未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

闘病記ーその前に・・

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同居人の肺ガンが発覚する迄のお話です
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約8年位前の私の誕生日の頃です。
以前から飼いたかったハムスターが、大手スーパーDでなんとバーゲンをしていると新聞のチラシに入って来ました。
「あ〜〜! ハムスターの安売りだよ〜! 入れ物付きで¥1,980だって! これは安い!」と私は同居人○Tに聞こえる様に大きな声で独り言を言いました。
さらに「お誕生日プレゼントにハムスターなんて、素敵だな〜!」と付け加える事も忘れませんでした。

その晩、家に帰ると、本当にハムスターが我が家にやって来ていました。
「新しい家族ですよ〜」と○Tも嬉しそうです。

「名前はどうしようかな?」と言う私に○Tは「チュウチュウ」などと、40過ぎたおじさんとおばさんにはとても似合わない様な名前を言い出しました。
結局名前は「ゴンタ」とつけました。 あのCMに出て来る大きな犬のゴンタです。

ゴンタは最初はとても神経質で身体中をいつもかいてばかりで、心配した私は近所の獣医さんに「大丈夫かな?」と聞いた位でした。
獣医さんは「来たばかりで落ち着かないんだと思うから、一週間は様子見て、はげて来る様だった病気だから連れておいで」と言いましたが、あまり構わない様にして放っておくと、すぐに落ち着きました。

それほど神経質だったくせに後に飼った3匹のうち、一番人に良くなつき、椅子の上で昼寝をしたり、人の着ている物の中にエサを隠したり、そのままそこで仰向けで寝てしまったり、とにかく人を嫌がらない性格でした。

最後はガンになってしまいましたが、それでも人のトレーナーに潜り込み、痛いと人に向かって歩いて来て手に乗せてくれとせがんだりする程でした。
○Tが長い旅の仕事に出ている間に病状は悪化しましたが、彼が帰って来るまで待っていたかのように、帰って来たその30分後くらいに彼の手の中で天国に行った位です。

そのゴンタがあまりにもなついて可愛かったので、2代目を迎えました。
名前は「やっぱりゴンタでしょ〜」と○Tは言いましたが、そのままじゃあんまりだ・・と思って「ゴンタ2(ゴンタツ)」と名付けました。

さすがに弟分は、最初から物怖じせずにテーブルを走っていました。
こちらも2匹目なので扱いにも慣れて、すぐに仲良くなりましたが、性格の違いには驚きました。
正確には「個体差」とでも言うべき物なのでしょうが、親馬鹿飼い主としては「性格の差」と思っていました。

物怖じしない割には、几帳面なのです。
トイレと水を飲むのが必ずセットのゴンタ2でした。
この子が一番長生きでした。
2才を迎えてもとても元気にしていたのですが、その4ヶ月後にいきなり発作の様な物を起こし、その時は助かりましたが、そのご10日間位で、○Tの留守の間に私が家に帰るとトイレに行こうとした途中と思われる所で冷たくなっていました。

この時は、固い物を食べられなくなっていたゴンタ2の為にバナナを買って帰って来た日だったのですが、それも食べさせてあげる事が出来ずに、私は「お前に買って来たのに〜!」と泣きながら、バナナを食べたのを覚えています。


3代目は初めてのメスでした。
それなのに「ゴンタだ〜」と又言う○Tに「女の子なんだよ〜」と言って「せめてプリンセスとかって付けてやってよ〜」と言う事で「プリンセス・ゴン3(ゴンゾウ)」と名付けました。
「プリンセス・ゴン3」略して「p3(ピーゾウ)」です。

メスだったからなのか、p3は、頬袋をあまり使わずに、せっせとオヤツは一つずつ運んでいました。
これも個体差なのでしょうか?
しかも、入らないとしばらく考えて入れる方向を変えたりしていました。
今までの2匹は入れられるだけ、どんどん入れていたのに、とても不思議な奴でした。

