未婚の未亡人、泣いたり笑ったり

今は亡き同居人○Tと、未婚の未亡人の珍道中人生

闘病記ー今日も絶好調!

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2006年11月6日(月)〜2007年3月24日(土)
同居人○Tの全てを賭けた、最初で最後の闘病記を、未婚の未亡人の私がつづります。
ぷぷっと笑って、でも時には大まじめな彼の闘病記です。
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賑やかな夕飯

2007年3月1日(木)

酸素+?
放射線 骨の部4回目

朝の目覚めは良かった様でした。
「ねえ、パンはさトーストじゃなくて温めてくれる? チンでさ。」
「病院のみたいだね、変なの」

この時は私は気にもしませんでしたが、もしかして○Tの口の中では副作用でどこかおかしくなっていたのかもしれません。

朝食を食べると、○Tはコタツに転がりしばらく又寝ていました。

午後には息子のDと彼女のTMちゃんが来ると言うので、○Tは早めに放射線へ出かけて行きました。
久しぶりに私が○Tをお見送りです。

「タンク下まで運ぼうか?」
我が家はマンションの一階ですが、玄関を出てから5段ほど下り、その下に駐車場があります。
そこまでは8段。
私は、それを決して軽くはないタンクを持って降りる○Tをちょっと心配しました。

「大丈夫だよ、いつも一人で行ってるんだから」
それでも、私は下の駐車場まで行き、車で出て行く○Tを見送りました。

11:30 店にいる私に○Tからメールが来ました。
「無事到着、I先生に会ったよ、世間話した。 ぞくに言う、立ち話って言う奴。 おばちゃん不在残念。  これからDが来るよ。」

I先生は、あの最初の入院で毎晩部屋を訪れてくれていた”小さい先生”です。
2度目の時には、別の科での研修に入っていて、一度しか会う事は出来なかったのですが、わざわざ病室に来てくれていました。

”おばちゃん”とは、あのレントゲンの受付のおばちゃんです。
「○Tより下かもしれないじゃない、失礼だよ〜」と私が言っても「いやいや、おばちゃんだよ」と言ってききませんでした。
○Tが”おばちゃん”とか”ばばあ”とか呼ぶ人の中には、実は○Tよりもずっと下だったり、本当はとてもきれいでカッコイイ女性が何人かいました。

そして、○Tは”ポチ”を連れて病院に通う様になってから、そのおばちゃんの前をかっこ良く通りたくて、時々その手前で一呼吸おいて息を整えてから行っていたと白状した事があります。
「だって、おばちゃんに元気良く『おはよう!』って言いたいじゃん。 はあはあ言ってたらカッチョ悪いでしょ?」
だから、この日もきっと手前で息を整えて張り切って挨拶をするつもりだったのでしょう。
それが、いなくて・・・ガッカリした○Tの顔が浮かんで、笑ってしまいました。

夕方に又メールが来ました。
「Dも夕飯食べるからダイ○ーに今から行く」
「あいよ! 何が食べれるんだろう? 楽しみだ〜」

私が帰る頃になって、そういえばコーヒー豆買ったかな?と思っていると○Tから
「コーヒー買ってないよ」と言うメールが入りました。

我が家では、食材はほとんど○Tが買って来ていました。
”シェフ”は自分が食べたい物を買って来るのです。
ですから、私は冷蔵庫に何が入っているのかも知らない事もありました。
でも、何故かコーヒー豆、牛乳、パンに限ってはほとんど○Tは自分で買っては来ないのです。
どうやら、それは「私の担当」だった様です。

私はコーヒー豆だけを買って家に帰りました。

この日の夕食は食べ盛り(?)の息子の為に生姜焼きでした。
勿論シェフはフライパンを使っています。
Dも手伝って、一緒に流しに立っていました。

他にはシャケのバター焼き、なめこの味噌汁でした。

4人で賑やかに夕飯を食べ、又してもUNOが始まりました。

しばらくすると、「又胃が痛くなって来た」と言い始めました。
「やっぱ豚はダメなのかな〜?? これからは鳥肉だけにしよう!」
そう言っている○Tの声が、前に比べて小さくなっているのが気になっていました。

実はこの頃ネットで調べていると、色々な事がわかりました。
勿論肺活量が落ちる事で、声が小さくなる事もあるとは思いますが、声が出難いのは、多分ガンのせいもある様でした。
人によっては声を出す神経がやられて、声が出なくなる事もあるらしいのです。
手だてはある様でしたが、もし○Tが喋れなくなったら・・・元々がお喋りの○Tの事です。 どんなにガッカリするだろうかと思うと、気がきではありませんでした。

どうか、○Tから声を奪わないで下さい。
○Tには筆談なんて、ぜ〜ったいに無理なんだから!
書いている間に絶対イライラしちゃうに決まってるんだから!

