ロンドン滞在記

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  『ドーバー海峡と道路』                 19851117
 
  知らないということは、時には損をするものだ。ロンドンの東部からドーバー海岸にかけて、これほど城が多く存在するとは思いもよらなかった。先週ケンブリッジの帰りに立ち寄った城は、既に存在をしていないものだったが、公開中の城を数えると、絵ハガキで見る限り八つの城があることになっている。その中の Leeds, Deal, Lympne の三つの城は既に訪ねている。絵葉書に出ていた残りのRochester, Whitstable, Kingsgate, Walmer, Dover の五つの城は、将来だれかを案内する時の楽しみにとっておこう。しかし、私の抱いていた大きさと異なり、城は意外に小さな建造物だった。周りの風景が雄大で、却って城が小さく見えるのかも知れないが、日本の城と大差はない。敵に取り囲まれてしまうと、簡単に兵糧攻めにされてしまいそうな大きさである。確かに城壁は垂直で攻め込み難くなっているが、周りを取り囲まれた場合、退路がないので補給にも困難であったろう。最初に見たLeeds 城は、広大な敷地(ゴルフ場あり)と湖水に囲まれ、静かな美しい姿を見せている。城を取り囲む湖水には、白鳥・ガ鳥・鴨が群れをなしている。日本では白鳥や鴨は渡り鳥である。英国では一年中気温が安定している性であろうか、湖水に住み着いている。湖水の周りはゴルフ場になっている。敷地の入口から城まで1マイルはありそうだ。観光シーズンでないためか昼食時の食堂が開く時だけ城の内部を見学出来ると言う。城の中に入ろうとしたら年取った門番に拒否された。4・5枚写真を撮ったところ、フィルムが残り少なくなっていることに気が付いた。これから行かねばなない城の写真も撮らねばならない。行く先でフィルムが手に入らないと困るので、無駄使いを止めることにした。
 Leeds, Chering, Chilham, Canterbury, Sandwich 経由で Deal に着いたのは、丁度正午だった。海岸の堤防に車を止め持参した昼食を頬張った。パンと果物と飲み物である。堤防から降りてドーバー海峡の波打ち際で、記念に小石を拾ったり、双眼鏡で対岸のフランスであろうと思われる微かな陸地のシルエットを追ってみた。小さなDeal 城を捜し近くにあったスーパーマーケットでフィルムを買うまで、一時間も費やしてしまった。その後 Dover, Folkstone 経由 Lympne 城を急いで見学し、Hasting の古戦場を観てから A21道路を北へ向かい、帰路についた。4時を過ぎ小雨も降り出し、夕闇も迫っていた。
  前日に新品のタイヤと交換したので安心して走れる。しかし、帰り道で後輪の振動が気になり、タイヤを調べてみたが特に異常は無かった。多分道路舗装の仕上げが悪い性であろう。土木の専門家に聞いてみたところ、コンクリートを打ち放した場合は安上がりであるが、表面の仕上げに限度があり自動車の乗り心地は悪くなる。日本では、その上にアスファルトを敷くから表面は滑らかになり自動車の乗り心地はよくなるが、維持費が高くなるとのことだった。このコンクリートの表面の凹凸が、振動を拾ったらしい。その時は、タイヤの交換をガレージ任せにしたのでボルトでも緩んでいるのかとさえ思った。本当にそうだったら大変だ。タイヤの空気圧が高すぎたのかとも考えたが、自分でしっかりと確かめないと、バーストなどしたらあの世行きである。
  日本の道路に比べ車の数が少ないので、路幅が広いように感じられる。またRound-About といって円形の交差点を設けている。既にRound-About に入っている車が優先し、Round-About に車がいない場合は、一旦停止せずに進入することが出来る。信号のいらないこの方式は英国特有で、あまり混雑しない交差点では、車をスムーズに流す良い方法だ。停車、発進の必要がないので、燃費の向上にもなる。英国人は多少凹凸のある道路でも気にせず走っているが、ハイウエイの半分は、表面をアスファルト舗装していない。この点日本では、至たれり尽せりで、その代わり高い料金を払わせられる。道路は狭いが、日本の道路の舗装仕上げは非常によい。制限速度は同等の道路で比較すると、日本の三から五割速い。英国人は気が短い性か、日本人同様、車間距離を置かずに走る車が多い。ニュースなどで聞く限り高速道路での多重衝突事故が多い。そんな事故を日本でもニュースでも報道するので、気を付けるように妻からの手紙に書いてきた。
車が少ない田舎の道路では、猛スピードでぶっ飛ばすので、擦れ違う時の気分は余り良くない。もたもた走っていると、すぐに後続車に追いつかれ道を空ける(give way)よう催促される。高速道路では何時も、自分の速度に合った車を捜し、その後に付いて行くことにしている。それが出来ない時は、車線を選び、自分の速度にあった集団の後に付いて行くようにしている。独走すると何時の間にかスピードが上がってしまう傾向がある。他人の車に付いて行くことは、特に長距離運転をする時、速度を自分で加減する必要がないので、運転が楽で疲れない。
殆どが、独りでドライブする。一番困るのは、眠気である。快調に時速130キロで走行している場合や、田舎道を走っているときには、まず眠気を覚えることはない。事実、英国滞在中に、高速道路上で、ほんの一瞬であったが、二度ほど居眠りをしたことがある。両方とも、長いドライブの帰り道で、30分ほどで家に辿り着くというタイミングであった。ロンドンを取り巻く、M5ハイウエイにはドライブインがない。路肩に休憩するか、または家まで突っ走るかの、選択が必要なときであった。なお悪いことに、家に近くなればなるほど渋滞が始まり、のろのろと走り、疲れと眠気が襲ってくる時刻である。
六年前の42才の時に運転免許を取ったのだから、日本で40000キロほどしか運転してないので、まだ初心者の部類かも知れない。今回、英国で18000キロ、ヨーロッパでレンタカーだったが2000キロ走った。一度も事故に遭わなかったのは、不思議なくらいである。
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Deal Castle
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Dover Castle
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Richborough Castle (古代ローマ帝国時代 石とセメントモルタル造)
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Walmer Castle
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Rochester Castle(屋根と内部木製構造は朽ち果て外部石造のみ)

