|
2007年3月16日(金)
酸素 +3
朝からトイレに行くだけで、酸素濃度が90以下に下がってしまうと言うので、酸素の量を上げました。
○Tは「先生は2で良いって言ってたのに・・・」と言って酸素の量を上げたくはなかった様なのですが、仕方ありません。
2以下で使う時には、蒸留水を途中で入れて加湿をする必要はあまりないと聞いていたのですが、このころには「鼻が乾く」と言って、蒸留水を入れて使っていました。
朝も何も食べる事もなく、動くと息苦しそうな○Tを置いて仕事へ出かけるのは本当は嫌な事でしたが、私は普段通り出かけて行きました。
お店でお客さんと「○Tの調子があまり良くない」と言う話をすると、「この位の時期は天気も不安定だし、病人にとっては辛いのよ」と言われました。
それならそれで、○Tだけが調子悪い訳ではないのだ、と私は自分に言い聞かせ、○Tにもメールを入れました。
タイトル「どんな感じ?」
「少しは楽になってるといいんだけど♡ やっぱりこの天候はあちこちの病人にはかなり辛いみたいだから、きっと○Tもそうなんだよ。 焦らないでゆっくりしててね♡ 何かあったら電話でもメールでもすぐにしてね♡ 飛んで帰るよ」
すぐに返事が来ました。
「あい ちゅいまちぇん」
又病人に謝らせてしまいました・・・・
「いやいや、あやまんないで良いんだよ。 帰った方がいい?」
これには返事が来ませんでしたが、○Tは内心「なんでそこまで心配しているんだろう?」と思っていたかもしれません。
2回目の退院をして来てから、日課の様に足や手のマッサージをしていた私ですが、それ以外にも、テーブルに座ってテレビを二人で見ながらや、話をしながら、よく私は○Tの手をさすっていた事がありました。
食欲が落ちて来ていたある日、○Tは、それを「ねえ、なんでお前最近さ、人の手をよく握ってんの?」と聞いた事があります。
実は私はそれを本当に無意識にやっていたらしく、ちょっと驚いて、さすっていた手を慌てて引っ込めました。
すると、○Tは「俺がもう長くないから?」と聞いたのです。
私は子供がイタズラを見つけられた時の様に「え〜?」とトボケてしまいました。
本当の事を言われて内心「痛っ」と思った私は、軽く「そうだよ〜!」と冗談でそれを返せなかったのです。
気づいちゃったかな・・・・
ごめんね、○T・・・あれは本当は○T、大正解だったんだよ。
でも、本当はちょっと気づいて欲しい気持ちもあったんだ。
でも、最後まで希望は持っていて欲しかったし・・・どうして良いか、実は私にもわからなかったの・・・。
夕方になって、そう言えば前の晩テレビでジュージュー言うステーキを見て「お!何だかあれなら食いたいかも」と言っていたのを思い出し、私は又メールをしてみました。
タイトル「暇だから」
「美味しい肉でも買いに行って来ようかなあ?」
私の仕事が終わる頃には、もう大抵のお店は閉まっていて、いつも帰りにはスーパーでしか買い物が出来ません。
「まかすよ、つきあえるかはわからん」と言う○Tの返事を見ても、もしいつものスーパーで買うお肉よりも良いお肉なら、昨夜の様に「食べてみたい」と思わせるかもしれないと期待しました。
「いいよ、ちょっと見て来よっと」
私は店を抜け出して、お肉屋さんに走りました。
けれでも結局この日、お肉を食べたのは私だけで、○Tはお粥をお茶碗に1/5くらいを食べただけでした。
息苦しさと本当の酸素濃度を知りたくて、このころはよくお風呂にもオキシメーターを持って入りました。
お風呂に入るとかなり息苦しさは解消される様だったのですが、それが本当に数字に出るほど違う物なのか?・・・○Tは気になる様でした。
結果は、やはり多少は数字が高くなる様でした。
そして、全身のマッサージをしても、やはり呼吸は楽になる様でした。
そして、このころは、そのうつぶせの姿勢になる事も、実は○Tには一苦労でした。
マッサージの体勢を取るまで、私はじっと待ち、頃合いを見て声を掛けます。
「いい?」
ところが、○Tは声もあまり出なくなって来ているので、それに返事をするのにも苦労していました。
そこで、私は「患者さ〜ん、良かったら右手上げて下さ〜い」と声を掛ける事にしました。
枕に顔をうずめたまま、○Tが右手を上げるまで私は待ち、それからほぼ全身をマッサージする毎日でした。
○Tが元気だった頃は、やっているうちにこっちが疲れて「ね〜、もう、良い?」とふてくされ気味に言っていた私ですが、このころには○Tが「もう良いよ」と言うまでやっても、疲れる事は感じていませんでした。
終わると、○Tは必ず嬉しそうな顔で「あ〜、楽になった。 元気が出たみたい」と言ってくれるのが、私には幸せな事でした。
こんな事くらいで貴方の寿命が延びるなら、お安い御用!
「ねえ、皆に知られちゃったね・・・」○Tが唐突にしんみりと訳の分からない事を言いました。
「何の事?」と私は聞き返しました。
「お前と一緒に住んでいた事・・・兄貴や姉貴達にさ・・・」
「あ〜、その事? そんな事どうでも良いじゃん、私は気にしてなかったよ」
「俺さ・・・俺・・・勇気がなかったんだよ」
「は? 勇気?」
「うん。 俺と一緒に居るのはお前だって・・・皆に言う勇気がさ。」
「いいよ、もうそんな事。」
そんな事を気にしていたなんて、私はこの時初めて知りました。
特別に隠していた訳でもなかったはずだったのですが、○Tにとっては、あの11月に入院した時に自分の兄姉に私を紹介したのは、本当に勇気のいった事だった様です。
でも、もう皆、私達の事を知っても、それでも可愛い弟の為に、私の事まで良くしてくれていました。
そして、それは○Tが居なくなった今でも変わらないのです。
特に○Tと仲良しだった真ん中のお姉さんKKさんには良くしてもらってるよ、○T。
そのKKさんのご主人が亡くなった時に、火葬場で棺にすがって「焼かないで〜!」と泣いた話は私達の中では有名でした。
「あれは凄かったな〜」とその時○Tは、葬儀から帰ってくるなり感心した様に言っていました。
「お前もそう言うのかな?」○Tはかすれた声で私に言いました。
「それはどうかな〜〜??」とこの時私はふざけて答えました。
本当は、言って欲しかった?
|