2007年2月28日(水)

酸素+?
放射線 骨の部 3回目
抗癌剤 3クール目の2回目

朝ご飯にトーストと前の晩の残りのポトフを食べて、10時に家を出ました。
この日は放射線以外に診察と抗癌剤の日でした。

いつもの血液検査では、炎症反応が5と、高めでしたが、先生は「心配する程でもないでしょう」と言っていました。

入院前から出ていたお薬と、退院する時に持って出たお薬とがだぶっているのが気になっていたので、だぶっている薬を調べて報告をすると
「そうですよね、少しお薬を整理しましょうね。 飲まないで余っているのもあるでしょうから」と先生は言って、処方箋を出してくれました。

「それで、リンデロン(ステロイド剤)は減らしましょうね」

やった!・・・私は心の中でガッツポーズでした。
ステロイド剤が減って来ると言う事は、それナシでもやって行ける様になる日が来るかもしれないのです。

診察は特に○Tに変わった様子も見られないので、「体調は?」とか「食べられてますか?」とか、他愛のない会話で進んでいました。
その会話の中で、○Tが何を思ったのか、自分からスクーターの話を始めました。

「先生、実はね、スクーター買ったんですよ。」
すると、先生は本当に初めて聞く話の様に驚いて
「え? Tさん、バイクですか?」と聞き直しました。

「いや、大きいのじゃなくて、原付みたいなのでね、病院に通うのに使おうと思って。」
「え? ひょっとしてTさん、今でもご自分で運転して来るんですか?」

「はい。」
「そうですか〜」

「それでね、駐車場入るのが大変なんですよ。 ハンドルが左なんで・・・券を取るのに、この酸素付いてると反対に回らなくちゃいけないのが大変で・・・」
「ああ、それはそうですよね」

「だから、スクーターにしようと思って・・・」
「Tさん・・・あの、スクーターは危なくないですか?」

「なんで? ちゃんと仲間に頼んで酸素ボンベもあのケースごと本体にくくり付ける様になってるんです。 大丈夫ですよ、運転は慣れてますから」
「う〜ん・・・でもね〜・・・」

先生は必死でした。 Dの要望を何とかしてやりたいと思っていた様です。
でも、昨日先生も自分で「酸素だけでスクーターを禁止する理由はない」と言っていました。
はて、どうやって先生は○Tを説得するのかと見ていると・・・

「今ね〜、まだ寒いじゃないですか〜。 風邪とかひいたら困りますよね〜」

う〜ん・・・ちょっと説得力には欠けてる感じです。

「じゃあマスクもしちゃおうかな」と○Tは言い返しました。

うんうん、そうだよね、○Tならそう言っちゃうよね・・・

「でもね〜・・・風冷たいでしょう〜?」
「先生・・・ダメなのかな? どうしても?」

「いえ、これはTさんの為に言っているんですよ、本当に。 今は風邪でもひいたら本当に大変な事になっちゃいますからね〜。 通院は車にしておいて欲しいんですけどね〜。」
「ふ〜ん・・・そうなんだ〜」

「あ、じゃあTさん、こう言うのはどうですか? すごく暖かくてTさんの体調が凄く良いときなら良いって言うのは?  実際に放射線は疲れる事もあるので、それも心配なんですよ。 それで、お家を出る時にちょっとでも体調が悪いなって感じた時には止めて下さいよ。 どうですか?」
「はい、わかりました。」

○Tは渋々その条件を飲みました。

この日のお昼は待っている間に病院の10階のレストランに行き、○Tは炒飯をペロリと完食していました。

診察と抗癌剤の手順もすっかり覚えた私は、○Tが抗癌剤をやっている間に支払いの計算書を持って、会計を済ませ、処方箋を持って薬局に行きました。


3時過ぎに家に帰って来ると、私はちょっと疲れたので、コタツで休もうかと思っていました。
溜まっていた○Tの会社の伝票もあり、それもやっつけるつもりでいました。
ところが、○Tは家に帰るなり、「さあ、出かけるか〜」と言い出しました。

