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百人一首62首目

 
 百人一首62首目  
 
夜をこめて 島の空音ははかるとも よに逢坂の 関はゆるさじ
 
★よみびと
…清少納言(せいしょうなごん) 
966?〜1025?
平安時代の代表的な女流文学者
 
★ 解 釈
…夜の明けないうちに鶏の鳴きまねをしてだまそうとしても
あの函谷関(かんこくかん)の番人ならともかく
愛の(逢坂の関)関所の番人(わたし)は決してだまされませんからね!
 
 
★ よんだ経緯
 
頭の良い少納言は物知りで議論をするとどんな男もたじたじ。
ある日、いじわるな貴公子、藤原行成(ふじわらのゆきなり)が来て
色々話していたが、「一番どりが鳴いたから夜が明けないうちに
帰ろうと言ってさっさと帰った
次の日清少納言は
ゆうべ鳴いた一番鳥は、函谷関のこと(はやくはなれたいためのうその鳥)なんでしょうけれど
夜が明けないのにニワトリのまねをしてもだめです
行成は
いや、函谷関ではなく逢坂の関のことで…
だから愛する人に会うということなのです
といったが、
少納言は
愛の関所の番人の私は決してだまされませんから。
あなたと会うのはお断りしますと云った
 
 
★言葉の意味
 
「夜を込めて」=夜の明けないうちに
「そらね」=鳴きまね
「はかるとも」=騙そうとしても
「よに」=決して
 
清少納言という名前は、学問と歌で有名な清原家の「清」と
父の元輔(もとすけ)の官位の「少納言」からとられたといわれている
一条天皇のお后、定子(ていし)に仕えていたころ
体験をもとにして書かれた代表的な随筆が「枕草子」
 
 
=函谷関=
(かんこくかん)
 
中国の古い言い伝えで
函谷関は、朝一番鳥が鳴くと門を開ける関所
 
あるとき、斉(せい)の孟嘗君(もうしょうくん)が同行の人に
ニワトリの鳴きまねをさせると
夜なのに、門番はだまされて門を開けたと云われている
 
孟嘗君
 (もうしょうくん) 
 
中国の戦国時代に政治家として活躍した戦国四君の一人
 
 
 
 
 
 

百人一首 61首目

 
 
 百人一首61首目 
 
いにしへの 奈良の都の八重桜 けふ九重に にほひぬるかな
 
★ よみびと
伊勢大輔(いせのたいふ) 平安時代の中期
 
★ 意味
…(そのむかし 奈良の都で咲き誇った八重桜が
今日は平安の都のこの宮中で一段と美しく咲き誇っていますね) 
この当時、八重桜は京都では珍しい花だった
(奈良でしか見られなかった)
 
★ よんだ経緯
…大輔が宮中に仕えていたとき 奈良から見事な八重桜が献上されることになった
受け取り役の紫式部はその役を大輔に任せるよう藤原道長に言った
道長は大輔に「歌をよんで桜を受け取るように」と命じた
 
それがこの歌で
宮中がつづみのようにざわめいたほど人々に感動を与えた
 
★ 言葉の意味
「けふ」「今日」「京」の掛詞
「九重」は「九重(宮中)」と「この辺」の掛詞
また「八重桜」以上に「九重」に華やいでいるという意味も込めている
 
伊勢神宮祭主を務める大中臣家(おおなかとみけ)の娘
筑前守高階成順(ちくぜんのかみたかしなのなりのぶ)と結婚
 

やっとまた「百人一首」の続きを始めようという気になりました。
画像はソフトが流されてしまい今のところ取り入れにくいので
文字だけをシンプルに記載していこうと思います

百人一首60番目

大江山 いく野の道の 遠ければ
まだふみも見ず 天の橋立
小式部内侍( こしきぶないし )
1000〜1025年

母は和泉式部(いずみしきぶ)
故式部内侍も母に似て歌が上手く美人で貴公子たちのアイドルだった
妬んだ人たちはひそひそと
「おかあさんに作ってもらっている」と噂を立てた

