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			<title>維新</title>
			<description>万歳</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>維新</title>
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			<description>万歳</description>
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		<item>
			<title>悩める人へ</title>
			<description>真面目で責任感が強いことはいいことだが、反面、強すぎると自分を追い込み、自分を傷つけることも多い。現在の複雑な社会システムは　なるほど効率もよくなっているし、経済的にも成功をもたらせた部分も大きいかもしれない。次の言葉は清沢満之という仏教者のお言葉だ。当時、無責任主義と批判されたそうだが、全てを如来にまかせ（絶対他力）、無我になる。清沢氏がいろんな修業をした結果、このような境地に達したそうだ。以下のように考えれば　随分と楽になると思う。&lt;br /&gt;
あまり詳しくないので、解釈など間違っていたらご指導下さい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
-----------------------------------------------------------------------------------------------&lt;br /&gt;
責任を負う人はえらい人である、然し苦しみの多い人である。義務を感ずる人は貴い人である、然し欺きの多い人である。私どもの経験によれば、責任や義務を重く感ずるのは、未だ宗教の妙味を知らなかった時のことである。既に宗教の妙味を味うて見れば、責任を負ふべき自分というものがなくなり、義務を感ずる自我といふものがなくなるのであるから、何事に当たりても平気なもので、すかすかと如来の心の儘に、切り開きをついて行くのである。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1/23662138.html</link>
			<pubDate>Sun, 15 Feb 2009 07:45:40 +0900</pubDate>
			<category>宗教</category>
		</item>
		<item>
			<title>介護ボランティア、介護サポーター制度</title>
			<description>まずは以下の記事をお読み下さい。&lt;br /&gt;
----------------------------------------------------------------------------------------------&lt;br /&gt;
介護保険料にボランティア制、活動に応じポイント獲得…６５歳以上対象&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
厚労省が新制度、健康維持　給付の抑制狙う&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　厚生労働省は、介護保険と連動させた高齢者ボランティア制度を考案し、全国の市町村に普及させていく方針を決めた。積極的に社会参加してもらうことでいつまでも元気でいてもらい、介護給付費の抑制につなげる考えだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　参加を促すため、活動実績に応じてポイントが獲得できるようにし、ポイントで介護保険料などが払えるようにする。大型連休明けに各市町村に通知する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　制度案によると、対象は原則６５歳以上の高齢者。高齢者施設で食器を並べたり、高齢者の話し相手をしたりするなど、様々なボランティア活動に参加してもらう。ボランティアで得たポイントは、介護保険料や介護サービス利用料の支払いのほか、自分が頼んだボランティアへの謝礼として使えるようにする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　制度の運営は、介護保険の保険者である市町村が、介護予防事業として行う。高齢者の登録や獲得ポイントの管理は、地元の社会福祉協議会などが担当する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　市町村によっては、既に地域通貨を使ったボランティア制度などがある場合もある。厚労省では、こうした制度と連動させたり、商店街が発行するクーポンと交換可能にしたりするよう促して、地域の活性化にも結びつけたい考えだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ボランティア活動の対価としての保険料減免について、厚労省はこれまで、保険の原理を逸脱するとして認めていなかった。０６年４月の制度改正で、介護予防事業として実施できるようになったため、今回、改めて通知を出すことにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　介護予防事業は参加率が低いなど手詰まり感が広がっており、導入する市町村は少なくなさそうだ。&lt;br /&gt;
[解説]地域交流で孤立防ぐ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　厚生労働省が推進を決めた高齢者ボランティア制度は、ボランティア活動に参加した高齢者に、介護保険財政から謝礼を支払うという大胆な仕組みだ。その背景には、介護予防効果への期待だけでなく、地域の活性化や住民同士のつながりの強化を図り、高齢社会を乗り切る地域づくりにつなげたいとの思いがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　誰でも気軽に参加できるボランティア活動の効能は計り知れない。地域の人たちとふれ合うことで、高齢者の閉じこもりや孤立を防ぐことができる。既存のボランティア活動とうまく連動できれば、支出を超える効果が、介護保険財政だけでなく、地域社会全体に及ぶ。介護保険は、介護を通じた地域づくりの手段でもある。厚労省は、市町村の工夫が存分に生かせるよう柔軟性を持たせて、新たなボランティア制度の普及を図ってほしい。&lt;br /&gt;
