未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

闘病記ー今日も絶好調!

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2006年11月6日(月)〜2007年3月24日(土)
同居人○Tの全てを賭けた、最初で最後の闘病記を、未婚の未亡人の私がつづります。
ぷぷっと笑って、でも時には大まじめな彼の闘病記です。
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2007年3月22日(木) 


入院の手続きや移動で、○Tは疲れているのか、かなりうとうとと眠っている事が多くなってはいましたが、人が病室に入ってくる音や気配で、ふっと目を覚ましていました。

私は○Tの足が前の晩からパンパンに腫れている事が気になりました。
今朝も「靴はけるの?」と言う位で、○Tは一番楽にはける靴を選んではいて来ていました。

看護師のA君が部屋に様子を見に来てくれた時に、私はそれを聞いてみました。
「この脚だけでも何とかならないかな? 何だか辛そうなんだ・・・」

もう○Tの体はなす術も無く、このまま穏やかに死に向かって行っている事はわかりました。
パンパンにむくんだ脚など、もうこの際どうでも良い事なのはわかっていました。

でも、今は、まだ痛みも苦しみもなく、意識もキチンとある○Tに、あと少し何かをして欲しい、取り去れる可能性のある不快な症状は取って欲しいと思いました。
そして、それが○Tに嘘をつき通した私の出来る事だと思いました。
その事で、少しでも○Tの「まだ生きる」と言う希望につなげられる様な気がしたのです。

A君は、そんな私のワガママを「わかりました。 先生に聞いてみますね」と言い、病室を出ると、点滴を持って、又表れました。
「これに利尿剤が入っているんですよ。」

この出入りに○Tが目を覚ましました。
「Tさん、先生に言って少しでもむくみが取れる様に利尿剤しますね〜。 これ、すんごい効くんですよ。」
A君はそう言いながら、尿瓶も用意して来ました。

「なんだよ〜、それ〜」と○Tはそれを見てちょっと嫌な顔をしました。
すると、A君は
「あのね、利尿剤かけると、トイレが凄く近くなっちゃう事があるんです。 そうなると、ほら、面倒だったりするでしょ? だから、これ、まあ、必要ないかもしれないけど、一応置いておきますね。」
そう言ってニコニコと笑いながら、病室を出て行きました。

お昼の先生からの呼び出しといい、この尿瓶といい、A君、ナイスフォローです。
いつか、この入院中に、これが必要になる時が来るのだ・・・と暗に私に告げて行った様なものです。
でも、まだ先の事だと思っていました。

私が「うひょ〜、尿瓶だよ〜、ねえ、これどうやって使うの? ○T知ってる?」とふざけて言うと
「知らないよ〜、そこに置いとけよ、も〜、トイレまで行けるよ〜」といつもの調子で答えていました。


夕方になって、食事が運ばれて来ました。
ところが、NK先生がオーダーしてくれたお粥でもなければ、刻み食でもありませんでした。

「違うじゃないか〜!」と○Tは怒り、私もついでに怒りました。

「どうせ食べられないと思って・・・」
○Tは少しいじけてしまいました。

刻み食にしたところで食べられない事は、NK先生にもわかっていた事でしょう。
けれでも、先生は敢えて、「又回復すれば食べられる様になる」と○Tの背中を押してくれていました。
これにも私は感謝しています。

夜になると、奥さんのMちゃんと娘のNっち、応援団長のYっちゃん、社員になりたてTMちゃん、Dの彼女のTMちゃんも顔を出しました。

病室に入るなり「大丈夫〜?」と言ったMちゃんに○Tは「大丈夫じゃないよ〜、もうダメだ〜」とふざけて言いました。
これも又、私の父の最期に、私が病室に入った時に「大丈夫〜?」と言い、冗談など滅多に口にしない父が「いや〜、もうダメだ〜」と言って○Tと私を苦笑させた事を思い出させました。

皆が集まれば、当然又皆で記念撮影です。
その時の写真には、○Tが撮った皆の普段の顔が映っています。

それほど遅くない時間に、○Tがすやすやと眠り始めました。
私はまだ帰りたくはありませんでしたが、誰かが「帰ろうか」と言い出したのを期に、帰り支度を始めました。
私は、Mちゃんに昼間の一件を話さなくてはなりませんでした。

