未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

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年賀状の返事

年賀状の返事

世の中には「年賀状でしか付き合いがなくなってしまった」と言う人がいる。
それも否定的に。
確かに半世紀以上生きて来ると、そんな友人知人が私にもゴロゴロといる。

もう何年も実際には会っていないのに、年賀状だけはやりとりをする。
「年賀状でしか付き合いがない」、この言い方を私は否定的に捉えるつもりは更々ない。

年賀状で知る友人達の近況や、その年の出来事。
私は元気でいるから、と伝えたい。
年賀状でしか付き合いがなくなったって、友人が友人でなくなっている訳ではないのだから。

年が明ける前に、その年の正月に貰った年賀状を見返しながら、新たな年に向かって、友人達に年賀状を書く。
一年越しの年賀状の返事。

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皆様、明けましておめでとうございました。

どんな新年を迎えているでしょうか?
私は相変わらず暮から母達と、伊豆で1年で一番豪華な時間を過ごして来ました。

本当はこの記事を書いてから伊豆に出掛けて行きたかったのですが、生憎と出掛ける前日までバタバタとし、前日の夜遅くまで友人と、昨年がっつり稼いだ残業代で我が家の炬燵ですき焼きを振る舞い、挙げ句の果て翌日には寝坊をする始末でした。

今年が皆様にとって、穏やかで暖かな一年になります様に。

どくしょ

通勤が電車&バスで小一時間かかる様になって2年。
下り方面のせいでほとんど座れる車内ですっかり本を読む事がくせになっている。

本を読む事から長い事遠ざかっていたから、読み始めるとあれこれと節操なく色々な本を読むのだが、最近は畠中恵さんの「しゃばけ」シリーズにはまっている。

江戸時代の大店の一人息子は、祖母に大妖を持ち、たいそう病弱。
その病弱な若旦那に仕える二人の手代達も実は妖で、千年は生きている。
若旦那の部屋には、他にも沢山の妖達が住んでいるが普通の人間の目には見えない。

こんな物語を、私は友人にも勧め、彼女もすっかりはまっている。
他にも過去にはまった友人を発見して、時としてその話題で盛り上がる。

ふんわりほんわりと江戸のお伽話で、二人の手代の頼もしさと若旦那の性格の良さ、出て来る妖達のそれぞれのユニークなキャラクターに、私も二人もはまってしまった。

百年この世にある物は、物であっても神が宿り付喪神になる事や、家をギシギシ鳴らす家鳴と言う妖は、顔は怖いがリス程の大きさと思われ、これが何匹も若旦那の袖に出たり入ったり愛らしい。
(我がオンボロアパートは、廊下を歩くとギシギシ言うからきっと家鳴が居るし、祖母の使っていた桐箪笥は、きっと付喪神になっていると思われる)

でも、私がこの物語に本当にはまったのは、次々と読むうちに千年以上も生きている妖の悲しさが物語の中に垣間見えて来た時だった。

(第一、若旦那の祖母は三千年も生きた大妖だが、人間に恋をして、その人と結ばれるまで何度もその人の生まれ変わりを待ったと言う設定なのだ。そして、その祖母にずっと想いを寄せながらそばに居たのが若旦那に仕える二人の手代のうちの一人なのだ。)

物語の一つは、「はるがいくよ」
事は桜の花びらの精が若旦那の元に現れる事から始まった。
赤ん坊の姿だった桜の花びらはあっと言う間に成長し、あっと言う間に年頃の女性になってしまう。
そして桜は散ってしまうのだ。
若旦那は金と人脈に任せて何とかして命を長らえれないかと奔走するが、桜は散ってしまう。

その時に若旦那は、二人の手代達から見れば人間の一生も同じ様に短いのだと悟る。
そして、自分が居なくなる事を二人の手代達が哀しむのだろうと想像する。
千年以上生きている妖達は、何度もそんな経験をして来ているのだ。
逝く人を止められない、止める事もしない。

電車の中でその辺りの話に来た時に、私は慌てて本を閉じた。
だって、電車の中で泣く訳には行かないじゃな〜い。

嗚呼、源泉かけ流し

以前、ずーっと以前に、「殿様の湯」と言う記事を書いた事があったと思う。
それは、お風呂の湯を入れ過ぎて(我が家のお風呂は今時のお風呂と違って、自動でお湯が止まったり、それを知らせてくれるタイプではないのです)、お湯を溢れさせてしまう事を意味する。

