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萬代橋

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1週間ほど前に、二晩旧友の八ヶ岳にある別荘に宿泊、三浦半島から新潟市の中心街まで1200kmを高速料金の安い日曜日にドライブ。

歴史的な建造物である「萬代橋」を実際に見て撮影するのが目的でした。

古写真は上から、

1886年(明治28年)竣功の初代木造橋
信濃川に架橋された最初橋。当初は萬代橋(よろずよばし)と訓読したが、のち音読の(ばんだいばし)に転訛した。
市街地と沼垂町(1914年新潟市に合併)との間の信濃川には橋が無く、古くから渡船によって連絡されていたが著しく不便であるため、新潟日日新聞社長の内山信太郎、第四銀行頭取の八木朋直らによって民営架橋が計画され、1886.2着工、11月に開通。総工費約30,700円。

1909年(明治42年12月)竣功の二代目木造橋
萬代橋は1908年の新潟大火の類焼で失われが、新潟市の交通上重要な橋で、新潟県は直ちに初代橋梁の焼け残った基礎杭を使用して再架橋。二代目萬代橋は初代とほぼ同等規模の木造橋、橋長782m、幅員7.9m。総工費約126,000円。
(初代から14年後にしては、大火による木材高騰?もあったにしても、4倍の工費とは、今も昔も変わらない公営事業?!?)

1929年(昭和4年8月)竣功の三代目アーチ式石橋
三代目(現存の橋)は、二代目の木造橋老朽化のため、隣に鉄筋コンクリート橋を建設。橋脚の基礎部には、当時の日本ではまだ例の少なかった空気潜函工法(ニューマチックケーソン工法)を用いた。この工事では、初めて日本人のみの手によってケーソン工法を実施。工事費240万円。
架け替えに至るまでは、信濃川は低湿な新潟平野に大きな水害をもたらすことから、江戸時代から幾度も分水路の開削が計画されていたが、1896年の大水害をきっかけに実現される運びとなり、内務省直轄の国家事業として1909年に大工事に着手、寺泊町に抜ける現在の大河津分水が1922年(大正11年)に完成。
分水の完成で、分水から下流の信濃川の水量は著しく減少したため、新潟市内の延長約8km間の川幅を約1/3に縮小できた。

2009年8月23日の現存する三代目アーチ式石橋
開通当時は、自動車の交通量がまだ少なかったこともあって、幅の広い堅牢なコンクリート橋であることに「新潟には分不相応な、豪華過ぎる橋」という批判もあったというが、ゆとりある構造が後に効を奏し、架橋から70年以上を経た21世紀初頭の車社会においても、片側2車線の大動脈として機能。
完成当時は、橋脚の間は8スパンあったが、両河岸の1スパン分は埋め立てられ、現在の道路や遊歩道に変わった。新潟地震 1964年(昭和39年)6月16日にも耐え抜いたことは有名。

現在の新潟市の信濃川に架かる橋の数は、大都市ロンドンのテームス川に比べ、多すぎるように思えますし、橋の通行量もまばらに見えます。

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