（2007年4月29日  読売新聞）&lt;br /&gt;
----------------------------------------------------------------------------------------&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
この記事に関する考察&lt;br /&gt;
　安部元総理が提唱し、財政負担も少なく地域コミュニティ振興にもってこいであり、厚労省も納得の上スタートさせた「介護ボランティア・介護サポーター制度」だが、全く盛り上がっていないようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在、未曾有の大不況の中で大量の失業者が発生し、まだまだ失業者が増える懸念がある中、新たな雇用の受け皿として、介護職をという動きが出ている。そして、失業者の介護職希望者に対して手厚い保護をして教育訓練を受けさせている。ホームヘルパー２級という資格があるのだが、通常は取得には２～３ヶ月、費用としては１０～２０万円かかるようだ。それを全て税金でまかなって　資格取得させてやるようだ。更に訓練している間の生活費まで面倒を見るということらしい。本人に本当にやる気があり、適性があるのなら、いいことなのだが、向き、不向きの問題、給料の安さなどで離職率が多い業界であり、その職についてからでないと　勤まるのか勤まらないのかわからない部分もあるらしい。適性がある人は給料を上げれば　その職業を続けてくれる人も多いだろうが、適性の無い人は訓練しても結局、辞めてしまって　結局は　税金の無駄になってしまうのではないだろうか。&lt;br /&gt;
失業したからといって　何でも介護、農業に行け　と言う国の施策を　少し問題があるのではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いづれにしても　確実に老人が増えていくし、それを支える層も減っていく。&lt;br /&gt;
誰でもできるわけでないプロの介護人。だが、一般の人でも介護人としての適性を持ち合わせた人も&lt;br /&gt;
多いと思う。その人達をお金もかからずに活用していけて、考えられたのが&lt;br /&gt;
介護ボランティア・介護サポーター制度だ。&lt;br /&gt;
職業として　介護をする人だけでなく、地域全体の問題として　介護問題を捉えて、地域との繋がりも&lt;br /&gt;
増え、素晴らしい制度だと思う。僕は、この制度を　高校生くらいから　参加できて、&lt;br /&gt;
一般社会人も　どんどん参加できるように工夫すべきだと思う。&lt;br /&gt;
また、この制度に参加して　介護に目覚め、プロの介護人を目指そうという人も出てくると素晴らしい動きも出てくるという効果も期待できるのではないだろうか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1/23533065.html</link>
			<pubDate>Thu, 12 Feb 2009 06:00:53 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>自然との共生、他者との共生</title>
			<description>近代は　あらゆる国が　自然環境を破壊し、公害を発生し&lt;br /&gt;
経済的繁栄を求め、しゃにむに働いてきた。&lt;br /&gt;
その結果、確かに　経済的には豊かになった。&lt;br /&gt;
だが、その一方で、個人主義というものがでてきて、&lt;br /&gt;
他人の事は　どうでもいい。自分さえよければ　いい&lt;br /&gt;
という　本来、昔ではありえないようなことが起こっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そもそも人間は　この大自然の中の一部である。土も水も雑草でも牛も馬も皆、&lt;br /&gt;
仲間である。人間同士であっても、上下などはない。皆、仲間である。&lt;br /&gt;
人間の欲望を勝手に満たすために　このような仲間が不条理に扱われているのもおかしな話だ。&lt;br /&gt;
平均温度が　後、３度上がるだけで　グリーンランドの氷が解けるといわれているようだ。グリーンランドの氷が解ければ　海洋生物が大絶滅するらしい。魚も食べられなくなるかもしれない。&lt;br /&gt;
または、人間の中で言うと、一部の金持ちが　とうもろこしに投資したために&lt;br /&gt;
価格が上昇し、多くの人が　とうもろこしを食べることができなくなり命の危険にさらされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昔、多神教の日本は　自然を大切にして、自分のことだけでなく他者をも大切にし、&lt;br /&gt;
調和を第一としてきた。ところが、西洋から　市場原理主義なるものが　はいってきて&lt;br /&gt;
競争、競争、　何事も自分さえよければよいという考えがはびこってきた。&lt;br /&gt;
そして、自然との共生、他者との共生ということは　なおざりにされ続けた。&lt;br /&gt;
このままの自然破壊の状態が続けば　人類も何れは遠からず絶滅する可能性も出てきている。&lt;br /&gt;
今回の大不況は試練ではあるが、逆に言うと　市場原理主義、個人主義を見直す&lt;br /&gt;
いいチャンスである。失業された方も沢山、これから出ると思うが&lt;br /&gt;
まだまだ希望は捨ててはいけない。&lt;br /&gt;
今こそ昔の自然との共生を大切にする本来の日本思想にもとづく社会の実現を&lt;br /&gt;
期待したい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1/23319066.html</link>