「え〜?! 今から〜??」
「そうだよ、行こうよ」

「いや・・・だって今日はおとなしくしてた方が良いんじゃないの?」
「なんで? 俺なら大丈夫だよ」

「あのさ・・・私ね、ちょっと疲れてるんだ。 それに今日は内勤しようと思っていたんだよ。 伝票溜めちゃったし・・・」
「なんだよ〜!!  出かけるつもりだったんだよ〜! 武○小○にさ〜、なんだよ〜!家に居るのなんかツマンナイよ〜、ちぇっ!」

どうやら機嫌を損ねてしまった様でした。
疲れていると言っても私は健康なのだから、もう少しの無理なら何とかなりそうでした。
伝票は夜にしても何とか出来るかもしれない・・・せっかくの○Tの誘いなんだから・・・と思い直して「じゃあ、行こうか?」と言ってみました。

今までの○Tだったら、きっと乗って来たはずなのです。
一度機嫌を損ねても、私が「うん! そうしよう」と言えば、「ほんと?」と言ってくるはずでした。
けれでも、この日の○Tは違っていました。
「もういいよ」と言ってコタツに入り、結局6時頃まで昼寝(夕寝?)をしてしまいました。

スクーターを反対された腹いせだったのかな?

帰りの車の中で「まさか反対されるとは思わなかったな〜」と言っていました。
「『風邪ひくから・・・』なんて嘘だよな〜。 乗せたくないんだろうな〜、わかんないんだよ、先生はバイクとかさ、乗った事ないんだろうな〜。 だから凄く危ない物だと思っているんだろうな〜。  俺の腕を知らないからな〜、どうって事ないのにな〜。」
私が「それで、どうするの?」と聞くと
「まあ、寒いうちは止めておこうかな。」と答えていました。

遅いお昼寝から起きた○Tは、トイレに行くと「ちょっと下痢してる。 何だか胃も痛いな〜」と言って出て来ました。
「調子に乗ってお昼に食べ過ぎたのかな?」と言い、夕飯にはお粥が良いと言うので、卵入りのお粥にしました。

そして夕飯が終わって「お薬タイム」になってハタと気づきました。
リンデロンが袋に入っていないのです。
「車の中に落ちてるんじゃない?」と言われ探してみましたがみつかりません。
処方箋を見ると、そこにも書いてありません。
そこに書いてあった薬局に電話をして確認をすると、やはり処方箋には書いていなかったと言っています。
病院に電話をすると、どうやら先生が書き忘れた様でした。
院内処方と言うので出してくれると言うので、私は原チャリに乗って取りに行きました。

「も〜、まったく〜、AYKちゃん(←先生の下の名前です)ダメじゃんね〜」と○Tは苦笑いをしていました。

この日の処方は以下の通りです。
ハイペン錠200mg 合計14錠 1日2回 朝・夕食後 7日分
デパス錠1mg   合計7錠 1日1回 夕食後 7日分
パリエット錠10mg 合計7錠 1日1回 夕食後 7日分
酸化マグネシウム  合計9g 1日3回 毎食後 3日分
オキシコンチン錠5mg 合計21錠 1日3回 朝 夕 眠前 7日分
リンデロン錠0.5mg  合計21錠 1日1回(3錠) 7日分

お風呂につかって温まると「胃は治ったみたいだな」と言い、その後又「撒く?」とUNOを始めました。

健康だった頃は、お昼寝などをしてしまうと夜には寝られなくなる○Tでしたが、この晩も11時半には布団に入り、ほとんど朝まで起きる事なく眠っていました。

時々大きな呼吸の音が聞こえるのですが、そおっとアレを挟んでも94と言う数字を見て、又私も眠っていました。

半分以上入院していた2月ももう終わりです。
肺炎、放射線、抗癌剤、と満身創痍と言った風な○Tです。
まったく”無事”だったとは言えないかもしれませんが、なんとか無事に新しい月を迎える事が出来そうです。

スクーター発注

2007年2月27日(火)

酸素+?
放射線 骨の部 2回目

「放射線は午前中に終わるんだ」と言っている○Tに、私は「で、午後は何してるの?」とさりげなくこの日の○Tの行動を探っていました。

DとMちゃんと私の三人が病院に行くのは4時です。
私は3時半頃に店を一旦閉めて行く事になっていますが、その頃に○Tが店の前を通り掛かったりしないかどうか?と探りを入れました。

