家族の病

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私の家族がかかった病について。
私や家族のの心境もあわせて、これからを書いていきます。
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生きてます(^^)

 生存報告ブログ、まだ生存(笑)
 
 母も、父も、チビ様も生存中です。
 
 母はホルモン剤治療のみを選択しまして、大体月イチペースで診察を受けることになりました。
 
 どうしてもね、放射線治療での副作用が不安で仕方なく、母は受けないと希望しましたので、本人の意思を尊重しました。
 
 それ以降は、少しずつ髪も伸び(まだまだ短いんですが)、普段の暮らしを取り戻しつつあります。
 
 
 ・・・いえ、取り戻しつつあったんですが・・・
 
 先週、母、帯状疱疹にかかってしまいました。
 
 飲み薬で一週間様子を見ていたのですが、食欲がほとんどなく、日曜日には私実家に帰ったのですが、母は何もする気力がなくグッタリ寝てましたので、昨日再度診察を受け、点滴を受けました。
 
 しかし、やはり元々弱っていた上の病・・・しかも食べないので体力がすぐ回復できるわけもなく、本日も点滴を受けることに(T-T)
 
 帯状疱疹・・・昔私もかかったのですが、痛いわだるいわ食べれないわで、まだ20代でしたが、完全復帰といえる体調になるのに一ヶ月ほどかかりました。(病状が進むまで、ひどい風邪だと思っていたせいもあり、投薬が遅れたせいもありますけど^^;)
 
 母には、常から「何かいつもと違うと思えばすぐ診察をうけるように」と伝えておりましたので、帯状疱疹であると診察されたのはかなり早めではありました。
 
 しかし・・・これ用のお薬が結構きつめらしくって、それが食欲不振に繋がったのかもしれないですね。
 
 昨日からの点滴は、まずは体力回復を優先にしてもらっています。
 
 疱疹は新たなものはできなくなってますので、もうあとは体力回復しかないですね。
 
 しかし、帯状疱疹って奴は、カラダの一番弱い部分に出ますね、疱疹が。
 
 母、リンパの流れの悪い左腕に出ました。
 
 ただでさえ傷の治りが昔と違い悪くなってしまっているのに、そんな場所を的確に攻めてきよります(TーT)
 
 おそるべし、帯状疱疹。
 
 誰にでもなる危険性がある病気です。
 
 そして、全身どこにでも疱疹がでる可能性がある病気です。
 
 体力の低下、ストレスなど、カラダが弱ると悪さしよる可能性がありますので、皆様もどうかお気をつけくださいませ。
 
 
 
 
 こっそり、ひっそり、ホンマになが〜いスパンで更新してますブログを、こっそり覗いてくださってる(さらにコメントまでいただいてる)皆様に感謝(−人−)
 
 
 
 

引き続き

 放置プレイな当ブログにご訪問&コメントありがとうございますm(_ _"m)ペコリ
 ホンマ、すんません(o*。_。)oペコッ
 来てもらうばっかりで、お邪魔することなく、本当にスイマセン<(_ _)>
 「生存報告ブログ」と思って、まだ閉鎖はしません。
 すいません、自己満足ブログです。
 
 
 母の放射線治療について・・・まあまだ悩んでいます。
 受けたほうが生存日数が統計では延びる。
 しかし副作用も統計では出ることが確認されている。
 
 あくまで 『統計では』なわけだ。
 
 
 これをどう考えるべきか・・・(-_-;ウーン
 あくまで『統計』
 いろんな事をひっくるめての統計・平均・大体・・・って事だ。
 
 ならばその統計に当てはまらない事例ももちろんあるだろうし。
 放射線治療を受けた人より受けなかった人の方が長生きしたってこともあるだろう。
 
 そんな風にクルクルと思考の波にとらわれて、悩んで悩んで・・・でも、結論は出てるんだと思う。
 
 最近、抜けていた眉毛に睫毛が生えてきて、さらに髪もちょろっと生えてきた・・・白髪なんだけどさ〜・・・と少し嬉しそうに語る母。
 もし、もしも、放射線治療によって、リンパ浮腫になってしまったら、完全に治ることはないし、ごまかせない範囲の症状になってしまったら・・・どう慰めていいものやらわからないし、母の気持ちも沈みこんでいくだろう。
 抗がん剤の副作用であった頭髪が抜けるという見た目の大問題は、抗がん剤投与が終われば、時間はかかるがまた生えてくる・・・という先への希望があったからこそ、我慢出来ているのがありありとわかる。
 「育毛剤つけたら早く生えるかな〜?」などと、ちょっと困った質問をしてきたりもするが、今実際に少しずつ髪や毛を取り戻しつつある事に嬉しさを覚えているようだ。
 見た目や日々の生活・・・それはとても大事なこと。
 髪や痩せてしまった身体をとても気にしている母が、リンパ浮腫で手が一生むくんでしまう状態に耐えられるとは思わない。
 