Dの車に乗り込むと、私は話を始めました。
病院から我が家までは10分ほどです。 その間に話は終わりませんでした。
Dは我が家の前で一旦車を止めましたが、再び車を走らせ、全ての話と了解を取るまでの間、町内を3周程回ってくれました。

Mちゃんは私の提案をすぐに了解してくれました。
「そうだね・・・苦しいのと痛いのは可哀想だものね・・・。 仕方ないよね。」

その時同乗していたNっちの気持ちはどうだったでしょうか。
最初にはNっちには全ての事を話さないでいると、兄であるDは言っていました。
ここに来て急展開をしてしまった事で、それを受け止める時間があったかどうかが、私には心配でした。
大好きなパパだったのに、ごめんね。

車を降り、部屋へ入るとYちゃんから電話が入っていた事を思い出し、すぐに電話を入れました。
「親父、どうなの? M_ちゃんも大丈夫? 又入院だって?  お見舞いに行きたいんだけどさ、どう? メール入れたいんだけどさ、入れても大丈夫かな?」

「Yちゃん・・・・、川崎大師、行けて良かったよね〜、元気な時に一緒に行けて・・・」私は泣き出してしまいました。

「悪いの? そんなに? ねえ、すぐに行った方が良い?」

私は言えませんでした。
いつ心臓が止まってもおかしくないなんて言ったって、その”いつ”は、本当にいつなのか想像もつかないからです。
しかも、口に出してそんな事を言えば、本当にそうなってしまう事が怖かったのです。

「火曜日のお休みには行くけど、それで良いかな? ○Tに行くからってメールして良いかな?」
「うん、そうしてよ。」

「ちょうどさ、その日私の誕生日なんだよね、だから、その日に行くよ。 必ず行くよ。」
「うん、うん、きっと楽しみにして待ってると思うから、そうして」

電話を切って、しばらく部屋の中を見渡しました。
今朝、○Tが出て行った時のままの部屋です。

11月にいきなり入院した時には、部屋の中の○Tの気配がなくなっていると感じました。
今度はどうでしょう・・・・この時には、まだ私にははっきりと○Tの気配が感じられました。

まだ、大丈夫・・・・

けれでも、「いつ心臓が止まっても」と言う言葉を思い出し、我に返りました。
”いつ”と言う事は、もしかして”今”かもしれないじゃない!

「急変する時は夜が多いですから、泊まっていかれても良いですからね。 いつでもベッドは用意しますからね」と廊下で立ち話の時に言ってくれたNK先生の言葉に
「え〜! だってそんな事したら、○Tが感づきますよ〜」と私は言っていました。

「そうですよね〜、Tさんなら勘ぐりますよね〜。 困りましたね〜」

本当に勘が働くのも困りものです・・・・なんて、言っている場合なのか?私?!

なんで皆と帰って来ちゃったんだろう??!
これから原チャリで又行く? いやいや、それも○Tに気づかれたらおかしな話だし・・・
でも、もし、今だったら???

いや、きっと大丈夫、なんでだかなんて、わからないけど、大丈夫!

頭の中で考えが行ったり来たりしていました。

朝まで待とう・・・明るくなったら、一番で行こう。
ホットミルクと焙じ茶を持って。

携帯に○Tからのメールが入っていた事に気づいたのは、そう思った後でした。
13:53
「もういいよ」
先生に呼ばれている間に入れてくれたのでしょう。
もう採血が終わったから、病室に戻って来ていいよ、と言う意味でした。

○T、明日は早く行くからね! 待っててよ!

