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ヒッピー部落

 フーフー、ハーハー、二度息を吸い込むと、二度息を吐く。これを意識的に繰り返しながら斜面を登る。大きな岩石が行く手を邪魔する。乗り越えるか、周るか、その都度判断しながら、一歩一歩登る。
 
硫黄の匂いが鼻を突く。さっきの噴火で吹き出された煙の匂いなのか。又はこの近くで火山ガスが噴き出しているのか。
 
 相変わらず木々の葉がパラパラと音を立てている。御岳が吹きだした細かい砂塵が降り注いでいるのだろう。
 
 
 そう言えば昨日ヒッピー部落に立ち寄った時も大きめの火山灰が絶え間なく降ってた事を思い出した。
 廃虚となっている牛舎の東側にある引き戸を開こうとしたが、これが意外と硬くて開かない。思い切って力任せに開くと、ガシャーッ!!と大きな音を立てて全開した。
 牛舎の中には数人の男女が居て、皆俺の方に驚いたような視線を向けていた。
 俺は唇の両端を思い切り引っ張って笑顔を作った。
 
 釜戸の前でしゃがみ込んでこちらを見ている男は、オレンジ色に何か奇妙な模様のターバンを頭に巻いている。
 蛇口がいくつか並んでいる、流し場のような処に立っている男は、右手に包丁を持ったまま俺を見ている。
 小屋の奥まった所に数人いる男女の中に、フェリーで一緒だったユミがこちらを見ているのが分かった。
 
 「あ〜!!フェリーで一緒だったケンゴ!?」ユミが発した言葉で、固まっていた皆がまた動き出した。
 
 「すみません、少しお邪魔してもいいでしょうか?」俺が2、3歩牛舎に入りながら聞くと、ユミが俺に近寄って来つつ「どうぞ〜!いらっしゃい!大歓迎だよ!ねーみんな!?」と他の者を振り返った。
 
 俺は瞬間、このメンバーで乱交パーティをしてるのか?と考えた。

・・恐怖感・・

 噴火の地響きには慣れて来たが、この噴火は今までのとは違ってずいぶん大きいと感じた。地鳴りがまだ続いている。
 ふと、噴火で溶岩が噴き出るなんてことはないんだろうか、と言う思いが頭を過ぎった。すると得体の知れない恐怖感が湧き上がって来た。
 過去の噴火の溶岩流でこの島にいたであろう蛇が全滅してしまい、現在この諏訪之瀬島には蛇は棲んでいないとの事だ。それなら今、溶岩が噴き出ないって保証は何処にもない。
 今、腰かけているこの岩だって溶岩が冷えて固まった物だと、改めて思った。溶岩流が流れて来て、真っ黒焦げになる自分が目に浮かんだ。
 
 
 どうしようもない恐怖感に包まれた。少し寒気がした。大声を出して走って下山したくなった。全身に鳥肌が立っているのが分かる。
 御岳に一人で居ること自体が怖くなった。
 
 
 脱いでいたヤッケを羽織った。水筒の水を飲んだ。歯を喰いしばって木々の間から見える東シナ海を睨みつけた。大きく息を吐いて腹に力を込めた。
 どうにか恐怖が治まった。ぶるぶると震えていた手の動きが止まった。
 
 ガジュマルの葉がバラバラと音を立て出した。今の噴火で噴出した火山灰が降ってきだしたのだ。
 冗談じゃない!俺はまだ童貞だぞ!女も知らずに真っ黒焦げになってたまるか!
柔肌の熱き血潮に触れもみで寂しからずや黒焦げの君かぁ〜
 
 ナイフを強く握りしめて、何度も何度も空を切った。全身に力が蘇って来た気がした。
 よしっ!登ろう!
 ヒッピー部落からずっと草原が続いている。草の背丈は俺の膝くらいの高さで歩きやすい。草の切れ間に見える土の色は真っ黒で、おそらく御岳の吹きだす火山灰が積もった物なんだろう。
 30分程歩いただろうか、振り返るとヒッピー達が炊事場に使ってる小屋が小さく見える。元は島民が飼っていたトカラ牛の牛小屋だったのだが・・・・牛を育てるには牧草地が狭く飼育を諦めたため、あの小屋は最近まで廃虚同然だった。
 それをヒッピー達が島民から借り上げる形で炊事小屋に使っていると、山木さんが言っていた。
 小屋から薄い煙が立ち上っている。そろそろ玄米を炊飯しだしたのかもしれないと思った。
 