6.英国人の雑学

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二階建てアパート(2階左コーナーが小生の家)とその専用駐車場

 『英国人の雑学』                     19851115
 
  食事は生活の基本であるが、英国人は概して味には頓着しないようだ。レストランでの英国料理ほど、まずいものはない。味付けは良くないし、料理の仕方にも問題がある。こう思うのは、外国人である日本人やイタリア人の友だちの意見である。その証拠に、中華料理のTake-Away(お持ち帰り)に人気がある。中国人の Take-Away は決して美味いとは思わないが、他に選択の余地がないので仕方なく買い求める。中国料理が英国でも繁盛しているのは、中国人の味覚が敏感である証拠だと思う。日本人も味にうるさい人種である。その証拠に素材を活かした微妙な味を出す料理が発達した。味に敏感な民族は、同時に美術的な感覚にも共通性がありそうだ。
フランス人がその典型である。フランス料理は、ほんの50キロのドーバー海峡を隔てただけで、雲泥の差が生ずる。お隣の英国とは比べ物にならないほど美味しいことは、世界が認めている。一般に、フランスも含めラテン民族の料理は美味しい。フランスと同様にイタリア、スペイン料理など、どれをとっても世界の一級品だ。食文化と芸術の間には、何か関連するのだろう。それとは反対に、北欧民族には、このような微妙な感覚が劣っているのではないかと考えるのは早計であろうか。カルパッチョのような生の魚の切り身を食べる習慣は、日本に似ている。
東南アジア、中近東、中南米の暑い地域の料理は、香辛料を使った刺激が強いものが多い。適度な料理は、温暖な地域に発達するという説はどうだろうか。多分、作物・家畜・魚介類の成長に丁度よい地域である。味覚の上でも優れたものが出来、年間を通して季節に沿った素材が豊富に手に入るので、自然に料理の味も創造されていったと考えられる。
芸術の中でも、音楽に関しては、欧州全体に優れた作品が存在し、南北の差は無いように思う。音楽は、味のセンスと直接関係無いのかも知れない。音楽は、国王や貴族や富裕層のたしなみであり、財力のある国に優れた作品が多く残っている傾向がある。優れた音楽家を金銭的に支えた背景も見逃せない。
  英国人には悪いが、国内を旅してみて芸術的な感じのするものがあまり見当たらない。城の中の肖像画は芸術の範疇には入らないし、教会の装飾にも殆ど芸術的な香を感じないのは私だけではないと思う。十七世紀までの英国は、ヨーロッパの田舎であった。他のヨーロッパの国に比べ、富の蓄積において劣っていたと考えられる。富の蓄積は芸術の発展と大いに関係があり、富の蓄積の無いところには芸術は育たない。芸術の価値を認める人たちは金銭的に余裕のある階層だからだ。見栄っ張りで優雅な上流階級が存在しなくてはならない。エジプト、ギリシャ、ローマ時代にはそれが可能だった。芸術とは、それを財産として所有する階級によって価値が異なってくる。エジプトの石像も、当時の一つの素晴らしい芸術で、王の権威と財力の象徴だった。中世イタリアの芸術は、シルクロードを経由する東洋との交易品により富を得たイタリア商人たちによって支えられた。スペイン・ポルトガルによる海路の発見による輸送コストの低減に負けたイタリアは、芸術もそれと共に下降して行く。次第に海運国であるスペイン、オランダ、英国への富の集中が起こった。