最終通告

2007年3月22日(木) 

「先生が呼んでいます!」
と早口でA君に言われたDと私は、一瞬何の事かわかりませんでした。

「え?」と私が聞き返すと、A君の顔には「もうこれ以上言わせないで・・・」と言う表情が浮かびました。

覚悟を決めて入院をして来たはずなのに、私はこの場に及んで、これ以上悪い事を聞きたくない、知りたくないと思いました。

行きたくない!・・・・・私は心の中で叫びました。
でも、行かなくては・・・行って話を聞かなければ・・・・足がすくんで動き出せないのではないかと思いながらも、Dと私は、いつものあの面談室へ急ぎました。
部屋に入ると、まだ先生は来ていません。

テーブルに座り、私は頭を抱えて言いました。
「D〜〜・・・どうしよう・・・・もう、親父はダメなんだ〜」
すると、Dは呆れた様に言いました。
「M_ちゃ〜ん! もう、M_ちゃんったら、又そう言う事を言う〜、ダメでしょ、まだ決まった訳じゃないんだからさ!」

そこへ先生がやって来て、テーブルの向こう側に座りました。
「大変お気の毒なのですが・・・」
この枕詞が出ては、やはり良い話ではありません。

「先程はTさんがご一緒だったので、全ての説明は出来ませんでしたが・・・」
話し始めた先生の半分も私は聞いていられなかった様に思います。

電解質の異常が始まっている事や、カリウムの値が異常に高く心臓の肥大も酷くなって来ている事、それでも今後、点滴でそれの補正を試みてみると言って、点滴の予定のお薬の名前と、その量を話してくれました。

「***を一日 ***ml 、 二日目には***を***ml、・・・・そして、それでTさんの癌に対する治療は終了です。」

黙って聞くDと私に、更に先生は続けました。
「それでですね、今、一番心配なのは、心臓の事なんです。 かなり弱っていましてですね、実はもういつ止まってもおかしくないと言う状態なんです。
それで、今後の心肺停止の時の事をお聞きしておきたいのですが・・・・そうなった時に、蘇生をする事をどうするか、確認したいのです。」

○Tが余計な延命を希望していない事はDも私も知っていました。
それを促す様に、先生は言いました。

「一般的に、肺癌の患者さんは、蘇生をしてもご本人が苦しいだけなので、私としてはあまりお薦め出来る事ではないのですが・・・」

私は先生の正面に座っているDの顔を見ました。
Dは、まるで○Tが診察を受けている時と同じ様に、まっすぐ先生の顔を見て目をそらしませんでした。

「それから、肺癌の患者さんは最期に非常な呼吸困難に襲われる事があります。 その時には、モルヒネを点滴で入れて差し上げるとご本人の意識は下がりますが、苦しさからは解放して差し上げられるのですが・・・。 一応そう言った事も考えてみて下さい。」

答えは即答でなくても良いみたいでしたが、私の中ではもう決まっていました。
あとは、DとMちゃんがどう言うかを確認するだけでした。

黙って座っている私達二人に、先生は又続けました。
「Tさんは会社を経営されているんですよね?  息子さんがお継ぎになるのだと思いますが、出来れば今のうちにお父様から色々話しを聞いておかれるのが良いと思いますよ。
お父様しかわからない様な・・・例えば銀行の書類とか、印鑑とか、お仕事の事も。」

Dは「はい・・・」と小さな声で返事をしてはいましたが、それをDがいきなり聞く事はないだろうと思いました。
銀行や印鑑などに関しては、私が知っている事をDも知っている事でしたし、現場の事に関してもこの4ヶ月、Dは曲がりなりにも一人で何とかやって来ていました。
なので、敢えてこの時に、しかも「まだ今じゃなくても」と言う思いだったと思います。

そして、NK先生が今週末で退職をした後の主治医の先生の話になりました。
順等ならば、一度今病院にいる先生に引き継ぎ、その後4月から新任の先生が主治医になる予定でしたが、この入院でそれは変更になり、今病院にいる先生がそのまま主治医になると言う話でした。

それに関して、私はNK先生にお願いをしました。
新しく主治医になる先生を、NK先生が病室に連れて来て二人で挨拶をして欲しかったのです。
この主治医が変わる事に、○Tは本当は少しの希望も持っていました。
「又何か別な方法を考えてくれるかもしれない」と。
ですが、この土壇場での交代で○は、慣れ親しんだNK先生に紹介して貰う方が、少しでも不安を少なく出来る事だと思ったからです。