「Dと一緒に出かけるつもりなんだ。」と言うので、これで私の方は大丈夫です。
後はやはりDが○Tの誘いを断って出て来られるのか?が心配でした。

私が店を抜けて病院に行くと、まだ誰も来ていませんでした。
夕方の4時頃の病院のロビーは、ガランとしていて、いつもとは随分印象が違っていました。

しばらくするとMちゃんがやって来ました。
「Dはまだなの?」とMちゃんが聞くので、
「今日は親父とバイク屋に行く事になっちゃってるかも・・・」と答えると、
「大丈夫かしら〜」とやはり心配そうでした。

4時近くになってもDが来ないので、私達は2階の内科の受付に上がりました。
この病院は1階のロビーは吹き抜けになっていて、2階まではエスカレーターで上がり、そこから入り口も全て見える様になっていました。

私はせっかく時間を作ってくれた先生をお待たせしては申し訳ないと思い、受付で「まだもう一人が来ないので、来てから先生を呼んで欲しい」とお願いし、もうしばらく待ちました。

10分ほど遅れて入り口を入って来るDが見えました。
私が2階から手を振って「こっちこっち!」と呼ぶと、Dはエスカレーターを駆け上がって来ました。
「遅いよ〜!でも、よく出て来られたね、バレなかった?」と私が言うと
「うん、大丈夫だと思うよ。 バイク屋に行くって言ってたけど、『送って行こうか?』って聞いたら『いや、これは自分のだから良いよ』って言って自分だけで行ったよ。
でもさ、スクーターは本気みたいだよ。」とDは答えました。

「じゃあ、先生呼んでもらうね」
「うん」

受付で3人が揃ったと先生に伝えてもらうと、いつもの外来の診察室の前で待つ様に言われました。
「いつも親父とも、ここで待ってるんだよ。」
「そうなんだ〜」

私達3人は落ち着かなく待っていると、聞き慣れたNK先生の声でアナウンスが入りました。
「T.Tさんのご家族の方、○番の診察室にどうぞ」

「へ〜、そうやって呼ばれるんだ」と外来は初めてのDは感心していました。

診察室に入ると、先生はにこやかに私達に椅子をすすめてくれました。
椅子は二つ、二人に椅子を勧め、私は脇の診察台に腰をおろしました。
この日の説明は主にDとMちゃんに、と言った感じで、私はどちらかと言うとその付き添いみたいでした。

そんな風に思っていたせいか、実は私はこの時に具体的に先生がどう説明をしたかをほとんど覚えていないのです。
私がすでにこの二人にも話をしてある事も知っていた先生は、さらっと同じ様な話をしたとは思いますが。

「・・・そんな訳で、予想していたよりもかなり進行は早いと思って下さい。」
と先生が言った後に、Dが
「それって・・・先生・・・最悪ですね」と言うと先生はきりっとした表情のまま
「はい・・・」と答えていました。

Mちゃんが「それで・・・先生、丸山ワクチンと言うのはどうなんですか? 主人はやりたがっていた様なんですが・・・」と聞きました。
先生は「そうですね〜・・・抗癌剤が終わったらやってみても良いとは思っています。 何か訳のわからない、莫大なお金のかかる治療や健康食品をやるよりは良いと思いますよ。」
私はそこで止めて欲しかったのですが、先生はこの後、ちょっと私の気に障る事を言いました。

「そう言えば、前に一度”血管内治療”とか言う怪しいホームページを持っていらっしゃちゃって・・・・、ちょっと困っちゃった事があるんですよ〜」

それを聞いて、MちゃんとDは一緒に笑っていましたが、私は正直むっとしました。
○Tは必死だったのです。
勿論私にもそれが多少は怪しいものだとは思っていましたし、あの時の先生の説得で○Tも納得しました。
でも、その必死さを理解はして貰えていなかったのだと思うと、腹立たしくなりました。
そして、その先生に同調するかの様に笑ったこの時の二人にも少しむっとなった私でした。

それでも、万が一緩和ケアに移る場合にはそれなりの事をしてもらえるかどうかが気がかりだった私は、ここで口を挟みました。
ガンに対する治療が出来なくなった場合に、放り出されるのではたまったものではありません。
「最後までこちらで面倒を見て頂けるんですね?」と私が聞くと
「ホスピスの設備はしていませんが、万が一その時には勿論責任を持ってそういった施設をご紹介します。」と言ってくれた事で、少し気が楽になりました。