しかも、それを決して人の所に運んで来るのではなく、秘密基地と呼んでいたテーブルにつながる棚の隅に運んでいました。
そして、決してケージの外では寝てしまわなかった事、ヨーグルトが好きではなかった事など、やはり前の2匹とは違っていました。

p3の最期はとても突然でした。
ある朝、私が起きて行くと、ケージの出口に置いてある「お立ち台」と呼ぶ台の上にうずくまっていました。
前の2匹はそこでよく「出して〜」とやっていたのですが、p3はほとんどそれをやりませんでしたから、その日に限ってそこに居たのが不思議でした。
開けて手でp3を持った時には、すでにぐったりしていましたが、まだ温かかったのを覚えています。、けれども砂糖水をやってももう飲めない位で、そのまま息を引き取りました。

その後やって来たハムスターは、4代目にして初めてのジャンガリアンでした。
今までの3匹はすべてゴールデンと言う大きな種類のでしたから、その小ささに最初はとまどいました。

しかも、これが一番気が強くて、噛みついて来る子でした。
名前は勿論ゴン4(ゴンヨン)でした。
初めは気のせいかと思ったのですが、ケージを開ける度に巣箱からダッシュして来て噛みつくのです。

トイレの掃除をするにもスプーンを入れていた位です。
しかも、そのスプーンにもかじり付いて来ていた位でした。

○Tが思い切ってケージから出すと、一目散に、やはり「秘密基地」に走りましたが、ケージに戻そうとして、やはり噛まれて「アイタタタ!」と言っていました。

やがて慣れて来ると、秘密基地の箱の中で眠っていたり、そのままそこから出すと人の手のひらでしばらく眠っていたりもしていましたから、それほど人が嫌いだったわけでもなさそうでした。

特技は、エサの入った瓶に頭から突っ込んで瓶の中で向きを変え出て来る事でした。
前のゴールデンの3匹は頭しか入らなかった瓶に、ゴン4はいとも簡単に全身を入れては私達に笑われていました。

「カミカミ君」と私が呼ぶと「カミカミなんて言うなよ〜、かわいそうに〜」と○Tは言っていたのに
よく噛まれていたのは○Tの方でした。


この8年間は私達の間ではハムスターが居るのが当たり前の生活になっていました。
ケージの出入り口に置く「お立ち台」、テーブルにつながる棚の「秘密基地」、出して欲しくてケージの金網をかじったり、うんていをしてアピールして「出して〜」をその様子から「ガジで〜」と言う事など、我が家のハムスター用語も色々あります。

どの子達もそれぞれ個性的で、ハムスターなんて脳味噌が豆粒みたいだから飼い主もわからないと思っていても、病院に行って診察台に乗せると一目散にちゃんと私の所に走って逃げて来る位は出来る子達でした。
私は勿論親馬鹿でしたが、○Tも相当でした。

今頃は4匹とも天国で○Tと再会しているのでしょう。
そして、カミカミ君ことゴン4は、天国でも「お父ちゃん」に「アイテテ!」と言わせているのでしょうか?

親父○Tの所で仕事を始めた息子のDは、最初の頃は遊び半分でしたが、次第に真面目に働く様になって来ました。

他に従業員もいましたから、親父としては、息子をひいきしてしまいたい反面、従業員の手前そうも行かず、かえって息子には厳しくしていました。
その事は、多分D本人もわかっていたとは思いますが、少しずつ力をつけて、先輩従業員に追いつき、追い越そうか、と言った辺りで、Dの不満が爆発します。
それとともに、他の仕事もやってみたい衝動にも駆られました。

ある日、○Tがやけにしょんぼりして帰って来ました。
「Dが辞めたいって言い出した。」
「なんで? 辞めてどうするって?」と私が聞くと、Dは親しくしていた親父の友人のバイク屋を一緒にやりたいと言ったそうです。
前からバイクが大好きで、そこには頻繁に顔を出しては、一緒にバイクをいじっていたのは知っていますが、まさかそこまで思っていたなんて、とても考えられませんでした。

「それって現実的じゃないじゃ〜ん、あそこだって人を雇える様な余裕だってないし・・・」と私が言うと、○Tも「そうなんだよな、しかもバイク屋のIが、それをウンと言うはずもないんだけど・・・」と言っていました。
「ただ辞めたいだけなんじゃないの?」と言う私に「多分ね」と○Tは答えました。

