丹波やまなみ<Blog> The Tanba Mountains

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篠山市俳句協会

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琵琶の音の流れる雲間 望の月     畑 八重子
望月と琵琶の音の織りなす、優雅というか幽玄というか、美しい空間と時間がゆっくり流れているように感じます。大自然と人間の文化が統合され、一体となっています。琵琶には琴とはちがう幽玄の響きあり、情感が漂います。

産声は遠き日のこと秋桜       大西 佐代子
産声---その瞬間、言葉には表現できない、こみ上げてくる幸せの想い出。それはコスモスの季節だったのでしょうか。その日から一年、二年・・・両手では数えられない年月が過ぎて行った。喜びと感慨の深さが一句に凝縮されています。その幾十星霜の内、ある時には・・・(次点句など)

まほろばの文をひもとき初む良夜  新家 保子
墨のあとかすかに滲む夜の秋      〃

・・・と、燈火に親しみ、文化をひもとく至福のひと時。  また、

露けしや脱ぎし軍手の重たくて   鷲尾 瑞子
朝露も夜露もペダル漕ぎし父    坂口  周
看とりきて月光冷ゆる道に出づ   堀家美代子
台風や 沖の永良部の風の葬    坂本 勝子
月見豆農父の笑みは心晴れ     永穂 利和

・・・等の時々刻々・・・幾十星霜を生きてきました。皆それぞれ、貴く、重く、美しい場面の句です。
 
◇◆◇ 推敲 ◆◇◆ 雅苦樂   ◇◆◇

俳句は何もかも露出してしまわない余韻・余情の残る文学月見豆の句・・・「心晴れ」とまでは言ってしまわないほうがいいのでは? 説明・蛇足を着けないで、適切な季語を選ぶのです
明月と言うだけで空は晴れています。したがって心も晴れている余韻が残ります。 曇っておれば、曇り月や無月。
また、農父 農夫、老農・・・適切な「父」は何でしょうか。
《推敲例》 じいちゃんの笑みこぼれるや 豆名月 
 
                                       (玄鳥・篠山  石田 宇則)
 

 

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  ――09 五月の句会に学ぶー

母の言 はるか脳裏に茄子の花     尾嶋八栄子

きりがみをちらす さくらのちるぬるを 新家 保子

湯上りの髪梳く風や 聖五月      尾嶋八栄子


一句目―「茄子の花と親の意見は千に一つも仇がない」の諺。             「はるか」ですごく大きくなった。 「はるか」は、遠い歳月にしろ、遠い距離にしろ、しみじみと「母の言」の有難さが深く沁みこんでくる。

二句目― すべてひらがなであり、しかも最後は「ちりぬるを」。「いろは」歌が背後にあり、はっとした。しかし、選句のとき筆者は、「切り紙」「散らす」と「桜」の「散る」の掛詞的俳句と感じた。いろは歌に対し、「切り紙」では軽すぎる、筆者の「切り」(註1:後記)は「切り」でも「育休切り」(註2)。重さで負けていないと自負、格段に軽いと即断した。しかし、じっくり味わい、本稿を書くころには読みの浅さに気付いてきた。
 
 「いろはにほへと ちりぬるを」の「色」とは、仏教・東洋においては、森羅万象――人も物もすべての現象を示す。いわんや、「切りがみ」も「育休切り」も例外ではない。すべての森羅万象――「我が世」も「誰ぞ常ならむ 」―現世において、永久に生きるものなど何一つない。どんなに華やかな物や人も、貧弱な物や人も、すべて常なるものはない。勝者必衰、盛衰流転、動き、変化し、発展する・・・。
 
四十八文字のいろは歌をさりげなく背景に置き、そこに力みはない。作者の感性・知性、努力が醸し出す句の拡がり・深さはすごい。凡夫脱帽。                     なお、この句、もし漢字を混ぜたら、わかる人は半減したかも

三句目―カソリックでは聖母マリアの生誕を記念して五月を「マリアの月」とか「聖五月」とか呼ぶ。
 「聖五月」の季語の選択で、みだれ髪も一転、聖母に変身。   
  このように俳句はたった一つの季語によって、宝石以上に輝き、逆に砂利もになる。               言い換えれば、砂利のような句も、季語を推敲し、代えることによって、一気に輝いてくる可能性がある。それが俳句の妙味・醍醐味。                       
いずれの句も、心の底にある真髄は、すごく大きく深い。作者の精神と表現力の高さを示している。「ただごと」「きれいごと」俳句をはるかに越えた傑作。