 それに、年齢も考える。
 あと数年すれば、母の母(私の祖母だな)が亡くなった年齢だ。
 母はその年齢を乗り越えれば満足だという。
 もしまだ母の年齢が50代以下ならば、私は母に放射線治療を受けるように勧めるだろう。
 まだまだ人生先は長い・・・そう思って。
 でも、確かに、母は歳を重ねている。
 穏やかに、穏やかに、旅路の時がいつ来るのかは誰にもわからないけれど、その日まで、穏やかに暮らして欲しい。
 誰しもいつか旅立つのであれば、避けられないのであれば、出来るだけ穏やかに、望むままに、過ごさせてやりたい。
 それが答え・・・なんだろうね。
 
 
 
 父も母も理解していないんだけど・・・先生が「生活レベル」の話を口に出したって事は・・・おそらく「統計」では術後5年生存率××%に・・・って事だろうな〜と、ぼんやりと考えてる。
 多臓器に転移は無かった・・・ってとこまで進行してたからな〜。
 一度先生に、父母のいない状態で話を聞いてみたい気もするし・・・聞きたくない気もある。
 聞いてしまったら・・・すべて自分だけの中にとどめておかなければならないから。
 父母共に、手術が成功して、これからホルモン剤治療を受けて・・・と先へ希望を持っている。
 誰しもがそうだろう。
 たとえ年老いて、死に一歩ずつ近づいているとわかっていても、明日目覚める事を信じて眠りにつくだろう。
 そんな二人のささやかな生活を、大事にしてやりたい。
 そのためには、私は・・・今以上には何も先生から聞かないほうがいいだろうと思う。
 二人と同じように、ささやかな喜び・希望を持っていたほうがいい。
 いいに決まってる。
 だから・・・ぼんやりと考えるくらいにしておくことにする。
 
 
 ここ数日、風邪気味で、基本的に週末に実家に顔を出しているのが帰れずじまい。 
 風邪をうつしてはいけないから、仕方ない。
 今日も母に「明日も帰らない」と電話すると、少し寂しそうだった。
 なんとかあさってには、帰ろう。
 昨日より風邪の諸症状は低下してるしね。
 あさってには大丈夫だろう。
 チビ様へのお土産も持って帰ろう。
 
 
 ぼんやりね、ぼんやり。
 しっかり考えると、今は駄目だから・・・ぼんやり。
 
 
 
 
 

(-"-;)なやみ ケータイ投稿記事

放射線治療、副作用もあるからよく考えて、受けるかどうかは本人次第だって。
…副作用…受けてみなきゃ出るかどうかわからんし、出ても程度がどれくらいってのもわからんし…。

ホルモン剤治療は効く…けどさらに放射線治療もすれば、統計では余命が長くなるってのもわかる。
でも、統計はあくまで統計。
ホントのところは誰にもわからん。


母は副作用をきいて、怖くなって、放射線治療受ける気ないみたい。
どうなるかわからないんだから、私も無理に受けさせようとは思わない。
でも…少しでも長く生きられるなら…そうも思う。



自分はいつ死んでもいいと思ってるのに、母には長生きして欲しいと願う…変だよね(-.-;)
でも、素直な気持ちだ。


結論は次の診察日まで持ち越し中。
私の一言で、きっとどうするか決まる。
私が願えば…でも、副作用で日々の生活に支障が出るくらいなら…なやみまくってます(-"-;)

