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先週末のことですが、知人が出演するコンサートを聴きに、なめちゃん仙人さまのお膝元である所沢市民文化センターミューズに出掛けました。春日部→所沢の移動は電車です。所要時間は大宮から川越を経由して1時間20分ほど。

所沢と言えば食いしん坊の我が家では「焼だんご」が浮かびます。甘辛のたれが塗られたみたらし団子ではなく、米粉のだんごにこんがりと焼き目を付け醤油を塗った地域グルメです。お餅の磯辺焼きに近い味わいですが、焦げた醤油の匂いがたまらない逸品。
とくに家人は群馬の「焼まんじゅう」、埼玉西部の「焼だんご」、埼玉県北の「フライ(キャベツのないお好み焼き)」などこうした地域グルメに目がありません。

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当初はそれをまずいただいて夕刻からのコンサートに向かおうというプランを立てたのですが、13時〜18時の間の時間を有効に使う方法が思い当たりません。そこで、同じく焼だんごの名店と史跡の多い川越で日中を過ごし、所沢に移動するという計画に変更しました。

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蓮馨寺(れんけいじ)という寺院に隣接した松山商店に着いたのはお昼少し前。売り切れもありうる人気店とのことで、観光客の混雑を心配しましたが観光の中心地区から少し離れているためか、我々が一番乗り。焼だんご一皿(5本)とサイダーを食し、夜食用に5本のおみやげ包みをお願いして、まずは計画通りのスタートです。

川越は何度も訪れているので、「時の鐘」「菓子屋横丁」「蔵づくりの街なみ」「川越城本丸御殿」「喜多院」など主要スポットは訪問ずみ。話題のクレアモールゾーンは鎌倉の小町通りを連想させる観光客向けの商店街で、我々にはピンと来ません。

と思いつつ歩いていると、焼だんごの店とうなぎ屋がやたらと目につきます。埼玉でうなぎといえば浦和ということになっていますが、川越も負けずにうなぎの名店が多いようです。一番人気の店では炎天下にもかかわらず10人を超える行列が道路にはみ出していました。当日は金曜でしたが、土日にはさらにたいへんなことになるのでしょう。
当方は並んでまで食べさせていただくとか、店主の言うとおりに食す、などという店と客のあり方はご免こうむりたい方なので、並ばなくてよい感じの良い店でうなぎを食すことにしました。店内の雰囲気、接客、さらには価格も納得の店は味も品のよい上質なもので、浦和の力強いうなぎとは異なる土地柄を感じさせるものでありました。

さて市内の行先ですが、ひとひねりして喜多院参道近くの「川越歴史博物館」を覗いてみることにしました。市営の博物館などがありますが、完全民営(市の補助金的なものは出ていないとのこと)のこちらには、本物の武具などがあると知り、がぜん興味が湧きました。

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入口を入ると、失礼ながら昔の場末の映画館を思わせる時代がかった受付カウンターがあり中年の男性が心配そうな様子で「有料なんですが」と。お金がかかるなら入るのは止めようという観光客にがっかりさせられることが多いのかもしれません。
外は35度近い暑さなので、空調のある館内に逃げ込むのはそれだけでもありがたいので、躊躇なくチケットを買って展示室へ。1階には江戸時代の捕物道具類と櫛や矢立などの生活道具の展示があり、大小さまざまな十手、犯人捕獲のための刺股(さすまた)などが、リアルに時代を伝えています。

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受付の男性係員はめったにない来館者に気をよくしたのか、小型の十手は武具としての機能はなく目明しの身分証にすぎなかったとか、刺股は胴を押さえつけるのではなく足をからめるのだとか言ったうんちくを熱心に説明してくれました。
家人と時代小説で得た浅薄な知識に照らしつつ静かに拝見したかったのですが、有り難くもあり煩くもあり・・・。
さすがに2、3階までは同行してこなかったので、古色蒼然たる鎧兜や縄文土器(これは展示の意図が???でしたが)などから時空を超えたオーラ(本物の迫力)を受けて、拝観終了。

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建物は広くもきれいでもありませんが、貴重な展示品は一見の価値あり。なかなかに充実した時間でした。

その後、山野楽器のCD売場をひやかして「山野楽器オリジナル解説付き」の『グイド・レーニの時代の音楽』というレアなCDを購入し、西武線で航空公園前駅へ。

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時間つぶしに書店やCDショップに寄ると
ついつい買うものを見つけようとしてしまう。
このCDはヴィオラ・ダ・ガンバやアーチェリー・リュートなど
珍しい古楽器がアンサンブルに加わっており音もすこぶる良い。
新星堂やディスクユニオンなど有力販売店が
名盤の復活輸入をするケースがあるが、これもそうした一枚。
盤の存在は知らなかったが一期一会と思い購入した。