面談室を出た私達は、本当はすぐにでも○Tの病室に駆け込みたい気持ちでしたが、同じ事を考えていました。
どちからともなく、
「『こんなに長く病室から出てて、何をしていたんだ?』って言うよね・・・」
「絶対思うよ」
「じゃあ、下に行って弁当でも買っていた事にしよう」

そう言い合って売店へ行き、菓子パンやお弁当、飲み物をぶら下げて病室へ戻りました。


病室では案の定○Tは「遅かったね〜」と言いましたが、「ついでだから、食べ物買って来たんだよ」と言うと、「ふ〜ん」と思いのほか素直にそれを受け止めました。

しばらくすると、NK先生が新しく主治医になるKZ先生を連れて病室に顔を出してくれました。
「Tさん、どうですか?」NK先生はいつもの調子で声をかけ、KZ先生を紹介しました。

私は○Tが「宜しくね〜」とこの生真面目そうなKZ先生にもふざけた調子で言うのかと思って見ていました。

ところが、仰向けに寝ていた○Tはベッドから体を起こそうとし、NK先生に「良いですよ、そのままで」と言われ、きっと真面目な顔になると、私がそれまで見た中で一番真面目で、丁寧に一言ずつはっきりと「宜しくお願い”いたします”」と挨拶をしました。


私にとってはこの土壇場の主治医交代は不安以外の何ものでもありませんでしたが、○Tにとっては、最後の望み、最後のチャンスだと本気で思っていたかもしれません。


つづく*****

この部屋狭いぞ〜!

2007年3月22日(木) 病院にて 昼の部

10時頃病院へ着くと、いつもの血液検査とレントゲンの検査でした。
11時半から主治医のNK先生の診察です。

あまり待つ事もなく、診察室に呼ばれ入って行くと、先生は最初に言いました。
「Tさん、お部屋用意しましたから。」

「9階にですか?」
「ええ、個室空けましたよ。 但し、ちょっと前の所よりも狭いんですけどね。」

「個室じゃなくても良かったのに・・・」
「ええ、でもそこしかなくて・・・」

私はちゃっかりと「狭かったら、値段も違うんですかね?」と聞きましたが、残念ながらお値段は一緒でした。

部屋は多分、先生がもう最期になるであろう○Tの為に、無理矢理空けてくれたのだと思います。

「かなり心臓が肥大して来ているので、それが心配なんですよ。 食事はどうですか? 少しは食べられる様になりましたか?」
先生は○Tにいつもの様ににこやかにたずねました。

「いや、ダメなんですよ〜」と○Tが答えました。

「そうですか〜・・・、ま、Tさん、カリウムが多くなってしまっているので、実は果物とか生野菜はちょっと避けないとダメなんですよね。  だから、お食事はそれを避けた物にしましょうね。  それと、お粥とか、刻み食とかにします?」

刻み食??? 私は父が入院していた時の、あの、もう何が何だかわからない位に、食べ物が刻まれている食事を思い出しました。
どう見ても、見かけが人間の食べる物と言う感じではなく、まるで”エサ”の様な印象さえある刻み食です。
それを○Tが「うん」と言うとは思いませんでした。

けれでも、○Tは「そうして下さい」と言いました。

そうでもすれば食べられたのだったら、家でも「そうして欲しい」と言ってくれれば良かったのに・・・私は刻み食なんて言うだけで、○Tが嫌がるとばかり思っていたので、口にも出さなかった自分にガッカリしました。

「それじゃあ、手続きをして、後は病室で又お会いしましょう。」
先生にそう言われ、私達は診察室をあとにして、一旦9階に上がりました。

9階に着くと「又戻って来ちゃったよ〜」と○Tはすっかり仲良しになった看護師さん達に挨拶をし、病室に行きました。


「あ〜〜! ホントだ〜〜! 狭いな〜〜!! 場所も何だか隅っこで・・・外もあんまり見えないじゃ〜ん」
○Tは、まるでホテルに来たかの様なリラックスぶりで、文句を言っていました。

山の様な荷物をカートで運んで来てくれたDも「ありゃ、狭いね、ここ。 荷物置き切るかな?」と言っています。

服を部屋着に着替えて、裸足になってベッドに寝転がり、酸素もポチから病院の壁からの物に変えました。
「これ、ちょっと長いですかね?」と看護師さんが来てホースを指差して言うと、○Tは「大丈夫、慣れてるし、俺、動き回るからさ」とベテラン振りすら発揮していました。