◆◇◆ 推敲 雅苦樂 ◇◆◇

わらび採り 谷のせせらぎ 口すすぐ
この句、三段とも切れる。そこで
口すすぐ谷のせせらぎ わらび採り
と置き換えれば、切れ字は「せせらぎ」になり、しかも「わらび採り」は体言止めとなり。安定、引き締まる。ということで、みんな納得。 

(註1)
幾万の萎れ水仙 育休切り                 
酔い醒めるナルシス 水仙刈り取られ

(註2:育児休暇申請の契約社員の契約延長を断わる現実のこと)

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杜氏唄は父の十八番(おはこ)よ 年の酒    坂本 勝子

杜氏(とうじ)唄は、酒づくりの職人の長やその職人たちが、酒をつくるときにうたう唄。「年の酒」は新年を祝うお酒。

「杜氏」は、春、夏、秋は自宅で米を作り、冬期だけ灘や西宮、伏見などの酒蔵で酒をつくる、いわゆる「出稼ぎ」技術職である。
杜氏は、毎年秋の終りに酒蔵へ出発する前、義民――市原の清兵衛・佐七父子の碑に手を合わせるという。なぜなら、江戸時代、、飢饉に際し、年貢を出しにくい原因は、百姓が冬、出稼ぎに行き、農業をおろそかにするからだとして、篠山藩では「出稼ぎ禁止令」を出した。その的外れな禁止令を撤回させるために、市原の清兵衛、佐七父子は、死罪を覚悟で江戸に上り、老中職の藩主に直訴、二年後にようやく、撤回させ、杜氏の途を開いた。そのことへの感謝と、無事によい酒が出来ますように、安全に働いて帰れますようにと祈るという。

そして、蔵入りすると、身長よりも遥かに高く、直径が3〜4メートルもある大きな桶の縁で、輪になって杜氏唄を唄いながら、酒の素になる米と麹(こうじ)の菌をかき混ぜる。それは勇壮でありながら、のどかな唄だ。
このやさしさのこもった杜氏唄を聞きながら、麹の菌はおいしく育つ。そして正月や祭りには、全国の神社や家庭などでお神酒(みき)として祝われる。これが杜氏の誇りであり、歓びである。

この句の父は、今は杜氏を引退し、我が家でのお正月。孫たちから「おじいちゃん・・・」と慕われている姿が目に浮かぶ。
お正月を年酒で祝う家族の和やかな、幸せの笑顔にかこまれて、程よくお神酒(みき)がまわると、父の十八番(おはこ)は、少年の頃から唄い続けてきた、磨きのかかった杜氏(とうじ)唄。
くらしを支えてきた、米作りと酒造りーー{杜氏}の仕事、人と麹菌・・・への感謝。毎年篠山から3200人もの杜氏が活躍した往時の杜氏、仲間、労働・・・の追憶・・・。

辛かったことは、みんな忘れさせてくれるお神酒(みき)・・・。カラオケの得意な若い者も、おじいちゃんの前では、完全に脇役――手のたたき役。
山ほどある語りたいことを、杜氏唄に込めた父の歌声は、途切れることはない。

この最高得点句は、父の姿が、ありありと浮かんできます。この句は、こうした郷里の人々が大切にしてきたものが、わずか十七音に見事に凝縮された大きな俳句であり、しかも新春句会にふさわしい平和な俳句です。 
                


◇◆ 推敲(すいこう)・深句(think) = 湧(わく)樂(らく) ◇◆


上の句に対して、「年の酒」の「年は歳がよいのではないか」、
という意見がありました。路郊先生は「年酒」という言葉もあり、「年の酒」でよいと思う、というご意見でした。

忘年会リストラされた者同士
の「同士」は「同志」ではないか、という意見がありました。読者の皆さんは、いかがでしょうか。 
前者は、身分や境遇、性質などが互いに共通している人のこと、後者は、志や主義・主張を同じくすること、また、その人。