母、その後

 いつもご訪問ありがとうございます。
 コメントありがとうございますm(_ _"m)ペコリ
 ちゃんと読んでますよ〜(o^∇^o)ノありがたい
 
 
 昨日、手術後二回目の診察に付き添ってきました。
 傷の治り具合も順調でございました(´▽`) ホッ
 まだ病理検査の最終結果が出ていないので、今後の治療方針は決定はしていないのですが、以前検査した結果でホルモン治療が効くタイプのガンだったので、本日よりホルモン剤を飲むことになりました。
 一日一錠だけなので、まあこれは楽だな〜って思っていたのですが・・・とりあえず二週間分貰ったのですが・・・約3500円
 た、高いのね〜ホルモン剤って(; ̄ー ̄川 アセアセ
 うーんと、一ヶ月約7000円・・・まあ、まあ・・・こんなものなのかしら?ガンの治療としては。
 このホルモン剤・・・女性ホルモンを少なくするらしいです。
 副作用で先生が特におっしゃってたのは、関節痛かな?
 薬局でこのお薬についての冊子を貰ったので、母にそれを見せながら説明をして、特に副作用について書いてあることには気をつけて、日々の身体の変化とか気付いたことがあればメモしておいてねと伝えました。
 父曰く、母、なんだかわからないけど、毎日メモしてるみたいなので、まあ大丈夫でしょ。
 
 
 先読み予測をして、先生にきいてみたのですが・・・放射線治療を行うかどうかは、リンパ節への転移の数によるって言われました。
 それは検査結果が出るまでわからないのですが、もし放射線治療するとなれば、今通っている病院ではなく、医学部併設の病院(近所じゃ一番でかい)ところに通うことになるそうです。
 ・・・ここ、駐車場から病棟まで遠いし、いつも混んでるし、でかくて迷うし・・・で、避けていた病院なのですが、そこしか施設がないと言われちゃあ仕方ないですね(〒_〒)ウウウ
 月〜金まで毎日(土日は休みの週休二日)を多分6週間・・・治療自体は1分照射するだけなんですが・・・毎日毎日・・・。
 通院の送迎、父に負担かけちゃうんですが、でも再発防止のためには、仕方ない。
 毎日だけど、期間が決まってるから、そうなればなんとか頑張ってと父にお願いをしました。
 
 
 ホルモン剤の治療は一応五年間続くみたいです。
 母「五年も・・・」と言ってましたが、毎週じゃないし、基本的にはお薬飲んで、定期的に血液検査とか骨密度検査(ホルモン剤の副作用で骨が弱くなる可能性が高いため)して、きっと年に一度大検査(CTとかマンモグラフィーとか)やるだけだから、これからはそんなに大変じゃなくなるから・・・と慰めております。
 放射線治療に関しては、もう照射してもらうだけなので、父に付き添い(兼送迎)は任せて、いつもの病院への通院時にはなるべく付き添うつもりです。
 先生から説明を受けても、いまいち内容覚えてない父母なので、私がしっかり聞かなきゃね。
 先生も私が行くと、私に向かって説明なさるので``r(^^;)ポリポリ
 先生の説明はわかりやすいんですよ、とっても。
 後から父母には、さらに噛み砕いて説明して、あーしてこーしてと伝えてます。
 私に頼り切ってる父母を、どうにかしてあげなきゃって、やっぱ思いますから。
 
 
 そんな私・・・最近神経性胃炎が( ; ̄ω ̄)ゞイテテ・・・
 やっぱまだまだ精神的に弱いっすε-(;ーωーA フゥ…
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

無事退院

 またまたお久しぶりです・・・ってか、なんか違うぞ(・Θ・;)アセアセ…
 
 編集しやすくなったのかしら?
 
 ・・・よくわからないけど・・・(* ̄- ̄)ふ〜ん
 
 
 
 母、手術終了、昨日退院
 
 w( ̄△ ̄;)wおおっ!
 
 こうすればいいのね( ̄  ̄) (_ _)うんうん
 
 で、とにかく手術は無事済みました。
 
 切り取った患部の病理検査の結果によって、次の治療方針が決まります。
 
 とりあえずそれまでは、普段の生活プラスリンパマッサージです。
 
 左乳房全摘出に加え、左腋のリンパ節切除したので、どうしてもリンパの流れが悪くなる→むくんじゃうらしいので、予防のために毎日左腕をマッサージです。
 
 簡単なので、そんなに負担にはならないんですけどね。
 
 
 
 手術後、痛みに苦しんだり、腕が上がらなくなったりするかも・・・(´;ェ;`)ウゥ・・・と思っていたのですが、実際にはそんなに痛まず、腕も\(^o^)/ばんざい出来るし、母自身「なんか、思ってるよりもずっと楽だわ〜」ってのが手術の感想みたいです。
 
