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2007年3月22日(木)
入院の手続きや移動で、○Tは疲れているのか、かなりうとうとと眠っている事が多くなってはいましたが、人が病室に入ってくる音や気配で、ふっと目を覚ましていました。
私は○Tの足が前の晩からパンパンに腫れている事が気になりました。
今朝も「靴はけるの?」と言う位で、○Tは一番楽にはける靴を選んではいて来ていました。
看護師のA君が部屋に様子を見に来てくれた時に、私はそれを聞いてみました。
「この脚だけでも何とかならないかな? 何だか辛そうなんだ・・・」
もう○Tの体はなす術も無く、このまま穏やかに死に向かって行っている事はわかりました。
パンパンにむくんだ脚など、もうこの際どうでも良い事なのはわかっていました。
でも、今は、まだ痛みも苦しみもなく、意識もキチンとある○Tに、あと少し何かをして欲しい、取り去れる可能性のある不快な症状は取って欲しいと思いました。
そして、それが○Tに嘘をつき通した私の出来る事だと思いました。
その事で、少しでも○Tの「まだ生きる」と言う希望につなげられる様な気がしたのです。
A君は、そんな私のワガママを「わかりました。 先生に聞いてみますね」と言い、病室を出ると、点滴を持って、又表れました。
「これに利尿剤が入っているんですよ。」
この出入りに○Tが目を覚ましました。
「Tさん、先生に言って少しでもむくみが取れる様に利尿剤しますね〜。 これ、すんごい効くんですよ。」
A君はそう言いながら、尿瓶も用意して来ました。
「なんだよ〜、それ〜」と○Tはそれを見てちょっと嫌な顔をしました。
すると、A君は
「あのね、利尿剤かけると、トイレが凄く近くなっちゃう事があるんです。 そうなると、ほら、面倒だったりするでしょ? だから、これ、まあ、必要ないかもしれないけど、一応置いておきますね。」
そう言ってニコニコと笑いながら、病室を出て行きました。
お昼の先生からの呼び出しといい、この尿瓶といい、A君、ナイスフォローです。
いつか、この入院中に、これが必要になる時が来るのだ・・・と暗に私に告げて行った様なものです。
でも、まだ先の事だと思っていました。
私が「うひょ〜、尿瓶だよ〜、ねえ、これどうやって使うの? ○T知ってる?」とふざけて言うと
「知らないよ〜、そこに置いとけよ、も〜、トイレまで行けるよ〜」といつもの調子で答えていました。
夕方になって、食事が運ばれて来ました。
ところが、NK先生がオーダーしてくれたお粥でもなければ、刻み食でもありませんでした。
「違うじゃないか〜!」と○Tは怒り、私もついでに怒りました。
「どうせ食べられないと思って・・・」
○Tは少しいじけてしまいました。
刻み食にしたところで食べられない事は、NK先生にもわかっていた事でしょう。
けれでも、先生は敢えて、「又回復すれば食べられる様になる」と○Tの背中を押してくれていました。
これにも私は感謝しています。
夜になると、奥さんのMちゃんと娘のNっち、応援団長のYっちゃん、社員になりたてTMちゃん、Dの彼女のTMちゃんも顔を出しました。
病室に入るなり「大丈夫〜?」と言ったMちゃんに○Tは「大丈夫じゃないよ〜、もうダメだ〜」とふざけて言いました。
これも又、私の父の最期に、私が病室に入った時に「大丈夫〜?」と言い、冗談など滅多に口にしない父が「いや〜、もうダメだ〜」と言って○Tと私を苦笑させた事を思い出させました。
皆が集まれば、当然又皆で記念撮影です。
その時の写真には、○Tが撮った皆の普段の顔が映っています。
それほど遅くない時間に、○Tがすやすやと眠り始めました。
私はまだ帰りたくはありませんでしたが、誰かが「帰ろうか」と言い出したのを期に、帰り支度を始めました。
私は、Mちゃんに昼間の一件を話さなくてはなりませんでした。
Dの車に乗り込むと、私は話を始めました。
病院から我が家までは10分ほどです。 その間に話は終わりませんでした。
Dは我が家の前で一旦車を止めましたが、再び車を走らせ、全ての話と了解を取るまでの間、町内を3周程回ってくれました。
Mちゃんは私の提案をすぐに了解してくれました。
「そうだね・・・苦しいのと痛いのは可哀想だものね・・・。 仕方ないよね。」
その時同乗していたNっちの気持ちはどうだったでしょうか。
最初にはNっちには全ての事を話さないでいると、兄であるDは言っていました。
ここに来て急展開をしてしまった事で、それを受け止める時間があったかどうかが、私には心配でした。
大好きなパパだったのに、ごめんね。
車を降り、部屋へ入るとYちゃんから電話が入っていた事を思い出し、すぐに電話を入れました。
「親父、どうなの? M_ちゃんも大丈夫? 又入院だって? お見舞いに行きたいんだけどさ、どう? メール入れたいんだけどさ、入れても大丈夫かな?」
「Yちゃん・・・・、川崎大師、行けて良かったよね〜、元気な時に一緒に行けて・・・」私は泣き出してしまいました。
「悪いの? そんなに? ねえ、すぐに行った方が良い?」
私は言えませんでした。
いつ心臓が止まってもおかしくないなんて言ったって、その”いつ”は、本当にいつなのか想像もつかないからです。
しかも、口に出してそんな事を言えば、本当にそうなってしまう事が怖かったのです。
「火曜日のお休みには行くけど、それで良いかな? ○Tに行くからってメールして良いかな?」
「うん、そうしてよ。」
「ちょうどさ、その日私の誕生日なんだよね、だから、その日に行くよ。 必ず行くよ。」
「うん、うん、きっと楽しみにして待ってると思うから、そうして」
電話を切って、しばらく部屋の中を見渡しました。
今朝、○Tが出て行った時のままの部屋です。
11月にいきなり入院した時には、部屋の中の○Tの気配がなくなっていると感じました。
今度はどうでしょう・・・・この時には、まだ私にははっきりと○Tの気配が感じられました。
まだ、大丈夫・・・・
けれでも、「いつ心臓が止まっても」と言う言葉を思い出し、我に返りました。
”いつ”と言う事は、もしかして”今”かもしれないじゃない!
「急変する時は夜が多いですから、泊まっていかれても良いですからね。 いつでもベッドは用意しますからね」と廊下で立ち話の時に言ってくれたNK先生の言葉に
「え〜! だってそんな事したら、○Tが感づきますよ〜」と私は言っていました。
「そうですよね〜、Tさんなら勘ぐりますよね〜。 困りましたね〜」
本当に勘が働くのも困りものです・・・・なんて、言っている場合なのか?私?!
なんで皆と帰って来ちゃったんだろう??!
これから原チャリで又行く? いやいや、それも○Tに気づかれたらおかしな話だし・・・
でも、もし、今だったら???
いや、きっと大丈夫、なんでだかなんて、わからないけど、大丈夫!
頭の中で考えが行ったり来たりしていました。
朝まで待とう・・・明るくなったら、一番で行こう。
ホットミルクと焙じ茶を持って。
携帯に○Tからのメールが入っていた事に気づいたのは、そう思った後でした。
13:53
「もういいよ」
先生に呼ばれている間に入れてくれたのでしょう。
もう採血が終わったから、病室に戻って来ていいよ、と言う意味でした。
○T、明日は早く行くからね! 待っててよ!
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