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同居人○Tが20代の前半でMちゃんと結婚する時に、Mちゃんのお父さんから「名字だけでも継いで欲しい」と言う希望を聞き入れ、○Tは名字をYからTに変えました。
その前後でそのお父さん名義で引っ越し先の家を買った訳ですが、お父さんはローンを組むにはお年が行き過ぎていたらしく、ローンの名義を○Tにしたそうです。
勿論まだその頃にそれを払うほど稼ぎのなかった○Tでしたから、実際はお父さんがそれを払って行く予定でした。
ところが、何年も経たないうちにお父さんは他界し、何ももわからないまま○Tは喪主を務め、後にはローンと、そのお父さんの後妻さんとして婚姻届が出ていた女性が残されました。
○Tとその家族は、10年ほど前に亡くなったその女性をババアと呼んでいました。
私は最初、その話しを聞いた時に「いくらなんでもババアはかわいそうじゃない」と言いましたが、話を聞くと納得してしまう位の話でした。
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Mちゃんのお父さんが亡くなった後、○TとMちゃんは、他に行く所が無いと言う彼女をかわいそうに思い、そのまま家に置くことにしたそうです。
ある日、土地の権利書と実印を貸して欲しいと言われ、まだ若かった○Tは、素直に貸したそうです。
ところが、後で権利書と見ると、お父さんからの遺産として譲り受けたはずの家と土地の名義の中から○Tの名前だけが無かったそうです。
○Tは、婚姻届を出す前にT家との養子縁組をしていましたから、お父さんの遺産はその彼女、Mちゃん、そして○Tの物になってしかるべきだったそうです。
それが、その彼女とMちゃんの名前しか無かったと言うのです。
名義もなく、ただローンだけが○Tになってしまっていたのです。
それでもその後○TとMちゃんは、彼女の面倒を見続け、ローンも払い続けたのです。
そして、○T40代の中頃、そのローンも払い終わり、いよいよ家を建て直す決心を固めた頃、その彼女は老化から体調を崩し、さらに痴呆にもなり始めました。
さすがに、家では面倒を見きれなくなって来た時、彼女は「妹のいる故郷に帰りたい」と言い始めたそうです。
二人は、さっそく妹に連絡を取ると二つ返事で「姉を引き取る」と言ったそうです。
故郷に連れて行くと、その妹さんのご主人が快くその家に置いて最後まで面倒を見ると言ってくれたと、○TもMちゃんもほっと一安心していました。
ところがです・・・何週間か経った時、そのご主人から電話で呼び出され「アンタ達はそれでも人間なのか?」と言うのだそうです。 「今までさんざん世話になっておいて、年取って弱って来たからと言って自分たちの都合だけで、故郷に追い返すなんて!」とそんな風に言ったらしいのです。
どうやら、その彼女は、○T達が自分をずっと邪険に扱っていたと、その上自分はそこに行く時に自分のお金はT家に置いて来た、と言っていたらしいのです。
そして「T家に沢山自分の通帳があるから、それを持って来る様に」と言ったと言うのです。
痴呆の入った彼女の言う「沢山の通帳」とは、過去から繰り越して来た何冊もの「沢山の」通帳だったらしいのですが、妹夫婦の魂胆を見抜いた○Tは、さすがに怒りました。
「それなら、家に来て自分でいくらでも気の済む様に探して下さい」と言って来たそうです。
その後、やはり家の権利書の話にもなったそうです。
権利書も持って来い、と。
そして、立会人として親戚の男性を連れて、こちらまで出向いて来たそうです。
その時、その権利を見せて○Tは、これはMちゃんのお父さんの土地と家だった事、本当なら自分の名前もあってしかるべき所をあの彼女が勝手に書き換えた事、ローンは全てこちらが払った事、亡くなったお父さんとの婚姻届けが出ていたことは、Mちゃんでさえ知らなかった事、遺族年金はきちんと彼女の手に渡っている事、彼女が亡くなっても実子として遺産は○TとMちゃんの物になるはずだと言う事等、全てを話したそうです。
そして、「家も土地も、お父さんから譲られたのはMのはずですから、全てMの物です。僕の名前は入っていませんが、そんな事はどうでも良いことです。 僕はそれを欲しいとも思いません。」と言ったそうです。
「僕もいらない」と言った事で、向こうは諦めざるを得なくなったのか、それで一件落着になったそうです。
ところが、ところが・・・家を建て直す決心をしていた○Tにとっては、実はその一部でも名義が必要になりました。 そうでなければ、融資を受ける事が出来なかったのです。
その頃すでにすっかり弱くなっていた彼女に、名義を書き換える旨の承諾書を書いてもらわなければなりません。
もうペンを持つ力も残っていなかった彼女にサインが出来るのだろうか?痴呆もかなり進んでいて、判断すら出来るかどうかもわからない、と言った状況になっていました。
それでも、お見舞がてら、二人は彼女の病院に向かいました。
一度病室を見舞って、部屋を出た二人は廊下で話をしていたそうです。
そしてもう一度Mちゃんが部屋に入った時です。 どうやら彼女が最期の時を迎えていたらしいのです。
「おかしい! おかしい!」と言ってMちゃんが慌てて病室から出て来ました。
○Tは、その時の事を「お菓子、お菓子って言っているのかと思ったんだよ〜、俺にお菓子を食べろって言っているのかと思った」と言っていましたが、後蘇生処置が行われた後、そのまま彼女は逝ってしまったそうです。
そんな訳で、二人は彼女の承諾書を受け取る必要はなくなり、遺産として、無事に家と土地の名義を二人の名前に書き換える事が出来ました。
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「それって、きっとそのババアが、”もういいよ”って言ったんだよ。 最期のせめてものお礼だったんじゃない?」と私が言うと、○Tは、「そうかな〜? 感謝なんてしてなかったと思うぜ、あのババアめ」と苦々しく言っていました。
その後、銀行からの融資を受け、「傾いていて物が転がる」と言っていた家を建て直しました。
その融資を受ける時、○Tは自ら生命保険に入り、自分が死んだらそれで全て払える様にしていました。
自分と同じ苦労を残った家族にさせたくなかったに違いありませんが、多分その時は、それほど深く考えてもいなかった様に思います。
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