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ヘンリー・S・ストークス(2013)『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』(祥伝社新書)p.211ー213.に、

その理由の一端が書かれています。


 ドナルド・キーンは、平成24(2012)年に、日本国籍を取得した。「余生を日本で暮らす」という宣言は、広く報じられた。日本外国特派員協会で特派員との会が持たれた際には、私(ヘンリー・S・ストークス)が司会を務めた。


キーンは十六歳で奨学金を受け、コロンビア大学に入学した。厚さの割に安かったという理由で、アーサー・ウェイリーが訳した『源氏物語』を買った。これが出会いとなって感動して、日本語を学びはじめ、日本研究に打ち込んでいった。
 昭和17(1942)年に、コロンビア大学で学士号を取得し、アメリカ海軍日本語学校に入学した。そこでは完全な「缶詰教育」で、英語厳禁のなかで、日本語の本を読み、レポートを書き、受業以外も一日中ずっと日本語で過ごした。
 語学に戦争の勝敗がかかっていた。最前線に送られるから、命を賭(と)した研修だった。
 研修後は情報将校として、太平洋戦線で通訳を務めた。日本軍捕虜の聞き取り調査をし、日本兵の遺体から奪った日記や、手紙を訳した。それらの手紙や日記は血まみれで、異臭を放っていた。腐敗した遺体から奪ったものだった。

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硫黄島で戦死した日本兵

 翻訳は、日本軍がどのような現状に置かれているか、どのような戦闘行動に出てくるのか、それを知るのが目的だった。日本軍にとって何が有利で、不利かをつかむためだった。

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昭和17(1942)年の日本軍の最前線

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ガダルカナル島

 キーンは、それから日本人の気高さに、打たれた。
著書『日本との出会い』のなかで述懐している。
「ガダルカナルを餓島と呼んだ日本軍の兵士たちの耐えた困苦は、圧倒的な感動を呼び起こした。アメリカ軍の兵士の手紙には何の理想もなく、ただ元の生活に戻りたいとだけ書かれていた」
「大義のために滅私奉公する日本人と、帰郷以外のことにはまったく関心を持たない大部分のアメリカ人。
日本の兵に対しては賛嘆を禁じえなかった。そして結局、日本人こそ勝利に値するのではないかと信じるようになった」

日本軍は補給を完全に断たれ、餓死する兵が続出していた。
だがキーンは、まさに超人的な精神力で戦った日本兵を、目の当たりにした。
二十歳にも満たない兵士も多くいた。
彼らは親兄弟から遠く離れた戦地で、勇敢に戦って、命を落としていったのだった。

 キーンは自分を平和主義者としているが、それは戦場の体験に基づいていた。
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私のコメント

若き日のドナルド・キーン氏は、こう思ったのではないだろうか。

戦場の兵士としてどうしても死を避けられない運命にあるのならば、日本兵として戦死する方がずっと立派だ・・・・。


 ヘンリー・S・ストークス氏やドナルド・キーン氏には、
英米の白人にありがちな「日本人への偏見」が片鱗すら見られないことに驚いた。

 ドナルド・キーン氏は十八歳から英訳『源氏物語』を読み、その後、米軍で日本語通訳を経て日本文学を専攻した。当時は、特殊なアメリカ人であったことだろう。
 ヘンリー・S・ストークス氏は50年におよぶ滞日経験から、「日本の心」を理解するようになった。

 彼らこそ、「帰化人」と呼ばれるのにふさわしいのではないか。



 「大東亜共栄圏の大義」に共鳴してしまう米軍通訳とは、いったいどのようなものだったのだろうか。

米・大統領ウィルソンが第一次世界大戦後に民族自決と言ったところで、それはあくまでも白人内部だけのことであった。
第二次世界大戦後の戦勝国は、「民主主義 対 ファシズム」のプロパガンダで世界を覆いつくした。

「アジアの愚民ども、いや家畜ども」とナメきっていたのが、日本軍の破竹の進撃を見て、
日本人に教育された「家畜ども」が独立戦争に立ち上がったのである。
「独立戦争は、白人の専売特許ではない」
と気づいた時、彼らは愕然としたのではあるまいか?

「人種差別は撤廃すべきであり、民族自決を全人類に適用せよ」
との日本の主張に、植民地帝国主義の欧米列強は、実は冷や汗を流したのではないか。

「大東亜戦争」を禁句にしたGHQの占領政策に、それが見てとれる。



余談

「ガダルカナル島からの手紙」

 ガダルカナル島には戦争博物館がある。
「博物館」とは言っても、ガラクタ置き場やゴミ置き場に等しい。
現地人の観光資源だから、こんなものになるのは仕方がない。
今年、そこを訪れた日本人が、
漢字の刻まれた飯盒(はんごう)のフタを
何気なく撮影した。

 後日、フタに刻まれた言葉の意味が判明した。
70年後の
われわれ現代日本人への、伝言であろうか・・・?

この飯盒(はんごう)に刻まれた文字が判明する。

イメージ 5

何と書いてあるのか・・・・・?

イメージ 6
この出典記事↓の最後に、回答が書かれている。
ガダルカナル島で戦った日本兵の持ち物に刻まれた言葉が頭にしがみついて離れない




追記(2018年2月25日)

ドナルド・キーンとは、何者だったのか?

ドナルド・キーン氏の訃報に接し、彼についての辛口の論評を紹介しておく。
「戦争犯罪国はアメリカだった!」(ヘンリー・ストークス)を支持する外国人なら信用していいかもしれない

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ドナルド・キーン氏及びヘンリー・S・ストークス氏!・・・
両者は正しく帰化人であり!〜、『正真正銘の日本人!』と言っても決して過言では無いと思います。

尊敬に値する人物です。

☆ナイス!〜

2015/12/25(金) 午前 3:07 [ gre*n*hub*32 ]

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> gre*n*hub*32さん

英語圏の人でこういう人たちが出てくるのは、
心強いものですね。

☆ナイス!〜、ありがとうございます。

2015/12/25(金) 午後 10:34 tatsuya11147

これは初耳でした。

何故ドナルド・キーン氏が祖国でもない日本をあれだけ愛しているのか、その理由がよく分かりませんでしたが、『源氏物語』との出会いがキッカケなのと、戦場で日本兵の精神を知った事で更に後押しされたという訳ですか。

当時のアメリカ兵には日本兵のような「皇国護持」とか「大東亜共栄圏」とか「植民地解放」とかの理念なんてなかったというのも、まあ分かる気が。


そう言えばキーンさん、あの司馬遼太郎とも親しかったんでしたか?両者の対談集も出してるようですし。

アメリカ人であるキーンさんがこれだけ当時の日本人の精神を深く理解してくれているのに、司馬と来たら日本人のくせしてただひたすら扱き下ろすしか能がないと来たものです。
これではどっちが日本人だか分かりませんな。

2016/2/17(水) 午後 4:24 ZODIAC12

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> ZODIAC12さん

ごもっともです。
「司馬史観」のおかげで、「日本の戦後」は延命しましたね。

私は「日清・日露と大東亜戦争は対でとらえなければ」日本の近代史は分からない
と、思ってきました。
最近は、「外国勢力」も知らないとアカン
と、思うとります。
明治維新のグラバーと薩長、コミンテルンとGHQ・・・・。

2016/2/17(水) 午後 11:10 tatsuya11147


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