そして、Dがこの後、例のスクーターの話を出したのは意外でした。
「俺達が止めても聞かないから、先生から止めてもらえませんか?」

実は私はそれほど止める気はなかったのです。
昔からバイクに乗って遊んでいた○Tです。
バイクは無理でも、もう一度風を切って走ってみたいと言う○Tの希望を少しでもかなえてあげたい気持ちが私にはありました。
事故の心配をしない訳ではありませんでしたが、転んで事故をしたら、それはその時だと思っていました。

このDのお願いに、先生はこう答えました。
「スクーターですか〜! 初めて聞きました〜! 酸素付けてね〜! Tさんらしいですね〜! そうですか〜、それは心配ですよね。 でもね・・・実は、酸素を付けているだけでスクーターを禁止する理由にはならないんですよね。 酸素を付けている事自体が危ない事ではないんですよ。  ただ、今後一番心配なのは、今はまだ脳に転移は無い様ですが、万が一脳に転移をした場合には、やはり、それはスクーターだけではなく、運転自体を諦めて頂かなければならないので・・・・
まあ、このお話は明日の診察の時にそれとなく聞いてみますね、ご家族としたら心配でしょうから」

ほぼ話が終わった頃に、Dが又口を開きました。
「それで、先生、親父はこの後どれくらい生きられるんですか?」
スクーターの話で盛り上がって笑いが戻って来ていた診察室に又重い空気が流れました。
先生はちらりと私の方を見た後、しばらく考えて言いました。
「そうですね・・・本当にわからないのですが、長くて年内、と思っていて下さい。」

これを最後に私達三人は席を立ち、診察室をあとにしました。

病院の建物から出たDは、
「ねえ、先生の話難しいね〜。 俺実はあの治療の話は半分もわからなかった。 薬の名前とかさ、言われても・・・M_ちゃんはわかるの? 調べたの? 凄いね」と苦笑いをしていました。

そして「M_ちゃん、話違うじゃなな〜い! ねえ、こないだは一ヶ月位って言ったんでしょ? でも年内って・・・話変わってない?」と私に言いました。
「うん、言ったよ。 でも、今だって”長くて”って言ったじゃん。 もうわからないんだよ・・・いつなんだかは・・・いつ何が起ってもさ・・・」
そう私が答えると、Dは
「そうか、そうだよね、俺達はじゃあ一体親父に何が出来るんだろう?」と少し考え込んでいましたが、
「そうか! じゃあ、これからは親父にいっぱい良い思い出を沢山残してあげなくっちゃね!」と言って、自分はヘルメットをかぶり、バイクにまたがり、さっさと帰って行ってしまいました。

もしかしたら、走り出したヘルメットの中は涙でぐしゃぐしゃだったかもしれません。

Mちゃんと私は、一緒にNMの駅まで戻りました。
ホームで電車を待っている間に、私はMちゃんに言いました。
「Mちゃん・・・もう何が起きても不思議じゃないって言われているんだけどね・・・それは病院にいても家にいても、起きる時には起きてしまう事だと私は思っているんです。
だから、もし、何かが家で起こって、それで間に合わない事もあるかもしれないって思う事もあるんです。
でも、その時はその時だって私は思っているので、もし、そうなった時にはMちゃん、先に謝っておく・・・ごめんなさい・・・」
Mちゃんは黙って私のその言葉を聞いて「うん、仕方ないよ、その時はさ。 誰にもわからないんだから、ね。 M_ちゃんだって仕事もあるんだし、体に気をつけなさいよ。」
そう言って、先に来た電車に乗って、手を振ってくれました。

11月に初めて○Tの病気をDから知らされた時には、その場で気を失ってしまった程ショックを受けたMちゃんなのに、私には頼もしく見えました。

ありがとう、二人とも。



予定より大部遅くなって私が店に戻ると○Tからメールが入りました。
17:30
「買い物はやったよ、夕方から暇になった奴をみつけたから、ポトフだよ、野菜は買ったからいらない、蛍光灯買ってきて」
そう言えば、洗面所の蛍光灯が切れそうだったのでした。