 でもね、やっぱり不安でいっぱいだったんでしょうね・・・手術後ICUで会った時に、看護師さんが「家族の方が来られましたよ」と声をかけた瞬間、まだ麻酔の影響で意識が朦朧としていたし、目も閉じたままだったのに、ボロボロっと涙をこぼしたんですよ、母。
 
 母にはその時の記憶はあんまり残ってないみたいなんですけど、不安な気持ちを支えられるのは家族である父と私だけなんだと、その涙をみて思いました。
 
 父はちょっと都合上、夕方すぎに帰ったんですが、その後面会時間ギリギリまで私は付き添っておりました。
 
 寝ているのか、起きているのか、目を閉じたままだったのでわからなくて、とにかく母が話しだすまではじっと見守っていました。
 
 ものすごく小さくなってしまった母(手術時体重37キロ)を見ていると、ポロポロと涙がこぼれてしまったのですが、母が目を閉じたままなのを幸いに、私は声を立てずに、ただただ涙を流していました。
 
 自分自身が大変なのに、私に「早く帰ってご飯の準備してあげなさい」と言う母の言葉に、さらに涙・・・でも、気付かれないように・・・。
 
 ちっちゃなちっちゃな母を置いて帰るのは忍びなくて、でも看護師さんが「容態は安定しているので大丈夫ですからね」と言ってくださったので、その夜は帰りました・・・夜殆ど寝れなかったけど・・・。
 
 
 
 翌日、予想外に元気だ・・・と私より先に病院に来ていた父も驚くほどに元気でした。
 
 とにかくカテーテルを早く抜いて欲しいと言い、実際トイレにちゃんと歩いて行けたので、お昼までに抜いて貰い、食事もしっかり取り、テレビも見て・・・と、苦しむことなく過ごし始めました。
 
 ふと力を入れたりすれば、アイタタタ(>_<)・・・と傷にひびくみたいですが、普通にしていれば痛まないので、本人も家族も気持ちが楽でした。
 
 ただドレーンが身体から出てましたので、それが抜けるまではドレーン&タンク付き生活でしたので、ちょっと面倒な点もありました。
 
 それ以外は、手術翌日から退院当日まで、母、病室から出たのは2回だけという、超引きこもり生活でした。
 
 病室(母の希望で個室・・・脱毛してるので人とあまり一緒になりたくないらしい)洗面台もトイレもありましたので、出る必要性が皆無だったのもありますが、やることなくて寝るかテレビみるかしかなくて、おかげさまで退院時体重2キロ増えました(笑)痩せすぎてたので、太って帰れてよかったくらいです。
 
 父と母と私、毎日お昼ごはんを一緒に食べました。
 
 ・・・毎日私、父と私の分のお昼ご飯と、母に何か欲しいものとか食べれそうなものを聞いて買出ししておりました。あ、父の晩御飯のおかずになりそうなものもね。
 
 で、母いたって元気なもので、父には早めに帰るようにいい、私が夜まで付き添っておりました。
 
 でもね、夜までといいますが、やることないので、母がちょうど昼寝しそうな時間帯(14〜15時くらい)には、ちょっと外にぶらぶら歩きに行ったり、母が欲しいものを買い物に行ったり。
 
 晴れた日は病院の屋上でバーンと洗濯物干したりしましたよ。
 
 母と一緒に昼寝したり(付き添い人用長椅子でグースカジュルルル ( ̄q ̄)zzz)、再放送してたドラマ「相棒」を一緒に見たり・・・なんか、場所違うだけで、実家に帰ったときとあまり変わらないな〜って思いつつ(笑)
 
 夜帰る前に、湯たんぽにお湯を入れて(抗がん剤治療以降、母異常に足が冷えて仕方ないらしい)、ポットにお湯を入れて、欲しいもの聞いて・・・じゃあね、また明日って繰り返しで・・・気が付けば退院・・・今日はもう病院に行かなくていいのかと思うと、なんか寂しい気持ちも・・・。
 
 とにかく無事退院できてよかったです。
 
 
 
 
 今日も電話をし、マッサージをしたか?家事で無理をしていないか?など、父母両方に聞き取り調査をし、日々の生活についてビシビシ指導をしております。
 
 出ないと、無理しちゃって後々辛い目にあうの見るの嫌だから、ビシビシとね^^;
 
 
 
 
 
 いつもいつも、見守ってくださる皆様に感謝いたします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 

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