			<pubDate>Sat, 07 Feb 2009 08:44:35 +0900</pubDate>
			<category>その他ビジネス</category>
		</item>
		<item>
			<title>儲かる業種と儲からない業種</title>
			<description>世の中には　その時代のニーズによって　儲かる業種と儲からない業種が　存在する。&lt;br /&gt;
儲からなくてしかも、我々にとって必要がなければ　その業種は　いづれは滅びてしまう。&lt;br /&gt;
これは　どうしようもないことだ。だが、儲けはなくとも　我々の生活にとってなくてはならない業種も　沢山、存在している。&lt;br /&gt;
最近、リストラされた人間が　新たに再就職するのに介護関連の業種が脚光を浴びている。&lt;br /&gt;
実際に人手不足らしい。将来は　確実に老人が増えてくるから　ますます介護関連に従事する&lt;br /&gt;
人間は　必要になるだろう。だが、待遇が　あまりにも低く、離職率が　かなり高いとのことだ。&lt;br /&gt;
若い男性などは　結婚して　賃金が安過ぎて　他業種に転職しなくてはならない人も多いらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コムスンという介護会社が　介護報酬を不正に受給して処分を受けた事件は記憶に新しい。この会社、&lt;br /&gt;
社員に対して　過大な金銭的なノルマをかけて　いたということらしい。素人からみても&lt;br /&gt;
福祉という仕事が金銭的なモノに換算することができるものなのかと　多いに疑問をもった。&lt;br /&gt;
金銭を重視すれば　数をこなさねばならないから　おのおのの対応は　どうしても&lt;br /&gt;
なおざりになってしまう。&lt;br /&gt;
介護関連というものは　我々にとっては　必要な業種で　これからの高齢化時代においては&lt;br /&gt;
ますます必要な業種になってくるだろうと思う。ところが、これは　どちらかというと&lt;br /&gt;
利益を極端に追求することは　いけない。いわゆる儲からない業種にはいると思う。&lt;br /&gt;
儲からなければ　従業員に対しての給料は　当然、安くなる。当然である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国では　このような「我々にとって必要でありながら　儲からない」業種に大幅な特権を与えるべきだと&lt;br /&gt;
思う。その業種に属している人間の　保険料の免除、税金の一部免除など、いくらでも&lt;br /&gt;
できるのではないかと思う。その財源は　どこから持ってくるのかという話にいつでもなるのだが、&lt;br /&gt;
国の無駄を排除していけば　いくらでも　出てくるのではないだろうか。&lt;br /&gt;
金銭的に儲かる業種を伸ばし、税金を沢山納めてもらう環境にするのも国の仕事だが、&lt;br /&gt;
儲からないが　必要な業種を保護するのも国の仕事である。&lt;br /&gt;
国の努力に　期待したいものだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1/23061374.html</link>
			<pubDate>Sun, 01 Feb 2009 05:19:55 +0900</pubDate>
			<category>失業、無職</category>
		</item>
		<item>
			<title>情報開示</title>
			<description>霞ヶ関埋蔵金があるとか　ないとか　言われている。埋蔵金が無い方が都合が良い勢力と&lt;br /&gt;
あった方が都合の良い勢力が　論戦を繰り広げている。&lt;br /&gt;
マスコミでも　いろんな事が言われ、我々はどれを信じたらよいのかわからずじまいだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
埋蔵金があるのかないのかということは当然、わかっていなければならないことなのだろうが、無理にわかりにくくしてしまっている。&lt;br /&gt;
それの方が　官僚にとって都合が良いということだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一般会計と特別会計を別々にしていることも　わかりにくくしている一因だし。&lt;br /&gt;
国民にとって　難しい表現を使っている国の決算書も同様にわかりにくくしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この国の真の負債がいくらあり、資産が　どれだけあるかは&lt;br /&gt;
国民が当然、知る権利だと思う。それを　わかりやすく一般人でも&lt;br /&gt;
わかるように簡単に説明する責任は　当然、国にもあると思う。&lt;br /&gt;
この国の現状が　国民にわかれば　国民の大きな協力も得られるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
増税、減税と議論する前に　国の真の現状を知りたいものである。&lt;br /&gt;
官僚の方々は　嘘、偽りのないことを強く望みたい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1/22936154.html</link>
			<pubDate>Thu, 29 Jan 2009 09:55:40 +0900</pubDate>
			<category>その他政界と政治活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>天洋食品回収のギョーザ、中国鉄鋼メーカーに大量横流し</title>
