未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

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勇気が湧くな〜

明日は○Tの5回目の命日。

○Tが闘病していた頃、さんざん見舞いに来てくれていたYっちゃんが我が家へ寄る事になっている。

私同様原チャリ通勤者の美容師Yっちゃんに、「今日は雨でも明日は晴れるみたいで良かったね」と言うメールを出したら、すぐに返事が来た。

「突然だけど、店をやる事になった」と。




知り合った頃には、1件目に勤めていた店を辞めようかとか何とか、ぐずぐずと悩んでいた。
そして新しい店へ行ってどんどん年下のスタッフに囲まれ始め、上からも認められて店長になった。

それでも、私達と会う時には、いつもどこか抜けたYっちゃんだった。

店ではきっと良い先輩振りで仕事もテキパキとやり、お客さんも沢山抱えていたのだろう。

○Tのファンと言っても過言ではないくらい、せっせと見舞いに来ていた頃だって、どこか抜けていて、でも、それが一回り以上年上の私達から見たら、何とも可愛いかったし、口では「まったく、も〜」と言いながら、まるで憎めない”女の子”だった。

○Tが亡くなった翌日、その頃一人暮らしをしていたYっちゃんは、沢山の人が夜になっても弔問に来て、果ては泊まって行く輩もいた妙に賑やかな我が家へやって来てこう言ったのだ。

「泊めてくれる?・・・・一人で居たら、泣いちゃいそうだから・・・」



そのYっちゃんが、だ!
美容師として独立して店を出すと言うのだ。

これが嬉しくなくて、何を嬉しいと言うだ。

そろそろアラフォーと言われるお年頃になるYっちゃんだから、店を構えると言ってもそれほど驚く事ではないのかもしれない。

でも、私は嬉しい。

そして新しい道へチャレンジする、ずっと年下の友人Yっちゃんのそんな姿に、私は励まされる思いでいる。
世の中には、一日8時間は寝ないと気が済まないと言うか、長い時間寝てられるロングスリーパーと、4、5時間も寝れば充分と言うショートスリーパーがいると言う。

○Tは典型的なショートスリーパーで、次の朝が早いからと言って早く寝るなんて事はなかったし、長く寝てしまう事自体を「勿体ない」とまで言っていた程だった。
眠くもないのに横になったり、布団に入る事は嫌いで、気になる事があれば眠る事が出来なかった。
そのくせ寝付きは滅法良くて、布団に入ると3秒で眠っていた。
寝起きもすこぶる良くて、起きたと思ったら即ギアはトップに入っていた。

それにひきかえ、私と来たら、寝付きは抜群だが、典型的なロングスリーパーで、とにかく長い時間眠るし、寝起きの悪さは天下一品。
休みの日など、放っておいたら昼過ぎまで寝ているのは当たり前だし、起きてから出かけるまでに最低でも1時間は欲しいタイプ。
遅くまで寝ていたくせに昼寝をし、昼寝をするくせに、夜になって暗くなると又眠くなるので、○Tは呆れて「転がしておくと、すぐに眠っている奴」と呆れられていた。

その性質は今でも変わらないのに、今ではいっぱしのサラリーマンになっている私は、この性質が忌々しい。
以前の様に遅くまで起きていると、翌朝はしっかり寝坊してしまう。
だから、家でも会社でも、本当はもっとやりたい事ややらなきゃいけない事があるのに、とっとと寝てしまう。(会社では寝ませんよー)

ああ、ショートスリーパーに憧れる〜。
と言うか、元が怠け者の私なのだと再認識しているところです。

イメージ 1
イメージ 1先週の週末、我が民宿F&Fを定宿とするお客様が2泊して行った。
週末にかけて来るなんて、初めてだったかもしれない。

いつもなら、私の出勤に合わせて、慌ただしく追い払うのだが、今回は二日とものんびりと朝を過ごした。

久し振りにMy公園もご案内・・・と思ったら、友人Uは、「寒緋桜はもう咲いているかな〜?」等と言う。
そういえば先月も泊まって行ったのだが、私はUを追い払ってから一人原チャリで出勤をしたから、家を出てからのUの行動はまるで知らないのだ。