当時の海洋貿易では、今日のような適性価格での取引ではない。植民地では、只同然の労働力を利用し、または略奪に近い方法で手に入れた商品は、ヨーロッパで高く売れ、莫大な利益をもたらした。この莫大な富が、ヨーロッパの芸術の香をより高いものにしていった。フランスも早くからイタリアの影響を受けていたので芸術的には、ほぼ完成されたものを見ることができる。当時の英国は十六世紀まで、イタリア・スペインのカトリック教会の支配下に置かれていたことと、富の蓄積が無かったため、その発展が二世紀近く遅れた。英国は、十六世紀の終わり頃から、芸術より富国強兵に力を入れ、経済の遅れを取り戻そうとし、科学や技術に力を入れた。その技術力が、スペインの無敵艦隊を破る原因になったのである。その大きな理由は、大砲の発射するスピードが、スペイン艦隊のニ倍だったからである。これは、一艘の戦艦にニ倍の大砲があるのと同じことで、破壊力もニ倍になる。技術力の勝利と言える。
出遅れた芸術は、自分で創作せずに他国より略奪したり、戦勝の証として手に入れたり、または貿易で稼いだ財力で手に入れた。英国人は元来、芸術的な感覚に乏しく、味覚に鈍感な民族であると信じている。大英博物館やナショナルギャラリーに行って見ると分かるが、世界中から何世紀にもわたって収集した美術品や遺跡は多いが、残念ながら価値のある英国品にはお目に掛かれない。大英博物館は、世界史の宝庫であり、英国の世界支配史であり、独自の文化に基づくものではない。
  今回の長期滞在以前に、想像したり英国人から断片的に聞いたりした英国のイメージは、今回の滞在で殆ど間違っていたことに気がついた。気位が高く、他国人、特に東洋人には心を開いてくれないだろうと想像していた。また、輸入物価が驚くほど高いのだろうと想像していた。このニ点については、私の先入観を訂正せざるを得なかった。六年前にブラジルで会った英国人は、十年も使った私の一眼レフカメラを原価で買ってくれたし、ヤマハのトランペットを買うために、わざわざブラジルからニューヨーク経由で帰国した人もいたのだからだ。町のショーウィンドウを覗いてみても、日本での店頭価格よりむしろ安いとさえ思えた。六年の間に、そんなに英国の物価が変ったのであろうか。また、以前英国人と英国以外の国で一緒に仕事をする機会が何回かあったが、悪い印象しか残っていなかった。インドネシアでもブラジルでも出会った英国人は、人を見下げるような態度があった。多分海外に出稼ぎに出るようなエンジニアは主流ではなく、英国で製図画きでもしていたような程度の連中のようだったのかも知れない。物価の点でもパリと同様にロンドンは安い。食料品は日本の70%、肉は30%、家賃は50%、土地付き中古住宅は半値以下、電気製品は秋葉原並み。ガソリンはほぼ同額だが、高速道路料金は無料。大都市間の高速鉄道の料金は、日本並みだが急行料金が不要なのでその分安い。これだけ取り上げたら天国のように思うかも知れないが、残念ながら言葉のハンデの点で壁にぶつかってしまう。南欧からの新鮮な野菜は、貿易障壁は無く関税も低く、英国の消費者はその恩恵に浴している。域内では輸入は無税に近い。柑橘類・葡萄・梨・野菜・バナナ・マンゴ・サクランボなど、何でも新鮮で安く、豊富に出回っている。ガス・電力も安く、北海油田の恩恵にも浴している。物価も安定しているようで、言葉と薄暗く寒い冬季を除けば、暮らし難い国ではないように思える。