高校を辞めてから、ずっと親父の所で働いていたDです。
他を全く知らずに来ている彼が、一度は離れて仕事をしたい、と言う感覚もわかります。
けれでも、親父はそれが心配でなりませんでした。
「いっその事、出しちゃえば?」と私が言っても「でも・・・」と後の言葉が続きません。
「良い機会かもしれないじゃない。 今まで親父の所しか知らなくて、恵まれている事に気づいていないと思うし、一度は外で仕事をしてみるのも本人の為だよ。 出しちゃえ、出しちゃえ!」
そう言う私に、○Tはこう言いました。
「俺・・・自信が無いんだよ・・・」と。
息子の事で自信が無い・・・と言う意味が私には理解出来ませんでした。

○Tは続けました「あいつが外に出て、ちゃんと出来るかどうか・・・外に出してしまう自信が無いんだ・・・」
小さい頃ビビルほど怖かった親父のくせに、Dはいつも親父と一緒に居て、親父の仲間達とも遊び、まるで親父のテリトリーの中で生活をしている様に見えました。
私には、それが時々歯がゆかったりしていたので、この反乱は一種チャンスかも・・・とさえ思ったのですが、その晩、○Tは遅くまで一人でお酒を飲んで翌朝は私が仕事に出るまで起きて来ませんでした。

○Tの事を心配した従業員の一人が昼間私の店に電話をくれました。
昨夜の落ち込み方の様子を話すと「そうだろうな〜・・・親父の気持ちわかるよ〜。 あ、でもこの電話はなかった事にしといてね。 余計な事するなって親父が怒るからさ。」と言って、彼は電話を切りました。

次の日は起きて会社に行きました。
そして、帰って来て私にこう言いました。
「Dに、”本気で俺の所を辞めると言うんだったら、家を出て行け”って言って来た。」と。
これも又私には理解出来ずにいると「俺の仕事を手伝っているから、もういい年なのに家賃を入れなくて俺の建てた家に住まわせてやって来たんだから、俺の仕事をしないんだったら、家に住む資格はないって事。」と説明してくれました。

「え、それって変じゃない? Dがお父さんの建てた家に住むのは親子なんだから当たり前なんじゃないの? うちの仕事をしてるとか、してないとか、関係あるの?」と私が聞き返すと「関係あるでしょ〜!
 Dの給料が安いのは、家賃払わなくて良いからなんだからさ、それをアイツ勘違いして、バイク屋を手伝っても自分は家賃払わないんだから、それほど稼げなくてもいいやって思うのは間違いでしょ〜」と反論して来ました。

とにかく親父はあの時、Dを何とか引き留めようと必死でしたが、この考え方は私にはこの時には納得出来ませんでした。
他の同じ年頃の男の子を持つ知り合い何人かに聞きましたが、一人だけ、○Tと同じ考えの人が居たことで、なんとなく納得はしましたが。

この親父の爆弾(?)発言で、息子は前言を撤回しました。
但し、その後息子は私に一度「俺さ〜、不安なんだよね・・・一度も外に出た事がないでしょ? これで良いのかな?と思う事もあるんだよね。」と言い、親父は「もう次には引き留めないから。」と言っていました。
「次は引き留めないって言ってたよ。」と私がDに言うと「うん、知ってる。」とDは真面目な顔をして答えていました。

それからでしょうか、又Dは必死に仕事に取り組み、いつしか先輩従業員を追い越す成長ぶりを見せました。
次第に○Tは、まるで親馬鹿丸出しで「アイツはやるよ、さすが俺の息子」と外では言えない分、私には自慢をし始めていました。
「いつかアイツは俺を追い抜くだろうけど、まだまだ負けない。」と嬉しそうに言っていた○Tを見て、こちらも嬉しくなったものです。

映画「タイタニック」・・・もう随分前の映画です。

同居人○Tと私は、それをテレビで見ていました。
「話題だったんだよね〜」「でも、どこが良いの?って話もあったよ〜」と言いながら、見始めました。

若い貧乏な男の子がお金持ちの女の子とタイタニックで出会って、恋におちました。
そこまでは、二人で「う〜ん・・・どうよ?」と言う感じで見ていました。

ところが、タイタニックが沈み始めた所から、その凄さに二人はじっと画面を見つめ始めました。
皆我先に救命ボートに乗ろうとします。
そして、女の子にはボートを用意されますが、男の子にはありません。
映画の中には緊迫した空気が流れています。

