急行きそ3号

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廃線跡

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今回は渋川青翠高校の西、女性会館折原分館のあたりまでです。

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八幡裏で右カーブした線路跡はしばらく直進、奥のマンションのあたりで左にカーブしていました。

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そのマンションの先です。マンションのあたりで一度線路跡は途切れますが、すぐにまた市道として姿を現します。

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【入沢(いりさわ)】
このあたりに入沢の停留所がありました。
乗り場はもう少し後ろ、私が立っているところが交換設備の西端あたりです。

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入沢を過ぎると魅力的なSカーブを描きます。
そのカーブの先が次の写真です。

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市道はここで県道渋川松井田線に合流します。
線路跡は県道の手前で右カーブ、県道をかすめて渋川青翠高校の敷地へ吸い込まれていきます。

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線路跡の市道が県道に合流するあたりから北を見ています。
手前から奥に向かって線路跡は続いています。路盤の痕跡が微かに残っていました。

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高校の敷地を突き抜けた線路跡はここから再び市道になります。
進路を西から北へ変え、さらに左カーブしながら登っていきます。
かなりの急勾配なのがおわかりいただけるでしょうか。

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大きく左カーブして進路を北から南に変えます。

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【拾弐坂上(じゅうにさかうえ)】
南を向いた電車はここで再び西を向きます。このあたりが拾弐坂上の停留所です。
線路跡は画面右から来て奥へ続いています。

次回は渋民焼の窯元がある御蔭を目指します。

(訪問日:2010.7.9〜7.15)


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今回は川原町交差点から渋川工高の西側までです。

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【裏宿(うらじゅく)】
元宿バス停付近のこのあたりが裏宿電停跡です。
電信柱に電停名を腹巻しただけだったようですので、痕跡は何もありません。

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【元宿(もとじゅく)】
ここから専用軌道になります。
電停はここより100mほど手前、国土交通省前交差点付近にあったようです。

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専用軌道跡へ入ったところです。現在は生活道路になっています。

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元宿にはスイッチバック式の待避線がありました。
正面の建物より右の道路が本線跡、左の駐車場の縁から建物の左側へ待避線が延びていました。

スイッチバックはここのほか、六本松と大日向療養所前、水沢にもありました。
いずれも伊香保側から進入する構造になっており、安全側線を兼ねていました。

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上り坂がひたすら続きます。

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このあたりの平均勾配は48‰なんだそうです。私は一気に登りきれず、途中あちこちで休憩しつつ登りました。
今は住宅地ですが、当時は畑や果樹園ばかりだったそうです。
この先で左に大きくカーブします。

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90度近いカーブを曲がり、渋川工高の北側へ来ました。画面ではよく分かりませんが、相変わらず上り坂です。
この高校の敷地内には小さな競馬場があったそうです。馬の品評会も行われていたとか。

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ほんとうにずっと上り坂です。この左側、柵の向こう側は渋川工業高校ですが、かなりの高低差がありました。
足元の道路より低いところに高校のクラブハウスの屋根があったような・・・。

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【八幡裏(はちまんうら)】
渋川工高の北側を回りこむように走ってきた線路は大きく右カーブを曲がって西を向きます。このあたりに八幡裏電停がありました。
画面左の森が渋川八幡宮の敷地です。

次回もひたすら上り坂です。

(訪問日:2010.7.9)


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東武伊香保軌道線の本丸、伊香保線です。今回は渋川駅前から、進路を北に変える川原町交差点までです。

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【渋川駅前(しぶかわえきまえ)】
渋川駅前です。ここから伊香保線の旅は始まります。
渋川新町までの区間は、前橋線の電車も走っていたようです。

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駅前を出て、北西に向きを変えたところです。いかにも地方都市の中心部といった佇まいです。
画面奥、ベージュの建物が見えるあたりが渋川新町です。

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【渋川新町(しぶかわしんまち)】
渋川新町交差点の南東に立っています。この交差点で左方向へ向きを変えます。文字では表しづらいので上に示した地図を参照してください(^^;
交差点を過ぎたあたりに乗り場があったようです。
この乗り場は前橋線と共用で2線、他に交差点から南へ分岐したところに高崎線の乗り場が2線ありました。

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信号機が消灯しているように見えるのが渋川四ツ角交差点です。
赤信号が点灯しているはずですが、LEDの信号機でタイミングが悪いとこうなるんですね。

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【渋川四ツ角(しぶかわよつかど)】
渋川四ツ角交差点の西に電停があったようです。
大正12年まで高崎線はここ渋川四ツ角交差点から発着し、まっすぐ南へ向かっていました。

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【商工会議所前(しょうこうかいぎしょまえ)】
奥のガソリンスタンドがいただけませんが、風情のある町並みですね。
このあたりは当時と道幅はほぼ変わっておらず、道路の中央を電車が走っていました。
電停はこのあたりにあったと思われます。