5. ケンブリリジ

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Cambrige 大学街
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Stansted Mountfichet Castle_motte(再建中)
『ケンブリッジ』                      19851110
 

 また二日間の週末が終わった。単身赴任であるから、仕事の無い休日にはゴルフをするかドライブするぐらいである。土曜日は、午前中のゴルフと午後の空港へのドライブで一日を過ごした。日曜日の朝、また独りでドライブに出掛けた。この日だけで約240mile(384Km)のドライブ。車を買ってから三週間で 983mile走った。よく走ったものだと我ながら感心する。在英中に一万マイルは走って見たいと考えていたが、それ以上走れそうだ。朝小雨が降り寒かったが、一時間ほど走り、テームズ川の下を通るDartford Tunnel に差し掛かった頃には青空が広がってきた。晴れ上がったので周りの田園風景が美しい。Highway の傍らの野原に牛が何頭かたむろし、緊張を和らげてくれる。トンネルの通行料金は60ペンス。駐車料金も驚くほど安い。公営の駐車場は日曜日には只になるところも多い。観光地の駐車場は、勿論無料のところが多い。                    

  列車料金は日本並みと思うが、Inter-City(都市間を鉄道)の急行料金などは無く時速185Km のスピードを出す。空いているので、列車での旅行も快適だ。多分一人で自動車旅行をしてもガソリン代だけを考えれば、列車とほぼ同額になる。

  M25(ロンドン環状線)はトンネルの手前20Kmほど未完成で1988年まで掛かるという表示があった。M25 からM11 に入りケンブリッジまで約40mileの標識を見ながら制限速度の時速 70mile でとばすと約40分で着く。道路脇に駐車し繁華街に入ってみた。日曜日のためレストラン以外は全て休み。寒々とした町の中を観光客だけが肩をすぼめて歩くほど、とても寒い一日だった。大学が13校もあり、学生の姿も多い。落ち着いた大学町だ。各大学には付属の教会がある。Great Saint Mary 教会で大きな催し物があったらしく、神父や教授や関係者の長い行列が出てきた。教会は小さいが町の中央にあり、多分伝統ある教会なのであろう。行列が出はらった教会の中に入ってみた。教会の中の売店では町の歴史を書いたものを売っていた。英語、仏・独などは40-60 ペンスだが、日本語のものは1ポンド。有名な観光地では日本語訳のものが売られており、日本人観光客の多いことが分かる。ケンブリッジは古い伝統のある大学以外には何も無い。町の南側にはカム川が流れており、町を取り巻く道路は大きな落葉樹の並木道になっており、ちょうど紅葉していた。

