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2007年2月15日(木)
酸素+1→+2
酸素濃度 90 → 93
熱 37.6℃
脈 130
放射線 5回目
春一番の後の朝も、かなり強い風が吹いていました。
でもお天気は晴れ、私は昨夜のゴン4が星になった事を伝える為に、いつもよりも早めに起きてご機嫌伺いのメールを入れました。
まずは、昨夜あれから眠れたのかどうかを聞いてみました。
返事では「ねたよ」と言っていましたが、病室に行くと、実は痛みで途中で起きて、水薬のオプソをもらったと言っていました。
けれども、それで眠れたのなら、それで良しです。
朝食はほとんど食べ、すぐに放射線に行きました。
私は付き添って行くと、もう顔なじみになった放射線のTY先生や技師のお兄さん達も愛想良く挨拶をしてくれました。
私が○Tの痛みがなかなか取れないと言っているのを技師のお兄さんに伝えると、
「効果が出る迄には、1ヶ月位かかるのが普通なんですよ。」と教えてくれました。
「でも、最初の1回目の後、すぐに痛みが楽になったって言ってたんですけど・・・」
「う〜ん・・・それは珍しいですよね。」
「そうですか〜。 それで、あの出っ張りは全部治るんですか?」
「いや・・・それは全てが凹むかどうかはわからないんですよ。 でも、かなりイケルとは思いますよ。」
放射線から帰って来ると、今度はコンチンを飲み、痛みがひいて来てからヨーグルトまで食べていました。
痛みが無いと言う事は、本当に人を前向きにさせる事みたいでした。
落ち着いた所で、私は○Tとテーブルを挟んで向かい合う様にして座りました。
「あのね・・・○T・・・昨夜ね・・・ゴン4死んじゃったんだよ」
「え? なんで? 突然?」
「うん・・・帰ったら、もうダメだったの。 でもさ、ほら、もう4月で2歳なんだから、寿命だったんだよ」
「そうか・・・」
「うん、仕方ないよ」
今迄飼って来たハムスターが星になる度に、私達は泣いて来ました。 だから、きっと前の晩私が又べそをかいていたのを想像したでしょう。
でも、私がこの時はもう泣く事もなく、きっぱりとそう言った事で○Tも涙を見せる事もなく「そうだね、もう仕方ないか、小動物なんだから」と答えました。
「ちゃんと埋めたし、今日は帰ったら、ゴン4の物は全部整理するよ。」と私は言い、私達はその後、ゴン4の事については話をしませんでした。
ところが、この日○Tに起こった変化は、まるでゴン4が起こしてくれた奇跡の様でした。
仕事に出た私がお弁当を食べる頃にメールを入れると
「ノープロだ 飯が足りないから、兄貴のロールケーキ全部食った。 MYに貰ったのも食った 夜が楽しみだ 追加もあるかもよ」と言う元気一杯の返事が返って来たのです。
そして、仕事が終わってメールをすると
「ケンタッキー1本、コールスロー半分」
一体どうなっちゃったんでしょう??
私はいそいそとリクエストの物を買い、病院へ帰りました。
病室に入ると、夕飯もほとんど食べきって、買って行ったケンタッキーもペロリと食べ、コールスローも「何だか昔と味が違うよな〜」と文句を言いながらも食べていました。
まだ痛みは少しあるようでしたが、それでもこの日の○Tは
「UNOやらない? 痛み止めがまだ効かないからさ、気を紛らわせたいんだ〜」と陽気に私を誘いました。
「いいよ、やろうか。 水薬は頼まなくていいの?」
「う〜ん・・・そうだな、頼んでおこうかな」
そう言って、看護師さんにオプソを持って来てもらい、それを飲んでUNOをして遊びました。
さすがにオプソは即効性があるらしく、何回かUNOをやっているうちに○Tの痛みはなくなったみたいでした。
10時になると、すっかり眠くなった○Tは、そのまま暴睡モードです。
私はそおっと電気を消して、帰って来ました。
このままどうか朝まで眠れます様に。
いつか看護師さんのパソコンを覗き込んで見た「腫瘍熱」と言う言葉を調べると、本当は恐ろしい事が○Tの体には起っているはずなのです。
けれども、この食欲とやる気は、本当はあのステロイド剤とモルヒネでの痛みの制御のお陰だったのだと思いながらも、私にはあのゴン4が授けてくれた物の様に思えて仕方ありませんでした。
しかも、この後 ゴン4の使っていたスペースを酸素の為に使う事になった事を考えれば、まさにゴン4が”お父ちゃんの為に譲ってくれた”と思わずにはいられません。
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