湯船から溢れるお湯に浸かるのは、それこそ殿様気分。
水道代やガス代の事を忘れてしまえれば、そこそこ、いや大いに豊かな気持ちになると言うものだ。

それに対して「源泉かけ流し」は、かなりトホホな気分にさせられる。

最近の私のブームは「お肌しっとり入浴剤」
これがいけなかった。

気まぐれ倹約家の私としては、お風呂のお湯は一度入れたら次には半分だけ入れ替える。(古いアパート故、追い炊きは出来ないタイプです、はい)
ところが、白濁したお肌しっとり入浴剤を入れたお湯は底が見えない。
一度抜いた栓を途中で戻したつもりでも・・・・そう、皆様、もうすでにご想像の通り、ちゃんと栓がされていない事に気づかずに、蛇口からはじゃんじゃんとお湯を出し続けてしまったのです。

結果「そろそろお湯がいっぱいになる頃」と風呂場を覗いた時のこのガッカリ感は、「殿様の湯」の比ではない。
その光景に、始めは何が起きたのか頭が理解出来ない程だった。
ガッカリ感と言うよりも、悲壮な喪失感にかなり近い。
じゃんじゃん蛇口から出るお湯に対して、空っぽの湯船、頭真っ白。
ようやく事の次第を理解した頭で考えついたその様はまさしく「源泉かけ流し」

初めてそれをやった時に、かなり反省をして自戒を込めて命名までしたくせに、懲りずに2度目をやった時には目眩を起こしそうだった。

流れるお湯から立つ湯気にも似たふつふつと湧き上がる自分への不信感。
もうその場で倒れ込んでも良いほどだった。

でも、そんな私を救ったのは同じく一人住まいの友人達だった。
「え、私もやるよ〜」
「ほ、本当に?? かなり悲壮感漂うよね〜?」

「そうそう、漂う漂う」
お腹を抱えて笑い合う。
持つべき者は友人である。

お湯がいっぱいなると止まる筈の今時のお風呂でも、流石に栓を閉め忘れている事は知らせてくれないのだと言う。

そんな友人達との今年の目標は「STOP! 源泉かけ流し」
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あっと言う間に2014年が終わってしまったと思うのは、年のせいだろうか?
人生の中での1年を考える時、私はいつも、上に行くほど小さくなる螺旋を思い浮かべる。

1歳児にしてみれば、1年はその人生の全てで、2歳ではその2分の1、3歳では・・・と考えて行くと、私の1年は56分の1でしかない。
だから、同じ1年があっと言う間に過ぎて行くと感じるのは、きっとそのせいだと私は思っている。

我が家族には未が2匹。
一匹は母で84歳、もう一匹は義兄で60歳。
実はもう一匹居たのが、父だったから、三匹も未がいては、「紙を食べてしまう」と言われる未の団体はお金を貯める事とは全くの無縁である。

母と義兄の付き合いも、もう30年以上になる。
○Tと母はマメでお気づかいの所がどこか似た性格を持っていたが、義兄はまるで違う。
それでも、上の姪が3歳になる頃まで私達と同居をして、黙ってマスオさんをやってくれ、その後も正月には必ず一緒に迎えてくれている義兄を母は大事にしている。

その義兄が結婚して早二児の母親になっている上の姪の家に電話をする時の事が姉と私との会話での話題になった時の事だった。
「いつも旦那のKちゃんにも電話を変われって言うんだよ〜」
姉が言った。
少し言葉が不自由なKちゃんをわざわざ電話口に呼び出さなくても、と姉は思ったのだろう。
「わざわざKちゃんとまで話さなくても良いじゃない」と言った姉に義兄は言ったらしい。