  案内書にあった大きなキングスカレッジを見たいと思い町の中をドライブした。その建物はすぐ見つかった。写真で見た建物が川辺にあった。寒かったが日当たりが良かったので二十分ほど写真を撮った。素晴らしい記念になるだろう。そこから500mほど川下に下った川幅の広くなったところで道路脇に車を止めた。川の方へ近づくと若い夫婦が乳母車を押しながら、鴨に餌をやっている。遥か彼方に教会の高い塔が見えた。水辺を入れて写真を撮った。
  既に二時を過ぎていたので、次の目的地であるStansted Mountfichetという小さな町に向かった。町には、地図の上では城が存在することになっているのだが、一向に見つからない。町は 200戸ほどの家並みがあり、大きな風車が、ひときわ目立って見えた。町の端から端まで二度ほど往復し、町外れに駐車した。小高い丘の上に小さな白い石積みを見つけた。丘の上には丸太で2mの高さの塀を巡らし、小さな動物園のような形をした妙な物が見えた。近くで立ち話をしていた五十才半ばの夫婦に「地図には城の印があるが何処にあるのか」と聞くと、にっこり笑いながら「あなたは少し早く来過ぎた。丘の上にあるのがその城です。再建中なので来年の夏には完成する」という。
  ケンブリッジは紅葉していたが、あまり美しくない。その点、大陸性の気候であるパリの紅葉は美しい。一日の気温差が大きいほど、紅葉は綺麗に色付くと言われているが、ロンでも一日の気温差は小さい。メキシコ暖流の影響で、英国が樺太と同じ緯度にありながら、ロンドンの気温は冬は東京並み、夏は北海道並みである。800mmという年間雨量は約日本の半分である。緑豊かな原因は、曇天の日が多く、気温が比較的低い性だと勝手に解釈した。
英国は、日本と同じで、外国に侵略されたことが無いことだと言うが、二世紀までローマ人に支配され、十一世紀にヨーロッパから進入したノルマンディは現在の支配階級である。英国人はこれを侵略と言わない。当時英国本土の文明は、ヨーロッパ大陸に比べ相当の格差があり、むしろ文明の侵略を一般大衆は歓迎したといわれている。英国人は意外に日本人と同じで島国根性があり、開けっ広げなところがない。少し研究してみたい対象である。
  ロンドンのような市街地に住む人たちはすれているので、あまり付き合っていても面白味が無いが、田舎に行くと心温まる会話が楽しめる。でも余り北へ行くと方言が強く、何を言っているのか分からないことがある。

 初老の夫婦が、Stansted Mountfichet の城について丁寧な説明をしてくれた。城は1000年以上前に建てられ、火災に合い消失した。城主の名はFichit 王。英国の城は、どれも石造りであると思っていたが、当時は丸太造りの城もかなりあったらしい。その夫婦は、太陽の沈みかけた方向を指し「あの風車の所まで帰ります」といって別れた。風車が、夕日にシルエットになって見えた。記念に夕日に染まった城跡を写真に収めた。ブラジルの友人にもらった皮のジャンパーを着ていたが、夕風は冷たく急いで車に戻った。期待した立派な城は無かったが、楽しい会話が心に温かった。

4.中古車の修理

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Oxford(大学都市)
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Stratford-Upon-Avon(シェークスピアの生地)