左手首に又、入院患者のリストバンドをはめられ、「あ〜あ、又か〜」とちょっと憂鬱そうに言ってはいるものの、○Tの顔に焦りは見られませんでした。
むしろ、「これで又元気になるぞ〜」と言った風でした。

看護師のA君が病室に入って来たのは、そのころだったと思います。
いたずらっ子の様な顔をして入って来たA君は、「又お会いしちゃいましたね〜」と挨拶をしてくれ、「僕が担当になりましたから、宜しくお願いしますね」と言いながら、採血を始めようとしました。

「左手でお願いしま〜す」と○Tが言って、左腕を出したのですが、なかなか血管が探せません。
「僕、右手でやりたいんですけど、ダメですか?」とA君が言っても
「え〜、いつも左手だもん。 血管太いんだから、探せるでしょ? 皆『良い血管ですね〜』って言うよ。」と譲りません。

けれども、結局左では血管を探す事が出来ないのを見て、○Tは「しょうがないな〜、特別だよ」と右手で取る事を”許可”しました。

私はそれを見て不安になりました。
今までは、すぐに探せていた血管が探せなくなっているのかもしれないのでは?と思ったからです。

A君は○Tの右に周り、改めて採血を始めようとしました。
そしてふと、Dと私に目をやり「あの〜・・・すみません・・・僕、これ本当は苦手で人が見てると緊張しちゃうんで、外で待っててもらえませんかね?」と言いました。

「またまた〜、何言ってんだか〜」と私はケラケラと笑い、相手にもしようとしませんでした。
すると、A君は又「いや、ホントなんですって〜。 お願いですから〜。」そうふざけた様に言いながら私達二人の背中を押して、病室の外へ追い出そうとしました。

「も〜、しょうがないな〜」とDと私が病室の外へ出た途端の事でした。

背中を押した様にして一緒に外へ出て来たA君はDと私に早口で言いました。
「先生が呼んでるから、早く行って下さい! 面談室!」


*****つづく

病院へGO

2007年3月22日(木) 我が家にて

私が「やっぱ、又入院だよね・・・」と、私は自分で○Tの入院の準備をしたくせに、○Tとテーブルに座り、そう言うと、○Tは私の顔を見て
「お前さ〜、もう、入院って言うとすぐ心細くなっちゃうんだな〜」と笑いました。

きっとその時の私の顔は今にも泣き出しそうだったに違いありません。

「だって〜・・・」
「大丈夫だよ」

どちらが病人でどちらが励まされているのだか、わかりません。


迎えに来た息子のDは、前の晩用意した荷物を見て少し驚いた様でした。
「一応持って行こうと思って」と私が言うと、その荷物を車に運び始めました。

「病院に着いて、すぐに降ろさなくて良いからな。 決まってからで。」と○Tは軽い口調で言っていました。

○Tは、入院をしないで帰って来ると本当に思っていたのでしょうか?

Dに「昨夜カサブタが取れたんだよ」と私が言うと、Dは「お、それは凄い! どれどれ?」とテーブルに乗せたカサブタを見ていました。

Dと私が車に荷物を積み終わり、家の酸素から”ポチ”へと交換しようとした時です。
○Tは窓を開けて、私達に背を向けてベランダを眺めていました。

「○T 、行くから、ポチにして」と私が声をかけると、○Tはゆっくりとこちらを振り返り「はいよ」と、まるでいつも出かける時と同じ様に返事をし、こちらにゆっくりと歩いて来ました。

私は窓を閉めようと、さっきまで○Tが立っていた窓際に立ちました。

そこには娘のNっちからもらったボケが咲いていました。
珍しく早くから咲いたアザレアが咲いていました。
伊豆で買って来たプラスチックの丸い水槽にメダカが泳いでいました。
一緒に住み始めてからすぐに買ったアジアンタムはわさわさと生えています。
○Tがイベントで貰って来て、何度その名前を教えても、そのイベントの名前でしか覚えられない花は、まだ蕾も見えていません。
何年か前に、私のお誕生日にプレゼントしてくれたミニカーネーションは元気な蕾をつけていました。
道路のガードレールに生えていて、私が欲しいと言ったら、車を寄せて「早く取れ!」と一枝失敬して来たツキヌキニンドウは、まだ新芽が出たばかりです。
何年もたったヒヤシンスがまるでシラーの様になって咲いています。