			<description>以下をお読み下さい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【北京＝佐伯聡士、牧野田亨】昨年１月、日本で発覚した中国製冷凍ギョーザ中毒事件で、製造元の天洋食品（河北省石家荘市）により回収・保管されていたギョーザが、河北省唐山市の「唐山鋼鉄」など複数の鉄鋼メーカーに大量に横流しされ、同年４～６月ごろ、従業員やその家族らが食べていたことが２３日、関係者の話で分かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　また、別の関係者は、中国国内で６月に起きた中毒事件の被害者が、同省承徳市の「承徳鋼鉄」の関係者４人であると明らかにした。４人は横流しされたギョーザを食べたものとみられ、中毒事件発覚後もギョーザが広範囲に出回るという、ずさんな管理実態が浮き彫りになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　◆「福利厚生」名目で無料配布◆　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　唐山鋼鉄従業員によると、冷凍ギョーザは昨年５月ごろ、会社から「福利厚生の一環」として無料配布された。対象は、正規従業員７０００～８０００人のうち夜勤者が中心で、日本で中毒事件が発覚し、輸出が禁止された天洋食品製「中華ｄｅごちそう　ひとくち餃子」が２～４袋ずつ配られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　唐山市で本紙が確認した製品の包装デザインは黒色が基調で、事件当時公表された赤色基調のものとは異なる。輸入元企業の親会社の日本たばこ産業（ＪＴ）によると、黒色の商品は高級感を出すためデザインを刷新したもので、昨年２月から発売する予定だったが、事件発覚で日本国内には出回らなかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　記載された賞味期限「２００９年４月６日」から逆算すると、製造日は昨年１月６日で、天洋食品が保管していたものとみられる。多くの従業員がギョーザを食べたとみられるが、中毒など健康被害は伝えられていない。同省邯鄲(かんたん)市の「邯鄲鋼鉄」でも、昨年４～６月ごろ、２～３袋ずつ配布された。系列病院の職員を含め、約３万人に配られたという証言もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一方、承徳鋼鉄従業員によると、ギョーザは「ひとくち餃子」で、昨年５月ごろ、同社周辺に４か所ある従業員食堂で販売され、購入者が列を作ったという。だが、１、２か月後、会社が突然、残っているギョーザの回収を開始。会社側からは、中毒患者発生などの説明はなかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　中国筋によると、中国では、経営不振の企業などの救済策として、在庫品を低価格で他の企業などが買い取り、従業員に配布する行為が少なくないという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　◇&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ＪＴ・ＩＲ広報部は、天洋食品製造のギョーザの所有権について、日本に輸出され、通関に合わせてＪＴ側に移る契約だったと説明。中国国内での横流しに関して、「非常に遺憾。天洋食品と接触できないため、打つ手がない」と話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　◆中国製冷凍ギョーザ中毒事件＝千葉、兵庫両県の３家族１０人が０７年末から０８年１月にかけ、天洋食品製造のギョーザで中毒症状になった事件。ギョーザから有機リン系殺虫剤メタミドホスが検出されたが、中国側は同年２月末、「原料、生産工程、輸送過程でメタミドホスが混入された状況は見つかっていない」との見解を公表。だが、６月中旬、中国河北省で４人が天洋食品のギョーザを食べ、中毒を起こしたことから、中国国内での混入の可能性が強まっていた&lt;br /&gt;
-----------------------------------------------------------------------------------------&lt;br /&gt;
まさしく予想通りのことをやってくれました。やはり中華人民共和国です。&lt;br /&gt;
これだけ大問題を起こしたギョーザを鉄鋼メーカーに横流しするんですから。&lt;br /&gt;
シナの企業は　これで人命、人の健康など　全く考慮に入れていないということが改めて立証されたということでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これだけの大問題となったわけですから、通常なら国家が厳重な処罰を与え、厳重な管理がされるのは&lt;br /&gt;
当然ですが、それもなされていなかったわけです。&lt;br /&gt;
シナらしい・・・・。これが実感です。全てがアンバランスな国なのです。&lt;br /&gt;
国営企業では、勤務時間中にもかかわず社員が勝手に家に帰ってしまう、仕事もあまり熱心にやらないという話も聞いています。&lt;br /&gt;
全てがいい加減なのです。&lt;br /&gt;
その一方では、シナは反政府活動をする者に対しては重大な刑罰を与え、厳重な管理をしております。&lt;br /&gt;
シナの非人道的な政策に反旗を翻すのは当然のことでしょう。ところが、捕まれば当然、死刑にでも&lt;br /&gt;
なってしまいます。&lt;br /&gt;
正義（笑）に対して、厳しく、本当に必要なことに対して、いい加減なのです。&lt;br /&gt;
なんて国なんでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これからシナは　アメリカにとって替わって世界の盟主になろうと　ギラギラした感じを受けます。&lt;br /&gt;
日本はシナには　断固たる処置を取り、シナの属国といわれないよう毅然だる態度を強く望みます。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1/22732904.html</link>
			<pubDate>Sat, 24 Jan 2009 15:25:00 +0900</pubDate>
			<category>アジア</category>