駅前からホールへ向かう道路は広々とした中央分離帯を有する片側3車線の立派なもので、自転車専用レーンを含む歩道の広さと樹齢数百年を思わせる巨木の街路樹が印象的な街並みを形成していました。住みやすそうな良いところです。

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コンサートはオペラ・アリアを複数の出演者が順に歌っていくというごくオーソドックスなものですが、ピアノ伴奏でなくオーケストラというのが音響好きには嬉しい限り。知人はサラリーマン時代の同僚で、プロではなく趣味の一環として声楽の勉強中。
一時期アポジーのカリパー・シグネイチャーを鳴らしていたオーディオファンでもあります。

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所沢市民文化センターミューズのメインホールは素晴らしいもので、もしかしたら埼玉県内では一二を争うレベルではないかと思いました。正面に据えられたパイプオルガンも都内の有名ホールと遜色ないように感じました。
久々の生オーケストラでしたが、ヴァイオリン群の響きがきれいですし、コントラバスのうなりもちゃんと聴き取れ、音響的な制御も行き届いているようです。自室でもこういう自然な響きで鳴らしたいと思わずにはいられません。

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最近のホールは元来の残響性能をエレクトロニクスの力でさらに向上させて極上の響きを創りだしているところも少なくありません。で何気なく天井や壁を見ると、何やら音響装置の気配。壁の木枠に取り付けられた四角い箱、天井の黒い三角ピラミッド、これらがオーディオ装置なのでしょうか。
気持の良い音の洪水を浴びながら、本日のささやかな旅はしめくくられました。

今年も桜は浅草で

連日、全国の桜だよりがテレビ画面に流れていますが、みなさまのご近所の桜はどんな具合でしょうか。

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埼玉東部に住まう当方の近くには、幸手・権現堂堤という全国的に知られた桜の名所もあるのですが、“ついでに旨いものも”という食い意地から離れられない私の足は、どうしても浅草に向いてしまいます。
というわけで、先週末、墨堤(隅田川の堤)に桜見物に行って参りました。

今年は、浅草河岸の台東区側ではなく、吾妻橋を渡り墨田区側の堤から三囲(みめぐり)神社まで歩いてみることにしました。この地域では向嶋墨堤組合の芸妓茶屋などという江戸風情のブースなどもあり、格別の情緒が味わえます。

吾妻橋から大川(隅田川)を見降ろすと、松本零士氏がデザインした「ヒミコ」が。アニメから飛び出した未来船みたいですね。トーキョー・クルーズのビルは遊覧船を待つ人でいっぱいです。

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こちらは、橋の上から浅草駅方面を見渡した風景で、車と重なるように写っている神社風の建物が浅草駅前にある花川戸交番です。

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川を渡って左に折れ、堤を行くとまもなく銅像がありました。浅学な私はこんなところに勝海舟の像があることを知りませんでした。多くの名を持つ海舟ですが、ここでは勝安芳と表記されていました。ゆかりのある墨田区に2003年に建てられたもののようです。

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さらに進むと、かつて水戸藩下屋敷だった場所が浅草隅田公園になっており、ここからは桜とスカイツリーが一緒に楽しめたりします。桜は満開を迎える前で、控えめな豪華さが和のイメージにピタリと重なります。

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公園内は外国人の花見客であふれていました。その割合は昨年以上に多く、観光に力を入れてきた国策の浸透がじわりと感じられます。

公園を抜けて、本日のお目当てのひとつ「三囲神社」に到着です。規模は大きくありませんが建立は平安初期という歴史を有し、江戸を舞台にした時代小説では欠かせない場所のひとつ。『居眠り磐音・江戸双紙』の読者としては、「ふむふむ、雌伏の時を過ごした磐音は、この神社で心を鎮めたのか」などと、創作の世界に現実を重ねて感慨にふけってみたくなります。

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もうひとつ、「三囲神社」にはミステリアスなイメージもあって、秘密結社・フリーメイソンや、三井財閥とのつながりが指摘されているのです。前者は憶測の域を出ませんが、三井一族との深い関わりは三越の前に置かれているライオン像が境内に移設されていることからも明らかです。写真は閉店した池袋店の前に設置されていたもの。三井グループの広報サイトでも守り神として「三囲神社」を特集しています。