「あのね、うちの家族の中に入ったら、Kちゃんだけが他人なんだよ。 娘とだけ話してそれでオシマイじゃあダメでしょ? Kちゃんだって家族と同じにしなくちゃ」

普段はひょうひょうとして、なんら気遣いらしい面を見せない義兄のこの優しさは、実は私のちょっとした自慢である。

イメージ 2さて、そんな二匹の未達と今年も一緒に新年を迎えました。

母と二人でこの数年恒例の初日の出を拝み、元旦にやって来た姉夫婦と4人で今年は来宮八幡宮へ初詣。

帰りがけにチラチラと降った雪は夕方には本降りとなり、伊豆では本当に珍しく雪景色になった。
30年以上伊豆で暮らし、同じ様に年を越して来た母でさえ、「こんなのは始めてだわ〜!」と言ったほどだった。
元来滅多に雪も降らない伊豆高原での元旦の雪景色は、きっとこの後のお正月での語りぐさになるだろう。

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「今年はどこへ行く〜?」大晦日の午後、姉達より先にホテルにチェックインをした後、すぐに私はロビーにある観光地のパンフレットをいくつか取り、母と相談を始めた。

「去年は、動物園だったし、その前は植物園だったから〜・・・」
「少し遠いけど、下田まで足を延ばして水族館が良いな〜」と私が言うと、母も賛成だった。
元旦にやって来た姉夫婦も賛成したが、まさかその晩雪になるなんて思ってもいなかったので、翌日の水族館行きはその日の朝まで未定だった。

イメージ 4それでも翌朝の太陽を見たら、大人4人は何も迷う事なく朝食をすませるととっとと水族館へ向かったのだった。

イメージ 5大人だけでも充分楽しい水族館。
イメージ 6アザラシの水槽にぺったりくっついて覗き込む母や、大水槽の前でわ〜っと見上げる姉夫婦、私は勿論イルカを見て大満足。
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二児の母親になった上の姪家族とは元旦の夕方にテレビ電話で話をし、下の姪は、私が温泉につかっている間に、私のスマホに返事をくれたラインで母と会話をしていた。
私が部屋へ戻ると「貴女のラインに返事が来てたから、返事しといたわ」と母が言うので、見てみると返信を返したのが母だとわかると「おばあちゃん?」「そうですよー」「明けましておめでとう」などと数回会話をしていた。
なんで、二人共そのまま私のスマホでラインをするかな〜?

全く流石マスオさん率いるサザエさん一家である。
義兄がマスオさんなら、姉はサザエさん。
順序が逆だけれど、お調子者で勉強嫌いの下の姪がカツオ君、しっかり者の上の姪がワカメちゃん。
母は勿論フネさんで、あれ?私は・・・・多分タマです。

イメージ 8タマの玄関先には、もうすでに春の兆しが見えて来た今日この頃です。

今年が皆様にとって良い一年になりますように。
そして、なかなか更新しないブログではありますが、今年も宜しくお願い致します。

2014年夏から晩秋

今年の夏の海へのスタートは早かった。
7月に2回。 そしてお盆前にもう一度位行けるかと思っていたのに、結局その後は行く事が出来ずに終わってしまった。

その代わりに、TKはあと一日を私と友人Uも一緒に長野の大月の天目温泉へ日帰りで行こうと誘ってくれた。
Uは「海じゃなくて良いの?」と言ったが、TKも私もUを誘いたかったから、海は諦めて温泉に決めた。

それにしてもTKにとってはUと私は所謂『補欠』で、何故私達を誘ったかは聞かずもがな。  本当は友人達とゴルフに行く予定が流れたから、ただそれだけである。

天目温泉の泉質はとろとろで、湯船に浸かると体中がぬるぬるした。
TK曰く、「角質が溶けて(?)行くんだよ〜」
ここまで分厚くなった角質がぜ〜んぶ溶けてくれたら嬉しいのに。
ついでに面の皮も多少は薄くなったら良かったのに。

渋滞を見越して早く出すぎた私達は、温泉の前にちょっとしたハイキング気分で沢下り。
私の大の苦手の下り坂で、温泉に辿り着いた頃にはすでに筋肉痛。
次の日迄勿論痛かった。
角質取れる温泉は、筋肉疲労には効果はなかったと言う事か。

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旧盆はのんきに九連休。
これぞサラリーマンの醍醐味である。
そのうちの半分は、伊豆の母の所で過ごし、そのうちの1日は下の姪も日帰りで参加だった。
東京ー伊豆高原を日帰りで過ごすのはあっと言う間だけれど、その間に母の一番の友達で、姪が小さい頃散々お世話になったCYちゃんの所を訪ねた。