		</item>
		<item>
			<title>自給自足</title>
			<description>昨夜、テレビを見ていたら、都会から　田舎へ自給自足という形態に飛び込んだ一家が&lt;br /&gt;
何軒か紹介されていた。全くの無の状態から　農業に参入することは並大抵でないだろう。&lt;br /&gt;
どの家も　お金は　あまり無い状態で、無いなら無いなりに　それぞれが&lt;br /&gt;
いろいろな工夫をして　乗り切っている姿は多いに学ぶべきものがあると思った。&lt;br /&gt;
全く廃墟と化した家を　ほとんど無料で　譲り受け、独力でリフォームして住家にしたり、&lt;br /&gt;
そこら辺に　生えている雑草を　採ってきて　料理したり（聞くとことによると、雑草の八割は食べることができるそうだ）・・・。&lt;br /&gt;
寒さをしのぐために、自分で家を改造したり・・・。&lt;br /&gt;
とにかく素晴らしいのだ。皆、素人なのだが、やればできるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代は格差社会で　経済的に貧困な人がいるといわれている一方で、昔に比べたら物質的には&lt;br /&gt;
満たされているといわれる。物などは　いい物が次々に生み出され、買えば&lt;br /&gt;
更にもっと品質の良いものという欲望が生まれ、いいものを求めだせば限がない。&lt;br /&gt;
物が無ければ無いなりに　いろいろ工夫するのが人間の道ではないかと思う。&lt;br /&gt;
だから、貧困だといって　自暴自棄になったり自殺するのは人間の道から外れている。&lt;br /&gt;
我々も　専門外だからといってあきらめずに　何事にも創意工夫していきたいものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1/22518398.html</link>
			<pubDate>Mon, 19 Jan 2009 12:22:14 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>宮崎滔天先生</title>
			<description>自分は宮崎滔天という大陸浪人を尊敬しております。&lt;br /&gt;
けっして　天下を取りたいとか　出世したいとか　そんな願望を持たない方で、&lt;br /&gt;
ただただ　民衆のために　自らを犠牲にした方であります。&lt;br /&gt;
以下は新与太随筆様のブログで　宮崎氏について書かれたものです。&lt;br /&gt;
お読み下さい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
---------------------------------------------------------------------------------------&lt;br /&gt;
イギリスに半植民地化され、日本にも戦争（日清戦争）で破れ、ロシア、ドイツ、フランスにと食い物にされていた２０世紀当初の清。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その清こと現在の中国から列強を排し、独立国家として自立できるようにしようとしようとする活動をしていた「中国革命の父」孫文（１８６６→１９２５。享年５８歳）を支援し、辛亥革命を成功させた勢力の中に多くの日本人がいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その者等を、大陸浪人と呼んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生命の危険を顧みず、隣国・清の独立に人生を掛けた日本人の大陸浪人の中で無名ながら、その頭領となった孫文に一番信頼され、全てを捧げて革命の原動力となった男に宮崎 滔天（みやざき　とうてん）という浪人がいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宮崎は、１８７１（明治３）年熊本に生まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治維新を成功させ、やっとで自由を謳歌できるという気風で盛り上がりながら、威信を成功させた薩長閥偏重の不平等政治が中心となり、それに反旗を翻す自由民権運動が高まる中で成長した宮崎。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その気風に影響され、宮崎１５歳の時に自由民権運動の闘士でジャーナリストの徳富蘇峰の大江義塾に入門する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、早稲田大学に進学。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実兄の影響もあり、キリスト教に帰依しながら、欧米列強に蹂躙８じゅうりん）されるアジアの仲間達を屈辱から救おうという義侠心に掻（か）き立てられ、実家の財産を家族を騙してまで処分し、それを活動資金に運動に入り込んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その過程で、１８９７（明治３０）年、孫文と出会った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
武装蜂起に失敗し、日本に亡命していた最中の横浜で出会った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
革命家として名を轟かせていた孫文だが、実際に会ってみると小柄でいかにも折り目正しい紳士のような風貌。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大柄な宮崎は拍子抜けしたが、話を聞くうちにその印象はがらっと豹変した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その舌鋒鋭い弁舌に、革命への熱情は、圧倒されたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