『中古車の修理』                                   19851103
 
 昨日の土曜日、天気も好く絶好の旅行日和だった。Oxfordへ行くつもりで朝九時にホテルを出発した。ハイウエーに入る前にタイヤの空気圧や潤滑油を点検し、ガソリンを満タンにした。Oxfordはロンドンの北方にあるが、南にあるM5ハイウエー(ロンドン環状道路)に向かう。一般道路をロンドンに向かったのでは時間がかかる。ハイウエーは時速130キロで走れるし、渋滞もない。
ロンドンは緯度も高いため太陽の角度が、冬季は特に低い。正面から差し込む太陽が眩しい。英国では少なくとも一家に一台車を持っており、庭があっても道路が広いので住宅地内の道路は駐車場代わりになる。その車の多いことに驚かされる。日本と違うところは、市内の繁華街を除いて、一歩郊外に出ると意外に空いていて、まず渋滞はない。
  今日は、一緒に駐在している三人を乗せているので、アクセルが重い。出発前に皆で車を洗うことになっていたのに、若い者たちが手伝おうとしない。前日皆で車を洗うことを伝えてあったにも係わらず、一人は二日酔いだとぬかすし、もう一人は寒いといって出てこない。「ガソリン代を払えばいいんだろう」程度にしか考えていないようだ。私が車の整備をしている中に、もう一人の中年の人が車を綺麗に洗ってくれた。終わった頃、若い二人が「寒い寒い」といいながらホテルから出てきた。文句はいってみたが、何の効き目もない。興奮してはこれからのドライブに差し支えると思い、それ以上の小言はやめた。その代わり、ガソリン代を後で徴収する時に洗車代も余分に貰えばよいと、その場は知らん顔をした。スタンドでの洗車代は£1(約400円)。
ハイウエーも空いている。M25 も快適だ。M40 も気持ち良く流れている。ハイウエーは無料。長距離の旅行にはガソリン代だけで済むので有り難い。一時間半で Oxford に到着した。シェークスピアの故郷であるStratford-Upon-Avonにゆきたいという希望者が多かったので、西に向かって約40分走った。
Stratfordに着くと、意外に多い観光客に驚かされた。Stratford は小さな落ち着いた観光都市という感じがする。まずシェークスピアの墓のある古びた教会を訪ねた。風があり冷たかったので、土産物屋に入った。錫銅合金のビールのジョッキを£13 (\4300) で買った。その他絵葉書と町の説明書も買った。コーヒーを飲んでいると2時半になってしまった。もう帰路につかねばならない。英国は1027日より冬時間に切り替わり一時間遅くなった。夏時間のままだと真冬では二時半には夕闇が迫ってしまう。このヨーロッパ時間についてホテルのメイドに意見を聞いてみると「馬鹿げている」と言う。「多分、伝統や歴史に固執する官吏や学者がその存在を誇示するためにそうしているのだろう」という。「一時間遅らせる必要が現実に必要かどうか分からないが」と私も同調した。
働くことより生活を楽しむことの好きなヨーロッパ人には、早く暗くなると戸外で楽しむ時間が少なくなり、屋外での労働の能率が落ちると考えるのは早計かも知れないが、多分当たっているだろう。暗くなるのが早くなると、土曜・日曜の行動に大いに影響する。ゴルフは四時までしか出来ないし、観光は早めに切り上げなければならない。しかし『郷に行っては郷に従え』の喩えどおり気にしないことにした。
  英国は、イングランド、スコットランド、ウエールズに大別出来る。イングランドの殆どの地層は、ヨーロッパ大陸と切り離されたので四億年以上と古く、ブラジル大陸と同じように、12km毎にゆるやかな起伏がある。年間雨量は日本の半分と多くはないが、緑の原野と立木があちこち見え隠れする。原野には牛や羊がのんびりと草を食んでいる。川らしい川は殆ど見当たらない。かといって、乾燥しているわけではない。曇り空が多いので、地表はいつも湿っている。やはり田園風景はターナーの絵画のように素晴らしい。このような風景を手軽に眺められるのも自動車だから出来る。車の中は外の寒さとは無関係で、この季節はドライブに限る。英国の天気はいつもぐずつき、時々雨が降るという観念があったが、時にはそんな考えが間違いであったと感じさせるような晴天が続くこともある。
翌日、独りで11時頃ホテルを車で出発し、リッチモンドパークへ出掛けてみた。二日ほど晴天が続いた。公園は縦横5kmもあり、中央に大きな池がある。鴨、白鳥、かもめ、バン等の水鳥が多い。見物人がパン屑を投げたり、人懐っこく手から餌をとったりしている。木立の中や水辺で写真を撮り二時間ほど過ごした。今日は、久し振りに食料の買い出しに行きたかった。日本の食料品はロンドンの中心街で売っているが、初めてのロンドン市内へのドライブで道に迷うことを覚悟で出掛けた。公園からSuttonへ引き返し、電車に乗り換えて行くのが安全な方法なのだが、車でこのまま行けば十分足らずの距離にあり、どうしても車で行ってみたかった。まず地図をしっかりと頭にいれた。走ってみると意外に簡単だった。インスタント食品を主に、約30ポンドの買い物をした。寿司もあり、夕飯は久し振りに日本食になった。ほうじ茶を入れ寿司を頬張る。醤油と酢付けのショウガの味を楽しんだ。これで二日間の休日は終わった。
  来週はタイヤを取り替え、故障している温度計を直し、紛失したオイルキャップを取り付けてもらうよう頼むことにしよう。多少の出費を惜しんで命を無くすようなことがあってはいけない。£150 は覚悟せねばならないだろう。仕事も遊びも楽しみながらやりたいものだ。 もう夜の11時を過ぎた。シャワーを浴びて寝る時間だ。多少疲れが残っているが、体重は増えているような気がする。他に娯楽がないので、仕方なく毎晩テレビを観ている。Take-Away(持ち帰り店)で中華料理を買い、電気釜で御飯を炊く。ホテルの部屋に備え付けの電気ポットで湯を沸かしインスタント味噌汁をすする。簡単な炊事やTake-Away の買い出しも含め一時間は必要で多少気が紛れる。毎日が、あっという間に過ぎてゆく。

