一点入魂!

全券種一点予想に挑んでいます。笑っちゃうほど当たりませんが(笑)

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「ワァァァァァッ!!!、ツ・バ・サ!、ツ・バ・サ!」


…有馬記念を前に、パドックを周回しているクロテンとその彼の手綱を引く翔平は、本場場の方から響く『ツバサコール』を聞き、クロテンも翔平も思わず首を本場場の方向に向けた。

…今日のクロテンは福島記念の時とは違い、引き締まった馬体を輝かせて周回している。


(この歓声って…?!)

翔平がいぶかしんでいると、パドックの観客から…

「…おい、麻生が重賞獲ったらしいぞ」

「…マジか?!、新人だぞ?!、オマケに女だぞ!?」

「うわぁ〜!有馬の前にスゲェ事が…」

…などという話し声が漏れてきた。


(…!、そっかぁ…ウルヴと翼、勝ったのかぁ…!)

翔平が嬉しそうに顔を綻ばせていると、ふいにクロテンが鼻面を寄せて来た。

「クロテン…お前も解かるのかぁ?、ウルヴを翼が勝たせてくれたってよ」

そう小声で翔平がささやくと、クロテンは明らかに喜んで見せ、嬉しそうに首を縦に振った。






「…翼!」

…ウイニングランを終えて装鞍所に戻った翼とウルヴを、1着馬のレーンで出迎えたのは手を掲げた佐山だった。

…パドックでクロテンを引いている担当厩務員の翔平に代わり、佐山がウルヴの馬具の解除を買って出たのである。

「謙さん!」

佐山の掲げた手の意図を理解した翼は左手をダラリと馬上から下げ…


パシッ!


…と、佐山からすればハイタッチ、馬上の翼からすればロータッチの格好で手を合わせた。

「翼さん…おめでとう!」

関係者席から急いで駆けつけた海野も、満面の笑みで翼を出迎えた。


…約1年前のAJCCの時とは違い、表彰式やインタビューなどに緊張した様子はさほど無く、海野は素直に2度目の重賞勝利を喜んでいた。


「先生…ありがとうございます!、…騎乗させていただいた先生のおかげです!」

「いやいや…調教師としては情けないが、私は館山さんの助言に従っただけだよ…」

「いえ…この世界に入った春から今日まで、先生に色々な経験をさせて貰えたからこそ、今の騎乗が出来たんだと思います…」

翼は両手を胸の前で合わせ、今までの思い出を噛み締める様に目を閉じた。


「…本当に、謙虚なお嬢さんだね」


「…!?、白畑さん!」

少し遅れて、関係者席から降りて来た白畑の登場に、海野厩舎の3人の間に緊張が走った。

白畑は…

「…お気になさらずに」

…という細かな笑みを見せながら翼の前に立ち、そっと手を差し出して握手を求めた。


翼が慌てて手袋(グローブ)を外し、握手に応じると…

「…ゴールドウルヴを重賞勝利馬(グレードウィナー)に導いて頂き、出資者の方々に代わってお礼を申し上げます…

素人の目ではありますが、素晴らしい騎乗だったと思いますよ」

…白畑は彼なりの所作で勝利騎手への労いと世辞を述べた。


決してそれが…妙齢な少女騎手でも、その態度は一切ブレず、紳士的に…


「ありがとうございます…」

「…では、表彰式でお会いしましょう…」

…3人が白畑を見送ると、急に佐山が…

「うっ…うっうっ…!、翼…お前、スゲェよ…」

…と、嗚咽を漏らし始めた。

「えっ?!、けっ、謙さん?!」

「…実習生でウチに来た時は、とてもモノにならねぇって思ってたのが、重賞獲って閣下に…、うっ…うっ!」

…佐山の涙腺は決壊したらしく、ボタボタと彼の涙が装鞍所の床を濡らす。

「おっ…俺は、騎手を引退して助手になる、って…決めた時、いつか所属騎手が出来たら、俺が獲れなった重賞を…代わりに獲って貰うのが、ささやかな目標だった…

それを翼が…こっ、こんな早く、こんな快挙まで付けて…うっ!、うぅぅぅぅっ…!」


…海野も翼も、彼が心中に秘めていた鬱積したモノを悟り、返す言葉に困っていると…


ガバッ!