孫文に私淑した宮崎は、これ以降、生涯を掛けて孫文を徹底支援する事となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金銭の提供はもちろん、命の危険を顧みず生家を含め、匿（かくま）った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宮崎は、結婚もしていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
子どももいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家に金は一銭も入れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、ほとんど帰ってこない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それも、帰ってきても金の無心が関の山。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更に、国家から命を狙われる宮崎が家に帰ってくる事は、妻や子どもを危険に晒（さら）すことに直接的につながる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな無償の徹底支援の姿を見て、孫文は胸が詰まった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宮崎の家の困窮振りは際立っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その日の暮らしも、ままならない状況なのに、孫文を諸手を挙げて歓迎し、高待遇。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
孫文の宮崎に対する信頼度は、高まるのに時間は掛からなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
１９００（明治３３）年、孫文は再び挙兵を企てるが、またも失敗に終わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宮崎が支援を依頼した日本人の大陸浪人の非業の死の責任に、利害関係の軋轢（あつれき）の複雑化。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宮崎は、失望と共に責任を感じ、孫文革命の支援から身を引いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、それは形だけであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宮崎は、急に浪曲師に弟子入りする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
桃中軒牛右衛門（とうちゅうけん　うしえもん）と名乗り、全国を巡業した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時の浪曲師は、多額のギャラが入る職であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それも、宮崎は生来、音楽好き。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朴訥（ぼくとつ）さを湛えた言い知れぬ迫力を持つ巨漢の宮崎の浪花節は、中々味のあるものだったと言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、これは孫文の革命の資金獲得のためであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
転んでも、ただでは起きない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
義を貫き通す、その一本気すぎる誠信さは妖気すら漂う迫力を発していた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、ここでも人の良さは際立ち、利用されたが何も気にはしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして資金を溜めると、再び孫文の革命支援の舞台に舞い戻った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
悲願が迫っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、ついに１９１１（明治４４）年、悲願であった革命が成功した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
俗に言う「辛亥革命」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の明治維新をモデルに、ついに中国革命は成功したのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、その後、孫文は同志である袁世凱（えんせいがい）に国家元首の地位を禅譲するが、これが失敗であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
袁世凱は、野心家である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
すぐに、絶対権力を築き、自らが絶対君主となり、孫文が生命を掛け日本人の大陸浪人たちに助けられて成し遂げた革命前に逆戻りしてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、袁世凱は宮崎に甘い言葉をかけてきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