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「三囲神社」は稲荷神社であり、伏見稲荷大社ほどではありませんが赤い鳥居の列があり、鮮やかな朱色が強いインパクトを与えます。

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本殿脇の小さな稲荷社にも手を合わせ、次に向かうのは「長命寺桜もち」を販売する「やまもと」さん。これも、時代小説にたびたび登場する歴史ある名菓です。

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歩き疲れたので、縁台に座ってお茶でも飲みながらいただけるものと思っていたら、店の前まで客があふれて「店内での飲食はおやすみ中」との貼り紙がありました。最近の浅草人気で、お茶付きセットを提供できるような状況ではなくなっているようでした。

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やむをえず、持ち帰りの箱を買って川べりのベンチで開いたのがこれ。桜もち1個あたり3枚の桜葉で包まれており、桜葉を取り除いて食べるよう指示が書かれていました。皮と一緒に葉も食べられる最近の和菓子屋さんのものと違い硬くしっかりした葉なので、食べるのはとても無理でしょう。
色の薄い皮と、こちらも色の薄い餡はくどさのない素朴な味わいで、甘い物が貴重だった江戸では大人気であったことがうなづけます。

日も傾いてきたので浅草に戻り、口直しに蕎麦をいただいて今回の小さな旅を締めくくることにしました。

湯島天神・女坂

昨夜は知人のギタリストのコンサートがありました。せっかく都内に出るならどこかを回って・・・と検討の結果、コンサートの前に湯島天神を参拝することにしました。
ウン十年前、学校も勤め先も都内でしたから、23区内は公用、私用であちこちうろついたのですが、なぜか名高い湯島天神を訪れたことはありませんでしたので、この機会にと思った次第。

湯島天神は、江戸を舞台にした時代劇に深川の富岡八幡宮、浅草寺とともにひんぱんに登場する有力寺社のひとつで、元来は天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)を祀る神社であったものに後から菅原道真が合祀されて天神(天満宮)と呼ばれるようになったとのこと。

湯島天神下にはこんな建物もあり、小説の世界に入り込んで秋山小兵衛か坂崎磐音に出くわしそうな気分になれます。

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女坂入口の建物
 
この他、男坂、夫婦坂と3つの登り階段があり、
男>夫婦>女 の順に坂が急峻になります。
前回の愛宕山階段に比べれば段数は半分以下で、
男坂といってもたいしたことはありませんが。

道真が優れた学者であったことから天神は「学問の神様」とされ、多くの受験生が合格祈願に訪れます。その結果がこちら・・・。

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合格祈願の絵馬が何層にも重なって、たいへんなボリュームに。これだけあってはさすがの道真公も応えきれないでしょうね。

当方はたまたま2月19日に参拝することになったのですが、折悪しく(?)恒例の『梅まつり』が開催されており、静かに詣でるつもりが人の賑わいを見る羽目になってしまいました。

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本来の静寂な本殿


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この日の参道は屋台店でいっぱい

大宰府天満宮には「飛び梅」という伝説の梅の木(逸話のイメージより小じんまりとした木でした)がありましたが、こちら湯島でも道真公が愛でた“梅”にまつわる祭礼がちょうどこの時期でした。

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猿回しの大道芸も出演

外国人向けのTOKYOガイドでも紹介されているらしく、外国からの観光客もずいぶん見かけました。そんな風潮を反映しておみくじも国際対応!

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こちらも対抗して恋みくじを、と思いましたがさすがに思いとどまって写真に半分だけ写っている伝統の木箱からのおみくじをひくと、結果は「吉」。
日本中のおみくじの大半は某県でつくられる標準仕様であり、一定割合で「凶」も入っていることを考慮すれば、上々でしょう。「凶」は境内の指定場所に結んで厄祓いをしますが、「吉」はサイフ等に入れるとよろしいと書かれています。

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願望:意外に早く叶う や 
待人:おそけれど来たる など 
嬉しいご託宣が多い

湯島天神の拝礼作法は「二拝二拍手一拝」とオーソドックスなもの。神社によっては四拝や四拍手もあるので、その神社の作法を確認してからお参りする必要があります。

親族のなかに怪我の療養中や資格試験に挑戦中の者がいるので、彼らに渡すべくそれぞれの祈願内容に合ったお守りを授与していただき、我が家用には“他力本願は最小で”と見栄を張り、「家内安全」「開運招福」という一般的でご利益の薄そうな安価なお印を1つ購いました。