「本当は物置でも置きたかった〜」と○Tから文句が出ていた我が家のジャングルの様なベランダです。
「鉢多過ぎない?」と言いながら、珍しい植物を見ると買って来てくれたり、「ほら、お前が夜に土いじりする時に良いでしょ?」とランタンの形のライトを買って来てくれたりしていました。

○Tは、これを見ただろうか?
今、私が見たのと同じ景色を見ただろうか?
見て、何を思ったのだろうか?

私は窓を閉め、カーテンを閉じました。

Dの運転する車に乗って、私達は病院へ向かいました。

用意した荷物が無駄になる事はないだろう・・・そう思いつつも、無駄になる事を祈っていました。


*****つづく

2007年3月21日(水)

酸素 +?

前回の受診の時に受け取って来たポリタンクの中に、おしっこを24時間溜める日でした。

始めた時間からきっちり24時間分を取って欲しいと言われ、私は冷蔵庫にその最初の時間を書きました。

朝は温めた食パンにバター、チーズ、そしてこの日は久しぶりにコーヒーも飲みました。
末期になると、全く食べられないと聞いていた私は、こうして少しでもまだ食べてくれる○Tに、少しの安心も覚える様になっていました。

けれども、食事をすると又胃が痛くなった様で、慌てて又水薬のオプソを飲んでいました。


「それじゃあ行って来るね〜」と私はいつもの様に家を出ました。

店に出る前に、駅前のスーパーに寄り、明日からの入院に備えて新しいポットを買いました。
今までは飲み物は一種類だけ用意して持って行っていましたが、今回は2種類いりそうでした。
このところ○Tがずっと気に入って飲んでいるホットミルクと玄米入りの焙じ茶を用意しようと思いました。

ポットを選んでいる間にも、私は「どうか、このポットが長く役に立ちます様に」と思っていました。
もう病院から出て来られないにしても、そのポットから入れたホットミルクや焙じ茶を二人で飲みながら、穏やかな時間を過ごせる事を夢見ていました。

私はお弁当を食べ終わると、メールを出しました。
タイトル「おしっこ」
「取り忘れないでね〜」

1時間ほどたって返事が来ました。
「そこまでボケてはいないぞ」
「あい ちゅいませ〜ん」

そっか、ちゃんとやってるか・・・そうだよね、と思った時でした。
続いてすぐに○Tからメールが来ましたが、空メールでした。

「空メールだぞ」
私はちょっと嫌な感じがしてすぐに返事を出しましたが、その返事は来ませんでした。

何かあれば必ず連絡をしてくれるはずだ・・・・・きっと間違えたに違いない・・・私の返事を見て、「も〜、いちいちうるさいな〜」と思っているに違いない・・・・私は信じていました。

仕事が終わる少し前に、私はもう一度メールを入れました。
タイトル「どうかな?」
「何か食べれそうな気配はあるかな?♡」

今度はすぐに返事が来ました。
「いつもと一緒だよ、わり」
私に気を使わせて”悪い”と言っています。
「いいよ♡ 気にしないで。」


帰る時間になって、私はいつもの様に○Tに電話で”帰るコール”をしました。
この”帰るコール”も、私は○Tが明らかに家に居ないとわかっている時以外は必ずしていました。
それは○Tが食事の用意をする目安だったり、買い忘れた物が無いかを確認する為だったりでした。
○Tもそれがわかっているので、その時にトイレに入っていても、よく「今、おしっこしてたのに〜、止めて来た」と怒りながらでも、ちゃんと電話に出てくれました。

時にはまだその時間には○Tが家に帰っていない事を知るのもその電話でした。

そして時々、電話に出ないからまだ帰っていないのだと思っていると長いトイレに入っていただけだった事や、ちょうど玄関から入って来た所で私が電話を切っていた事もありました。