昨今は、肥大化したアメリカ金融大資本の虚構矛盾の破綻に端を発した、未曽有の世界大不況によって、日本もアメリカもヨーロッパもアジアも、いわゆる「派遣切り」など、大量の首切り、使い捨てが容赦なく行われる非情な世界。

作者のモチーフが、リストラされた特定の主義・主張の同志だ、といいたいのなら「同志」にするべきだが、現今のリストラは「同志」的組合員だけの局部的な首切りではなく、はるかに大規模で構造的なものであり、ほとんどが志や主義・主張の労働組合さえない状態におかれている。
 したがって「同志」と限定し、小さくする必要はない、というのが筆者の意見です。むしろ「同志」でない者どうしが、寄り添っているほうが、詩やドラマになるように思えます。              (玄鳥・篠山  石田 宇則)

 
◇◆◇ 十月の最高点句 ◆◇◆

= 螻蛄(けら)鳴くや安定剤のまだ効かず =   新家 保子

オイら「螻蛄(けら)」どもは、バッタ目・ケラ科に分類されるコオロギぐらいの昆虫です。「ギ―…」「ジー…」とも「ゲー…」とも聞こえる地味な連続音の「だみ声」。
オイらは、閻魔コオロギさんのように威厳はなく、スズムシさんのように美しくは鳴きません。地中から聞こえてくるため、古代より「ミミズの鳴き声」と信じられてきました。メスも鳴きます。
 安定剤は、いうまでもなく「安定」でないゆえに飲む薬。
しかし、オイらは「虫けら」と蔑視されますが、「安定剤」など薬は一切飲みません。ところが、人間さんの方は現代、生産性の向上や「改革」とやらでごく一部のセレブを除くと、格差やワーキングプア、肉体的・精神的ストレスが増加。うつ病、凶悪犯罪、テロなどが蔓延。ついに世界の最先進国・アメリカは金融破綻の危機とか…。
住宅、経済、政治、医療…社会全体が病んで不安定化。この深刻な危機に対して、アメリカのどんな安定剤もまだ効かぬそうですな。 
 さて、オイら華やかさとは無縁な虫ケラどもを蔑視せず、俳句に採りたてていただき光栄です。現代俳句において、こんなに小さくて大きく深い句は、並々のものではない秀句です。
小さく読んで,大きく謳う――「五七五の十七音で、百枚の原稿に負けない内容を表わせ」――という師・拝星子先生の教えを久しぶりに想い起こさせていただきました。
 他の句で、かなり推敲の論議をしましが、紙面の都合で割愛します。        (玄鳥・篠山  石田 宇則)                       
  

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 ―― わたしの句会・五月の最高点句より ――
研ぎ了へて透かす薄刃や夏来たる  尾嶋八栄子

素材は、「刃物を研ぎ、すかして見た、夏が来た」と、ただの日常茶飯事。それが、なぜ、平凡な「ただ事」の句に終わらず、読者の琴線にふれ、共感を得る句になったのか。

それは、「すかす」と「や」のる、まず、切れ字で余白をつくり、薄刃をズームアップ=強調する。ズームアップされた焦点の「」には、もう錆びはなく、刃先に乱反射する鈍いものはない。極限に細い刃先には光さえないのだ。さらに「透けて」と詩的次元へ。

このひとときの行為=働きを、ズームアップし、静止させる。研ぎ終えた悦びl、そして、その薄刃の調理腕まえで、愛する家族や客人をもてなすよろこびと充足感は、時代も国も越えて無数に存在してきた。

確かな写生と「透けて」という飛躍によって、平凡な「ただ事」は、共感を得る永遠性と美を備えた句に仕上がった。作句=「推敲」の苦しさと醍醐味は、ここにある。

課題は、句会で指摘されたように、類句が多いこと、独創性・オリジナリティを追及すること。
「推敲」では「夏来たる」は「夏光る」がよいのでは、という指摘があった。

「研ぐ」という行為や労働に悦びを感じ、表現し、永遠性のある文芸・芸術の次元に高め得るのは、今のところ宇宙で、人間だけ。

二度と返って来ない人生。一瞬をいかに生きたか、さまざまな悦びや苦悩の一句を永遠に残し、共感と共有の平和な集い《句会》が至るところに拡がればと念じる。  
(玄鳥・篠山  石田 宇則)


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