母の暮らす施設には、自分の身の回りの事が出来なくなった時に入る別の施設が併設されている。
CYちゃんは10年以上前にご主人を亡くし、母と同様一人暮らしだった。
1年ほど前から自分で歩く事が出来なくなっていた上に食事もなかなか取ろうとしていなかった。
心配した母は、そっちの施設にうつる様に助言をして、この春辺りにそちらに移っていた。

「少し惚けているから、わからないかもしれないけど、会いに行く?」と言うので、姪も私も付いて行った。

ところが、会った途端にCYちゃんは、大喜びで私達を出迎えてくれた。
「写真撮っておく?」
CYちゃんと母と姪と私、4人でにっこり笑って写真に収まった。

私は今年の春、一度だけ母づてにCYちゃんに手紙を書いた。
ひょっとしてもうCYちゃんが本当に惚けてわからなくなってしまう前にどうしても一言お礼が言いたかったのだ。
それは、父が危篤になった時、食堂で見かけたCYちゃんに私はこう言ったのだ。
「父が居なくなったら、後の母の事、宜しくお願いします。」
いくら親しいとは言え、友人のCYちゃんに、なんと厚かましい事を言ってしまったのだろうと頭を下げながら思った。
でも、頭を上げた時、CYちゃんはにっこり笑って手を上げて言ってくれたのだ。
「大丈夫よ、任せなさ〜い」

それ迄も、そしてその後も、どう見ても世話焼きの母がCYちゃんの面倒を見ているのだが、それでもその時のCYちゃんの即答は私には有り難かった。
母はCYちゃんの世話を焼いているが、それが母の張り合いの一つなのだ。
CYちゃんが居なくなったら、母はどれほど哀しむだろう。
CYちゃんには悪いけれど、出来れば母より先には逝かないで欲しいと思う娘心。


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私の住むアパートの屋上からは、東京タワーとスカイツリーが同じ大きさで見える。
隅田川の花火は流石に見えないが、多摩川の花火はビルの隙間からちらほらと見える。
今年も音が聞こえ始めて屋上に上がった。
○Tと最後に見た遠くの花火を思い出して、ちょっとだけおセンチになっていたところへ、3階の家族のお母さんが上がって来た。
やはりそこから見える事を知っていて、上がって来たのだった。
「ご主人と息子さんは?」と聞くと、近所の夏祭りに出掛けてもうすぐ帰ってくると言っていた。

ビルに隠れて欠けて見える花火だけれど、見えるだけでも嬉しくて二人でわいわい言いながら眺めているところへ、ご主人と息子さんが帰って来てた。
ご主人は屋上に上がって来た時にはビール片手だった。
小さくて花火が見えない息子をお母さんはおんぶをして鑑賞。

この小さな屋上からスーパームーンも良く見えた。

仕事から帰り、屋上に上がったタイミングで友人から「今夜はスーパームーン!」とメールが入り、私はここぞと写真を送りつけた。


イメージ 39月15日は父の命日で、墓参りならぬ母親詣でに又伊豆へ出掛けた。
この3連休は、まるで父の命日に合わせてあるようで、私は父が亡くなってから毎年この時には伊豆へ出掛ける。
お墓は都内にあるのだが、そんな事より『生き仏』の母に会いに行く方がずっと私には合っている。
母が居なくては何も出来なかった大正生まれの父だったから、今でも父は母の仏壇に居るに決まっているのだ。

9月15日が元々は敬老の日だったのを覚えているだろうか?
そして、私の実家や今の住まいの近くもお祭りの日なのだ。
父が亡くなってから、滅多にそのお祭りにも行く事がなくなったが、今年は伊豆に行く前のの1日だけ久し振りに友人を誘ってお祭りに行ってみた。
御神輿には出会えなかったが、賑やかな縁日を見て回り、粉もので満腹になってしまった。

さて、伊豆に行くと、果たしてそこも八幡様のお祭りであった。
母に聞くと、かなり離れてはいるが、姪達が小さかった頃には行った事があると言う。
「久し振りに出掛けてみようか?」