東京・愛宕山詣で

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還暦を過ぎてから気楽な時代小説を読むようになった影響で、東京に残る江戸風情を訪ねる旅が増えています。今回は愛宕山です。

愛宕山という地名は愛宕神社のある山という来歴から日本各地にあり、その一つが東京港区にある愛宕山です。愛宕山は23区内で最も高い自然の山であり、NHKの初期のラジオ放送電波はこの山頂から発信されていました。
また、講談「寛永三馬術」として伝わっている逸話〜時の将軍家光が増上寺参拝の帰路に愛宕下を通った際、山の上に咲く梅の花を目に止め「馬であの梅の枝を手折って参れ」という下知をくだした。目の前にあるのは落下したら大ケガ必死の愛宕神社への急石段。みなが尻込みするなか、丸亀藩士・曲垣平九郎が馬上のままこの石段を登り降りし、見事に梅の小枝を献上した〜でも有名です。平九郎は馬術名人として将軍の賞賛と世間の名声を獲得したことから、この石段登りは「出世の石段」として、仕事の成功や諸々の目標達成を祈願する対象になっています。

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階段下に立つと階段が壁のように立ちはだかり、各段が高く奥行きが狭いこともあって、これを馬で登ったとは信じられない気がしますが、そう思う人が多いらしく、その後も多くの挑戦例があったようです。確実な記録に残る成功者は江戸末期に1人、昭和期に2人と、3名の名前が今に伝えられています。

実行不可能ではない、ということから平九郎の話も事実であったのかもしれませんが、公式な記録は残っていないようです。
この正面突破の「男坂」のほか、少しだけ回り込む形でこう配が緩やかな「女坂」があります。江戸時代の着物に草履では、とくに女性は今以上にたいへんだったことでしょう。

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上から見おろすと傾斜のキツさがいっそう・・・

今ではエレベーター設備もあって、同じタイミングで登っていた熟年ウォーキンググループの方々は、各自の能力に合わせて「エレベーター」「女坂」「男坂」と、3つに分散しておられました。

私は・・・足腰の衰えを自覚する昨今、少々不安はありましたが、意地を張り、手すりにつかまって安全を確保しつつ「男坂」を登頂。姫路城の天守までの階段に比べたら楽勝!というのが感想です。(笑)

30代だった会社員時代、この近くに職場があった時期があり、昼休みに散歩がてら2度ほど訪れたことがありました。そのころはこの階段に不安など微塵も感じなかったはずで、体力の低下は否定しようもありませんが、その代わり、当時は持てなかった考え方ができるようになったと、歳の功を無理やり意味づけしつつ、無事を優先して下りは「女坂」を降りました。(^^;

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多くの祈念絵馬

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愛宕神社の内部は立派で、葵の紋も使われている。

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神社の全景と平九郎ゆかりの梅の木

平日の午後だというのに、参拝者が意外に多く、仕事の途中と思われる若いサラリーマンもちらほら。カップルが多いのは、最近はやりのパワースポットとしてのPRが効いているのかもしれません。
30数年ぶりの愛宕山は、思っていた以上に観光名所として存在感を維持していました。

帰りは江戸巡りらしく、同心を気どって八丁堀に移動し、なじみの寿司屋で“にぎり”をひとつまみ。オツな江戸散歩と、ちと格好をつけてみました。

山陽路に城を訪ねる

仕事で広島に行ってきました。
大阪以西まで足を伸ばすことは多くないので、帰り道に岡山と姫路の市内&お城観光をすることにしました。以下はその旅レポです。

旅全体を通じて強い印象を受けたのは「外国人観光客の多さ」で、ユネスコの世界文化遺産である姫路城はもちろんのこと、観光地としてはそれほど有名ではないと思われる岡山城にも外国からのお客さまが多数来場していました。それもツアーでゾロゾロというのではなく、若い白人のカップルやアジア系の若者グループ、熟年のラテン系ご夫婦など、いずれも選んでこの地を訪れているという風情。割合は日本人4に対して外国人6くらいの印象でした。都内の手近な観光スポットである浅草などでは珍しくない光景ですが、地方都市でもこれほどとは、近年の国際的な観光PRの成果でしょうか。

仕事の翌日、岡山に宿をとって市内をぶらりと散策するところから小さな旅のスタートです。

●1日目 岡山

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立派な駅舎とゆったりした広場に設けられた噴水。

雨模様なので写真は暗めですが、さすがは県庁所在地という立派な駅と駅前のスペースでした。人も多く街も元気がありそう。

岡山には日本人のこころに浸透している「桃太郎」という強力なキャラがいて、観光上の助っ人になっています。

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こんなところにも桃君が。
「ごっくん桃太郎」とは、語呂も良くナイスを進呈したいくらい。

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ここでは主要道路の名前になっている。

さらに・・・

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定型の既製品なら数千円から(ネットでも)買えるが、
オーダー品となると金型から起こすので1枚当たりは
5〜15万くらいになるとか。
100枚単位ともなれば下水道課の支出予算は1000万円超!?

