと言う間に敷石の上にまで這って出てしまうし、かと言って、手間を掛けてバリバリと引きちぎり過ぎても、花の頃にピンクのカーペットになる程の面積を確保出来ない。 その結果、今、我が裏庭はほぼ一面に渡ってピンクの小さな花で埋め尽くされている。 小さな黒いポットで時々売られているヒメツルソバは、大抵100円。
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