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今日の学習

百人一首20人目
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 わびぬれば 今はたおなじ 難波なる   みをつくしても 逢はむとぞ思ふ
秘めていたこの恋が露顕してしまい、これほどまでに苦しみ悩んでおります。こうなってしまった今では身を捨てたも同じことです。いっそのこと難波にある澪標のように、身を尽くしてもあなたにお逢いしたいと思います。
 元良親王(もとよししんのう 890年〜943年)
注釈
わびぬれば=悩み苦しんでいるので
今はたおなじ=今となってはもう身を滅ぼしたのと同じである。やぶれかぶれの気持
難波なる=難波潟にある
みをつくしても=「みをつくし」は「澪標」で、船の通り道を示すために水の深いところに立てた杭のことで、身を尽くし(身をほろぼす)の掛詞
陽成天皇の皇子 
京都の御息所で、宇多上皇が宝物のように大切にしていたお后(藤原褒子)を一目見て元良親王はすきになってしまった
いつしか二人は人目を避けてひっそり愛し合うようになった
ところがうわさがパッと広まってしまい元良親王は謹慎の身となって御息所とは逢えなくなった
親王はこの時、血を吐く思いで愛する人にこの歌をおくった
そかし、彼は平安時代一番のプレーボーイで、美しい人を見ればみんな好きになってしまう気の多い人だった
今日のかるた
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遅ればせながら

百人一首19人目です

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  難波潟 短き蘆の ふしの間も      逢はでこの世を 過ぐしてよとや
  なにわがた みぢかきあしの ふしのまも あわでこのよを すぐじてよとや
  伊勢 (いせ) 生没年未詳

難波潟に生えている蘆の、節と節との間のように、ほんの僅かの時間でもいいのです あなたに逢いたいのです でもそれさえかなわず私にこの生涯を通してむなしく終えてしまえとあなたはおっしゃるのでしょうか

注釈
難波潟=大阪府淀川の河口 蘆の名所
短き蘆の=水辺に生える竹に似た植物
節の間も=蘆そのものは短くないが節と節の間が短い
あはで=逢わないで
過ぐしてよとや=終えてしまえとでもいうのか
父は伊勢守、藤原継蔭(三重県の長官)。そこから娘の名前を付けた
三十六歌仙の一人で、小野小町と並んで古今集時代の花形歌人だった
伊勢は宇多天皇のお后「温子」に仕える美しい女官だった
その美しさに「温子」の弟「藤原仲平」がすっかり夢中になってしまった
しかし、仲平はプレイボーイで伊勢を捨ててしまった
次に仲平の兄、「時平」に愛されたが彼も捨ててしまった
きずついた伊勢は女官をやめて実家に帰って行った
でもすぐに宮中に呼び戻され今度は宇多天皇に愛され息子まで産んだが早世した
その後、宇多天皇の息子「敦慶天皇」と結婚して「中務」を生む

今日のかるた
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続きです!

百人一首16人目です
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中納言行平(ちゅうなごんゆきひら) 818〜893年
 立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる    まつとしきかば 今帰りこむ
  たちわかれ いなばのやまの みねにはふる まつとしきかば いまかえりこむ
 
   立ち別れ=「立ち」は「別れ」の意味を強める言葉
  いなばの山=「稲葉の山」と「往なば」との掛詞
        「稲葉山」は因幡の国(鳥取県)にあった山
        「往なば」は「行っても」の意味
まつとし聞かば=まつ」は「待つ」と「松」の掛詞
     いま=すぐに
   帰りこむ=帰って来ようと思う
 在原行平(ありわらのゆきひら)は平城天皇(へいぜいてんのう)の皇子である阿保親王(あぼしんの う)の子  プレイボーイの在原業平(ありわらのなりひら)の兄
 弟とは違って、政治の仕事に励んだ
 そのために中納言という高い位についた
 38歳の時、因幡の国を治める国司に任命される
 しかし、本人は行きたくなかった  この歌は、愛しい人と別れて因幡の国へ行く時に詠んだ歌
 文徳天皇の頃、行平は何かの罪にとわれて、須磨に流された
 「源氏物語」の須磨の巻は、行平をモデルに書かれたと言われている
 
 飼い猫が居なくなったとき、この歌の下の句を紙に書いて、戸口に貼っておくとねこが帰って来る
 と言われていた


今日のかるた
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百人一首

百人一首13人目です
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       陽成院(ようぜいいん)

  筑波嶺の 峯より落つる みなの川     恋ぞ積もりて 淵となりぬる
         =つくばねの みねよりおつる みなのがわ こひぞつもりて ふちとなりぬる=

  ☆解釈
   
    筑波嶺=    常陸の国(今の茨城県)にある筑波山
    みなの川=   筑波山のふもとを流れ霞ヶ浦にそそぐ川 現在の桜川
    恋ぞつもりて= 恋心も積もりに積もって
    ふちとなりぬる=ふちのように深いものになってしまったことだ
 868〜949年
 清和天皇の第一市子
 楊成院は、幼い10歳の時に天皇に即位した
 しかし、乱暴が絶えないという理由で、17歳の時上皇になり陽成院と呼ばれるようになった
   (しかし、これは菅原基経の計略だったと言われている)
 楊成院は心ひそかに娞子内親王を愛していた(楊成院の父のいとこで、楊成院より年上)
 娞子内親王は光孝天皇の第三皇女
 やがて二人の恋は実って内親王は楊成院のお妃になった
 楊成院は81歳まで生きた
 筑波山は、むかし男女交際の場として有名だった

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