未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

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今日の事、感じた事、ちょっと考えている事など。
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叔母馬鹿誕生秘話

今日は姪その1、MIの誕生日。
30年前の今日、MIは生まれた。

その頃私は家に居ず、手紙でそれを知らされた。

「どんな赤ちゃんなのだろう? 男の子だとばかり期待していたけれど、女の子だった事に姉はともかく、義兄はどう思っただろう?」

その後一月程で私は家へ戻り、そこで初めてMIに出会った。

その瞬間、私は叔母馬鹿に成り下がった。

それはもう、この世の中で一番可愛い生き物で、天使かと思った程だった。
「初めまして〜、叔母ちゃんですよ〜♪」

こんなに可愛い生き物がこの世にいるのかと思うほど、可愛くて可愛くて、それは可愛くて、愛おしくてたまらなかった。

二人姉妹の末っ子で、祖父母とも暮らし、いつでも一番下で周りから守ってもらってばかりだった私が初めて持った感情だった。

この子を守る為なら何でも出来る。
例え、誰かが刃物を持ち出そうとも、銃を向けようとも、この子を守る為なら私はこの子に覆い被さるだろう、何のためらいもなく。

そして、この子を産み、これから育てる姉の事も守るだろう。
この愛しい天使の笑顔を守る為に。

ああ、母も同じ様な気持ちで私達を育てただろう。
その時になって初めて、母は今でもきっと自分の身を捨ててでも私達を守るのだろうと気がついた。


それから私達は別々に暮らす様になったけれど、小学校の頃の運動会には必ず観戦をしに行き、団体競技では姪達しか目に入らず、徒競走を見れば「他の子達なんて皆転んじゃえ〜、うちの子が一等だ〜!」と言う言葉を飲み込みながらひたすら姪達の名前を呼んで声援を送った。

この時ほど、私は自分の叔母馬鹿を自覚した事はなかったし、自分が親にならなくて良かったと思った事はなかった。
もし私が親だったら、「よその子はどうでも、うちの子が一番、うちの子だけが可愛い、うちの子だけが良ければそれで良い」と言う本物の馬鹿親に成り下がっただろう。

叔母馬鹿くらいなら罪はない。
叔母馬鹿くらいでちょうど良いのだ。


MIの五年後に生まれたMYが、ちょうどMIが生まれた頃の私の年頃になった時私に尋ねた。
「叔母ちゃんさ、私達に『オバちゃん』って呼ばれるのがイヤじゃなかった?」

「そんな事がある訳がない」と私は即答した。
あんなに可愛い生き物に、どんな風に呼ばれようと、それは嬉しい事だと応えた。

その時MYには言わなかったけれど、あんな可愛い生き物の叔母だと言う事が自慢なのだと叔母馬鹿は胸を張った。

MYは覚えていないだろうけれど、まだ幼稚園の頃に私と手をつないで歩きながら唐突に「おばちゃんは好きな人はいる?」と私に聞いた。

「いるよ」と応えた私に「誰?」と聞いて来たので、私は「○Tでしょ〜、それからお祖母ちゃんでしょ〜、お祖父ちゃん、MYのお父さんとお母さん、それに・・・MY」と言った時のMYの嬉しそうな顔を今でも覚えている。

「ホントに? MYも入ってるの? 嬉しい」と言ったMYに
「当たり前でしょう」と言いながら幸せな気持ちだった。


イメージ 1来月には姪その1が母になる予定で、
その2は叔母馬鹿になる予定です。
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「明日、蓮を見に行かない? ついでに合羽橋にも付き合って欲しいんだけど・・・』
昨日の夜電話をくれたのは、深夜の電話友達SGだった。