3. 中古車との出会い

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Winchester
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 Salisbury(左側が我が中古車・ドアミラーは右側のみ左無し)
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Stonehenge

3.『中古車との出会い』                                     19851029
 
 ロンドンの南の端にある Surrey 県の Sutton のホテルで一ヵ月が過ぎた。
先週、自動車を買った。One Owner(女性)が所有していたマニュアル車で、値段は£1,550 61000マイル(98,000km)も走ったマツダMontorose (日本名ルーチェ1600CC)。 走った感じでは、まあまあの調子。買った日に、試運転して見たがエンストを起こし易い。急に運転が、下手になったような気がする。クラッチ、ギアー、アクセルがうまく連動してくれない。 こんなに高い買い物をしたのに、うまく運転出来ないなんて、何だか大損をしたような気がしてきた。 当時の英国では、マニュアル車が大半を占め、オートマティック車は15%くらいだと言われていた。気温が低い英国では、ヒーターさえあればエアコンは必要ない。
その日、コインランドリーに行かねばならなかった。自動車に汚れ物を積み慣れない道を行くのだが、一方通行が多く、思うように目的地に着けない。悪い夢でも見ているようだ。事故だけは起こしたくない。迷路に入ったかのように、歩いても十分の距離を三十分ほど掛かって、どうにか辿り着いた。洗濯には一時間もかかる。常連は、読み物などをして暇をつぶしている。洗剤は、小銭を使い販売器で買う。洗濯器には、70ペンスと表示されていたので50ペンスを二枚入れたらお釣りが出てこない。でも、洗濯機は自動的に回りだした。その後ホテルまで何とか辿り着いた。
  とにかく、自動車に慣れないことにはどうしようもない。翌日は金曜日であったが、午後半休をとり近くのパブリックのゴルフ場に出掛けた。ホテルから5キロほどのところにあるが、手入れの悪いひどいゴルフ場だ。練習グリーンは踏み固められ、土の上でのパターであるから、猛烈な速さだ。とても練習にならない。 本コースのグリーンは、これとは反対にベントが伸び過ぎ重い。日本のゴルフ場とは、とても比べようもない。プレーフィーが3ポンド(750) と恐ろしく安いので、ゴルフ場のお粗末さには文句は云えない。中学生や高校生の姿が目立つ。学割り(半額)もあり、子供のお小遣でゴルフが出来る。
  英国では金があっても簡単にはメンバーになれない。メンバーコースの会員になるには、それ相応の地位があり知人の紹介が必要で、技量やマナーが、メンバー仲間に認められ、推薦されて初めて会員になれるとのこと。初心者なら、先ずは、パブリックコースで腕を磨き、エチケットを身に付けることから始める。カントリークラブとは、会員同士の社交の場なのである。やたら日本人が入っていって、コンペなどをする場所ではない。会員同士のお付き合いの場であり、中流階級以上の集会所のようなものと考えればよい。従い、メンバーシップは何十万円の単位であるが、世襲制に近く、排他的であり、日本のような個人的な売買は出来ない。何年も前からメンバーシップを申請しているが、中々手に入らないという話をよく耳にする。クラブの運営は、クラブメンバーの会費で運営されているので、会員が招待するビジターは安い料金で済む。メンバーの数は二百五十人位で、その家族は、当然メンバー扱いをしてくれるのが一般的。すなわち家族ぐるみでゴルフを楽しみ、クラブハウスや付属のテニスコートも利用できる。子供は、小さい頃からクラブに出入りをしているから、グループの一員として成長し、自然にマナーなど身についてしまう。英国では、公共性のあるクラブや施設は、無料か只同然で利用できる。