そんな時は私は家に帰って「あれ? 帰ってたの?」と私が言い、「トイレだったんだよ〜。 出ようとしたらお前が切っちゃったんだよ〜」と言う事も度々でした。

そしてこの日、電話に出るまでに少し間があったのを、私が「トイレだった〜?」と聞くと「そうだよ〜」と言い、いつもの様に「それじゃ、今から帰るね〜」と私は電話を切りました。

私が帰ると、○Tはコタツに座ったまま「電話も少し考えないとな〜」と言っています。
「考える? ん? 何を?」と私はチンプンカンプンです。

「お前がさ、電話して来るのはわかってるんだけどさ、今、トイレに行ってても前みたいにすぐに戻れないしさ・・・さっきも必死で電話に出たんだよ。 諦めようかと思ったんだけど、出ないとお前が心配すると思ってさ・・・」
「そうだったんだ〜・・・いや、大丈夫だよ、もう。 だって事情はわかってるから、出るまでずっと鳴らしておくからさ。 留守電にさえしておかなければ良いんだし」

「そうだけどさ〜・・・今度からは考えよう・・・」
「そうだね、居るのはわかってるから、電話しなくても良いし、メールでも良いしね」


そして、コタツから立ち上がりながら、ちょっと変な事を言いました。
「俺さ〜・・・何か変・・・」
「え? 変って? うん、変なのはわかってるよ、元々だもん」私は茶化してみました。

「テレビ見てても、一人じゃ変なんだよ・・・」
「え? だって○Tはいつも一人でテレビ見て、テレビとお話してるじゃん。」

「それが何か変なんだよ・・・お前が居ないと、テレビ見てても・・・」
「私が居てもテレビとお話して、テレビに怒ったりしてるよ、いつも」

「そうだけど・・・・それはお前が居るからなんだよ・・・お前が居ないと変なんだ」

元祖テレビッ子の○Tは、朝起きると電気を点けるのと同時にテレビを点ける様な人でした。
私がテレビを点けないで一人で居る所に帰って来た○Tに「テレビもつけないで何してんの?」と聞かれた事すらある程です。
ワイドショーを見てはそのコメントに文句を言い、お笑いを見て大声で楽しそうに笑い、私によく「テレビはお友達だね」とからかわれていました。
この晩も多分テレビはつけっ放しだったと思いますが、私は何一つ覚えていません。


私が食事の用意をしていると、○Tは又昨日の様な小さなお握りを作って欲しいと言いました。
昨夜のお握りは実は2度目の軍艦巻き大の物を作った時に、お塩の量がわからずにかなり塩っぱいお握りを作り、大失敗で、3度も作ってしまったので、この日は慎重に作りました。

そして、そのお握りを前にして、○Tは再び言いました。
「これは俺の食事!!!」

今度はもう、すぐに私はわかりました。
「そうだよ! ○Tのだよ! ○Tの為の食事だよ!」私は○Tに向かって言い、それから○Tの胸の辺りに向かって言いました。
「癌!! お前に食べさせる訳じゃない!! お前が食べるな!!!」



食事の後、私は明日の準備を始めると、○Tは「まだ良いんじゃない? 診察してから決まるんでしょ?」と言っていました。

「でもさ〜、ほぼ決定なんだよね? だったら用意だけでもして行って、要らなかったら又バラせば良いだけなんだから・・・、ね、新しいポットも買ったんだよ。 明日はDも来るから加湿器も持って行こうか?」
私は海にでも行く準備をするかの様に、ウキウキと新しいポットも取り出し、いつもの○Tのビーサンや、インド綿のパンツ、最近買った春用のZIPUPのちょっと厚手のジャージの羽織ものも用意しました。
「これ、新しいのまだ着てないから、持って行こうね。 せっかく私が買って来たんだから〜」と言うと
「うんうん」と苦笑いをしながら、○Tは見ていました。

この時の私の態度を、私はまるで自分が○Tの最後の旅支度をしている悪魔の様に感じていました。
それを笑いながらやっている・・・・本当に知らない人が見たら”死神の使い”そのものの様です。
○Tはどう思ってこれを見ていたでしょうか?