ある日
藤原定頼( ふじわらさだより 64首目に載っている )が、からかった
 
「お母さんが結婚して丹後に居るから歌も作ってもらえないでしょう」

すかさず小式部内侍はこの歌を歌った

母の要る丹後の国へは大江山や生野を越えて
はるばるいかなければなりません
そんな遠いところですからその国にある天の橋立にも
まだ行ったことがありません
もちろん、母からの手紙も見ていません
母に歌をつくってもらうなんてとんでもありません

驚いた定頼は返す歌も出ず逃げ出した


小式部内侍は25歳ぐらいで病死
和泉式部はこれを悲しんで百数十首の歌を書き残したと言われている

 
 
百人一首58番目
 
イメージ 2
 
大弐三位(だいにのさんみ)生没年未詳
 
有馬山 猪名の笹原風吹けば いでそよ人を 忘れやはする
(ありまやま  いなのささはらかぜふけば    いでそよびとを    わすれやはする)
 
有馬山から猪名にかけて風が吹くと(有ってないような)笹葉もそよそよと揺らぎます
さあそれですよ (私の方こそあなたの心変わりが不安なのですから)どうして
あなたのことを忘れたりなどするものでしょうか
 
注 釈
藤原賢子=ふじわらのかたこ 明るい性格だった
父=藤原宣孝
母=紫式部 
父は賢子が幼い時に亡くなったので
式部は教育に大変気を使った
賢子が15歳のときに式部が亡くなった
母の後をついで、彰子に仕えた
高階成章(たかしなのなりあきら)と結婚して大弐三位とよばれた
 
この歌はある日毎日待っていrのに来てくれないあの人に
思い切って聞いた
私のことを嫌いになったの?
すると彼は
そんなことはない
私の方こそ嫌われたと思って遠慮していたのです
と云った
そこで賢子が詠ったのがここ歌
あなたの方から風が吹けば私はそよそよとうなずきます
ねえ そうでしょう! どうして私があなたを忘れたりするでしょうか
 
百人一首には、山や川をよんだの歌は17首ある
有馬山=神戸の兵庫区にある山         
猪名の笹原=猪名は大阪府と兵庫県との境の地名
猪名には否(拒否)を含ませてある
 
 
 
 
 
百人一首59番目
 
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赤染衛門(あかぞめえもん)958〜1041年
 
やすらはで 寝なましものを 小夜ふけて 傾くまでの 月を見しか
(やすらはで    ねなましものを      さよふけて    かたむくまでの  つきをみしかな)
 
(あなたがきてくださらないとわかっていたなら)
ためらうこともなく寝てしまいましたのに
(あなたの言葉を信じておまちもうしあげていたばかりに)
夜は更けて西山に傾く月まで見ることになってしまいましたよ
 
注 釈
 
やすらはで=躊躇せずに ためらわずに
 
大隅守赤染時用の女 実父は平兼盛
菅原道長の妻倫子に仕える
 
この歌は彼女の姉妹が藤原道隆と大恋愛をしていたけれど朝まで待っていても
とうとう来なかったために嘆いていたのを見て代わりに歌にしておくったもの
 
しかし、彼は高階貴子と結婚してしまった
 
  
 56〜62番目まで7人の女性の歌人が続きま〜す 

百人一首57番目

 
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 百人一首57番目 
 
紫式部 (むらさきしきぶ) 978〜1014年
 
イメージ 1
 
 めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲かくれにし 夜半の月かな 
 
久しぶりにめぐり逢って、
それがあなたかどうか判断もつかない間に
帰ってしまわれましたね 
まるで、
出たと思ったら
あわただしく雲に隠れてしまった
月のようですこと
 
 
注 釈
紫式部越後の守為時の女(むすめ)
まだ式部が小さいころに
父が彼女の弟に学問を教えていたのをそばで訊いていて
先に覚えてしまうほどの才女
 
27歳の頃、藤原宣孝と結婚し、女の子を出産したが、夫は三年後に病死した
このころから「源氏物語」を書いたといわれている。
33歳ごろ、学問の先生として宮中に上がった
鰯が大好きな彼女だった
この歌に出てくる月は下弦の月
 
  

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