「よ〜っし、行くか〜!」

待ち合わせは午前10時、上野駅。

イメージ 2見頃はとうに過ぎていたはずだったが、不忍池の蓮は2年前と同じ様に大海原に咲いていた。

イメージ 3時期が違ったからなのか、背丈はチビな二人組と同じ様な高さ、葉っぱは乗って座れそうな程だった。



2年前には池から離れた所からでも匂ったあの匂いはしなかったのは、時間が違っていたからなのか、時期も違っていたからなのかはわからない。

「香りがするんだよね〜」と私自慢の鼻を広げてもわからなかった。

イメージ 5ところが、しばらくその海原の中を歩いていると、ふいに風が吹き始めた。
その風に乗って、あの蓮の匂いが漂って来た。

「あ、匂った! この香りだよ」
見えない香りを、他人に説明するのは難しかった。
「ほら、ほら!」と言っても目に見えない。
「これ、これ!」と言っても指を指す事も出来ない。
ひたすらSGに気づいてもらえるのを待つだけだった。

イメージ 4もう一度風が吹いた。
「これ?」SGがふいに言った。
「そう、それ!」


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来週には、来週には、と言いながらまだまだ暑い昼日中、私達はその後、電車に乗って合羽橋へ繰り出した。

合羽橋は都内で有名な食器、調理道具などの問屋街。
「欲しいコップがあるのだ」と言っていたSGは一件目でそれを入手し、その後他にもあれこれと私達は店を見て回っては、業務用やら珍しい調理道具、果ては食品サンプルの店を眺め回した。

本当は今日はここでオシマイのはずだったのが、スカイツリーが見える所まで足を伸ばしたのは、今日の案内役だったはずのSGが道を間違えたお陰だった。

最初の角を一つ間違えて歩いていると、ビルの隙間からスカイツリーを発見したのだ。

イメージ 8「せっかくだからもう少し近くで見て行きた〜い」と言った私に、SGは渋々着いて来た。

イメージ 10スカイツリーが見える橋がかかる隅田川。

川のそばへ行くと、そこでは水の匂いがした。


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いつだっただろう、誰かが「死んだ人には香りしか届かない。 だからお線香を焚くのだ。」と私に言った。
見えないけれど、そこにあるもの。
触れないけれど、そこにあるもの。
説明しきれないけれど、確かにこの世に存在すると感じられ、共有出来るもの。

線香を焚くのは、その匂いを死者に届ける為ではなくて、匂いそのものが、どこか死んだ者達の魂に似ていると感じた、暑くて賑やかな一日だった。

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満月の夜の蝉時雨

夜中まで喋っていた友人宅を出ると、正面に満月が見えた。

満月の突き当たりで左に曲がる。

月を右手に見て歩く私の足元はゴム草履。

ペタン、ペタンとゴム草履。

次の角を右に曲がると月は又正面で、行く道を明るく照らした。

ペタン、ペタンのゴム草履。

小さな角で月を右手にやり過ごし、公園の角に差し掛かる。

中から蝉の大合唱。

硝煙の匂いは、数人の小さな花火大会。

道標の満月が見えたら、そこは公園の出口。

真夜中の蝉時雨、ゴム草履の足元、硝煙の匂い。
イメージ 2


久し振りに母の所へ行った。
お土産は、向こうではなかなか買えない母のお気に入りの食パンと、スーパーで買った二人前入りのジャージャー麺、元気な私の姿、それだけ。

お昼に二人でそのジャージャー麺を食べて、夕方には母がボランティアに通う老人介護施設の納涼祭に出かけた。
そこでの古株の母と二人で出向くと、あちこちから声がかかるし、母もあちこちに声をかける。

提灯だけの灯りの下で「娘です」と母が紹介すると、「いつも母がお世話になっています」と私が頭を下げる。
「え? 娘さん? あら〜、ご姉妹かと思ったわ〜」と言われ、私はむっとするが、母は「ふふふふ〜♪」と笑う。
「夜目、遠目、傘のうち」と言う言葉を母は知らないのか??
私が老けて見えるのか、母が若く見えるのか、それはわからないが、むっとした後で、私も嬉しくなる。「夜目、遠目、傘のうち」も悪くはないかも。

薄暗い中で出し物が始まると、古株ボランティアはつぶやいた。
「照明があれば良いのに〜・・・これじゃあせっかくの出し物も良く見えないじゃないの〜」そして、スタスタとどこかへ歩き出した。