…と、佐山の後ろから、タオルを彼の顔に被せたのは同期である館山だった。


「翼…泣き虫な助手は俺に任せて、早く顔洗って後検量(あとけんりょう)して来い」

「…はい」

…翼は何かを察して、余計な事は何も言わず…検量室に向った。

「…ほら、見られたくないヤツは遠ざけたから、思いっきり泣け…

同じ目標を抱いてこの世界に入った、同期のお前の気持ちを…俺はちゃんと解かってるぜ、謙三…」

「…うっ、うるせぇ、出世頭のお前じゃ…説得力に、欠けんだよぉ…」

佐山はそう毒づきながら、被せられたタオルで泣き顔を拭った…







「…やった!、翼ちゃんが勝ったよ!」


…時は少しだけ戻り、翼のウイニングランを観た奈津美は喜びの声を挙げていた。


「こんな凄い人を後部座席に乗せたかと思うと…なんだかあの日がウソみたい」

「ああいう風に出会ってると、なんだか自分の事の様に嬉しいモンだなぁ…」

奈津美と優斗は感慨深げに、歓声が挙がるスタンドが映されたテレビ画面をジッと見つめた。


二人の会話はその後、ホープフルステークスの回顧などをして、有馬記念の発走を待った…

そして…配当金のアナウンスと同時に、ホープフルステークスの表彰式の様子が画面に映った。


そこに映った、翼の輝く笑顔の姿を観て、奈津美は…何かを思いついた様に、急に優斗の方に向き直った。

「ねぇ…ユウくん」

「ん〜?」

…と、優斗はテレビを観ながら生返事を返したが、次の奈津美の言葉に…事態は一変する。

「…ユウくん、私と…一緒に暮らさない?」


……


一瞬…、一瞬ではあるが、優斗の部屋は静まり返り、コンコンとストーブの上で沸く、ケトルが放つ沸騰音と競馬中継の音声だけが響く…


「…ナツ?、お前、何を言って…」

…優斗が問い返すまで、多少のインターバルがあった。

「言った…通りだよ」

奈津美は…少しだけ、頬を赤らめながら…

「同棲…しようよって、言ったのよ」

「…はぁ?!」

優斗は目玉が飛び出そうな勢いで、驚きを隠さなかった。

「お前…!、からかうのにも程があるだろ?!

そもそも…何で、急にそんな事を思いつくんだぁ?!」

「だって、おばさんから聞いたよ…部屋、追い出されるって…」

「…!」

…奈津美の返事に、優斗の顔色は大きく変わった。


奈津美が言った事は…事実だった。

優斗は春までの猶予こそ与えられてはいるが…立ち退きを求められている。

その理由は…決して家賃の滞納とか、取り壊しや立替とかのフツーな理由ではない…


「…障害を抱えた単身者に、部屋を貸しておくのは心配だからって…」


そう…優斗の身体に関する事が理由だった。


優斗は深く溜め息を吐き、天井を仰いで額を抑えた。

「…ああ、その通りだ…何かがあっては困るから、出て行ってくれ…ってな。

ココで救急車騒ぎを起こしたのが決定打だったんだろうなぁ…孤独死なんてされちゃ、物件の価値に関わるんだろうし。

『私もその身体ならもっと、住みやすい所に移った方が良いと思うんですよぉ〜』

…ってご丁寧に、大家さんが障害者用の公共住宅や、施設について書かれた市民便りの切り抜きまで持って来てくれたよ…」

…優斗は苦虫を噛んだ様な表情で、立ち退きに至る経緯を語った。

「…それも聞いたよ、ルルちゃんも居るから、出来ればペットOKの民間の賃貸に引っ越したがっているけど、探してもココと似たような理由で断わられているって…」

奈津美は今ではすっかり自分に懐いている、優斗の愛犬…ルルの背を撫でた。


…バリアフリーや総活躍社会などという言葉がもてはやされてはいても、それが障害者を取り巻く現実だ。


優しい言葉を並べても、人の本質が優しいわけではない…

一人では何も出来ず、自ずと働けもせず…その場に居るだけで、モノの価値まで下げてしまう…障害者を社会のお荷物だと考えている輩は…決して少なくはない。

結局は何かの『情け』がなければ生きられない…優斗の様な立場の者は、並べる言葉と実際の行動が二律背反な世の中に生きているのである…


「私、解からなくなってきたよ…リハビリを施して社会に帰しても、ユウくんの様子を見ちゃうと、それが本当に患者さんの幸せになるのか?って…」

「お前は…立派な仕事をしているよ、お前が悩む問題じゃねぇ…

それより、どーして立ち退き話から同棲…に、話が繋がるんだよ?!」

…優斗も少しだけ落ち着いて、改めて奈津美の爆弾発言の意味を噛み締めたのか、ほんのりと頬を赤らめていた。

「だって…誰かと一緒に住めば、ユウくんとルルちゃんは一緒に引っ越せるでしょ?