店が終わってから、それを買って帰ると、”夕方から暇になった奴”は、いつものYっちゃんでした。
まったく・・・Yっちゃんは”暇になった”んじゃなくて、○Tの為に時間あけてくれていたのに、何て事を言う奴でしょう〜。

○T作のポトフを三人で食べながら、「スクーター頼んで来たんだ〜。 125CCにしたの。」とさっそく報告をしていました。
「なんで125なの〜? 私に乗れないじゃん。」
「だって原チャリだと2段階右折しなきゃいけないしさ〜、やっぱそれ位じゃないとさ〜」とか何とか言い訳をしています。

Yっちゃんが「バイク〜?! どうやって〜?」と又驚いています。
「で、タンクを縛る様に頼んだの?」と私が聞くと、○Tは「オフコース!」と嬉しそうでした。

「でもさ〜、先生に聞いてみた方が良いんじゃないの?」と私はちょっと意地悪そうに言ってみました。

そんな誘導にひっかかる程○Tは甘くないか・・・・


最短で一ヶ月、最長で年内・・・先生はDには手心を加えたのでしょうか?
どっちにしろ、その話は○Tには伝えない事になっています。
私は○Tの友人達にもそれを伝える事はありません。
口に出してしまうと、本当にそうなってしまいそうだったからです。

そして、この後、先生に病状を確認する事もしないつもりです。
○Tが知らない事は、私も知らない事として最期まで過ごすつもりです。
それが”内緒の事”を作ってしまった私の唯一の償いの方法に思えていました。


この晩はYっちゃんも一緒に3人で又UNOで遊びました。
「え〜? 二人だけでもやってるの〜?」
手慣れた様子でテーブルにクッションを置いて用意をする私達に、Yっちゃんはちょっと呆れた様に言って笑っていました。

骨への放射線開始

2007年2月26日(月)

酸素+2
放射線 骨の部 1回目

7:30に起きた○Tは、起きたとたんに「お腹すいた〜!」と騒いでいました。
「パンじゃなくて、卵ご飯が良いな〜」と言うので、前の晩のお味噌汁と卵ご飯、梅干し等を用意すると、モリモリ食べていました。

そんな○Tを見ていると嬉しいものでした。

ところが、その勢いで「たまには体重計にでも乗ってみるか〜」と計った体重は・・・
私が覗き込んで聞くと
「54.7キロしかない・・・・こんなに食べているのに・・・ねえ、おかしくない? 食べてもガンが食べてるのかも〜」
ちょっと不安になりました。

見かけはすっかり私には見慣れていたので、入院前とそれほど変わっていないと思っていましたが、3キロ近く落ちていました。

それでも、気を取り直して○Tは私が仕事に出た後、放射線に出かけて行きました。勿論自分で運転をして。

お昼頃にメールを入れてみたのですが、全く返事がなく、ちょっと心配になっていたところに○Tのもう一つの携帯からメールが来ました。

タイトル「圏外」(←DOCOMOの携帯は放射線のある場所では圏外になっていたそうです)
「検査 時間かかるよ。 なんと二カ所あるらしいよ、攻めるところが。 今CT撮った 次は台の上で写真だろ その後でやっと放射線だ。  二カ所だからそれなりに時間は掛かるな 腰の上のあたりらしい。 背骨って言ってたかな 又マジックでいたずら書きされるからわかるな。」

何にでも一度やればすぐに慣れる○Tです。
治療の前に、CTを撮る事や、その手順はすっかり頭に入っていた様です。
そして、照射の位置の為に体に線を描かれる事も、それを私が「イタズラ書きみたいだ〜」と面白がる事も。

私は励まそうと思って返事にメロディーも付けて、「しっかりやっつけてもらいな、今晩はカレーだよ」と出しました。

しばらくして返事が来ました。
「終わった、音楽付けるな カッチョワリー」

メールを開けたとたんに賑やかに鳴ったメロディーにうろたえた○Tの顔が浮かび、私は笑ってしまいました。

私が家に帰って「どれどれ?」と○Tの服をめくって見ると、今度は背中と確かお腹にも線が描かれていました。
「どこにどうやってこれが目印になるんだろうね〜」と、私がクックと笑うと、○Tも「本当だよな〜。」と可笑しそうにしていました。

