|
このあたりに入沢の停留所がありました。 乗り場はもう少し後ろ、私が立っているところが交換設備の西端あたりです。 そのカーブの先が次の写真です。 線路跡は県道の手前で右カーブ、県道をかすめて渋川青翠高校の敷地へ吸い込まれていきます。 手前から奥に向かって線路跡は続いています。路盤の痕跡が微かに残っていました。 進路を西から北へ変え、さらに左カーブしながら登っていきます。 かなりの急勾配なのがおわかりいただけるでしょうか。 南を向いた電車はここで再び西を向きます。このあたりが拾弐坂上の停留所です。 線路跡は画面右から来て奥へ続いています。 次回は渋民焼の窯元がある御蔭を目指します。 (訪問日:2010.7.9〜7.15) |
廃線跡
[ リスト | 詳細 ]
|
元宿バス停付近のこのあたりが裏宿電停跡です。 電信柱に電停名を腹巻しただけだったようですので、痕跡は何もありません。 ここから専用軌道になります。 電停はここより100mほど手前、国土交通省前交差点付近にあったようです。 正面の建物より右の道路が本線跡、左の駐車場の縁から建物の左側へ待避線が延びていました。 スイッチバックはここのほか、六本松と大日向療養所前、水沢にもありました。 いずれも伊香保側から進入する構造になっており、安全側線を兼ねていました。 今は住宅地ですが、当時は畑や果樹園ばかりだったそうです。 この先で左に大きくカーブします。 この高校の敷地内には小さな競馬場があったそうです。馬の品評会も行われていたとか。 足元の道路より低いところに高校のクラブハウスの屋根があったような・・・。 渋川工高の北側を回りこむように走ってきた線路は大きく右カーブを曲がって西を向きます。このあたりに八幡裏電停がありました。 画面左の森が渋川八幡宮の敷地です。 次回もひたすら上り坂です。 (訪問日:2010.7.9) |
|
渋川駅前です。ここから伊香保線の旅は始まります。 渋川新町までの区間は、前橋線の電車も走っていたようです。 画面奥、ベージュの建物が見えるあたりが渋川新町です。 渋川新町交差点の南東に立っています。この交差点で左方向へ向きを変えます。文字では表しづらいので上に示した地図を参照してください(^^; 交差点を過ぎたあたりに乗り場があったようです。 この乗り場は前橋線と共用で2線、他に交差点から南へ分岐したところに高崎線の乗り場が2線ありました。 赤信号が点灯しているはずですが、LEDの信号機でタイミングが悪いとこうなるんですね。 渋川四ツ角交差点の西に電停があったようです。 大正12年まで高崎線はここ渋川四ツ角交差点から発着し、まっすぐ南へ向かっていました。 奥のガソリンスタンドがいただけませんが、風情のある町並みですね。 このあたりは当時と道幅はほぼ変わっておらず、道路の中央を電車が走っていました。 電停はこのあたりにあったと思われます。 既に登り勾配ですね。 伊香保線が昭和31年に廃止されたのは、東武バスが同じ区間を走り電車の強力なライバルとなったことが大きかったようです。その東武バスはその後’90年代に関越交通に移管され、現在に至っています。 線路跡にほぼ沿った県道をバスが走っているため、皮肉にも廃線跡探索は容易です(いつでも脱落できます(^皿^))。 川原町の西行きバス停があるこの辺りに電停がありました。 ここから北へ向きを変えます。 (訪問日:2010.7.9〜7.15) |
|
歩道を歩いていると自動車に虐げられている気分になります。人間の作り出した自動車によって人間が道路の隅に追いやられている、考えてみればおかしなことです。 このあたりも一面の田園風景で、赤城山や榛名山、子持山の雄大な風景が広がっていたそうですが、現在は一面の道路(−−; なんとも味気ない風景になってしまいました。 上の写真でバスが写っていたあたりです。この交差点の辺りに中村停留所があったはずですが、昔からの道があったのはどのあたりかはわかりません(^^; ここにも交換設備がありました。半田、松原に続いて三駅連続です。 丁度前橋行きのバスがやってきました。 左の道路は県道35号で上越線をアンダークロスし渋川駅前へ。右の道路は市道?で上越線にぶつかって途切れます。 前橋線の現役当時はというと、右が車道で上越線を踏切で越え、渋川駅前へ。 前橋線の線路は左の、上越線をアンダークロスするルートを専用軌道でたどっていました。 香ばしい香りのする物件を見つけました。 奥の複線は上越線ですが手前の廃線、関東製鋼(現大同特殊鋼)渋川工場への専用線跡です。 上越線をアンダークロスした線路は大きく右にカーブし、渋川駅前へ向かっていました。 掘割の幅は当時とほぼ変わっていないようで、単線の線路がゆったりと敷かれていたそうです。 風景があまり見えずバスばかりになってしまいましたが、渋川駅前です。右隅に駅舎が見えています。ここにも交換設備があったようです。 電車はこの先の渋川新町まで行っていました。 次回から伊香保線に入ります。渋川駅前→伊香保とたどります。 (訪問日:2010.8.4) |
|
かつてはここがY字路の交差点で、のっぺらぼうの青看板はその案内を表示していましたが、バイパス建設により信号が移設され、青看板も移設されました。 廃線跡は直進、重機がある方へ向かいます。 その重機の向こう側、このあたりが半田電停跡です。交換設備のある停留所でした。 かつてはこの道がメインストリートでしたが、バイパス完成によりすっかり裏道の風情になってしまいました。 中央線を消した跡が残っていますね。 しかし広々としていますね。 このあたりもいずれ画面左側へ拡張されるようです。 線路は道路西側に敷設されていました。 日本カーリット群馬工場の先、松原バス停付近です。 このあたりが松原電停跡です。ここにも交換設備がありました。 随分かかりましたが、東武前橋線は次回で最後です。 (訪問日:2010.7.29/2010.8.4) |