朝の通勤ラッシュを避けたいUは、時々駅の近くで時間をつぶして電車に乗っていたのは知っていたけれど、公園に寄っていた事などまるで知らないでいた。

Uが我が民宿に泊まる様になったばかり頃、私の出勤時間もずっと遅く、仕事前にMy公園を案内した。
それ以降、何度か一緒にぐるりと公園を回っていたけれど、どうやら”私の公園”と思っていたのが、Uにとってももうすでに馴染みの公園になっていた様だった。

その日の寒緋桜は、遠くから見るとすでに木全体がピンクに染まっていた。

「わあ〜!」と二人で駆け寄ったが、それはまだ堅い蕾だった。

「来週には咲くかもしれないね〜」
Uは残念そうに言って、それでも自分の住む山形よりもずっと早く春が来ている事を目撃して帰った。


そして、今朝、先週よりもずっと濃いピンクに染まった寒緋桜の木に寄ってみた。
今度こそ!と思ったのに、あんなに派手なピンクに染まっているくせに、まだほとんどが蕾のままだった。
イメージ 2

何だか騙された気持ちだったけれど、やっと開きかけた寒緋桜の蕾の先には降る雨の滴が光っていた。
イメージ 3それはまるで寒緋桜の蕾そのものから滴っているかの様だった。

目を移せば、まだ新芽の出ないモミジの枝に滴る水滴はキラキラと光り、幻想的な景色を見せていた。

イメージ 4

去年の暮の事だった。
「もしもし・・・」聞き慣れない声の男の人から電話がかかって来た。

誰だろう?とりあえず、応えたけれど、まるでわからない。
相手はちゃんと私の苗字を知ってかけて来ていた。

「Fです。」
そう言われて、思い出したのは、母の兄、つまり私の伯父である。

「な〜んだ、伯父ちゃんか〜」
それにしても、一体何年振りだろう。
いや、私に電話をして来るなんて、初めてかもしれない。
母の兄だから、もう90歳位だろうか、数年前から命に関わる大病をしていて、かなり弱っているとは聞いていたけれど、何か事があったのではないか?でも、本人からの電話なのだから、とりあえず、本人は無事なのだと胸をなで下ろした。
いやいや、ひょっとして伯母の方に何かあったのか?
それとも、二人の子供、私の従兄弟達に何かが??

私は冷静を装いながら、自分の名前を名乗ってから「どうしたの? 珍しいね。」と言ってみた。
「いや、別になんでもないんだよ。たまにはね・・・で、お母さんは居る?」と伯父は言った。

「え?」
ほっとしたのもつかの間、私は又不安になった。
母と私が離れて暮らす様になってから、30年ほど経っているのに、伯父はそれを忘れているのだろうか?
伯父は惚けてしまったのだろうか?

「伯父ちゃん、お母さんは私とは一緒に居ないよ。 伊豆に居るけど・・・」
すると、しばらく間があって、伯父は、ちょっと照れた様に言った。
「ああ、間違えちゃったんだ〜」

母と私は同じ姓であるから、多分、電話帳の隣同士に書いてあるのだろう。
「な〜んだ〜、間違えちゃったの〜? あ〜、ビックリしたよ〜、惚けちゃったのかと思っちゃったじゃないの〜」

普通はもう年老いた伯父にこんな風に、ケロリと際どい冗談を口にするものではないのかもしれないが、敢えてそれを口に出してしまうのは、この母の実家F家の血筋なのだ。
だから、伯父もそれをまるで意に介さない風に応えた。
「いや〜、久し振りだね〜、元気ですか?」
「勿論ですよ。」