「そういえばお昼にはラーメン食べたいって言ってたけど、どうした?」と私が聞くと
「それがさ、全然時間がなくてさ、パン屋に行ったんだ。 アンパン買って来たよ。 それからモスバーガーにも寄ったの」
入院していた時に食べたいと言っていたのに食べられなかったモスバーガーにやっとありつけて満足そうでした。

「じゃあ、あんまりお腹すいてない?」と聞いたのですが、カレーは私の母の友人がお見舞いにとわざわざ送ってくれた”どこぞの”ホテルの物だったので、○Tは「食べるよ〜」と言って、一人前ぺろりと食べました。
我が家でレトルトのカレーを食べる事などはなかったのですが、さすが食にうるさいその友人のカレーは美味しかったです。
「ちょっとボンカレーとは違うね〜! レトルトでもこんなに美味しいんだね〜!」と○Tも感激していました。


「明日、さっそくIGの所に行ってスクーター頼んで来なくっちゃ」
この日 車で病院へ行った○Tは、やはりポチ付きで駐車場に入る時の大変さが身にしみた様でした。
「Dも一緒に連れて行こうかな」
そう言って、Dに電話を入れていました。

え・・・ちょっと待って・・・明日はそのDと奥さんのMちゃん、そして私の三人で○Tには内緒で先生との面談がある日です。
病状の説明は入院をしている間にするのが普通なので、本当はあの退院の日がチャンスだったのですが、退院の身支度をしている隙に三人が病室から消えたらとても不自然だと私は断っていました。

先生は「じゃあ私が『酸素の機械の説明をするから、ご家族に説明します』とでも言って病室に迎えに行きましょうか?」と言ったのですが、「だってスイッチ入れるだけだって先生だって言ったじゃないですか〜」と私が言うと「そうでしたよね」とお茶目に笑っていました。

「本当は退院後に説明って言うのは、普通は受けないんですけど・・・でも、3人揃ってと言うのも大変でしょうし、緊急なので、今回は特別ですよ」と言って、私達三人の都合で日時を指定させてもらいました。
何と言っても、病院でのVIPは重病人なのですから。

私は雇い主にお願いをして、営業時間の途中で店を空ける事を許可してもらっています。
Mちゃんも早めに仕事を切り上げて来る予定です。
あとはDが、もし親父につかまっていたら、どうやってまいて来るのでしょうか?

私はこの時、いっその事「明日はDが先生に話を聞きたいって言うから一緒に行くんだ」と言ってしまおうかと思った位です。
前回の退院の後には、Dが「病状を知りたい」と言って来た時には「自分で聞きに行けば良いんだよな〜」とは言っていましたから。
でも、今回はもう状況が違い過ぎます。
「どんな話だった?」ともし○Tに聞かれた時の事を考えると、やはりこの事を○Tに悟られる訳には行きません。

どうか、明日、Dがうまく出て来ます様に・・・
○Tがこの事に気づきません様に・・・

ごめんね、○T・・・あなたに内緒の事をする私達を許してね。
これしか方法は見つからなかったんだよ。

スクーター購入計画

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2007年2月25日(日)

酸素+2

家での酸素付き生活にも慣れ、私から見ると本当に普通に生活をしている様に見えました。

病院にも何度もお見舞いに来てくれていたTKZ君が、この日は一緒にお昼を食べようと誘ってくれていました。
「ちょっとゲストも連れて来るからさ」と言っていたらしく、○Tは「誰なんだろうな〜?」と楽しみにしていました。

TKZ君は、○Tよりずっと若く、見かけはすっごく悪そうで、態度もでかくて悪いのですが、本当はとても小心者の良い奴です。
仕事の関係でのお付き合いですが、最初は○Tに反発をし、色々と二人の間ではトラブルがありました。
けれども、最終的には○Tの本音がわかり、それからはすっかり心をゆるして付き合って来ました。

仕事に出ていた私に、3時前に○Tからメールが入りました。
タイトル「昼飯」
「食った しゃぶしゃぶ、なんとTKZが連れてきた奴は、KBでした、長野にいった、なつかしかったよ。 詳しい話は夜でもしてあげる。 ちなみにご飯は、おかわりして2杯だ。」

KBさんは、自分の後輩に当たるTKZから呼び出されて、わざわざ出て来てくれたのでしょうか。
きっと3人で思い切り昔話しをしたのでしょう。
わざわざ出て来てくれたKBさんには勿論感謝ですが、呼んでくれたTKZ君にも本当に感謝です。

