Vintage 古写真

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この古写真(絵葉書)は、我が家に秘蔵されていた81枚の大正・昭和初期のもので、その中の一部です。公開しますが、売る気は全くありませんので、商売上コメントはご遠慮ください。
Vintage postcards and pictures are my own property and not subject to sell. Please do not write any commercial comment.
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可愛い子ちゃん

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1980年代の女の子
30年も前のことですから
結婚して、こんな可愛い子が
旦那との間にできているかも

戦争とは

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八月に入ると、空襲や原爆投下など、無残な過去を反省し、二度と戦争は起こさないと誓う行事が行なわれている。

明治以来、第二次世界大戦まで、日本は敗戦を知らずに、侵略を続けてきた。

侵略に参加した日本人は、海外で行なってきた残虐行為を「黙して語らず」という傾向がある。
(これは、ベトナムや中東で戦っている米国人にも共通しているが)

海外での残虐行為をに蓋をし、日本が被害者であるかのように、若者への教育を行なってはいないだろうか。

戦争を知らずに育った戦後の日本人は、仕事や旅行で戸惑いを感じることも多いと思う。

萬代橋

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1週間ほど前に、二晩旧友の八ヶ岳にある別荘に宿泊、三浦半島から新潟市の中心街まで1200kmを高速料金の安い日曜日にドライブ。

歴史的な建造物である「萬代橋」を実際に見て撮影するのが目的でした。

古写真は上から、

1886年(明治28年)竣功の初代木造橋
信濃川に架橋された最初橋。当初は萬代橋(よろずよばし)と訓読したが、のち音読の(ばんだいばし)に転訛した。
市街地と沼垂町(1914年新潟市に合併)との間の信濃川には橋が無く、古くから渡船によって連絡されていたが著しく不便であるため、新潟日日新聞社長の内山信太郎、第四銀行頭取の八木朋直らによって民営架橋が計画され、1886.2着工、11月に開通。総工費約30,700円。

1909年(明治42年12月)竣功の二代目木造橋
萬代橋は1908年の新潟大火の類焼で失われが、新潟市の交通上重要な橋で、新潟県は直ちに初代橋梁の焼け残った基礎杭を使用して再架橋。二代目萬代橋は初代とほぼ同等規模の木造橋、橋長782m、幅員7.9m。総工費約126,000円。
(初代から14年後にしては、大火による木材高騰?もあったにしても、4倍の工費とは、今も昔も変わらない公営事業?!?)

1929年(昭和4年8月)竣功の三代目アーチ式石橋
三代目(現存の橋)は、二代目の木造橋老朽化のため、隣に鉄筋コンクリート橋を建設。橋脚の基礎部には、当時の日本ではまだ例の少なかった空気潜函工法(ニューマチックケーソン工法)を用いた。この工事では、初めて日本人のみの手によってケーソン工法を実施。工事費240万円。
架け替えに至るまでは、信濃川は低湿な新潟平野に大きな水害をもたらすことから、江戸時代から幾度も分水路の開削が計画されていたが、1896年の大水害をきっかけに実現される運びとなり、内務省直轄の国家事業として1909年に大工事に着手、寺泊町に抜ける現在の大河津分水が1922年(大正11年)に完成。
分水の完成で、分水から下流の信濃川の水量は著しく減少したため、新潟市内の延長約8km間の川幅を約1/3に縮小できた。

2009年8月23日の現存する三代目アーチ式石橋
開通当時は、自動車の交通量がまだ少なかったこともあって、幅の広い堅牢なコンクリート橋であることに「新潟には分不相応な、豪華過ぎる橋」という批判もあったというが、ゆとりある構造が後に効を奏し、架橋から70年以上を経た21世紀初頭の車社会においても、片側2車線の大動脈として機能。
完成当時は、橋脚の間は8スパンあったが、両河岸の1スパン分は埋め立てられ、現在の道路や遊歩道に変わった。新潟地震 1964年(昭和39年)6月16日にも耐え抜いたことは有名。

現在の新潟市の信濃川に架かる橋の数は、大都市ロンドンのテームス川に比べ、多すぎるように思えますし、橋の通行量もまばらに見えます。

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(クリック拡大して、御覧ください)


戦前、本牧十二天社は、ワシン坂の下にあり、祖母に連れられて、この附近まで散歩にでかけました。
明治期の古写真に見るように海岸が迫っており、鳥居の遠方が「八聖殿」や「三景園」の小高い丘になっていました。

この辺りには下町で住宅が広がっていましたので空襲で焼け野原になりました。
戦後一帯が進駐軍のキャンプになり、30年ほど前に返還されました。現在は、本牧公園と根岸森林公園附近に一部米軍住宅施設がまだ残っています。

最近、この辺りに散歩に出かけるようになり、地元のお年寄りに神社の移転先を聞きましたが、はっきりしたことは解りませんでした。

昨日、本牧公園下にある「本牧神社」境内の右隅に、十二天社の小さな祠(ほこら)を発見しました。
「縁結び」と「縁切り」の神様だと言うことですから、お願いを叶えてくれるかも知れません。
詳細は写真の解説を読んでください。

このボトルブラッシュ(Callistemone Nolaccus オーストラリア原産)は、この神社の南側の本牧通りまで公園になり、道路を隔てた住宅の植え込みに咲いていました。

太陽熱で水浄化

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日本経済新聞080707「太陽熱で水浄化」

日本では、水道の蛇口をひねると飲料水が出てきます。
私たちが、何の疑問も持たずに利用している水ですが、人口増加と温暖化により世界中で水不足が深刻化しています。
特に、飲料水は、人類が生きて行く上には無くてはならない基本的な物質ですね。

新聞記事では、東工大が飲用水を製造する非常に単純な装置を開発した、とのことです。
球面で太陽光を集光しパイプを加熱し、水を90度以上に加熱し水蒸気を発生させて、純水として回収するという簡単な仕組みです。
海水から1日1,000リットルの純水を製造できる装置で、価格は十万円から二十万円程度と、既存の装置の1/10程度の価格で出来るということです。

この装置は、河川の無い小さな離島や、地下水に塩水が混ざるような中東・アフリカなどでも利用できます。また、河川が汚染された水にも利用できます。
殆ど動力も要らないと思いますので、水不足の新興国で活躍しそうですね。

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