そこで、○Tが口を開きました。
「あの女・・・M_B_(彼は私をそう呼びます)みたいだな。」
何の事かわからず「は?」と聞き返すと、又同じ事を言いました。
「どうゆう事?」

映画の中の女の子は、水浸しになった船内に取り残された男の子を助け出そうと、船内を探し回り、手錠で固定された彼を救い出します。
そして、用意されたボートに男の子が乗れないとわかると、一度は乗ったボートから飛び出し、彼と行動を共にしようとします。

「あれが、私なの?」と聞くと「そう、お前だったらやりかねん」と言うのです。
「そりゃあさ〜、自分だけが助かるなんて、やっぱイヤかも〜」と私が言うと、「でもさ〜、ああ言うのは止めて欲しいな〜」と○Tは言いました。
「なんで、なんで? やっぱりイヤだよ、おいてなんか行けないよ〜」と言う私に、○Tは「あのね、その気持ちは嬉しいけど、あんな事されたら足手まといじゃん。」意外な言葉に「へ?」と私は○Tの顔を見ました。

「だって一人だったら自分の事だけで良いけど、お前連れてじゃ、無理無理」と言いました。
「でも、それで私だけが生き残っちゃうなんて、いやじゃん。」と私はまだ抵抗をしました。

すると、○Tは、「大丈夫、俺は一人だったら、なんとかして生き延びるから、お前は先に逃げて待ってろ。 俺はぜっ〜たい大丈夫だから。 だから、お願いだからああ言う時には先に逃げてろよ。 俺もちゃんと逃げるから。 信用しろっての。」
全く女ってわかってないぜ、特にお前はな、とでも言いたそうに、○Tは私に言いました。

確かにあの場面で「絶対にあの人は帰って来る」と信じられれば、足手まといになるよりは先に自分が逃げた方が、両方助かる確率は高いかもしれません。
後で逃げる方にしても、明らかに自分より体力で劣る人間を引き連れているよりは、自分の事だけに専念出来れば、逃げおおせる確率が高くなると言う事でしょう。
私が先に逃げる事が、○Tを助ける事に役立つんだと、その時初めて理解出来た気持ちでした。


映画は大した事のない物でしたが、緊急時の我が家の心得として、役に立ちました。

初めての新車

車自体も好きで、運転も好きな同居人○Tは、車選びも楽しかった様です。
けれども、30代の中頃までは、なかなか思う様に新車を買える訳ではありませんでした。

それが、その頃には、ローンを組めば何とか新車を手に入れる事が出来る様になって来ていました。
その頃スキーを始めていた○Tは、雪道に強い四駆の車が欲しくなりました。
ランクルです。

彼の中では、もうランクルを買う事には迷いはありませんでした。
カタログを見ては、「やっぱり格好いいよね〜」とにやついています。

ところが、ご存知の様に、一つの車種の中にも色々とランクがあります。
これが問題でした。
「予算がないから、やっぱり安いのでいいかな〜? それとも・・・」と色々悩みます。
私には、それのどこが違うのかが、さっぱりわかりません。
見た目には、同じように作られているからです。

しばらく悩んで、○Tは私に聞いて来ました。「ね〜、どれが良いと思う?」
「私には違いがわからない」と言ったら、こと細かく教えてくれたと思いますが、やはり私にはその違いが又どうゆう違いなのかが理解出来ません。
「でさ、○Tはどれがいいの?」と聞くと、「う〜ん・・・ホントはこの一番良いのがやっぱり良いんだよね〜・・・でも、高いしな〜」と答えました。

それまで他の物を買っても、やはり妥協をして買うと後で色々と「やっぱりあっちが良かったな〜」と言う事が多く、買い直しをするはめに何度かなった事のある○Tです。
今度は、もし気に入らなくてもおいそれと買い直すなんて事は出来ません。 一発勝負です。
私は思いきって言いました「じゃあ、その一番欲しいのにすれば? 後で後悔するよ」と。