出掛けたのは、八幡宮来宮神社と言う山と海の神様が二人いると言う神社だった。
賑やかなお祭りをイメージしていた私達は、その荘厳さに驚いた。
小高い丘の林の中の神社は、しんと静まりかえり、奥から祝詞の声がする。
御神輿は、小さいものの、町内の御神輿とは一線を画す。

驚いて見ていると、神社から出て来た御神輿はしずしずと通って行く。
御神輿は神様の乗り物。
故にそれを見るには神様よりも高くてはいけないと、しゃがんで見るのが当たり前。
通り過ぎて行った2基の御神輿の後をついて行くと、町の人達はお年寄りは椅子を出したり、普通の人達はしゃがみ込んでいる。

イメージ 4地域に根ざした神様がそこには居た。

今年の彼岸花は少し遅かった様だ。

去年の父の命日の頃には、伊豆では彼岸花がほぼ満開だったのに、今年はちらほらと咲いている程度だった。
去年はまるで咲く気がなかった我が家の彼岸花が、今年は咲く気だとわかったのが、ようやくこの頃だった。

満開はその1週間後、本当にお彼岸の頃だった。
去年が早かったのか、今年が遅かったのか、よくわからないが、どちらにしてもやはり彼岸花はお彼岸に咲くのだ。
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イメージ 6今年の我が家のムカゴは凄かった。

裏庭の先住民に、木苺と白の露草がいるのだが、ムカゴも勝手に生えている。
これが、今年は大豊作で、私は食べるチャンスを狙っていた。
最初に毒味をしてみたのは、夏頃で、数粒取って野菜炒めに混ぜてみた。
ホクホクを期待していたが、ちょいとまだ早かった様だったが、味は期待した味だった。
その後お腹を壊す事もなかったし、こうしてピンピンしているのだから大丈夫だと確信を持って、ついに先日むかごご飯に挑戦してみた。

どうやら火が通り過ぎて、むかごのホクホクを通り越してしまっていたが、何故かご飯がもちもちになっていて、それはそれで美味しかった事にしている。
後で、ブロ友のべこにあさんに話したら、ご飯がもちもちになったのはむかごが柔らかくなったからだと教えてもらった。

まだもう少し収穫出来そうなので、次回が楽しみな我が家のむかごである。

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都内にあんな大きなお祭りがあるとは知らなかったのが、池上本門寺のお会式だった。

私が通勤に使っている東横線に10月の始め頃から盛んにその吊り広告が下がっていた。
電車通勤になって1年半。
下り方面なので、さほど混まない電車の中では、吊り広告を眺めるのも楽しみの一つ。

大きな万灯がいくつも出ている夜の写真に誘われた。
「行ってみない?」と誘ってくれたのは友人MUで、彼女はその沿線に住んでいる。
もう一人、Uも誘って出掛けて行って、こりゃ又驚いた。

池上の駅を降りたら、もうそこは町中がお祭りだった。

夕方6時から、その万灯が池上駅から本門寺まで出ると聞いていたが、一体どこから湧いて来るのか?と思うほど次々とその万灯が出て来るは、本門寺までの2キロの道の脇にはずらりと屋台が出ているはで、私達は圧倒された。

しかも写真ではしずしずと動いていると思われた万灯の前は、それぞれが笛や太古、鐘が鳴り、纏が先導している。

お会式とは日蓮上人の命日と言うのだが、万灯行列はとにかく賑やか。
日本各地からの万灯が来るらしく、その数100基は下らないらしい。
それがそれぞれのリズムの鐘や太鼓を打ち鳴らしながら、次から次へと練り歩いて来るのだから、あっけに取られた。
この万灯の行列は、夜中近くまで続くと聞いた。

MUは、「これなら会社帰りでも間に合うね〜」と言った。
イメージ 8来年は平日だったら、会社帰りに見に来ようと話は決まった。

最近、通勤電車で本を読む事を覚えた。
友達から借りた本、古本屋で見つけた本、たまには普通の本屋で買った本。
「乗り過ごすよ」と友人には忠告されているが、これもなかなか面白い。
まだ、乗り過ごしてはいないけれど、たまに慌てて降りる事あり。
そのうち一度はやりかねないと、友人の忠告は胸に刻み付けてある。

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こんな普通の暮らしが出来ている事が、私にはちょっとした奇跡みたいに思っている。

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