そうじゃなくても、いつも動き回っている母なのに、この晩はボランティアをしに来た訳ではなくて、ちょっと付き合いで顔を出しただけのはずなのに、まったく”動いていないと死んでしまう回遊魚”の様な人なのだ。

一緒になった母の友人が「どこへ行ったの?」と私に聞くので「あ〜、マグロみたいに動いていないと死んじゃう様な人ですからね〜」と応えると「ホントよね〜」と同意してくれたのは、どこへ行っても本当にそんな人なのだ。

しばらくして現れた母は、どこからか小さなスポットライトを持ち、その後ろに同じ物を持ったそこの職員さんを従えていた。
電ドラまで持たせて。
私は慌てて母に駆け寄り、そのスポットライトを受け取って職員さんと設置に励んだ。

「ほらね、やっぱり言えばあるのよ〜」
明かりを点けると、母、得意満面。

ご近所のよさこい踊り連の踊りの披露、職員さん達の「マルモのおきて」主題歌の踊りは大喝采を受けて、遊びに来ていた小さな子供達まで踊り出した。

イメージ 3


老人の朝は早い・・・

私が起きた時には、すっかり朝食の用意がしてあって、「朝ご飯命」の様な母の作る豪勢な(?)朝ご飯をしっかり食べる。

この朝ご飯のお陰で、私は今でも必ず朝ご飯を食べる。
食べないと気が済まないと言うくらい、食べる。
例え、トースト1枚でも。

何をするでもなく、あれこれと話をし、時には愚痴り、母の買い物に付き合う。
付き合ったからには、スーパーに行って、買い物かごには私の食べたい物を入れる。

午後からはお昼寝タイム。

東京よりも涼しいはずの伊豆で、年を取ってから何故か暑がりになった母は「熱中症予防」と言いながら、部屋の中はひんやりとクーラーを効かせてある。

枕を二つとタオルケット2枚を出して、テレビの前で二人でごろ寝。

父がいた頃には、自分が昼寝をする事などなかった母だが、今ではお昼寝は一日の中で欠かせない日課になっている。
元々が「昼寝好き」の私は大喜びでこれに付き合う。


帰り際に、頼んであったお寿司を大慌てで食べ、母からのお土産は、満杯の冷蔵庫からの作りおきや買いだめのあれこれが出て来る。

行きよりもずっと重くなったバッグを肩にかけ、私は電車に乗った。

我が家へ戻って、電話をすると母は言った。
「ポテトサラダ忘れたでしょ〜!」

ああ・・・。

イメージ 1母の部屋の玄関にいたカブトムシを捕獲→
職員さんの子供へのプレゼント(?)の予定です
先週の日曜でテレビのアナログ放送が終わった。

正午の数秒前から、テレビの画面ではカウントダウンが始まり、そして、0!

それはあっけなく、青い画面に白抜きの文字の静止画像に切り替わった。

そして、その夜、その青い画面を写していた電波が切れると言う時、私は再びアナログ放送に切り替えた。

午前0時の一分ほど前だったろうか。

もう二度と動かない静止画像だと思っていた画面に、いきなり人が映り、動き始めた。

あまりにも驚いたものだから、はっきりとその画像を覚えてはいないのだけれど、確かフジテレビでは、社屋のCGから始まって、女の人が向こうから歩いて来て、両側に浮かび上がるモニターにタッチをしていくと、モニターの画面が切り替わって行くと言う様な画像だった。

「さあ、これから、こんな未来に行きますよ〜」と告げている様な画像だった。

慌てて、他のチャンネルを見ると、そこでは又違う画像が動いていた。
アニメの動画で黒い生き物が画面の下の方で手を振っていた。
それは「さようなら」の合図の様だった。

そしてそれが終わると、電波が停止されたのか、あとは本当に砂嵐になった。

「こんな未来に行きますよ〜」はどこか空々しく、「さようなら」と手を振った黒い生き物の方に親近感を抱いたのは、私だけ?


この話を誰に話しても、見たと言う人が私の周りにはいない。
わざわざ見てもいないのだろうけれど、あまりにも誰もいない事に、一抹の不安をおぼえている私です。

ひょっとして幻覚だったのかな〜???

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