「そうだよな!」と言った時の○Tの嬉しそうな顔は今でも覚えています。
まだ事務所も借りられず、雇ったU君が我が家に通って来ていた頃の話です。

ジーゼルのうるさい位のエンジンの音を立てて、あのランクルは良く走りました。

私が仮免の時にも練習させてもらったのも、あのランクルです。
ジーゼルのパワーのあるランクルでしたから普通は二速発進と言うのをするらしいのですが、一速にギアを入れ、○Tに「壊すな!」と怒られました。
免許を取ってからは、夏の旅行で高速を運転させてもらい、あまりの緊張に料金所を出た途端にエンストをかましてしまって「運転手交代」を告げられた事もあります。

四駆を過信して、○Tが雪に突っ込んだ事もあります。
あれは、最初はふざけていたのかと思っていたら、顔がマジだったのでちょっと焦りました。

初めての新車だったにしては、随分と手荒な事をしましたが、本当に良く頑張って走ってくれていたと思います。
○Tには、一番似合っていた車だと思います。

親父と娘

同居人○Tと息子Dは、同性だと言う事もあり、ガチンコでぶつかり合う事が度々ありましたが、娘にはめっぽう弱かったみたいです。

とにかく「可愛い、可愛い」の一点張りでした。
特に問題を起こす訳でもなく、すくすくと育つ娘Nっちは、話を聞いているこちらも嬉しくなって来る様な子供でした。

Nっちは、毎年お父さんにお誕生日や父の日にはプレゼントを、お兄ちゃん経由で送って来たものです。
そして、その中には必ず手紙が入っていました。

○Tは、それを嬉しそうに読み、いつも引出にしまってありました。

かなり小さい頃からパパと離れて暮らす事になってしまったNっちは、時々「?」と言う様なプレゼントをしてくれる事があり、パパは時々「これ・・・もらったんだけど・・・似合わないよな・・・」とちょっと困った顔をする事もありました。
でも、パパはそれをきちんと取ってありました。

盆栽のボケをくれた事もありました。
それには「長生きしてね」と言う願いが込められていた様です。
ベランダには私が育ててジャングルの様になった鉢でいっぱいでしたが、そのボケは私に植え替えられ、それから毎年花を咲かせています。

植え替えた時は「あ〜! なんで植え替えちゃうんだよ〜!」と、ちょっと怒っていた○Tでしたが、世話をするのは私でしたから、「大丈夫大丈夫、ちゃんと私が面倒見てるんだから」と取り合いませんでした。
○Tに任せておいたら、せっかくのプレゼントをすぐに枯らしてしまうに決まっています。
冬に葉っぱを落とすと「あ、枯れちゃったんじゃないの?」等と心配してみたりしていても、すぐに忘れて、花が咲く頃になると「Nっちがくれたんだよね〜」と嬉しそうに眺めていました。

そのNっちがお年頃になって彼氏が出来ました。
「○Tなんて、娘に彼氏が出来たらさぞ大変な騒ぎになるよね〜」と以前から友達と言っていたのですが、「いや、その時はその時。」とキッパリと言っていたのが、本当でした。
ちょっと意外でしたが、その彼氏と一緒に旅行に行くと言い始めても、その旅行先の友達を紹介して「彼氏も一緒に会って来い」と、寛容な態度を示しました。

息子との間とは、随分違う親子関係だったのは、何故だったのでしょうか?

私には子供がいませんが、姪が二人います。
私はその二人ともが大好きで大切に思っていますが、これが時々自分のイヤな所にそっくりな所があります。
それを見る度に、私は自分の事を棚に上げて「こいつ〜!」と思ってしまうのです。

もしかすると、○Tと息子はそうだったのかもしれません。
そして、Nっちには、そうゆう所が見あたらなかったのかもしれません。

そう言えば「Nっちはしっかり者だから、大丈夫」と、よく私に言っていました。

それにしても、パパとは一番少しの時間しか一緒に暮らしていなかったNっちが、「パパ大好きっ子」に育っていたのは、きっとママのお陰だと私は思います。

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