言われなければ・・・
昨夕、主人が仕事から帰って来るなり
「月がきれいだよ〜!」
と、キッチンの出窓をあけてくれました。
夕方近くにペットを散歩させていたときは空をみることもしませんでした。
言われなければ私は夜でも見ようとしなかったでしょう。
今夜は木星も見られるそうですね。
左画像、フラッシュで撮ってしまったもの。 右画像、右下の方の明かりは「ゲオ」。
何気にこの画像も面白いと思いました これはカフェカーテン
主人の気持ちに余裕が出たのかと思ったのですが、
そうでもなく
やっぱり昨晩も二人の話は地元のことだけで過ぎました。
昨日は、ここまで進めてみたのですが、ハタと気が付きました。
グレーの横糸がこれしかないのです。
流されちゃった?
織りきれないだろうなぁ…。
まぁ織りの勉強だったのだから織り方さえ解ればいいようなものだけれど。
仙台に居るうちは先生の教室活動の補助作業をする約束しているのですが、
こんなゆっくりでは織り方を思い出せないな。 アセ アセ 
震災その後の行動(3/22−3/26)
3/22
弟の嫁の姉夫婦が、心配して主人の姉の家まで来てくれました。
普通でさえも3時間ぐらいはかかるところから
食材の差し入れをしてくれました。
そして必要になったら受け取りに来てと
冷蔵庫まで貸してくれることになりました。
3/23
両親の仮埋葬の日です。
私たちが着いたときには両親はもう土に着いていました。
他の方の棺が運ばれてくるのも見ていましたが、
自衛隊のトラックに2体しか運ばないようです。
まさか重ねて運んじゃうわけにはいきませんものね。
たくさんの自衛官の方の手から
きれいなお棺に納められた犠牲者が
静かに流れるように運ばれ納められていくのです。
何体あったのか数える気になりませんでしたが
それはそれはたくさんの災害犠牲者が
ベニヤ板で仕切られて埋葬されていました。
当の身内の私たちは何もすることはなく
せいぜいお花を捧げることぐらいでした。
そのお花も用意されていたものですし、
お線香などもすべて無料でした。
勝手がわからないのと
あまり慣れない無い光景に
涙も出ませんでした。
3/24
娘婿の紹介があったアパートを下見してきました。
主人は買い物に行っての帰りパトカーに乗せられて
来たほどお酒を呑んでいたので
その他の5人で見てきました。
環境が良さそうで日当たりがいい所なので
二軒で家賃を出し合っていけば何とか暮らせるのでは
ないかということで、さっそく頼みました。
1階の3DKです。
3/25
泥除けと居間に置いていたリビングボードを
起こす作業をしに自宅へ。
引き出しの中身は以外にも濡れずに大丈夫な状態でした。
3/26
あちこちにアンテナ張ってガソリンを入れてくれる
所をゲットしていました。
今日も弟がスタンド前に並んでガソリンではなく
ガソリンを入れる整理券を貰いにいきました。
2000円分の券です。
叔母からは近くのホテルの入浴券を貰いました。
自宅で作業していたら、何と近々入院すると言っていた
ブロ友のufufuさんが私の無事を確かめに
わざわざご主人と来てくれたのです!!
「さしたって必要なものを・・・!」と、水やらティッシュ、
ウエットタオル、紙おむつ、ラジオや爪切りまで
届けに来てくれたのです。
みんなが心配しているとブログのコピーまでしてくれて。
これはufufuさんじゃないと出来ないことで、
とてもうれしかったですね。
コインランドリーで、山の衣類を洗っていたら、弟の嫁の
姉夫婦が肌着などをたくさん買って届けに来てくれました。
|