地方都市では路面電車を残しているところも多いですが、岡山にもありました。何年か前に話題になった富山のセントラム・ポートラムに匹敵するモダンな外観ですが、内部の座席はビンテージ車両のものを引き継いだのか懐かしさ重視の内装で、乗り心地は断然富山でした。(笑)

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モダンなスタイルの路面電車

駅前に止まっていた電車に不用意に乗ったところ、何とお城のずっと手前を曲がってしまいました。乗り慣れた東京(荒川線)、札幌の路面電車が1系統だけなので油断して乗り間違えました。まさか複数の路線があるとは。岡山あなどりがたし。(^^;

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岡山城の遠景

電車に乗り直して、ようやく岡山城が見えてきました。資料に基づいて復元された城ですが、黒字に金の装飾が目を引く華麗なデザイン。黒と金からエレクロトコンパニエ、ONIX、ボウテクノロジーなどのアンプを思い浮かべるのは日本で5人くらいの変り者か。(一部のお仲間にしかわからない話題ですみません。)

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金色(こんじき)の装飾が独特の印象を与える。

岡山城内は歴史的な説明ボードや武具の展示などが充実しており、大いに楽しめる観光対象でありました。

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同行の家人を城内にある大名かごに乗せて記念撮影。
女性はたいてい乗りたがる・・と思う。
「お姫様」気分という一瞬の錯覚に協力。(^^;

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城内の茶店でいただいた「抹茶・きびだんごセット」。

中国語を話す女性グループもこれを食べていましたが、たぶん桃太郎が何者かは知らないでしょう。

城に隣接する後楽園は、水戸の偕楽園、金沢の兼六園と並んで日本三名園と呼ばれることがあり、他の2つはすでに訪問済みなので、これで三名園踏破ということになります。ようやく、3つ目の空白が埋まった感じというか、達成感を覚えるのはなぜでしょうか。(^^;

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広大な後楽園の一部。

後楽園の広さは東京ドームの約3倍だそうです。各種施設の面積の比喩として東京ドーム○個分と報道されることが多いですが、東京ドームの広さを実感できる人がどれほどいるでしょう。400mトラック○面分とか、テニスコート○面分の方が感覚を共有しやすいと思うのですが・・・。
後楽園はたしかに広いですが、芝生の空間も多く、手入れの行き届いた繊細な日本庭園の風情は兼六園に及ばないと感じました。

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「鯉のエサ」が販売されているので、
よくある「エサを与えないでください」の表示はなし。

餌を求めて集まってくる園内の池の鯉は、色、大きさ、その数のいずれもが壮観でした。

ガイドブックでは駅から岡山城へはバスかタクシーが案内されているようですが、私たちは行きは途中まで電車、帰りは徒歩のみを選択。歩いてこそ分かる街の雰囲気があるからというのがその理由です。

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威容を示すシンフォニーホール

表通りには堂々としたシンフォニーホールがあり、岡山城の近くには竹久夢二の美術館や市立美術館、オリエント美術館があるなど、ここ岡山市は文化的な面も充実した住みやすそうな街に思えました。

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少し時間の余裕があったので、夢二美術館ではなくオリエント美術館を選んで訪れたところ、残念ながら「月曜休館」。博物館や美術館は、週末明けの月曜日をお休みにしているところが多いのですが、こちらもそのパターンに沿っていました。

しかたがないので、チェーン店でない独立した喫茶店を探してゆっくりコーヒーを飲んだあと、やたらとファッションの店が多いアーケードを通り抜けて女子マラソンで名を馳せたご当地百貨店の「天満屋」店内を見学。その後、駅に向かい、本日の宿泊地・姫路に移動しました。

●2日目 姫路

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修復工事中だった5年前。

2010年に姫路を訪れたとき、姫路城はこんな風に修復工事が始まっており観覧はなりませんでした。『白鷺城』と呼ばれる優美な姿を見たかった!!と後ろ髪をひかれる思いで帰りましたが、今回、その雄姿を間近に見ることができました。