 東シナ海からの海風が心地よく感じる。なだらかではあるがずっと登りが続いているので、うっすら汗をかいている。草原がようやく終わり、鬱蒼とした森の入口に辿り着いた。
 ツルがからみついた低木をナイフで切り払いながら道なき道を登る。
 この諏訪之瀬島には熊や猪などの獣はいないし、蛇も存在しないので、その点は安心だ。奄美大島まで南下するとハブがいるのに・・・・なんでもその昔、御岳の大噴火で蛇は全滅したんだろうとのことだ。
 
 低木の群生地を抜けると、見上げるようなガジュマルの木や琉球松だろうか空を覆い隠すような大木が、大きな火山岩の間を縫うように生えている。
 自然のバナナの木が俺の行く手を邪魔する。邪魔な木やツルを片っ端から切り払う。
 行く手をさえぎる大岩を登り、飛び降り、ナイフを振り回ししていると汗びっしょりになった。ヤッケを脱いで、手拭いで汗を拭き拭き火山岩に腰を降ろした。
 
 ガジュマルの木と木の間からキラキラと海が光っている。海から吹き上げる風に木々の葉がザワザワと鳴く。
 タバコに火を点けた。胸深く吸い込んでゆっくり吐き出す。今俺は夢に向かって確実に進んでる、そう思えた。
 御岳!待ってろ!もうすぐ行くぞ!
 そう口に出すのと同時に、轟音とともに大地が大きく揺れた。御岳が大きな噴火をしたようだ。
  昨夜の事を思い出した。
 
 風呂から上がった角刈り頭が「どっこいしょう〜ぉ!!」と発して俺の隣に座った。
 さっき御岳を見るために来たと言ってましたが、何を見るんですかと聞いて来た。
 「はぁ〜・・登ってみようと思ってます」と答えると、角刈り頭はそりゃあいかんと言って眉間にシワを寄せ眉毛を吊りあげた。
 
 と、同時に山木さんが飲んでいたお茶に「ごほっ!ごほっ!」とむせながら「悪い事は言わん、止めといた方がいい」と強い口調で言った。
 
 今は北風が強いし、御岳はこの2,3日噴火しとるし、噴火で噴き上がったこんな大石が飛んで来よると、両手をいっぱいに広げた。角刈り頭も「ああ・・火口に少しでも近づこうものなら、こ〜んな巨石がドンドン飛んで来て、命がなんぼあってもたりんよ」とこれまた両手を広げた。
 
俺は成る程と思った。「さっきから地響きがしてるから、近くで夜間工事でもしてるのかと思ったら御岳の噴火のせいでしたか?」と聞くと、「うん、今夜は噴火で舞い上がった灰も、だいぶん降っとうよ〜」と角刈り。
 確かに先ほど外で立ち小便をしていると、顔にパラパラと何か感触があった。あれは降灰だったのかと納得したのだった。
 
 
 
 浜村さんの家を通り過ぎ、小学校と中学校が一緒になってる諏訪之瀬島分校の脇を抜け、昨日訪ねたヒッピー部落に着いた。
 部落の入口に立ってる高さ3m程のトーテムポールはアートらしさを感じさせるが茅葺き小屋、今にも吹き飛びそうなテント小屋はヒッピー部落と言うより、ホームレス部落と言った方が良さそうなくらいだ。
 フェリーで一緒だったユミにもう一度会って行こうかと思ったが時間がない。
 御岳の頂きに登って降りてくるには、このまま直行しても日暮れまでに帰って来れるかどうか・・・
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 腰に下げているナイフケースからナイフを抜いた。目の高さに持ち上げると太陽を反射して眩しい。「絶対、やる!!」とナイフに言った。ナイフを強く握りしめて歯を食いしばった。
 テントを折畳み、リュックに荷物を押し込む。背に担ぐとベルトが肩に食い込んでリュックの重量を俺にしっかりと教えてくれる。
 しかし、5日前出発時の重さよりはずい分軽く感じる。喰い物が少しずづ減っているのだから当たり前の話だと一人合点した。「よっしゃあ〜っ!行くぞぉ〜っ!」一人、大声を出すと洞窟内に俺の声が響き渡った。
 
 この島、諏訪之瀬島はとにかく笹が多い。胸の高さ程の笹が海風にサラサラと音を立てている。振り返るともう乙姫の洞窟が小さく見えている。
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 昨日、布バケツ一杯の貴重な水を貰った浜村さんの家の前を通ると、やはり粗末な竹の釣竿が立て掛けてある。
 もう一度顔を見て、お礼を言おうと大声で何度か呼び掛けたが返事はなかった。寡黙な優しい息子と二人で、ワカメでも採りに行ってるのかもしれない。
 
 御岳を見上げると、相変わらず黒煙を高く噴き上げている。時折地響きがしているが、これにはもう慣れている。
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