それに…来年の夏頃には、社会保険の傷病手当まで無くなって…生活が厳しくなるんじゃない?

だったらその…わっ、私と同棲すれば…協力して、障害年金だけでも生活出来るんじゃないかと…」

奈津美の提案は…優斗から漏れ聞いた彼の現状を精査し、綿密に考え抜いた彼女なりの結論だった。


「…ナツ、それはお前の…いわゆる『ヒモ』になれって…コトか?」


優斗はうつむき、ボソッとそう奈津美に問うた

「…もの凄く、解かり易く言っちゃえば…そうだね。

でっ!、でも…ユッ!、ユウくんのプライドが許さないなら、思い切って結婚…」


「…!!!!、ふっざけんなぁぁぁっ!!!!!!」


バンッッッッ!!!!!


…後半の奈津美の更なる爆弾発言を聞かない内に、優斗は座っているベッドの上を叩き、激昂した。


「…バカに!、バカにし過ぎてるだろ!?、幼馴染に!、それじゃあ生活出来ねぇだろうから、アタシのヒモになれって?!

同棲なんてモンは、恋愛感情ありきのモンだろ?!

それを今の俺みたいな!、そんな気持ちを抱きようのない男に言うなんて!

それはもう!、同情なんて言葉を通り越して、一回りしてる言い草だ!」


優斗は激しく捲くし立て、奈津美の軽はずみに聞こえた発言を諭した。


奈津美も…自分の今の発言には少し、後悔していた。


特に…手当や年金などの、金銭的な事象にまでにツッコんだのは不味かった…

あんな身体になってまだ、一年も経たない優斗の心理状態が、生活や価値観の一変に因り、とても多感な時期なのは明白…

自分はそこを考慮せずに、一気にあんな重大な話を持ちかけたのは、大きな誤算だったと…

だが、一つだけ…奈津美が優斗に、反論せずにはいられないフレーズがあった…


「恋愛感情は…あるよ」


奈津美は…静かに、そして…優しく口を開いた。

「子供の頃から、好きだって思ってた…でも、私は…恥ずかしくて、言い出せなくて…そのまま終わっちゃったのが、私の初恋だった…

大人になって、思わぬ形で再会出来た、その初恋の人を…助けたいって、思う事って…ふざけてるコトかなぁ?」


「…へぇっ?!、うぁ…」

優斗は…奈津美の静かで、彼にとっては意外な返答に気圧され、失語の障害も相まって文字通りに言葉を失っていた…

「確かに…いきなり同棲しようだなんて、突拍子も無いコトを言い出した私も悪かったよね…

今日、告白しようと決めた時…もうお互い『付き合う』だなんて、順序立てる歳でもないかと思っちゃったんだけど…ごめん」

奈津美は鼻頭を少し掻きながら頭を下げ、その頭を上げると、顔は照れくさそうに笑顔も見せていた。

「でも、私は…私はね、もうそんな歳だからこそ、たとえ私にとっては自己満足で、ユウくんにとっては打算な結婚になったとしても…」

「…えっ?!、ちょっ!、ちょっと待って!

どうして同棲から結婚に…この短時間にジャンプアップしてんのよ?!」

「それは…ユウくんが最後まで、話を聞かずに怒り出したから…」

「えっ!?、ええええっ?!、あ〜!!!、もう!、わっかんねぇ!、何が起きてんのよ?!、夢なら早く覚めてくれ!」

優斗が頭を抱え、悶絶しながら混乱していると…


『さあ、年の最後のグランプリ!、有馬記念のファンファーレ!!!』


…と、テレビから発走を告げる実況が聞こえた。


「…ま、話の続きはレースの後に…それが競馬狂の矜持でしょ?

ほら、新聞丸めてぇ〜♪」

奈津美は優斗に競馬新聞を手渡し、自分ももう一部を手にとって丸め始めた。


二人はファンファーレに合わせて、新聞をパンパンと鳴らす…


その時…優斗は小さく、少しだけ楽しそうに笑っていた…

突拍子も無く告げられた、初恋の女性からの告白が妙に嬉しくて…

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