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百人一首82首目
思ひわび さても命はあるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり
おもいわび さてもいのちはあるものを うきにたえぬは なみだなりけり
道因法師
どういんほうし
1090年〜1182年頃
歌の意味
つれない人を思い慕って我が身を嘆いておりますが
なのに涙は辛さに堪えられず とめどなく流れることだ
言葉の意味
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百人一首
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百人一首82首目
思ひわび さても命はあるものを 憂きにたへぬは 涙なりけり
おもいわび さてもいのちはあるものを うきにたえぬは なみだなりけり
道因法師
どういんほうし
1090年〜1182年頃
歌の意味
つれない人を思い慕って我が身を嘆いておりますが
なのに涙は辛さに堪えられず とめどなく流れることだ
言葉の意味
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百人一首81首目
ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる
ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる
後徳大寺左大臣
ごとくだいじのさだいじん 1139〜1191年
歌の意味
ホトトギスが鳴いたと思ってその方を見ると
既にその姿はなく
ただ有明の空に月がひとつ
残っているだけだった
言葉の意味
ほととぎす 夏の鳥として有名 夜の明け方早く鋭い声で鳴く
鳴きつる方をながむれば 確かに鳴いたはずの方角をながめやると
有明の月 陰暦の十六日以後の月 夜が明けてもまだ空に残っている月
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百人一首80首目
長からむ 心もしらず 黒髪の みだれて今朝は 物をこそ思へ
ながからむ こころもしらず みろかみの みだれてけさは ものをこそおもへ
待賢門院堀河
たいけんもんいんほりかわ
生没年月日 12世紀前半
歌の意味
末永く変わることはないとおっしゃったあなたのお心が
本当だとは思いますが、私にはわかりません。
そのため、お逢いして別れた今朝は、寝乱れた黒髪のように
心が乱れ、物思いに沈んでおります。
言葉の意味
長からむ 心も 末永くあなたのことを忘れまいという相手の心のこと
知らず 期待できない
黒髪の乱れて 黒髪が乱れているように心も取り乱して
今朝は 逢って別れた今朝は
物をこそ思へ いろいろと深い物思いにしずむことだ
神祇伯顕仲のむすめ
崇徳院の生母・待賢門院(藤原璋子)に仕えていたので
待賢門院堀河と呼ばれた
平安時代の代表的な女流歌人で、西行と親しく歌のやりとりも多い
崇徳院がお坊さんになったとき、堀河も尼さんになった
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百人一首79首目
秋風に たなびく雲の 絶間より もれいづる 月の影の さやけさ
あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづる つきのかげの さやけさ
左京大夫顕輔
さきょうのだいぶあきすけ
(藤原顕輔のこと)
生没年月日 1090-1155年
歌の意味
秋風に吹かれてたなびいている 夜空の雲の絶間から
月のひかりがこぼれております
なんという清らかな美しさでありましょう
言葉の意味
秋風に 秋風によって
たなびく雲の 横に長く引いている雲の
絶間より 途切れている隙間から
もれ出づる もれ出てくる
月の影の 月のひかりの
さやけさ 澄み切った明るさ
父= 正三位修理大夫顕季(藤原顕季(ふじわらあきすえ)のこと)
和歌の家元六条家をつくった父の子として生まれた(藤原清輔の父となる)
ある年に顕輔は崇徳院に自作の和歌百首をさしあげた
その中の一首がこの歌。
顕輔は四代の天皇に仕えた
堀川天皇
鳥羽天皇
崇徳天皇
近衛天皇
正三位左京大夫(京都の左半分をおさめる役所の長官)となる
百人一首の中でもこの歌は月を主題にした代表的な作品
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百人一首78首目
淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜ねざめぬ 須磨の関守
あわじしま かよふちどりの なくこえに いくよねざめぬ すまのせきもり源兼昌
みなもとのかねまさ
生没年未詳(十二世紀初め)
歌の意味
淡路島の方から海を越えて渡ってくる千鳥のもの悲しい鳴き声に
いく晩目をさましたことだろうか 一人さびしく暮らす
須磨の関所の番人は・・・
言葉の意味
淡路島=兵庫県の淡路島 須磨・明石の海岸と
向かい合っている
かよふ千鳥の無く声に=淡路島から通って来る千鳥の
もの悲しい鳴き声に
幾夜寝ざめぬ=いく晩眠りからさめたことだろう
須磨の関守=須磨の関の番人
須磨は神戸市須磨区にあり、
古くは関所であった
当時はさみしい漁村
父=美濃介敏輔(みののすけとしすけ)
兼昌は従五位下皇后宮大進となる
兼昌は、紫式部の書いた「源氏物語・須磨の巻」を
読んで感動した
その須磨の浦の寂しさを読んでみようと思った
千鳥は、和歌では妻や友を恋い慕ってなく鳥とされている
実際は兼昌が須磨の地に行って読んだものではない
兼昌は役人としては偉くはなれなかった
のちにお坊さんとなる
選者の定家はこの歌を大変気に入った
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