  洗濯やゴルフの話が長くなったが、自動車の話に戻すと、とにかく何とか運転には慣れてきた。独りのドライブであるから、地図を片手に確かめながらの運転となる。翌日の土曜日には、ヒースロー空港まで、単独ドライブを敢行した。充分に慣れてきたので、日曜日は、終日ドライブ、200マイル以上走った。
 無事に帰ってこられたが、一寸したミスを犯した。 走行距離の長い車であるため、潤滑油をひどく消費する。ピストンリングが摩耗しているので、シリンダーの爆発気体が、クランク室に漏れる。クランクケースにある潤滑油の蒸気と伴にキャブレターに戻り、ガソリンと一緒にシリンダーに送り込まれる。潤滑油は不完全燃焼するので排気ガスが白煙となる。ガソリンスタンドで給油するときに、潤滑油を購入し充填した。その時、オイルキャップを閉め忘れたまま、五十マイルほど走った。サービスステーションで、オイルレベルを再点検しようとして、ボンネットを開きびっくり。エンジンルーム内は、潤滑油充填口から吹き上げたオイルで真っ黒になっているではないか。走行中、エンジン上部は過熱しているので、火災が発生する危険が十分にあった。
日本では、こんな自動車は売買の対象にならないから、中古車を買ってもこんな経験をすることは先ずあり得ない。物持ちのよい英国では、平気で20万kmの古い車も珍しくない。日本では、オイルなど自分で入れたことも無ければ、ろくにオイルレベルなど点検しないで走ってきた。慣れないことをすると、失敗するものだと反省させたれた。出発前には毎回オイルレベルを点検した。キャップを手に入れようと近くのサービスステーションを訪ねたが、マツダのパーツは置いてないという。潤滑油缶の蓋が使える筈だから試すように教えてくれた。早速2ポンド払い潤滑油缶を買った。蓋は何とか利用出来そうだが、瓶の中身をどうするかが問題である。まさか駐車場の溝に捨てるわけにいかない。思案の末、ワイパーウオッシャー液の空瓶がトランクに入っていることを思い出した。しかし、蓋の直径が小さすぎたので、ティッシュペーパーを巻き、何とか蓋をすることに成功した。午前11時半を過ぎていたので先を急ぐことにした。何はともあれ、日が暮れぬうちに帰らねばならない。夜道で迷うと、ホテルに無事に戻れるか心配だ。朝の出発時に、ホテルから二十マイルのところにあるハイウエーを見つけるまで、一時間掛かったからである。M3の分岐点で西に向かう積もりが、標識を見落とし南へ入ってしまった。
ハイウエーであるからUターンなど出来ず、二十分も走ると、ラウンドアバウトがありWinchister への標識があったので、その方向に向かった。目的地は間違ったが、Winchisterも立派な観光地だ。ギルドホール(商工会議所)と教会を観ているうちに時間がたち、急いで Take-Away(持ち帰り食堂)で昼食を買い込み自動車の中で頬張った。Salisbury に近付くと、百メートルあるという教会の尖塔が見えた。大聖堂を三十分駆け足で観て回った後、Stonehenge で写真を撮り、帰路に着いたのが午後三時半を過ぎていた。

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