商学部卒の理系ヲタク。の知的生産ブログ

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全面のり付箋

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表紙にベタッと貼れる。
普通の付箋ならカバンにいれて取り出した時に付箋はなくなってるでしょうね。

本の表紙に本の重要キーワードや
本を読む目的を貼っておけば読んだ本を最大利用できる。

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筆者は様々な禅寺を巡って、

数日〜6日間に渡って修行を体験。

午前4時起き、寒さに凍えながらの坐禅

不条理に思える厳しい修行の中で、

自分中心の考え方を捨てて、

執着を払拭することで我々は人生の悩みから開放されるのか?

2つのトートロジー

「トートロジー」を辞書で引くと以下の様である。


1 同語反復

2 命題論理で、要素となる命題の真偽がいかなるものであっても、常に真となるような論理式。恒真式。

トートロジーとは何事も語らないこと


1の意味においても、2の意味においてもトートロジーとは何事も語らないということである。

私は私だ。

これもトートロジーな文章である。
私が私であることは当たり前のことである。
トートロジーな文章は論理的には何事も語らない。

だだし、文学的な表現としては十分に意味があるし、ドラマなどで比較的よく使われるセリフであるように思う。確固たる自分の存在を確認したりアピールしたりする表現であろう。


ここでひとつの仮説について考えてみたい。

バカなやつはテストの点数が悪い

このような指摘は至極当然のこととして受け入れられると思う。
とくに小学校から大学まで何度ととなくテストをうけさされ、実際テストの結果によって振り分けられてきた。

と同時に以下のような主張もある。
ペーパーテストだけで人間の有能さを計ることはできない。

結論を先に述べると、この仮説は意味論的にトートロジーであり、何事も語っていない。

なぜならこの仮説には反証可能性がないからである。
反証可能性とはポパーが提唱した科学と非科学の分水嶺のことである。
反証可能性があれば科学であり、反証可能性がなければ非科学である。
私は、その違いを論理と非論理と言っても良いと思う。

この仮説を原因と結果に分ける。
(原因)テストを受ける者がバカ
(結果)テストの点数が悪い

では、この仮説は反証できるであろうか?
馬鹿ではない(有能である)のにテストの点数が悪い。
あるいは、バカなのにテストの点数が良い。
そんな反証をあげることができるのだろうか?

私は難しいのではないかと思う。
なぜなら、そもそも「バカ」という表現が曖昧だからである。
何をもって有能とし何をもって「バカ」とするのか?
「バカ」の定義が曖昧なのである。
だからこそ、我々はテストの点数でもってバカと有能を分けてきた。

結局のところ先の仮説は定義の曖昧さ故に反証されない。
有能であってもテストの点数が悪い限り仮説通りバカと判定される。
また、バカであってもテストの点数が良い限りやはり仮説通り馬鹿ではない(有能である)と判定される。

故にこの仮説はトートロジーである。
定義が曖昧なために、反証可能性がなく常に「真」となってしまう文章であり、非科学的であり、非論理的な表現であり、同語反復なのである。
バカはバカと言っており、
テストの点が悪いやつはテストの点が悪いヤツだと言っているのと変わらない。
つまり、非生産的な仮説である。


では、トートロジーは悪か?

もうひとつのトートロジー

しかし、命題論理においてトートロジーは重要な働きをする。
それは推論の正しさを判定する働きである。

AならばBである
Aである
ならばBである

実はこの文章はAやBの命題の真偽に関係なく真となるトートロジーである。
故に何事も語らない文章である。

しかし、先の文章がトートロジーであるが故に以下の推論は、
前提が真であるかぎり結論も真であり、
前提が真であるのに結論が偽であることはない。

AならばBである
Aである
したがってBである

これは正しい推論である。

子供をやる気にさせる4つのポイント

テレビ番組エチカからのメモです。
http://www.youtube.com/watch?v=r3SXAyZuRD0&feature=related
大人になっても参考になる部分が多いと思うので他の文献などの情報も含めてまとめておきます。

1.競争を利用する

競争で勝つことで優越感を得てやる気が出る。
競争で負けることで劣等感をバネに努力する。

2.真似させる

ミラーニューロンの働きを利用して習得させる。
子供はミラニューロンの働きが大人よりも活発であることを利用する。

3.ちょっとだけ難しいことをさせる

難易度の簡単なものから徐々に難易度をあげる。
いきなり難しいものから挑戦すると挫折してしまい学習する気を失わせてしまう。
難しいものばかり続けると勉強を続けることが難しくなる。

4.認めてあげる

認められることが即やる気につながる。
褒めることは認めることのその最たるもの。
番組内ではこどもがその日に取り組んだことを保育士がノートに書き留めてあげるという方法をとっていた。つまり、褒めるばかりが認めるということではない。社会人になってからは「任せる」、「信頼」するというのも大事ですね。
4つのポイントの中でこの認めるということがもっとも重要なポイント。

社会人の環境とやる気

上記の4つのどれもが子供に限った方法でないことは明らかです。
後輩や部下の指導においても重要な点を含んでいることは言うまでもないでしょう。
有名な山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」にも2.真似させると4.認めてあげるの2つを含んでいますね。

忙しいと他人を認める余裕やちょっとだけ難しい仕事を割り振るなどと言った配慮がなるため、忙殺されているようなセクションは組織的な成長は難しいのかもしれないですね。いずれそのような組織は代謝がうまくできずに死に絶えていく運命にあるのでしょう。
のみニケーションが希薄になることで同じ職場の人間を認めあう機会を失っているのかもしれませんね。たとえのみニケーションの場あっても上司ばかりヨイショして上司のモチベーションだけをあげても悪循環に陥る可能性は否定できませんね。自分がそのような立場になったとき後輩や部下をひとりひとり褒めてやれる人間になっていたいものです。

やる気のセルフコントロール

やる気のセルフコントロールで難しいのはやはり「4.認めてあげる」、つまり「他人に認めてもらう」ことだと思います。自分を自分で認めてやったところでやる気増進の効果はほとんどないと思われます。むしろひとりよがりで精神衛生上よろしくないでしょう。
また、受験勉強など短期決戦がよいとされるのも孤独に勉強することで「他人に認められるのが難しい」というのも理由の1つかもしれませんね。
対策としては、受験仲間同士で励ましあうとか、たとえば今日の成果をブログにアップしてコメントをもらうとかでしょうか?ちょっといい案が思いつかないですね。友達に「とにかく俺のこと褒めて」というのもちょっと笑えますし。

ということで、これを読んでくださった方は私のことをコメントで嘘でも褒めてくださいね!!!

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ここまで私たちの脳みそが勝手をしてるなんて知らなかった!!!
にもかかわらず、脳に騙されているということが「分かる」私たちの脳。。。
不思議です。もっとも身近なブラックボックス=脳。

池谷裕二先生の新刊のためのサイト
http://www.asahipress.com/brain/pink.html

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