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ガソリンスタンド前のカーブを曲がったところです。
既に登り勾配ですね。

伊香保線が昭和31年に廃止されたのは、東武バスが同じ区間を走り電車の強力なライバルとなったことが大きかったようです。その東武バスはその後’90年代に関越交通に移管され、現在に至っています。
線路跡にほぼ沿った県道をバスが走っているため、皮肉にも廃線跡探索は容易です(いつでも脱落できます(^皿^))。

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【川原町(かわらまち)】
川原町の西行きバス停があるこの辺りに電停がありました。
ここから北へ向きを変えます。

(訪問日:2010.7.9〜7.15)


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今回は渋川伊香保IC付近から渋川駅前まで。今回で前橋線は最後です。

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私が立っているのはおそらく歩道と思われるスペース。左の道は側道で、すぐ右の一車線は渋川伊香保ICへの進入路。その向こうが国道17号です。

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関越道を越えたところです。このあたり、歩道は地下道を潜ったり歩道橋を渡ったり。
歩道を歩いていると自動車に虐げられている気分になります。人間の作り出した自動車によって人間が道路の隅に追いやられている、考えてみればおかしなことです。

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その先の中村交差点です。
このあたりも一面の田園風景で、赤城山や榛名山、子持山の雄大な風景が広がっていたそうですが、現在は一面の道路(−−;
なんとも味気ない風景になってしまいました。

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【中村(なかむら)】
上の写真でバスが写っていたあたりです。この交差点の辺りに中村停留所があったはずですが、昔からの道があったのはどのあたりかはわかりません(^^;
ここにも交換設備がありました。半田、松原に続いて三駅連続です。

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中村交差点の先、「中村三差路」交差点です。Y字路になっており国道17号は右へ、廃線跡は左へ分かれます。

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国道17号と分かれた線路跡は県道35号の上を走ります。

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この先で大きく左にカーブ、国鉄上越線を越えていました。
丁度前橋行きのバスがやってきました。

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そのカーブの途中から。
左の道路は県道35号で上越線をアンダークロスし渋川駅前へ。右の道路は市道?で上越線にぶつかって途切れます。
前橋線の現役当時はというと、右が車道で上越線を踏切で越え、渋川駅前へ。
前橋線の線路は左の、上越線をアンダークロスするルートを専用軌道でたどっていました。

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車道の踏切があったであろう場所に立っています。
香ばしい香りのする物件を見つけました。
奥の複線は上越線ですが手前の廃線、関東製鋼(現大同特殊鋼)渋川工場への専用線跡です。

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駅前側から上越線ガードの方を見ています。
上越線をアンダークロスした線路は大きく右にカーブし、渋川駅前へ向かっていました。
掘割の幅は当時とほぼ変わっていないようで、単線の線路がゆったりと敷かれていたそうです。

イメージ 12
【渋川駅前(しぶかわえきまえ)】
風景があまり見えずバスばかりになってしまいましたが、渋川駅前です。右隅に駅舎が見えています。ここにも交換設備があったようです。
電車はこの先の渋川新町まで行っていました。

次回から伊香保線に入ります。渋川駅前→伊香保とたどります。

(訪問日:2010.8.4)


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今回は坂東橋から渋川伊香保ICの手前までです。

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坂東橋を渡ります。橋は架け替えにより当時よりやや下流に移されていますが、橋からの光景は大きくは変わっていないのではないでしょうか。

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坂東橋を渡りきると、渋川側の緩やかなアプローチを下ります。線路跡は車道の右側、ガードレールの外側あたりです。

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半田交差点の手前にはこんなのっぺらぼうの青看板が。

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さらに進むと、もう一つ青看板がありました。
かつてはここがY字路の交差点で、のっぺらぼうの青看板はその案内を表示していましたが、バイパス建設により信号が移設され、青看板も移設されました。
廃線跡は直進、重機がある方へ向かいます。

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【半田(はんだ)】
その重機の向こう側、このあたりが半田電停跡です。交換設備のある停留所でした。
かつてはこの道がメインストリートでしたが、バイパス完成によりすっかり裏道の風情になってしまいました。

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バイパスと旧道の接続部です。このバイパス、上に示した地図にも載っていませんが、田口町あたりから延びています。
中央線を消した跡が残っていますね。

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バイパスと合流した併用軌道跡、道路拡幅で痕跡はありません。
しかし広々としていますね。

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日本カーリットの工場南端です。
このあたりもいずれ画面左側へ拡張されるようです。
線路は道路西側に敷設されていました。

イメージ 10
【松原(まつばら)】
日本カーリット群馬工場の先、松原バス停付近です。
このあたりが松原電停跡です。ここにも交換設備がありました。

随分かかりましたが、東武前橋線は次回で最後です。

(訪問日:2010.7.29/2010.8.4)


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