「俺、友達いないからさ〜」と、悪ぶって言うTKZ君とは本当は2月には一緒に温泉に行く約束をしていました。
それが今回の入院で延期になってしまいましたが、まだその温泉を諦めてはいません。
「運転は俺がするからさ、一緒に行こうな〜」と言ってくれていました。


「昼飯食ってから、又ファミレスに行ってさ、4時頃まで居たかな〜。  ちょっと疲れたけど、楽しかったよ。」

「へ〜、KBさんか〜、なつかしいよね〜、元気だった?」
「うん、元気そうにしてたよ」

「ところでファミレスって、M通りの?」
「そうだよ」

「階段上がったの?」
「うん」

「上がれた?」
「何とかね」

あのTKZ君の事です。 きっとタンクを持って上がってくれたのではないかと思います。

昼がしゃぶしゃぶだったのに、夜に生姜焼きを作ってくれたのは○Tでした。それに加えて納豆も出すと、○Tは普通にそれを食べ、お風呂に入りました。

「このシャンプーさ〜」
又しても、あのボディーシャンプーの文句を言っています。
「なあに?」

「俺が言ったのは、別に泡で出て来なくても良かったんだよ〜。 普通ので、泡がすぐ立つ奴って言う意味でさ〜」
「だって、どれがすぐに泡が立つかなんて、使ってみなくちゃわからないじゃな〜い」

「まあ、いいか」
「良いにしといてよ〜。 明日から放射線で又どうせ体に線描かれちゃうんだしさ。」

お風呂から出た○Tの体を見ると、左側に出っ張っていたいくつかのふくらみが心無しか小さくなった様に見えました。
左側にぼっこりと歪んで見えていた体が何となく、戻ったような、少し全体にふっくらした様な印象でした。
私がそう言うと、「そう思って見てるからなんじゃないの? 俺から見ると変わらないんだけどな・・・」と言っていましたが、人の体は自分だと真上からしか見えないので、他人から見た時とは印象が違うから・・・と思っていました。

「お前も入って来ちゃいなよ」と言うので、私もお風呂に入り上がって来ると又しても「撒く?」と誘いました。

テーブルでやると、捨てたカードがあちこちに飛び、時にはテーブルから落ちてしまいます。
○Tはクッションを一つテーブルに乗せると、「これでよし」と言って、"二人UNO"の始まりでした。

「明日からの放射線は、どうやって行くの?」
「車でだよ」

「タクシーとかにすれば?」
「大丈夫だよ。 あ、でもな〜、駐車場の券取るのが反対側なんだよな〜。 面倒臭いんだよな〜。 ポチついてると取りに出るのも大変だしな〜。 まあ、それ位の間なら外してても大丈夫だから、良いけどな。」

「ほら〜、やっぱタクシーが良いんじゃないの?」
「いや、俺、良い事考えた」
あ・・・ちょっと嫌な予感です。
「俺ね、スクーター買おうかな。 そうだ、そうだ!、IGに頼んでタンクもくくり付けられる様にしてもらってさ! そしたら駐車料金だって浮くでしょ? お前がいつも止めてたあの駐輪場に止めれば良いんだからさ!」

「ねえ、万が一事故ったらどうするのよ?」と言う私の言葉なんかは、もう耳に入りません。
「ひっくり返ったたら、間抜けだよね〜・・・酸素付いてて・・・」と言った私の精一杯の皮肉にも「そうだよな〜・・・ハハハ! そんな訳ないだろ」と答えていました。

11時には布団に入り、夜中の2時頃に一度トイレに起きていました。
そおっと目を開けて見ていましたが、2月に入った頃の入院直前よりも、ずっとしっかり歩いている様に見えました。

明け方痛くなって痛み止めを飲んでいましたが、これはコンチンを夜飲み忘れていたのかもしれません。
本当は痛くなる前に、先生に言われた通りに飲む方が良いのに、ちっとも守っていないマイペースな患者でした。

明日放射線に行ったからと言って、先生にスクーターや薬の話をするタマでもないしな〜・・・などと思いながら、昨日より少し大きめの寝息を聞きながら私は又眠ってしまいました。

写真は前の日にNMちゃんからもらったイチゴがあまりに大きくて撮りました。
もう一枚は、これこそが○Tが我が家に帰って来られた立役者、酸素の機械です。
そして、もう一枚・・・料理人○Tの勇姿です。
 


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tat*ug3
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