関東地域で朝の時間帯に再三放送されていた「暴れん坊将軍」(吉宗役は松平健)では、姫路城を江戸城ということにして劇中に使用していましたから見慣れた姿ではあるのですが、実物の大きさと、改修なった白壁と屋根の曲線が描く造形には格別なものがありました。

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観光案内から拝借したベストショット

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こちらが雨にけむった当日の姫路城

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築城の技術に感嘆する石垣と破風

今年の3月に修復工事を終えたばかりということもあり、日によっては入場制限がとられるなど、姫路城観光の賑わいは相当なものだと聞いていましたが、この日は雨の平日ということもあり、入場を待たされるということはありませんでした。

それでも、城の近くにある駐車場には続々と観光バスが到着して、たくさんの人がお城の門に吸い込まれていきます。国宝指定であるため現状変更にあたるエレベーターなどの付帯設備を設置することができず、城内はひたすら自力で移動することが求められます。(復元の岡山城にはエレベーターがありました。)
天守までの急な階段を何層も登るには一定の体力が必要ですが、順路を回りながら「姫路城に来るなら足腰が元気なうちに」というコメントが浮かんだのは、体力の衰えを実感している証拠です。
以前訪れた長野・松本城の城内階段など敵の侵入を防ぐためさらに急で段差も大きく、股裂き状態になりました。さながら登坂トレーニングのようでしたから、今ではすでに無理かもしれません。(^^;

当時の建築部材を残す内部はさすがに重厚で、武士たちの息づかいが感じられるようでありました。また、実際の城に至るまでの門、道、庭などが往時の雰囲気をとどめており、天守閣を仰ぎながら坂道を登る気分は、姫路城見学の大きな魅力になっていると思われました。

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城内には「播州皿屋敷」に登場するお菊井戸があります。お家騒動に巻き込まれて殺され成仏できない女性の幽霊が、夜な夜な「1ま〜い、2ま〜い」と足りない皿の数を数えるという皿屋敷伝説は日本各地にあり、これらが浄瑠璃や歌舞伎の出し物としてまとめられたのですから、姫路城内で実際にあった事件かどうかには大きな?が付きますが、高さのある平山城に掘られた井戸は、たしかに落下の恐怖を感じさせるほど深いものでした。
英文付きの説明ボードと並んで記念撮影をしている外国人がけっこういたのですが、彼らが怪談話をどこまで理解しているのか、ちょっと気になりました。

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観光案内から拝借した庭園内

姫路城の西御屋敷跡庭園として好古園があります。お城の関連施設としては岡山の後楽園ほど有名ではなく規模も小さいものの、テーマを持ったいくつかの花の庭が独立し、それらが池や小川で結ばれたとても味わい深い庭園で大いに気に入りました。

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こちらの池の鯉も、前出の後楽園に優るとも劣らない見事なもの。

飼育担当の方が粉状の餌を大きな容器で水に溶き、
ひしゃくで撒くという珍しい餌やりの場面が見られました。

城と庭を堪能した後、屋敷と名付けられた売店・食事施設を見て回りましたが、本格的な城とは対照的な観光地ショップで利用にあたらず。

市内に戻ってから遅めの昼食をとり新幹線に乗車しました。
食べたばかりでお腹はすいていませんが、長旅に駅弁は必需品ということで、姫路駅で「旨い!たこめし」を購入。
当地はあなごが名物とのことで食事処や駅弁もあなごだらけなのですが、あの柔らかく甘めに仕上げられる食材は私のなかでは主役になり得ず。江戸前のキリっとしたにぎり寿司の口直し的バイプレーヤーが適所と思っております。(姫路のみなさん、ごめんなさい。)

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前回賞賛した「ひっぱりだこ飯」(明石)は、人気ゆえ東京駅の駅弁屋で買えるようになり、食べたい時にはちょっと回り道をすれば手に入りますが、この「旨い!たこめし」(姫路)は貴重。待ち切れず、熱海を過ぎたあたりで開封に及びました。
たこの旨味を移してあっさりした醤油味に仕立てたご飯と細切りゴボウの煮たのとが絶妙のコラボで、それを小女子(こうなご)の佃煮がピリリと引き締め、さらに薄味野菜の煮物が優しさを演出するという、まことにけっこうなお弁当でありました。

そうこうするうちに品川を通過して、小さな旅もまもなく終点。
さぁ、明日からの仕事もがんばるぞ!!

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