袁世凱打倒に立ち上がった孫文の勢力で一番怖い宮崎を、自勢力に取り込もうとしたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国米輸出権という多額の利権の独り占めという人参をぶら下げて、袁世凱は宮崎を懐柔しようとした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、極貧と死を恐れず、それを貫いて家族に強いた宮崎は、多額の利権で動じる男ではなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
変わらず、孫文を支援し続けたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一人二人と、孫文の下を離れていく中で、宮崎は友情を真摯に貫いたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、辛亥革命から１１年のついに１９２２（大正１１）年、宮崎は５２歳の激動の生涯を閉じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その現実に接した孫文は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「トウテンメイケイ（盟兄）ノシヲカナシム　ソンイツセン」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
と電報で悲しみを表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに続くように、三年後の１９２５（大正１４）年、朋友の孫文も５８歳で死去。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「革命尚未成功　同志仍須努力（革命未だ成功に至らず）」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の遺言を残して。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宮崎は、大中国の自由を獲得する革命の下地を作った偉人である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、全く富や名声を手にしなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ボロ滔天」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これが、宮崎の俗称であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大きな事を成し遂げても、着物はいつもボロボロ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金も持っていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家族は、清貧を貫いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
頼まれたら断らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分がどんなに、不利な状況になろうとも。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どんなに成功しようと、どんなに窮状に陥ろうと、見返りを求めず私利私欲に全く溺れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自らの命を逸する事を全く怖がらず、貧困も恥じず恐れず、金の魔力にも全く動じない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それを根底にした行動力は際立っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
正に、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「無名有力」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
の、本物が宮崎滔天であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この宮崎の生き様から学ぶのは、まず、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何事にも動じず、自分の信念を貫き通す意志力。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無償の友情を貫き通す事で、勝ち得る本物の信頼。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後&lt;br /&gt;
に、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金も命も要らないという、手がつけられないと思わせて白旗を揚げさせ人間力の差を見せ付ける圧倒的な迫力。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この三つが、宮崎滔天から学ぶべき本物の所以でしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治から大正にかけて、このような本物の日本人がいた事を知ると、非常に誇らしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それに、この男義溢れた人生を見ると、憧憬の一念を禁じ得ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無名の偉人であるが、それだからこそその本物具合は偉大である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宮崎滔天からは、多くのメッセージを頂く事が出来る偉大な人生であったと私は評価する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