「たまには、妹の声でも聞こうかと思って電話したら、間違えちゃったんだ。」
「妹じゃなくて、姪で悪かったわね」

「いやいや、ホントにごめん。」
電話を取った時には、まるで知らない人の声に聞こえていたものが、年のせいか病気のせいかかなり弱々しくはあったけれど、段々と聞き覚えのあるあの伯父の声になって来た。

お正月に毎年母の実家で曾祖母、祖父母、母の兄弟姉妹5人のそれぞれの家族が集まり、それは賑やかに過ごした事が頭をよぎった。
いつも最後には大人達は酔っぱらい、その伯父はゆでダコの様に薄い頭まで真っ赤になっていたっけ。

禿は二種類あって、一つは柳家金語楼風、全体がうっすらとしている。
(若い人は知らないだろうけど)
そして、もう一つは伝助さん。
(こちらは、関西の人は知らないかもしれない。)
周りには髪があるのに、天辺はほぼきれいに禿げ上がっているタイプである。
サザエさんの波平父さんと言えば、わかるだろうか。

口の悪い我が家では、それを「金語楼はげ」「伝助はげ」と言っていた。

父方の祖父と父は金語楼はげであり、母方の祖父とその息子、つまりその伯父は伝助はげであった。
勿論、父も伯父も(両祖父もだけれど)若い頃からそうだった訳ではないけれど、年を重ねるに従って、二人共両父親にそっくりになって行った。
見事に似て来た二人を、これ又口の悪い我が家の、特に女どもは、「やっぱり〜」と笑って見ていたものだった。


話しをしながら、すっかりその声に慣れて来ると、今度はその顔、いやその頭が私の目の前に浮かび上がり、懐かしい気持ちになった。

「じゃあ、お母さんに電話してみるよ。」
「うん、そうしてみて。 お母さんも話したいと思うから。」

お互いに「体に気をつけてね」と言いながら、電話を切った。

伯父は、その後、お正月に蟹を送ってくれると母に電話をしたらしい。
息子の勤め先のノルマ消化の為に、母ともう一人の伯母の所へ送ってくれた。
お正月に皆で食べられる様にと、それは豪勢で大量な蟹だった。

お正月には、私の所へ間違って電話をして来た事もすっかり笑い話の種になり、私は久し振りに聞いた伯父の声を思い出していた。
次に間違い電話がかかって来ても、私はきっとすぐに伯父だとわかるだろうと確信まであった。


一週間程前、母からその伯父が亡くなったと聞かされた。
あの時、間違い電話をして来てくれて、ありがとう、そう思った。

目の前に浮かんだ伯父ちゃんの顔、声、美味しかった蟹も、忘れないよ。
勿論、伝助禿も。

ぷりぷり、ぷりり

ある日会社で忘れ物を届ける”任務”が舞い降りた

任務は隣の席のおじさんへ

ところがおじさんこう言った

「そこは どこだか わからない。
行った事もないから わからない。」

周りが住所を教えても、地図まで渡して教えても
「知らない場所は わからない」

「車で行けばすぐだから」
周りでいくら言ってても
「ナビがなけりゃ、わからない。」

「電車で行けば大丈夫」
周りが経路を調べても

「出口がどこだかわからない。 普段乗らない電車はわからない。」

私が横から口を出す
「駅を降りたら改札で聞いてみれば良い」

周りは「そうだ、そうだ」と口を揃える。

届ける時間は決まっている。
時間はどんどん過ぎるばかり。

ぷりぷり、ぷりり、ぷり、ぷりり。

私の口が勝手に動いた
「それなら、私が行って来ます」

次の日帰りの直前に、おじさん私にこう言った。
「これから、まだ○○をやるんですよ〜」
コートまで着て、出口に立つ私にそう言った。

それはもっと早くにやっておけた筈の事だった事を私は知っていた。

ぷりぷり、ぷりり、ぷり、ぷりり。

私の口は又勝手に動いた。

「そ〜ですか〜、それじゃあ、頑張って〜♪ お疲れさまでした〜」


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