「ねえ、お風呂どうする?」と私が聞くと、○Tは「入る〜」と言いました。
「又洗ってくれる?」
「いいよ、つかって、温まったらね」

○Tが足を上げるのも容易ではなくなっているのを知っていた私は、家のお風呂をまたげるのかと心配をしましたが、○Tは湯船の渕に両手を置き、ゆっくりと自分の足を上げて入りました。
しばらく湯船につかり、私を呼びました。
体も頭も、私はいつもよりも入念に洗いました。

最後かもしれない・・・・

お風呂から上がると、パンツをはこうとしてかがもうとする○Tはよろけました。
「ダメじゃ〜ん、危ないよ〜。 私がやるよ〜。 はい、患者さん、左足上げて〜」
○Tは洗面台に両手つき、黙って足を上げました。

「パンツ完了! 次はおズボンで〜す」
そうやって最後に靴下を履いてもらおうとした時でした。

「情けないな・・・」
○Tがぽつりと言いました。

「しょうがないよ〜、今はさ」と私が言うと「そうだな」と○Tは小さな声で言っていました。

この時に、私は○Tの脚がパンパンになっている事に気がつきました。
そして、いつもの足のマッサージをしようとして、パンパンなのは脚だけでなく、足そのものまでパンパンになっている事にも気づきました。
しかも、まるで本当に氷の様な冷たさです。

「どうなってるの〜?」と聞いた私に「こうなってるの〜」と○Tは困った様に答えました。

7年前に亡くなった私の父の足が最期にはそんな風だった事を思い出しました。
○Tもそれを知っています。
「まるでお前の親父みたいだな・・・」
「え?!」私は聞き返しました。

「お前の親父がいつも言ってたじゃん、『右の人〜、左の人〜』ってさ、足さすって欲しくてさ」
ああ、そっちの事か・・・私はちょっとほっとしました。
「うん、言ってたね。」

しばらくして、○Tがうつむいて黙っていました。
顔が見えないほどうつむいている○Tのどこからか、水の様な物が滴り落ちたのを見た時、私は一瞬○Tが泣いているのかと思いました。
「どうした?」と私が聞いても、○Tが黙っているので顔を覗き込むと、○Tは泣いていたのではなくて、口を開けて息をしていました。
滴り落ちたのは涙ではなくて、涎でした。
私がそれをティッシュで拭くと、○Tは顔を上げました。

苦しかったのだろうと思います。
けれども、○Tはそれを口にせず、又しばらくすると普通にしていました。


この日の朝から取り始めた24時間分のおしっこのタンクには、私の一回分かと思う位の量しか入っていませんでした。
いつもちょっとした何かを見つけるとすぐに口に出す私が、これを見て何も言わないのも変だと思い、「随分ちょっとなんだね〜」と笑って言うと「そんなもんでしょ〜」と○Tはいつもの調子で答え、次にトイレに入った時に「おっと、大事なおしっこだから取り忘れない様にしなくっちゃ」とふざけていました。
「そうだよ〜、貴重なおしっこなんだから〜」と私はトイレのドア越しに声をかけました。


これが本当に○Tと過ごした最後の我が家での一日でした。
○Tは本当はきっと不安だったでしょう。
その不安がどれほどだったのか、私には想像もつきません。

本当に最後だとわかっていたら、もう少しマシな話もすれば良かったかな?
この日一日だけでも店を休んで(もう充分ここまで不定期に休んではいましたが・・・)○Tとゆっくりテレビでも見ながら、一緒に文句言ったり、笑ったり、泣いたりすれば良かったな。

でもね、私には良い一日だったよ。
そんな風に言ったら、貴方には悪いかな?

そして、左脇のオマケの癌に当てていた放射線で皮が剥けた所が、すっかり治ったのはこの日でした。
カサブタが出来ていて痒かったのを、かかずに我慢して、この日、お風呂上がりにそれがポロッと自然に落ちたのを○Tは拾っていました。
テーブルにそれを置いて「お〜! 取れたぞ〜、記念に取っておくか〜」と面白そうに言っていました。


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