-----------------------------------------------------------------------------------------&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在の日本で　果たして　ここまで　自らの経済的犠牲を払いながら　私利私欲でなく、&lt;br /&gt;
民衆のために尽くす人間がいるでしょうか。戦後の教育によって　それぞれ個人の生活が第一になって&lt;br /&gt;
しまっています。他人が苦しんでいても　援ける余裕が無いという　感覚を　多くの人が持っているのではないでしょうか。　本来ならば国民に模範を示せなければならない政治家と称する連中からして　自分が第一であるのですから。今回の定額給付金の問題にしても　それぞれの政党に属する&lt;br /&gt;
議員は　選挙資金目当てのために　自分自身の意見を　政党に遠慮してはっきり表明できないという&lt;br /&gt;
情けない状況です。宮崎滔天先生に　少しでも見習って欲しい。そう感じています。&lt;br /&gt;
我々に関して言えば、私利私欲は　誰でも持っていて　なかなか完全には捨て去ることはできませんが、&lt;br /&gt;
人への奉仕の精神を常に持つように各々が心がければ、　社会も変わってくると信じております。&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1/22343184.html</link>
			<pubDate>Thu, 15 Jan 2009 10:19:47 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>もののあはれ</title>
			<description>本居宣長曰く&lt;br /&gt;
「世中にありとしある事のさまざまを、目に見るにつけ耳に聞くにつけ、身にふるるにつけて、其よろづの事を心にあじはへて、そのよろづの事の心をわが心にわきまへしる、これ事の心をしる也。物の心をしる也。物の哀れをしるなり。其中にも猶くはしくわけていはば、わきまへしる所は物の心事の心をしるといふもの也。わきまへしりて、其しなにしたがひて感ずる所が物のあはれ也」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
口語訳&lt;br /&gt;
「世中にありとしある事のさまざまを、目に見るにつけ耳に聞くにつけ、身に触れるにつけて、そのあらゆる事を心に味えて、そのあらゆるの事の心を自分の心でありのままに知る。これが事の心を知るということである。物の心を知るをいうことである。物の哀（あわれ）を知るということである。そしてさらに詳しく分析していえば、ありのままに知るのは、物の心、事の心であり、それらを明らかに知って、その事の性質情状（あるかたち）に動かされるままに感じられるものが、物のあはれである。」&lt;br /&gt;
------------------------------------------------------------------------------------------&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本の外交は　いったいどうなっているのだろうか。自分には、感情を一切、押し殺し、ただ、&lt;br /&gt;
世間体（外国への評判）だけを気にしてやっているように見える。&lt;br /&gt;
時には怒るときには怒り、悲しむ時は悲しに、笑う時には笑う。&lt;br /&gt;
そんなことが必要だと思う。外交といっても　所詮、人間がやっていることだ。&lt;br /&gt;
人間らしく　時には感情をあらわにして欲しい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1/22260165.html</link>
			<pubDate>Tue, 13 Jan 2009 09:55:49 +0900</pubDate>
			<category>アジア情勢</category>
		</item>
		<item>
			<title>失業者対策</title>
			<description>派遣労働者の大量解雇、企業の倒産などがあいつづいている。&lt;br /&gt;
その雇用の受け皿として　介護、福祉などが　よく言われている。&lt;br /&gt;
実際、人手不足である。だが、それには　理由があるのだろう。&lt;br /&gt;
それは、激務の割合には収入が低く、介護会社の利益は公的保険のみであり給料を増やすことが難しいということだ。&lt;br /&gt;
なんとか良い方法で将来的に給料を上げる方向に持っていかないといけないのだが、とりあえず&lt;br /&gt;
介護労働者に大きな特権を国で与えるしかないのではないだろうか。&lt;br /&gt;
例えば　介護労働者の医療費を無料にしてもいいし、子息の教育費を無料にしたっていい。&lt;br /&gt;
これから、我が国では　人口の多い団塊の世代がに老人になっていき、これからどうなっていくのだろうかと心配している。独り暮らしのご老人も間違いなく増えるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
失業者対策として、短期的視点で　住居を提供したり、短期の雇用を与えることは　素晴らしいことだが、それだけでは、本質は解決しない。派遣で首を切られて　景気が　良くなり、また派遣の仕事に就くということは　ありがちなことだと思う。そして、また不景気になり、それで首を切られるということもありがちだ（笑）。失敗は二度と繰り返してはならない。失業労働者に長期的視点で物事を考えれるよう国で施策を考えるようにしなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/tatunono1/22038996.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Jan 2009 10:14:50 +0900</pubDate>
			<category>失業、無職</category>
		</item>
		</channel>
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